


僕はどんな完成の仕方をしてもその人の実力だと思う。聴く人の実力。だからみんなそれぞれ立派に仕上げてください。そこで自分が楽しい 最高じゃんと思ってくれたらすごく嬉しい。

先に見出し、後に捜し求めよ

神は、もはや人間の力では助けられない時のみ助ける

愛は永久不滅なもの。姿かたちを変えることはあるが、本質は決して変わらない

急流中底の柱、即ち是れ大丈夫の心

「大丈夫、なにもかも上手くいく」なんて、口が裂けても言えない。でも俺が見ている世界の中で、本当に前向きな、魂が楽になれる言葉を綴ったつもり

感動っていうものに限界は無いじゃないですか、日々。それに突き動かされるんですよ

傷ついても裏切られても、人を最初から疑ってかかるような生き方はしたくないと思うんだよね。裏切られたりして傷つく部分と、すげぇ嬉しいと思う部分て心の同じ部分で、同じところが傷ついたり喜んだりしてるから、傷つかないように心にふたをしていってしまうと、喜びまで感じなくなってしまうんじゃないかなぁ

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

自分には絶対に音楽の才能があるんだと思いながらやってます

成果をあげる人の共通点は、行わなければいけない事を、しっかり行っているというだけである

人間、しがみついてでも、這いつくばってでも、生きることに価値があるんだ。分かるか?

親からもらった立派な体、というけど、じつは親からもらっているのは運の方かもしれない。運が脊髄のように芯としてあって、人間の人生というのはその運命の芯の回りにまつわる蛋白質、あるいは脂肪質、悪くいうと贅肉みたいなものなのだろうか

オトナになろうが、教室から武道館になろうが、ひとりの前でやろうが一万人の前でやろうが、やってることって一緒なんだよね。音楽がやりたくてバンドを組むってそういうことなんだ。もう、そこで全部終わっちゃってるんだよ。だから目指すことは、もうないよ。

術は日々の生活の埃(ほこり)を、魂から洗い流してくれる

歌なんて誰でも歌えるからヴォーカリストになった。だから、誰にでも歌えるような歌しか歌わないんよ。

大事なのは縛りあうことじゃなくて、お互いがお互いをひきつけ合うことじゃん

芸術家というものは、自分に才能があると思うとだめになってしまう。つけあがらず、職人みたいに仕事をしてこそ、はじめて救われる

不得手なことの改善にあまり時間を使ってはならない。自らの強みに集中すべきである

俺はマコトを殺せへんかった……俺にはマコトを生かした責任があるんや。ただ命があったらええってことやない。人として生かさなアカン責任や。極道の食い物にはさせへん……!

(「日出処」のタイトルについて)もっとビビッドで、私たちが知ってるお日様って何だろうって思った時に、こういうタイトルになりました

たった一曲だって、他人に最後まで聴かせるということは、結構すごいことなんだ。音楽に限らず、映画だってマンガだってお笑いだってね

声でねぇけど唄わしてくれ。今回のツアーで俺わかった。お客さんがいると唄えます。聴きてぇって思ってるヤツがいつと唄える。だから、一呼吸分の力を分けてくれ!

人間にとって成長ないし発展とは、何に対して貢献すべきかを自らが決定できるようになることである

空に手を掲げれば、俺はここに存在してるって信じられる気がする。それは必然ではないけれど、存在理由として必要だと思う。要は下ばかり見るなってことだ。

好きだから、大切だからこそ人は高いところを目指す

せやけど俺は……何があっても親父の子ですわ

新しい事業をつくり出すときは、大きなビジョンである必要はない。しかし、今日の常識とは違うものでなければならない

じいちゃんばあちゃん天国で見ててけろ。明日も歌うからよ

『自分の謎』で言っているような、自分への不思議な感覚というのはみんなもっているはずだけど、ほかの遊びに忙しくなって、どんどん忘れていっちゃう。でもその感覚ってどこかには残ってるんですね

間違いは神聖なもの、それを正すというよりは合理的に考え、誤りを理解せよ。そうすれば間違いを昇華することが可能になる

我々は何をするにも、常に自分自身に問わなければならない。もし皆がそうしたら、どんなことになるだろうと

We could never learn to be brave and patient, if there were only joy in the world.
もしもこの世が喜びばかりなら、人は決して勇気と忍耐を学ばないでしょう。

カメラっていうのは難しいんですね。湿気が一番良くないんだけど、乾燥しすぎても良くないらしい。湿度調整する装置がありますけど、あれで安心しても良くないらしいとか。やっぱり、使っているのが一番良くて、しまい込むのが一番良くないんですね。人間と同じなんですね。人間だって引きこもってばかりじゃよくないしね

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

死ぬと分かってて戦うのが一人前の男って訳じゃない。男なら命を張る場面はきっと来る。お前にその時が来たら、思いきりやればいい。

You either get tired fighting for peace, or you die.
平和のために戦うことに疲れるか、死ぬかだ。

綺麗に生きるなんて、誰ができるんだ

ユーモアを失わないように戦うのだ。ユーモアの欠如は愚の骨頂だ

他者同士だからさ、分かりあえなくて当然

究極の善、究極の悪、究極の価値がなければ、人間のある活動が別の活動よりも本質的に優っていることなどあり得ない。だから、全ての行為が同じ価値しか持っていないということを認めざるを得ない。とするなら、一つの行為を別の行為よりも優先させるのは、我々が自分で独自の選択を行っているからある

若い内から理論でがんじがらめになってのたうち回る癖をつけろ

路上観察の場合はある種の説明で、見る人の手助けになるようにと思って書いています。でも、作品としての写真となると、見る人がその作品の中にどうやって入っていけば良いかわからない…入り口のない場合が多いんですね

自分の強さを実感している人は、謙虚になる

(死んだら地獄と極楽のとちらに行きたいか?)どっちでもいいさ。そのどちらにも会いたい友人がいるのでね

ダサいんですね。言葉を入れすぎると説明になっちゃって、言葉も写真もつまらないものになってしまうんです

いかなる創造的活動も、はじめは破壊的活動だ

老年は騒音から遠ざかる。沈黙と忘却に仕える

(印象派について)彼らはもっぱらその装飾の結果のために、真実を妨害するように、自由なしで、色を使っています。彼らは目だけで物を見て、神秘的な思念を基にしていません。彼らは単に明日の公式画家です

画家は労働者が働くように勉強しなければならない

優れたプロとは、継続して自分の表現をしていける人のこと

見ることと感ずることを知る者は、至る所に常に賛美すべきものを見出すだろう

手段ではなくて目的

人間おのずから用に適する所あり、天下何ぞなすべき時なからむ

音楽っていうものは言ってしまえば母の腹の中に着床した時からだと思うんですけど。その後は、父のモーツァルト好きが高じて多分モーツァルトが多かっただろうと。で、私が「音楽」として自覚したのはそれを否定し始めたときだと思う。

生産性を向上させるためにまず問うべきは、何が目的か、何を実現させようとしているか、なぜそれを行うかである

極端な話だけど、希望と絶望が同時に存在するのがいい日々だと思うんです。

何が伝わってほしいって言ってさ、いろんなメッセージとか、いろんなことを訊かれるんだけど、何もないんだよ。みんなが楽しくなってくれたら、もうそれで僕たちがやりたいことは100%成し遂げられてるんだ

心理の何か変化があるんですよ。人間行動すべき理由がある。

選んだ道のその先よりも、選ばなかった道の運命を考えることの方が多い

ニンジンきらいな馬っているのかな?そりゃいるよな。

俺は強いヤツが好きや!俺に命令出来んのは強いヤツだけや!俺を東城会に戻したかったら俺に勝ってから命令せぇや。

俺はあまり友達付き合いが得意ではないから友達が多くはないけれど、バンドだけが自分の居場所だったのがそうではなくなった今、「バンドがないと生きていけない」みたいに重たく考えなくなった。もちろんバンドはめっちゃくちゃ大事なんだけど、なんていうか、すがりつかなくなったっていうのかな

学とはならうということで、すぐれた人物の立派な行いを習い、みずからもそれを実行していくことである

Everything is clearer when you’re in love.
恋に落ちたら、何もかもがクリアになる。

今までやってきたことを、ひとりひとりが一所懸命やることだよ

いかなる革命も、3日目から堕落が始まる

くたばりたいってのはもう無くなりましたね。それは多分、裏返しじゃないですか、生きていたいっていう事の

思い出すのは、あんまよくないよ

歌詞の中にこの言葉を入れたら、昔はそれが、「面白いね」とか「馬鹿じゃね」とか、笑われて済むようなところだったのに、今はもう笑えなくなってきたところもあります(コンプライアンスが厳しくなって)
