


(上京前に自身で)ツイキャスで配信やってて、オールナイトすっぽんぽんっていうのをやってた

俺は最近認めてるよ。自分のなかのリベンジを

ノスタルジアに屈してはならない。道に出て、隣町や外国に行くんだ。ただ、痛々しい過去を旅していけない

帰ってきたぜ!もうどこにも行かないぜ!(アベ加入後、初のライブにて)

絵画というのは手で作った写真だ

ステージに出る前、死刑台に上がってく気分になるときがあるんだ。ギロチンの下に頭を置いて審判が下される。

何よりも辛いのは、永遠に完成することがないということだ

時間を管理するには、まず自らの時間をどのように使っているかを知らなければならない

調子が良くなかろうが、ノルマを達成するように進めていかなければこなしきれない

恥ずかしくない生き方はしたくないもんね。だから恥をかくんだよ

ドレミファソラシドの中で泳ぎたかった。空白の中にリズムを置いていきたかった。音符のない空白の中にこそリズムを感じたかった。

オルタナをやり始めた時は、「暗い」「分かりにくい」という声があって、若干構えてしまったんです。力技で分からせてやるみたいな余計な力が抜けたんじゃないかな。すごく文字にしづらいかもしれないけど、スイングスピードが速いストレートを自然体のフォームで打てるようになったというか

予感というのも、努力の重なりの上に出来る、透明な上澄みのような感覚だと思う

人間はコンピュータとは違って揺れ動いてますよね。だから、すべてのものを何かの思い入れを持って見ているんですね。なので、その時々によって違って見えてくることがあるんでしょうね

急成長会社では無能な者が要職にいる。会社の成長についていけなかった人々である

面白いねぇ、実に。オレの人生は。だって道がないんだ。眼の前にはいつも、なんにもない。ただ前に向かって身心をぶつけて挑む瞬間、瞬間があるだけ

青春の夢に忠実であれ

好きなことだったらめんどくさくていいじゃない!

もっとたくさん僕らの曲聞いてもらって、皆を励まして背中を押してあげたい。

なんとなくこうなる気はしとったやろ、吾朗!泣いたらあかん、泣いたらあかんで!

詩はなくてはならないものだ。ただそれが何のためにあるのかを知ってさえいればなあ

幼稚な心を取り去らなければならない。自己の修業を怠り、父母への依頼心を持つなどは幼稚な心である

成果をあげる人とあげない人の差は才能ではない。いくつかの習慣的な姿勢と、基礎的な方法を身につけているかどうかの問題である。しかし、組織というものが最近の発明であるために、人はまだこれらのことに優れるに至っていない

僕は口が裂けても、諦めるなどとは言わない

本物の涙は、悲しい一ページからではなく、見事に置かれた言葉の奇跡から引き出される

”世界”というのは自分の中にあるんです

私は絵を描く夢を見、そして私の夢を描く

何を取られたら死ぬかっつったら、やっぱ「唄う事」なんじゃねぇかなと。

腑に落ちた道を進んでいかないと、 苦労や失敗を背負い込む覚悟もできない

レコーディングするようになって18年。いまだにミックスってわからない。難しい。だからおもしろい。なんだろな。なんだろな。音楽っておもしろい。

肉体的に落ちていくものは取り戻せない。残っているものを生かすしかない

自分を支えているのは、自分

曲作りの勉強は独学です

今日思った事があって、みんなが俺達に会いたいとかライブが見たいとか思って見にきてくるんじゃなくて、俺達があいつらに会いたくて会いにいくんだって、逆だなって思いました

20代で音楽的に成熟したものや洗練されたものを書くには生意気に見えてしまいそうでしょう。20代は本当にずーっと困っているという感じでした。30歳くらいから力加減を探っていけるようになってきて、ここ数年でやっと、等身大の仕事をするようになってこれた気がしています。すると今度は体力が落ちてきて……ねえ、人生って。それも全部描くしかないです。

俺はいったい何がしたいんだ? なんでこんなんなってんだ? 答えはすごく簡単だ。これが自分の選んだ生きる道だからだ

コミュニケーションで最も大切なことは、相手の言わない本音の部分を聞くことである

気とは人に負けまいと思う心、すなわち負けじ魂と恥辱を知ってそれを悔しく思う気象のことである

大切なことは混沌を拡大することだ。混沌を消し去ってはいけない

自分が何をやりたいか、何を伝えたいかが分かっていたら、技術は後からついてくる

楽しいと思った瞬間、そこがゴール

第一印象というのは作り手として「いいものを作ってやろう」という思いから生じる余計な観念にまだ支配されてないから、感じたままが最も素直に表れている

確実にたくさんの曲を作り続けていくには、気分の波に流されてはいけない

やっぱりゴツいなぁ。桐生ちゃんよ。

僕の人生はそれほど長くないだろう。だから僕は一つのことしか目に入らない無知な人となって仕事をするつもりだ。ここ数年のうちに何がしかの仕事をやり遂げてみせる

Life is an exciting business, and most exciting when it is lived for others.
人生は胸おどるものです。そしてもっともワクワクするのは、人のために生きるときです。

The rumors of my death have been greatly exaggerated.
俺の死の噂は大げさに語られている。

(どうしてすぎやまこういちと平仮名なの?)漢字では椙山浩一と書くのですが、間違えて「まさやま」と読む人がいたり、「杉山」と書く人がいるので

僕は流れるって感じが好きなんだ。固定したものは全然つまらない。人生だってそうだろう?いつも流動的で、何が起こるかわからない。だから面白いんだ

心ある 繊細すぎる魂を持つ人たちが一瞬でも「もうこの世に生きる意味はない」と感じることのない社会を 空気をみんなで作っていきたい。

空に手を掲げれば、俺はここに存在してるって信じられる気がする。それは必然ではないけれど、存在理由として必要だと思う。要は下ばかり見るなってことだ。

人が、夜や花を、そして自分を取り巻く全てのものを、理解しようとしないで愛せるのはなぜだろうか。なぜか芸術に限って、人は理解したがるのだ

普通なことが特別で特別であることが普通なこと

私が独りでいることは決してない。いつだってサルバドール・ダリといるのが習慣なんだ。信じておくれよ、それは永遠のパーティーってことなんだ

『大切な人の死』という出来事は、大切な人が自分にくれる最後のプレゼントだと思います。どんな形の死であれ、僕はそう思います。だからこのプレゼントをいつまでも大切に愛することができます。

芸術において不道徳は存在しない。芸術はつねに神聖である

兄弟は、塀の中で死ぬようなタマやない。あいつは必ず戻ってくる。……俺を殺しにな。

芸術は醜いものを生み出すが、しばしばそれは時とともに美しくなる。一方、流行は美しいものを生み出すが、それは常に時とともに醜くなる

宇宙には緊急な、致命的な、動かせない法則がある。なければならぬ

明日は明日の風が吹くんだ。明日の風には誰も逆らえないぜ。今日を生きるしかないだろう。明日も生きてるとは限らないしな。

僕はいろいろなとこでいろいろな人に聞かれるんだよ。『楽しけりゃいいのか?』って。いいんだよ。そのかわり,楽じゃないんだよって。漢字で書いたら同じじゃんって。

ミスというのはほとんどいつも神聖な特徴があって、決して修正しようとなんてしてはいけない

音楽は、常に論理と感性、車の両輪で出来る

後継者を自分一人で選んではならない。どうしても20年前の自分に似た者を選びたくなる

世の中の物事には似たようなものが満ちあふれているわけで、手探りでいく文章とはその似たようなものを飛び石伝いに踏んで渡って行くようなことである。似たようなものをいくつも乗り換えて渡って行くうちに、探しているものの形に次第に近づいていく

僕はいつも自分が純粋に感じたこと、考えたことを、理解されようがされまいがダイレクトにぶつける

悲しいことも苦しいことも、全てを楽しみに変えていけるのが人間の力だよ

日本の文化っていうのは、常に「明日は知れぬ身」って考えるのが基本じゃないですか。

1.必ずできると信じろ2.限界を越えろ3.「その時」を待つな4.行動しろ5.正しく問え6.ジャッジせず、隠された美を見ろ7.遅すぎることなんてない

僕は新しく何かをやりたいんじゃなくて、今何をやりたいかなんだよ、まさに
