


他人を模写するのは必要なことである。しかし、自分を模写するのは哀れなものだ

生きているうちに天才って言われたい

人間が生きている社会基盤は、一瞬なりとも安定することなく、さまざまな変動によってつねに変化する

なにが芸術家かって?それを知ってたら、注意深く、ばらさないようにしておくよ

人と同じものが嫌とか、そういうのはあまりない。自分が好きなものを集めてたら、人と同じにはならないでしょう?

死ぬなとは言わないし、悩むなとも言わない。近道がしたいならすればいい。でも、そこで全部が終わる。我慢してきた努力も未来も夢もやり残したことも記憶も肉体も全部全部。

画家がどれだけ素晴らしいパレットを持っていても意味がない。大事なのは、どんな眼を持っているかなんだ

線の芸術と色の芸術とがあるように、言葉の芸術だってそれより劣るものじゃない

手段ではなくて目的

これはほんとに昔っから思うんだけど、これがこうなったら幸せなのに、 あれがあったら幸せなのに、と思ってたら一生幸せになれないね。自分の問題だと思うんだ。もっともっと内面の問題だと思うんだ。今の状況を幸福だと思える心を 持った人が幸福なんやな。

私、雑音がほしくて。綺麗なノイズのない環境が嫌

究極の善、究極の悪、究極の価値がなければ、人間のある活動が別の活動よりも本質的に優っていることなどあり得ない。だから、全ての行為が同じ価値しか持っていないということを認めざるを得ない。とするなら、一つの行為を別の行為よりも優先させるのは、我々が自分で独自の選択を行っているからある

自分の中で一度燃え上がった想いというのは、止めることが出来ない

なんか人見知りですって自分で言う人いるじゃないですか。それってめっちゃよくないなって思ってて、すごい自分から人を引き離してるの良くないなって思って。

仕事は人間に必要だ。だから人は目覚まし時計を発明した

コレラや尿石や結核や癌は、天上へ行く交通機関

女性は行動するより前にこうしよう、と考えることがあまりない生き物なんじゃないかと思うんです。先に手が出るというか、体で感じて体で動くっていう

普通の大人なら、球場はボールが飛んでくるから人にいわれなくても自分で注意する。それができないのは五歳か六歳で、つまりそれがいまの日本人の精神年齢ということだろう

ほんの一秒でもいいから、俺が俺として機能したい。 全ての時間がその一秒の為に無駄になっても構わない。

問題の分析によって解決案が一つしか見つからなければ、その解決案は先入観に理屈をつけたにすぎないものと疑うべきである

真のマーケティングは顧客から出発する。すなわち人間、現実、欲求、価値から出発する

(作曲家として)僕は、子どもの頃に「ベートーベン」というスゴイご馳走の味をいっぱい覚えたのが、本当にありがたい

芸術家は自分の芸術について語ることはできない。植物が園芸を語れないように

喧嘩に必要なのは、強さじゃなく、慣れているかどうかだ

ふつうは歳をとったとかモーロクしたとかあいつもだいぶボケたとかいうんだけどそういう言葉の代わりに「あいつもかなり老人力がついてきたな」という風に言うのである。そうすると何だか歳をとることに積極性が出てきてなかなかいい

で、みんなが「そうやるべき」だなんてことは全然ない。好きにすればいい。俺はどうするかは、俺が決める。それが売れるとか売れないとか、そういうことじゃなくて、自分が恥ずかしいと思わないように、書き続けるだけ。毎回、たったひとりの場所からそれをやる。

僕はいつも自分が純粋に感じたこと、考えたことを、理解されようがされまいがダイレクトにぶつける

仕事のやり方を変えるのではなく、仕事の意味を考えなさい

One can never consent to creep when one feels an impulse to soar.
羽ばたきたい衝動を感じたら、這いつくばることに耐えられはしない。

自分を、好きな人、嫌いな人、世界を知りたいから歌詞を書いている。

腑に落ちた道を進んでいかないと、 苦労や失敗を背負い込む覚悟もできない

常に100%満足できる作品を作るべきだと思うし、そうすることが俺らの音楽を待ってくれる人たちへの最高の礼儀だと思うんですよ。

僕は一貫して自己満足です、めざすものは

どうだ。内地の腰抜けのオッサンのパンチは痛かったか?

侮辱に悪影響を受けるのは、侮辱に感染しているのだ

(それぞれの曲に色んな人物や設定を想定しているのですか)場面は変わりますが、一人称はずっと同じイメージです

芸術家とは自分のやっていることに喜びを覚える人のこと。だから、すべての職業に芸術家がいるのが望ましいのだ

College isn’t the place to go for ideas.
大学はアイデアを得るための場所ではありません。

ダイヤモンドの行商人がやってきて、 このダイヤモンドは永遠の輝きをどうのこうのって言うとるけど せいぜい百年しか生きられん人間に、 永遠の輝きを売りつけてどうするんじゃ。俺らが欲しいのは今だけです。

冒険こそが、わたしの存在理由である

裏切られたなら落胆を味わえばいい。信じた先の素晴らしさを俺は知ってるから。

何事もそうだが、中途半端な決断で道を選ぶと、途中で大変な試練があったときに気持ちが挫けやすい

一生懸命考えたり思ったりしてわからなくなって、最後の最後のところで逃げ場のないところまで追い詰められて、だからロックンロールをやってる気がするんだよ

Death is no more than passing from one room into another. But there’s a difference for me, you know. Because in that other room I shall be able to see.
死はただ一つの部屋から別の部屋へ移ることに過ぎません。しかし、私にとっては別です。なぜなら、その別の部屋ではきっと私は見ることができるからです。

人の曲を歌う時こそ、恥ずかしい気持ちもなく思い切り出せる声もあるのかもしれないとも思ったし、その、声に焦点を絞ったものもやってみたいって考えられるようにもなってきて

イメージの共有がしたいだけなんだ。言葉の共有じゃなくてどこかもやもやっとしたイメージをひねりだして曲にする。そのもやもやを共有したいだけなんだ。それで「生きてやるぜ!」って思ってもらえれば、「生きるっていいな」と思ってくれればそれでいいです。

俺は決めたんや。何が正しくて 何が悪いか分からんこの街で誰よりも楽しく 誰よりも狂った生き方 したるってな

最近いろんな人と話していて思うのは、結局いかに多くのものを観て、聴いて、読んでいるかが大切だということ

国が無くなっても自由に生きられるよ。国なんていう考え方に縛られているのは人間だけだ。

世の中の物事には似たようなものが満ちあふれているわけで、手探りでいく文章とはその似たようなものを飛び石伝いに踏んで渡って行くようなことである。似たようなものをいくつも乗り換えて渡って行くうちに、探しているものの形に次第に近づいていく

全然文明化されていない環境と孤独が、死の間際にいたり、私の内部で、最後の熱情のひらめきを復活させるのです。そしてその熱情こそ、私の想像力を、今いちど燃やし、私の才能を、最後の出口へと導いてくれるものなのです

俺は俺でしかない。BUMP OF CHICKENはBUMP OF CHICKENでしかない。いつの時代でも。そういうことを強く目指している。

人間は自らが望む未来の大きさに合わせて、成長する

本当を言えば、すべてが思想で、すべてが象徴である

どんな人でも努力すれば、“それなり”の能力は身につけることが出来る。そして、この世で成功するためには、“それなり”の能力があれば十分なのである

幸せを手に入れるんじゃない、幸せを感じることのできる心を手に入れるんじゃ

仕事は点ではなく線だ

運が悪かったんだよ、お前らは

後悔は いつもうらめしそうに ちょっと先でこっちを見てるね いやなヤツ。

約束の額だ・・・悪く思うな。

芸術に従って芸術を作ってはならぬ

歓びは、自然を動かす強いバネ。歓びこそは、大宇宙の時計仕掛けの歯車を回すもの

ロックは世界を変えることができない!世界を変えるのはお前らだ

やっぱり私は表現をする事が好きやなー

私はあるがままの自分を受け入れてくれることだけを望む

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

下手のほうがいいんだ。笑い出すほど不器用だったら、それはかえって楽しいじゃないか

お金って、ただの道具じゃないですか

急にひとりぼっちにされちゃった気持ちになったんですよね。共犯者はいっぱいいるのに、私だけが訴訟を起こされてるような。

女の美は性格の中にあるのです。情熱の中にあるのです
