


若さと年齢は無関係

目の前の困難から逃げてばかりではダメです

私は努力をしてこなかった人間。ただ努力をしなかった分、自分の好きなものに囲まれて生きることはできたというか

歌詞の中にこの言葉を入れたら、昔はそれが、「面白いね」とか「馬鹿じゃね」とか、笑われて済むようなところだったのに、今はもう笑えなくなってきたところもあります(コンプライアンスが厳しくなって)

俺は巨大な産業としての音楽が崩壊しつつある中で、平たくなった場所はすごく楽しい遊び場になっていくと思うんですよ

低級な芸術家たちは、常に他人の眼鏡をかける

誰でも自らの強みについてはよく分かっている。だが、たいていは間違っている。わかっているのはせいぜい弱みである。それさえ間違っていることが多い

何したっていいんだよ。自分で責任取れればいい。責任を取るっつうのは、この道で満足してるなって思えること。

世の中には違った考え方をする種族がいる

子どもは誰でも芸術家だ。問題は大人になっても芸術家でいられるかどうかだ

釣りをやる人には、釣れそうなところがわかるそうなんですね。私たちの路上観察も同じような感じで、ありそうなところっていうのが、何となく雰囲気でわかるんですね。あまりピカピカの出来たての街だと、他の要素が入り込む要素がないので、妙なものを発見することが少ないんです。だいぶ時間がたって、壊れたり色々用途が変更になったり、何だかんだと生活にもまれたところで、見る人が見れば妙なものになる。そういうところがすごく面白いところなんですね

「たかが音楽にのせる飾りじゃないか」という想いと、「誰かの一生をも変えてしまうかもしれない不思議な魔法」という想い。その間で僕は今も歌詞を書く。

昔、俺はずっとシャイだったが、世の中が超シャイになってしまった現代ではとても図々しいロック・スター・オヤジに見えるらしい。

手を伸ばせば掴んでやるよ。掴んだら離さねぇぞって自信はある

人生の長さは一秒にも満たない。その僅かな時間に永遠に向けての準備をしなければならないとは!

僕はいろいろなとこでいろいろな人に聞かれるんだよ。『楽しけりゃいいのか?』って。いいんだよ。そのかわり,楽じゃないんだよって。漢字で書いたら同じじゃんって。

我々は何をするにも、常に自分自身に問わなければならない。もし皆がそうしたら、どんなことになるだろうと

オレは糞っタレのダメ人間!お前ら、オレみたいになんなよ!…でもさ、お前らがいるからこんなオレでもここに立てた。今のオレにはもう歌うしかねぇ、だからお前ら、オレにもう少し付きあってくれ

リンゴひとつでパリを征服する

(20代の時にやっておいた方がいいことはありますか?という質問に対し)簡単だよ、やりたいこと。

癌もロックンロールだ。

音楽でも童謡とか、誰が作ったかもわからないものが残っているのは、すごく素敵やなと思うんです

21世紀に重要視される唯一のスキルは、新しいものを学ぶスキルである。それ以外はすべて時間と共にすたれてゆく

『自分にはなにもない』って言う人いるけど、そんなことない。コンビニの店員がいなかったら、お弁当あっためてもらえない、銭湯のおばちゃんがいなかったら、銭湯入れない。みんなやることやってる。それを誇りに持てよ!

業績を上げる最大のカギは責任感である。権威や権限ではない

今日は本当に最高じゃ。どうやら、この鉄の檻(おり)は人の心までも縛れんようじゃな。

兄弟は、塀の中で死ぬようなタマやない。あいつは必ず戻ってくる。……俺を殺しにな。

僕らは、今存在している人達は皆、存在する事を選んだ人達だと思います。

やっぱり私は表現をする事が好きやなー

大切なことは、熱狂的状況をつくり出すことだ

親からもらった立派な体、というけど、じつは親からもらっているのは運の方かもしれない。運が脊髄のように芯としてあって、人間の人生というのはその運命の芯の回りにまつわる蛋白質、あるいは脂肪質、悪くいうと贅肉みたいなものなのだろうか

少なくとも自然は、生命を更新するためにのみ死を役立てます

最初っからうまくいくことなんてねぇよ。みんな。本気で手に入れたい世界が俺達にあって、それが今この世にないんなら一から作りゃいいじゃねぇか

テクニックばかりに気を取られる人たちは全ておいてミスをする

心ある 繊細すぎる魂を持つ人たちが一瞬でも「もうこの世に生きる意味はない」と感じることのない社会を 空気をみんなで作っていきたい。

僕は音楽が大好きです、本当に。感情論や云々より音楽が大好きなんですね。メロディ、リズム、和音。その三大要素からなる音楽っていうものが大好きです。

私が生きているのは国王のため、スペインのため、カタロニアのためだ。天才は決して死なない。人類の進化は我々の手中にある。国王、万歳!スペイン、万歳!カタロニア万歳!

余り考え過ごす者は何事をも成し得ない

Keep your face to the sunshine and you cannot see a shadow.
顔を太陽の方に向けていなさい。そうすれば影が見えないから。

俺がとりたいのは100点じゃないんだ。ロックンロールが100点満点だとしたら10000点くらい取りたいんだ。

フィディアスとミケランジェロの前には平伏せよ

周囲より僕は歌の力ってのを信じてます。

さっき決めたんだーどうしてもどうしてもどうしても笑顔じゃいられない時以外は、笑っていようって

There is no king who has not had a slave among his ancestors, and no slave who has not had a king among his.
王の先祖に奴隷がいない者はなく、奴隷の先祖に王がいない者はいません。

私は死ぬまで、死ぬことについて、そして生きることについて、考えていると思う。

「これをやりてえ」ってことが増えると、そうやってお茶を濁してる時間はなくなってくる

楽曲は成り行きだけど、僕とマーシーは20数年間、その成り行きの『成り行かせ方』をやってきた。スタジオに入った瞬間に、僕とマーシーの空気はあるんだと思う。今は4人でうまーい成り行かせ方をしてんじゃない?そんな気がする

絶望で生きてようと、希望で生きてようと、どちらも生きてるんであれば、まずそれが奇跡だなと。生きてることが本当にミラクルなことだと思うんですよね。

裏切られたなら落胆を味わえばいい。信じた先の素晴らしさを俺は知ってるから。

妙に前向きになるのはなぜだろう。心配はしないでくれ。このくらいのこと(癌が腰に転移したこと)は覚悟してた。

わがままさっていうのはさ、必要なんじゃねえかなあ

「今日単車で来たやついるか?」(客ワァァァ)「気をつけろよ」→GT400演奏(FRFにて)

恋の始まりは瞬間でも、つきあいが長引くかどうかは、美醜よりも人間味にかかわる問題だ

俺らがなんでロックやってっかというと、ロックはさ、汚ねぇ言葉とかすっげぇ使ってるよ。それが受け入れれない奴は、まだロックなんて必要ねぇんだよ。でも、絶対なんか壁にぶちあたった時、ロックを聞くとさ、こんな汚ねぇこと考えてるの俺だけじゃねぇんだって思えるからさ。だから、俺らはおまえらのためだけにロックをやるよ

他者同士だからさ、分かりあえなくて当然

この国は島国だから、なかなか人間の本当の痛みは伝わってこない

現代の若さの最大の悲惨さはもうそれに属さないということ

女の顔はキャンバスだ 毎日女は少しだけ若い自画像をそこに描いている

興奮した党派の叫びの中から、真理の声を聞き取ることは難しい

むしろ「成功は失敗のもと」と逆に言いたい。その方が、この人生の面白さを正確に言いあてている

コミュニケーションで最も大切なことは、相手の言わない本音の部分を聞くことである

本気も本気 “大本気” や!

簡単なことを完璧にやる忍耐力の持ち主だけが、いつも困難なことを軽々とこなす熟練を身につける

Security is mostly a superstition. It does not exist in nature, nor do the children of men as a whole experience it. Avoiding danger is no safer in the long run than outright exposure. Life is either a daring adventure, or nothing.
安全とは思いこみにすぎない場合が多いのです。現実には安全というものは存在せず、子供たちも、誰一人として安全とは言えません。危険を避けるのも、危険に身をさらすのと同じくらい危険なのです。人生は危険に満ちた冒険か、もしくは無か、そのどちらかを選ぶ以外にはありません。

自分には才能がないって思っていたんですけど、今は自分には絶対に音楽の才能があるんだと思いながらやっています。

俺もお前らも不器用なんだから、だからとりあえず信じよう。それでもし裏切られたら傷つこう。それを繰り返すだけ

いいんだよ。 消えないもんは消えないままで。 消えないもんを消そうっていうのは嘘だから。 だって傷は癒えるったってそんな簡単に癒えるわけないじゃん。 傷を負ったっていう過去は消えないんだよ。 消えない傷を持ってて、でもそれは今を生きてる証拠なんだと。

たった一曲だって、他人に最後まで聴かせるということは、結構すごいことなんだ。音楽に限らず、映画だってマンガだってお笑いだってね

何びとも信用しない者は、己れ自身が信用されていないことを知っている

未来を予知しようとすることは、夜中に田舎道をライトもつけずに走りながら、後ろの窓から外を見るようなものである
