
サルバドール・ダリ(Salvador Dali)


時間は私たちに残された数少ない大切なものだ

私は同時に他人の自由をも目標にするのでなければ、自分の自由を目標にすることはできない

間違いは神聖なもの、それを正すというよりは合理的に考え、誤りを理解せよ。そうすれば間違いを昇華することが可能になる

私は天才を自覚している

我々は決して悪を選ぶことが出来ない。我々が選ぶのは常に善である

本物の画家というのは歴史の騒乱に囲まれながらも洋ナシを根気強く描ける人だ

世間が決して飽きない唯一のものは誇張表現だ

毎朝起きるたびに、私は最高の喜びを感じる。「サルバドール・ダリである」という喜びを

6才の時、コックになりたかった。7才の時、ナポレオンになりたかった。そして、私の野心は、それ以来着実に成長し続けている

私はドラッグをしない。私自身がドラッグだ

究極の善、究極の悪、究極の価値がなければ、人間のある活動が別の活動よりも本質的に優っていることなどあり得ない。だから、全ての行為が同じ価値しか持っていないということを認めざるを得ない。とするなら、一つの行為を別の行為よりも優先させるのは、我々が自分で独自の選択を行っているからある

人生で起こりうる悪いことは二つしかない。パブロ・ピカソになることか、サルバドール・ダリになれないこと

私が生きているのは国王のため、スペインのため、カタロニアのためだ。天才は決して死なない。人類の進化は我々の手中にある。国王、万歳!スペイン、万歳!カタロニア万歳!

本物の画家というのは何もない砂漠で異常なシーンを描ける人だ

ミスというのはほとんどいつも神聖な特徴があって、決して修正しようとなんてしてはいけない

カニバリズムは最も明確な優しさの表現のひとつだ

他人に興味を持ってもらいたければ挑発しなければならない

人生は継続的なパーティーでなければいけないと思う

人間の運命は人間の手中にある

多くの人が80代まで生きれないのは、彼らが長期に渡って40代で止まろうと努力するからだ

近代的になるなんて努力しなくていい。悲惨なことになにをやろうと、唯一避けられないのがことがそれだから

絵画というのは手で作った写真だ

自由であるとは、自由であるべく呪われていることである

恋はその始まりがいつも美しすぎる。だから結末が決して良くないのも無理はない

みんな神話が好きだ。だから私の絵を愛するのだ

天才になるには天才のふりをすればいい

私が生まれるということは不条理である。私が死ぬということも不条理である

私にとってはテレビは想像できるものしか映らない画面の一種でしかない

人生とは自らの道である。一つのことを試みることであり、一つの道を端的に示すことである

その人がいい趣味をしてるかどうかを見極めるのは簡単だ。絨毯と眉毛がマッチしているかだ

私は天才になるし、世界は私を称賛するだろう。評価されないかもしれないし、理解されないかもしれない。しかし天才になる、偉大な天才にね。なぜなら私はそのことを確信しているからさ

過去とは、所有者の贅沢だ。過去を整頓しておくには一軒の家を持つことが必要だ。私は自分の体しか持たない

制服は征服するためにかかせない。私の人生を通じて、市民の衣装を着るほど自分をおとしめるのは稀だった。私はいつもダリという制服を着ている

現代の若さの最大の悲惨さはもうそれに属さないということ

完璧を恐れるな。完璧になんてなれっこないんだから

私が独りでいることは決してない。いつだってサルバドール・ダリといるのが習慣なんだ。信じておくれよ、それは永遠のパーティーってことなんだ

テクニックばかりに気を取られる人たちは全ておいてミスをする

大切なことは混沌を拡大することだ。混沌を消し去ってはいけない

シュルレアリズムは破壊的だ。しかし、それは我々のビジョンを限定する錠の留め金とみなされるものだけを破壊するものだ

「志」のない知恵は、翼のない鳥に等しい

何も真似したくないと思う者は、何も生み出さない

頭のおかしい人と私の唯一の違いは私は頭がおかしくないということ

悪趣味とはクリエイティブなもので、生物学を知識で操るようなもの

眠い人が眠るように、瀕死の人は死を必要としているのです。抵抗が間違いで無駄だというときが、いずれきますよ
