
芸術家


人に善をなせば、とがめられるものだ

もし私が犬よりも猫が好きだというのなら、それは警察猫というものがいないからである

確信を持つこと、いや確信を持っているかのように行動しなさい。そうすれば次第に本物の確信が生まれてくる

この瞬間、瞬間に、若さとか、年よりとか、力があるないとか、才能とか、金とか、あらゆる条件を超えて、その持てるぎりぎりいっぱいの容量で挑み、生きるということだ

彫刻に独創はいらない。生命がいる

何にもなりはしない。僕が生きていれば、悲しみはいつまでも続くだろう。僕はこんな風に死んでゆきたいと思ってだんだ

心の底から平気で、出世なんかしなくていいと思っていれば、遠くの方でちぢこまっている犬のようにはみえないんだ

芸術家の資格は、智慧と注意と誠実と意志のみである

著者の死後、彼の日記を読むことは、彼からの長い手紙を受け取るようなものだ

考えれば考えるほど、人を愛すること以上に芸術的なものはないということに気づく

想像できることは、すべて現実なのだ

女の顔はキャンバスだ 毎日女は少しだけ若い自画像をそこに描いている

芸術家にとって、自然の中に醜いものなど決して存在しない

夫婦とは二つの半分になるのではなく、一つの全体になる事だ

人生に命を賭けていないんだ。だから、とかくただの傍観者になってしまう

絵を描くのは人生に耐えるための手段だ

究極の善、究極の悪、究極の価値がなければ、人間のある活動が別の活動よりも本質的に優っていることなどあり得ない。だから、全ての行為が同じ価値しか持っていないということを認めざるを得ない。とするなら、一つの行為を別の行為よりも優先させるのは、我々が自分で独自の選択を行っているからある

インスピレーションは常に存在する。見つけに行くんだ

現代人の欠点は自分の職業に愛と誇りを持っていないことである。多くの人が職業を必要悪の労役苦役と考えている

結局芸術の唯一の原則は、見るものを模写することだ

普通、表現の仕事であれば作者というものがいますよね。しかし、トマソンには作者というものがいないんです。そこがむしろ面白くて、だから「偶然」とか「出会い」ってことが一番不思議なことに思えてくるんですよね

たとえ僕の人生が負け戦であっても、僕は最後まで戦いたいんだ

人間は精神が拡がる時と、閉じこもる時が必ずある。強烈に閉じこもりがちな人ほど逆に広がる時がくる

人生で起こりうる悪いことは二つしかない。パブロ・ピカソになることか、サルバドール・ダリになれないこと

見ることと感ずることを知る者は、至る所に常に賛美すべきものを見出すだろう

詩人は賞賛など求めてはいない。信じてもらいたいだけだ

僕たちの小さな情動が僕たちの人生の偉大な船長であることを、また僕たちは意識することなくこの小さな情動にしたがっていることを忘れないようにしよう

自分に能力がないなんて決めて、引っ込んでしまっては駄目だ。なければ尚いい、今まで世の中で能力とか、才能なんて思われていたものを越えた、決意の凄みを見せてやる、というつもりでやればいいんだよ

近代的になるなんて努力しなくていい。悲惨なことになにをやろうと、唯一避けられないのがことがそれだから

嫌われることは愛されることより難しい

真理に年齢はない

芸術家は自然の親友である。草花は茎の優美な曲線と花びらの調和のとれた色合いで芸術と対話をする。どの花にも、自然が芸術家に心から語りかける言葉があるのだ

自然は生命を更新するためにのみ死を役立てる

愛することは、愛されること

気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常

すべての偉大な画家はみな空間を探ります。厚みの観念の中にこそ彼らの力は宿るのです

私の誕生の日から、死がその歩みを始めている。急ぐこともなく、死は私に向かって歩いている

素朴に、無邪気に、幼児のような眼をみはらなければ、世界はふくらまない

芸術家は自分の芸術について語ることはできない。植物が園芸を語れないように

覚えておくんだ。生涯あなたに付き添ってくれる唯一の人はあなた自身なんだ

あなたの人生の灰色を消してごらん。そして内に秘めたカラーで彩るんだ

若さと年齢は無関係

壊れたギリシアの彫刻は、多くの傑作に分かたれた傑作です

線の芸術と色の芸術とがあるように、言葉の芸術だってそれより劣るものじゃない

昔の夢によりかかったり、くよくよすることは、現在を侮辱し、おのれを貧困化することにしかならない

見るために、私は目を閉じる

悪貨は良貨を駆逐するという原理と同じで、形式は実質を駆逐する

抽象画なんてものは無い。とりあえず描き始めて、それから現実の痕跡の全てを排除していくのだ

芸術が愛らしいものであってなぜいけないんだ?世の中は不愉快なことだらけじゃないか

挑戦した不成功者には、再挑戦者としての新しい輝きが約束されるだろうが、挑戦を避けたままオリてしまったやつには新しい人生などはない

我々はどこから来たのか?我々は何者なのか?我々はどこへ行くのか?

自分の中にどうしても譲れないものがある。それを守ろうとするから弱くなる。そんなもの、ぶち壊してしまえ!

人生とは自らの道である。一つのことを試みることであり、一つの道を端的に示すことである

僕は流れるって感じが好きなんだ。固定したものは全然つまらない。人生だってそうだろう?いつも流動的で、何が起こるかわからない。だから面白いんだ

芸術愛は真の愛情を失わせる

「志」のない知恵は、翼のない鳥に等しい

もし、黄色と橙色がなければ青色もない

評価されるなんて一切必要なし!音が好きならば、音になっていないといわれようと「音」を出す。これが前提だな

人間は、毎日生まれ変わる

冒険こそが、わたしの存在理由である

自然に基づいて絵画を描くことは、対称を写生することではない。自分の感動を現実化することである

青年は決して安全な株を買ってはならない

イエスとノーのあいだに真実が息づいている

芸術において不道徳は存在しない。芸術はつねに神聖である

恋はその始まりがいつも美しすぎる。だから結末が決して良くないのも無理はない

若いとき旅をしなければ、老いてからの物語がない

経験を賢く活かすならば、何事も時間の無駄にはならない

他人に興味を持ってもらいたければ挑発しなければならない

私は天才を自覚している

美はあらゆるところにある。我々の眼がそれを認めえないだけだ

真実のほかに美はない

リンゴひとつでパリを征服する

私は絵の中で、音楽のように何か心慰めるものを表現したい

私はいつも自分のできないことをしている。そうすればそのやり方を学べるからだ

でたらめをやってごらん。口先では簡単にでたらめなら、と言うけれども、いざでたらめをやろうとすると、それができない

釣りをやる人には、釣れそうなところがわかるそうなんですね。私たちの路上観察も同じような感じで、ありそうなところっていうのが、何となく雰囲気でわかるんですね。あまりピカピカの出来たての街だと、他の要素が入り込む要素がないので、妙なものを発見することが少ないんです。だいぶ時間がたって、壊れたり色々用途が変更になったり、何だかんだと生活にもまれたところで、見る人が見れば妙なものになる。そういうところがすごく面白いところなんですね

運が続くというのは、じつはどこかで運のウィルスに感染して、症状が広がっている、という状態なのではないだろうか

今回この写真文庫(岩波写真文庫)を一冊ずつ選んで、いまの世から眺めていきながら、時代の空気というものをつくづく感じた。活字、つまり言葉では説明しきれないことが、写真からはぷんぷん匂ってくる。このシリーズは、戦後の空気の貴重な貯蔵庫だ。いまの肥満ぎみの世の中は、じつはこの空気を吸うことからはじまっている。良くも悪くも、この空気がいまの日本人の両親なのだ

明日に引き伸ばせば、それは死んでしまう

そもそも不用のものや、そこに転がっているものに「妙なもの」があるんです。これは「妙なもの」としか言いようがないんですけど、それは、まだ誰も見ていないということもあって、それを発見するのが面白かったんですね

今は、もう感動はない。だから感想が湧くのである。感動には叫びはあるだろうが言葉はない

ダサいんですね。言葉を入れすぎると説明になっちゃって、言葉も写真もつまらないものになってしまうんです

私の創造の源泉は、私が愛する人々である

私が猫好きなのは、家で過ごす方が好きだからだ。そして次第に、猫が家の一部に思えてくる

僕は口が裂けても、諦めるなどとは言わない

偶然というのは、結局人間的なことなんじゃないか

(印象派について)彼らはもっぱらその装飾の結果のために、真実を妨害するように、自由なしで、色を使っています。彼らは目だけで物を見て、神秘的な思念を基にしていません。彼らは単に明日の公式画家です

芸術家を何とお思いか。画家なら目、音楽家なら耳、詩人であれば心に抒情、ボクサーなら筋肉のほかに何も持たない愚か者とでもお思いか。それはとんでもない勘違い。芸術家はそれだけでなく、政治的な存在でもあり、世の中の悲しみ、情熱、あるいは歓びにもつねに関心を抱き、ただその印象に沿って自らを形作っている

芸術家とは、不滅の存在である。刑務所や強制収容所に入れられていても、芸術の世界に身を沈めていれば、私は全能でいられる。たとえ、ほこりまみれの牢屋で濡れた舌を使って絵を描かねばならぬとしても

美しさの極致は一人の女にだけあるのではない。すべての女にある。彼女たちはそれを知らないが、皆がこの美に到達するのだ。ちょうど果実が熟するように

運命に耐えているとき、そこに真理が見える

人の本当の仕事は30歳になってから始まる

涙が出てきたら、耐えて、苦しんで、そして前進あるのみだ

芸術は、盗作であるか革命であるか、そのいずれかだ

いつでも大空が、自然の果てしないものが私を引きつけ、喜びをもって眺める機会を私に与えてくれる

そもそも老人力とは、転んでもただでは起きない力のことである。というか、そもそも老人とは、人が間断なくゆっくりと転んでいく状態のことなのである。気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常。例外はない。時期のずれや度合いの違いはあるにしても、人類の全員がゆるゆると、やんわりと、気がつけば転んでいる状態なのだ

絵の玄人なんていうものは、絵描きに対してロクなアドバイスをしない

全生命が瞬間に開ききること。それが爆発だ
