


アバウトは健康にいい

みんなにとってこの曲がどんな意味を持つかは分からないけど、俺はこの曲が嫌いなうちはさ、なんでこんな曲作っちゃったんだろうって思ってるうちは、あぁ俺幸せなんだなって思えるから。

大人になって大好きな人ができて、今まで男の子とチョメチョメしてきたのがリハーサルだったのかと思うぐらい、「私はこの人のために、経験や知識やこれから学ぶこと全部を捧げなければいけない。捧げるべきなんだ」って心に決める。すごく本能的に感じるんですよね

運命に耐えているとき、そこに真理が見える

オレは糞っタレのダメ人間!お前ら、オレみたいになんなよ!…でもさ、お前らがいるからこんなオレでもここに立てた。今のオレにはもう歌うしかねぇ、だからお前ら、オレにもう少し付きあってくれ

愛してるってどういうこと?愛してるって言葉の響きが重すぎるよ。愛せる程立派な人間じゃないですよ。

死を怖れない者に何を怖れろというのだ

もともと人は全員、孤独なんだよ

大丈夫。君は愛されてる。全て上手くいってるんだ。何も心配する事はないよ。君は自信持って笑ってればいいのさ。

芸術は、盗作であるか革命であるか、そのいずれかだ

Everything is clearer when you’re in love.
恋に落ちたら、何もかもがクリアになる。

声が出なくなっても僕は(ロックンロールを)止めないなと思った

全力を注がなければ、単に約束と希望があるだけで、計画はない

そやったわ。わし花粉症やったわ。

私は死ぬまで死ぬことについて、そして生きる事について考えていると思う

音楽っていうものは言ってしまえば母の腹の中に着床した時からだと思うんですけど。その後は、父のモーツァルト好きが高じて多分モーツァルトが多かっただろうと。で、私が「音楽」として自覚したのはそれを否定し始めたときだと思う

嫌われることは愛されることより難しい

目標に達するまでの道筋を多くしないこと

だって欲しいから手に入れるんだし、好きだから抱きしめるんだよ。もったいないからとっとこう、ってのはちがう。その時点でそれはゴミなんだ。

悪趣味とはクリエイティブなもので、生物学を知識で操るようなもの

みんな神話が好きだ。だから私の絵を愛するのだ

他人の短所が目につきすぎる人は、経営者には向いていない。長所を効果的に発揮させるのが自分の仕事だと考える人が、有能な経営者になれる

自然は常に完全である。決してまちがわない。まちがいは我々の立脚点、視点の方にある

子どもの頃は、おもちゃよりもレコードを買ってもらう方が嬉しかった

最終的な完成形を頭の中でイメージしないで闇雲にキーボードを叩いても良い作品は生まれない

天才?そんなものは決してない。ただ勉強である。方法である。不断に計画しているということだ

おそらく今日、高等教育を受けた人の割合が世界でもっとも多い国が日本である。日本にとっての問題は、いかにして彼ら高等教育を受けた人たちを生産的な存在にするかである

運命は、むしろ降ってきたものを遊んだ方がいいのだろう。自分で選ぶとなれば運命として遊べないが、上から下りてくる運命は、むしろそれ自体を遊べる。自決できる世界は考えたら自分の範囲の狭いものだが、突然やってくる他からの運命の世界は自分よりも広い。どうも運命を遊ぶ気持ちが、他力思想の自在さに繋がっていくような気がする

偉人の経歴を読書により知って憧れること、師や友から聞いたことに発憤すること、自分が逆境に陥ったときに勇猛心を起こすこと、感激することの四つが志を立てる大きな理由となる

まじめに考えて出てくる答えっていうのはろくなもんじゃないんです

自信なんてものは、与えられるものじゃない。自然と湧き出てくるものだよ

女には、生まれつき筋をつらぬく面がある。男よりずっとしっかりしているよ

楽しいと楽は違うよ。楽しいと楽は対極だよ。楽しいことがしたいんだったら楽はしちゃダメだと思うよ。楽しようと思ったら、楽しいことはあきらめなきゃダメだね。ただ、生活は楽な方が絶対いいと思うよ。でも人生は楽しい方がいいじゃん。生活は楽に、余計なことには気をとられず人生は楽しく。

自分の夢に必要やと思えるもの、好きやと思えるものには一生懸命になったらいい。

明日は必ず来る。そして、明日は今日とは違う

ふつうは歳をとったとかモーロクしたとかあいつもだいぶボケたとかいうんだけどそういう言葉の代わりに「あいつもかなり老人力がついてきたな」という風に言うのである。そうすると何だか歳をとることに積極性が出てきてなかなかいい

本物の画家というのは何もない砂漠で異常なシーンを描ける人だ

僕もほっときゃ歳も取るからさ、今と昔をそのまま比べることはできないけど、基本的にやっぱ何も考えてなくて、たいして成長も進歩もしてないからおんなじようなものがいつもステージに乗っかってるんだと思うんだ。

俺は今日、アンタの為に唄う。ロックに世界を変える力はない。でもロックが一人一人の人間の心に起こすうねり、そのパワーは計りしれない。俺はその力を信じて生きる

明日のための今日じゃありません。今日のための今日です

トマソンには作者というものがいないんです。そこがむしろ面白くて、だから「偶然」とか「出会い」ってことが一番不思議なことに思えてくる

焦点の定まった明確な使命がなければ、組織はただちに組織としての信頼性を失う

自分の思い通りにしかできないことは、自分の思いだけに閉じ込められるということになる。自分の思い通りが突っ走った結果は、自分が自分の壁の中に閉じ込められて、外気は遮断されて、そのままでは一酸化炭素中毒となってしまう

僕は僕の偏見でうたをうたっとる。うたっとるやつは下品じゃがうたの内容は最高じゃ

私は天才を自覚している

ベイビーアイラブユーだぜ!

福島っていうからには…やっぱり福がいっぱいあるんでしょうねぇ。(福島ライブにて)

エライこと引き受けてしもうたなぁ。しゃーない!真島吾朗、いっちょやったろやないかい!

もし私が犬よりも猫が好きだというのなら、それは警察猫というものがいないからである

欲張りな人間が、諦観を覚えたときは強いよ

三大欲求以上の高等なことは考えたくないって言ってるんでしょうね。結局それぐらいしか私は本当のことを知らないし、「それ以上の本当のことを見ると私は傷ついてしまうし」っていう。

火の国熊本、暑さにゃかなわねぇ!!(熊本ライブにて)

日本の文化っていうのは、常に「明日は知れぬ身」って考えるのが基本じゃないですか。

「ありきたりな女」を書いたのは、次の曲の「カーネーション」を聴かせたかったからでもあるんです。「カーネーション」は「何を言っているかわからない」とか、散々言われたので。私が意図した通りに聴いていただくために、その導入部分が書きたいな、と思って

熱帯の夜の静寂の中で、私が私の心からの囁きと柔軟な音楽を聞くことができます

音楽の世界の人間は、どっちかって言うとやっぱりスポーツなんかと近いんじゃないですかね。かなり身体的ですから。

自由であるとは、自由であるべく呪われていることである

じいちゃんばあちゃん天国で見ててけろ。明日も歌うからよ

神なんて全くその辺の芸術家と変わらない。キリン作ってゾウ作ってネコだろう。様式もへたくれもありゃしない。前と違うもの延々と作り続けてるだけ

People do not like to think. If one thinks, one must reach conclusions. Conclusions are not always pleasant.
人々は考えることを好みません、もし考えれば、結論に到達しないといけないから。結論はいつも心地よいとは限らないのです。

コピーとかカバーっていうのもそうで、曲をカバーするんじゃなくて、そこにある熱をカバーするんだよ。

弱気になる瞬間も多いけど、そんな時は過去のライブ映像を観たりしてます

頭のおかしい人と私の唯一の違いは私は頭がおかしくないということ

上司を過大評価することはあってもいいが、決して過小評価するな

どーだろう?日本は民主主義国家だなんて言ってないで、事無かれ主義国家だって世界に向けて言った方がよっぽどカッコいいんじゃねえか。ロックっぽいぜ。

失敗することを恐れず、とりあえず何となくやりたい事をやってみたら?

仕事のやり方を変えるのではなく、仕事の意味を考えなさい

大多数の世間の人々が、平凡な一生を終るのは志が小さく、意志が弱いからだ

俺は右でも左でもかまわないんだ。そんなことどーでもいいんだ。右にどんどん行ってみろ。やがて左側に来ているのさ。地球は丸いからね

音楽でも童謡とか、誰が作ったかもわからないものが残っているのは、すごく素敵やなと思うんです

If you tried to give rock and roll another name, you might call it ‘Chuck Berry’.
ロックンロールに別の名前をつけるなら、それは「チャック・ベリー」だね。

何も真似したくないと思う者は、何も生み出さない

あたしロマン派だから。猫の名前もゲーテとシューマンだし。

人間にとって成功とはいったいなんだろう。結局のところ、自分の夢に向かって自分がどれだけ挑んだか、努力したかどうか、ではないだろうか

最終日だからって、特別なことはありません。最終日が特別なんじゃないんだよ。ロックンロールが特別なんだよ

みんながやっぱ、自分は人間のクズだと思ってればさ、素晴らしい世界が来ると思うんだよね(笑)。

自分が自分自身に出会う、彼女が彼女自身に出会う、お互いが相手の中に自分自身を発見する。それが運命的な出会いというものだ

普通、表現の仕事であれば作者というものがいますよね。しかし、トマソンには作者というものがいないんです。そこがむしろ面白くて、だから「偶然」とか「出会い」ってことが一番不思議なことに思えてくるんですよね

「今日単車で来たやついるか?」(客ワァァァ)「気をつけろよ」→GT400演奏(FRFにて)

孤独であって、充実している、そういうのが人間だ

芸術家になるのは難しいことではない。内容を別にすれば、世間的には自分が決めればいいだけのことだ。誰からも認めてもらえなくても、己さえ納得していればいいのだから話は早い

人間の運命は人間の手中にある

いかなる革命も、3日目から堕落が始まる

(印象派について)彼らはもっぱらその装飾の結果のために、真実を妨害するように、自由なしで、色を使っています。彼らは目だけで物を見て、神秘的な思念を基にしていません。彼らは単に明日の公式画家です

老年は騒音から遠ざかる。沈黙と忘却に仕える

真摯さはごまかせない

私は、人生の岐路に立った時、いつも困難な方の道を選んできた

意図して作ったものがそういう結果になるとは限らないし、絶対、狙いにいかないほうがいい

急にひとりぼっちにされちゃった気持ちになったんですよね。共犯者はいっぱいいるのに、私だけが訴訟を起こされてるような。

現代の若さの最大の悲惨さはもうそれに属さないということ

感動することこそが、人類の最も贅沢なこと

私は天才になるし、世界は私を称賛するだろう。評価されないかもしれないし、理解されないかもしれない。しかし天才になる、偉大な天才にね。なぜなら私はそのことを確信しているからさ

この曲に関しては、音圧があったほうがいいかなって。ハジけたところがあったほうがいい、って思ったし。でも、気持ち的には大きいかもしれないですね。開いた気分でやれば、そうなるだろうし。(『或る街の群青』について)

どんな人でも努力すれば、“それなり”の能力は身につけることが出来る。そして、この世で成功するためには、“それなり”の能力があれば十分なのである

人生の目的は悟ることではありません。生きるんです

学問は生涯を通じて心掛けねばならない

僕たちの小さな情動が僕たちの人生の偉大な船長であることを、また僕たちは意識することなくこの小さな情動にしたがっていることを忘れないようにしよう

基本的に完成は信用しない
