


この世の中すっげー頑張ってる奴らが上手くいかなかったり、だからとにかく俺達はまだまだこの世の中にぶっ壊したいものがたくさんあって、そういう奴らに中指立ててやっていくつもりなんで、またライブ見にきてやってください

何百万枚も売れるロックなんて、あんましロックじゃない

勘違いするな。俺とお前は違う。 お前の極道は死に様。俺の極道は――生き様だ。 同じ道でも、死に向かって戦うのと、生きるために戦うのは違うということだ。いずれ分かる。

自分の個性に 自信を持てよ。そうすりゃあ自分好きになれる。姿形よりも 自分って人間を。磨いて輝る 美しさを

運命は、むしろ降ってきたものを遊んだ方がいいのだろう。自分で選ぶとなれば運命として遊べないが、上から下りてくる運命は、むしろそれ自体を遊べる。自決できる世界は考えたら自分の範囲の狭いものだが、突然やってくる他からの運命の世界は自分よりも広い。どうも運命を遊ぶ気持ちが、他力思想の自在さに繋がっていくような気がする

私は自分がやりたいことをやっているだけ

ただこの世の中に生まれてきたから、惰性で生きてるなんて、そんなやつは、生きてる必要ない

意味もなく生まれてきた人は一人もいない!自分でも気付かないんだ。だから自分らしい生き方をしろ!

人生をね、棒に振りたいんだよ

覚めていて夢みることは、眠っていて夢みることとほとんど同じである

「焦りすぎないでいいよ」と言われ焦った

現在持っているものに満足しない者は、持ちたいと思っているものを手に入れたところで、満足しないだろう

筋肉で力任せに殴るよりも、腰を入れて体重の乗ったストレートの方がズドンと重いじゃないですか

毎朝起きるたびに、私は最高の喜びを感じる。「サルバドール・ダリである」という喜びを

線の芸術と色の芸術とがあるように、言葉の芸術だってそれより劣るものじゃない

多数とは何か?多数は阿呆のみ、真理は常に少数者にある

ゲームも人生も、逃げたら経験値は上がりません

ダサいんですね。言葉を入れすぎると説明になっちゃって、言葉も写真もつまらないものになってしまうんです

書いたり発したりすることも大切だけど、今必要なのはちゃんと耳を傾けることなんじゃないかと思います。読むこと、感じること、と言い換えてもいい。受け取ること。吸い込むこと。それを温めること。そのうえで書くこと、発すること。それをまた、お互いによく聞くこと。俺もできてませんが…。

ライブハウスってのはきれいごとで成り立ってるんだよ! 理想とか夢ばっかり話してる奴しか入っちゃいけないんだよ。ここにはだから嘘みたいな話だけど、お前らの周りにいる奴一人、知らない奴一人でもいいから次こうやってライブで会うまで幸せでありますようにってこの曲を歌って下さい! ありがとうございます。ELLEGARDENでした

近代的になるなんて努力しなくていい。悲惨なことになにをやろうと、唯一避けられないのがことがそれだから

今熱烈に恋してなくたって、すげぇ好きだった人いたことのない人はいねぇと思うんだ。だから何が言いたいのかっていうと…。あんたがたは好きな人のために歌ってください。俺は今日、あんたがたのために歌う

自分にいろんな矛盾があることが当然

長く生きてるほうが絶対おもしろいよ

あのアナウンス(「ファウルボールにはご注意下さい」)であらためて注意する間抜けはいない。でもあのようにいっておかないと、後で怪我して訴えられたら困るというのがある。アメリカ仕込みの訴訟社会の風習である

作曲には、論理的な思考と感覚的なひらめきを要する。論理的思考の基になるものが、 自分の中にある知識や体験などの集積だ

儚いって言う字は『人』の『夢』っていう形をしているけれどそんなものぶち壊して、ざまぁ見ろって言ってやりな。

好きなものを作る、それだけをやるってなるとブレない

どんな偉い奴が来ても君は君の夢を主張できるかい? 俺は主張できるよ

感動の出発点は感動にあると思うんだ。なんで感動したのかを辿っていくと、表現されたものがどう作られていて、「だから俺は感動したのか」って分かる。もっともっと辿っていくと、その表現者が、かつて感動した瞬間に帰結すると思うんだよ。それが色んな何かをぐるぐると通過して、また人に届く。錬金術なんかじゃないんだよ。感動が伝わって、感動を生む。

明日は明日の風が吹くんだ。明日の風には誰も逆らえないぜ。今日を生きるしかないだろう。明日も生きてるとは限らないしな。

残る音楽を作りたい

ふつうは歳をとったとかモーロクしたとかあいつもだいぶボケたとかいうんだけどそういう言葉の代わりに「あいつもかなり老人力がついてきたな」という風に言うのである。そうすると何だか歳をとることに積極性が出てきてなかなかいい

見るために、私は目を閉じる

人は素敵な経験があるかないかで、心の汚れとか全然変わってくる

指輪によって結婚はなりたつ。つまり、指輪とは鎖を編むものなのです

汝が死ぬ前日に懺悔せよ

自然は至上の建築物である。自然の一切は最も美しい釣り合いをもって建てられている

やらないってのも一つの行動だと思う

芸術は悲しみと苦しみから生まれる

志のない人間は魂のない虫と同じで、いつまでも発展することは無いのだ

寝床につくときに、翌朝起きることを楽しみにしている人間は、幸福である

雨が降るのは聞こえるが、雪が降るのは聞こえない。軽い悩みは大声で叫ぶが、大いなる苦悩は沈黙する

やっぱり大事な人ほど傷つけてるなという感覚と、傷つけてまで一緒にいたい、愛したいという感覚。それが自分の根本なんだなって。

壁を見つけて超えていく……。人ってのは乗り越えることでしか成長できねぇんだ。 お前の理屈は間違っちゃいない。乗り越えるべき壁が俺だと言うのなら、付き合ってやる。二度と乗り越えようとすら思えない力の差――一度だけ味あわせてやる

変わることをこばむのでなく、変われたことを褒めたいんだ。

You won’t get anything unless you have the vision to imagine it.
心に思い描かなければ、何も得られない。

馬鹿なら馬鹿ほどカッコええ。駄目なら駄目ほどカッコええとか、そういう世界ってあるんよ

いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ

現代の若さの最大の悲惨さはもうそれに属さないということ

モノを作ることを職業としていくには、一つや二ついいものができるだけではダメだ

曲を書く際に、人を感動させようとか、美しいメロディーを書いてやろう、と考えているわけではない

何にもやってなかったなあって気持ちになる時もよくあるよ

So long as the memory of certain beloved friends lives in my heart, I shall say that life is good.
心に愛する友の思い出が生き続ける限り、人生は素晴らしいと私は言い続けるでしょう。

僕らがひきこもらない理由は、街に出れば女の子がいるからだ

簡単なことを完璧にやる忍耐力の持ち主だけが、いつも困難なことを軽々とこなす熟練を身につける

エライこと引き受けてしもうたなぁ。しゃーない!真島吾朗、いっちょやったろやないかい!

計画とは未来に関する現在の決定である

昔の夢によりかかったり、くよくよすることは、現在を侮辱し、おのれを貧困化することにしかならない

愛の光なき人生は無意味である

志を立て、その目的を達成する手段の中で最も近道だと思うのは、聖人の書物や種々の歴史本の中で、自分が特に刺激を受けた部分を別紙に書き抜いて壁に貼っておくか、扇などに書いておき、日夜朝夕それを眺め、常に反省しつつ及ばない点について勉め、進歩を楽しむのがよい

周囲より僕は歌の力ってのを信じてます。

子どもの時から音楽が好きでしたので、音楽学校に行くことも考えましたが、音大の入試にパスするほどピアノが弾けませんでした(最終学歴:東京大学教育学部教育心理学科)

集中するための第一の原則は、もはや生産的でなくなった過去のものを捨てることである。そのためには、自らの仕事と部下の仕事を定期的に見直し、「まだ行っていなかったとして、いまこれに手を付けるか」と問わなければならない

人は素敵な経験があるか無いかで、心の汚れが全然変わってくる

人間は、「自分でなければ出来ない」と錯覚していることが多すぎる

「最近バンドの調子がいいですね。」とか会ったこともない奴に言われる機会が増えました。そういう奴らには、これからも「おめー誰だよ!!??」ってやっていくんで、皆さんよろしくお願いします

我々は決して悪を選ぶことが出来ない。我々が選ぶのは常に善である

自然が本当に好きなら、あらゆるところで美を見い出せるだろう

確かに……一度 “黒” に染まったモンはどこまでいっても “黒” や。そっから抜けることはできん。けどな、それでも噛みつく相手選ぶくらいはできる。それが俺の流儀や
