
芸術家


君はあなた自身を創造していると思いなさい

見ることと感ずることを知る者は、至る所に常に賛美すべきものを見出すだろう

作家だとか、法律家だとか、政治家だとかをやってる女っていうのは、怪物だと思うね

悪貨は良貨を駆逐するという原理と同じで、形式は実質を駆逐する

私の健康を祝して乾杯してくれ

冒険こそが、わたしの存在理由である

ナマ身で運命と対決して歓喜する。それがほんとうの生命感

赤がなければ、青を使います

芸術家を何とお思いか。画家なら目、音楽家なら耳、詩人であれば心に抒情、ボクサーなら筋肉のほかに何も持たない愚か者とでもお思いか。それはとんでもない勘違い。芸術家はそれだけでなく、政治的な存在でもあり、世の中の悲しみ、情熱、あるいは歓びにもつねに関心を抱き、ただその印象に沿って自らを形作っている

気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常

文明とは、麻痺状態のことだ

自然は常に完全である。決してまちがわない。まちがいは我々の立脚点、視点の方にある

悪趣味とはクリエイティブなもので、生物学を知識で操るようなもの

アイディアは出発点以上のものではない。固まったらその先かたちを決めるのは思考だ

素朴に、無邪気に、幼児のような眼をみはらなければ、世界はふくらまない

人生で起こりうる悪いことは二つしかない。パブロ・ピカソになることか、サルバドール・ダリになれないこと

若いとき旅をしなければ、老いてからの物語がない

眠い人が眠るように、瀕死の人は死を必要としているのです。抵抗が間違いで無駄だというときが、いずれきますよ

自分の強さを実感している人は、謙虚になる

孤独の中では何もできることはない

人間の運命は人間の手中にある

人は、まず当たり前の作品に対してでも、ある程度は尊重して、それも少しは何かを表していることを認めなければいけない。そして、大いに努力しなければ、その程度にすら到達できない

富は一つの才能であり、貧しさも同様に一つの才能である。金持ちになった貧乏人は、贅沢な貧しさをひけらかすであろう

ノスタルジアに屈してはならない。道に出て、隣町や外国に行くんだ。ただ、痛々しい過去を旅していけない

自分の中に炎を持ち、魂を抱えているのに、どうして、閉じ込めておくことが出来ようか

自分が何をやるかさえ確かだったら、少しぐらい待ってもなんでもない

人の本当の仕事は30歳になってから始まる

詩人にとって最大の悲劇は、誤解によって賞嘆されることだ

恋の始まりは瞬間でも、つきあいが長引くかどうかは、美醜よりも人間味にかかわる問題だ

ようやく何かわかりかけてきたような気がする。私はまだ、進歩している

芸術というものは自然の研究に過ぎません。自然です。何もかもそこにあります

人間が生きている社会基盤は、一瞬なりとも安定することなく、さまざまな変動によってつねに変化する

他の人間はなぜそうなったかを問う。私はいつも何ができるのか、なぜできないのかを問う

芸術家にとって、自然の中に醜いものなど決して存在しない

フィディアスとミケランジェロの前には平伏せよ

だいたい世の中にある「もの」って用件のあるものですよね。でも、単に「もの」を道具としてみるのではなくて、ものの見方の楽しさを感じて欲しいと思います。こういうのってフィールドワークなんです

芸術作品は、部屋を飾るためにあるのではない。敵との闘争における武器なのだ

あなたの人生の灰色を消してごらん。そして内に秘めたカラーで彩るんだ

美術館はちょっとまとまり過ぎてる感じで、博物館的な世界には思わぬものがあるんだよね

我々が描くのは顔の表?中?それとも裏か

画家は労働者が働くように勉強しなければならない

自分には過去も未来もない。ただ現在に生きようが為に絵を描くのである

神童などという言葉は、家族のつくったものだ

自分が自分自身に出会う、彼女が彼女自身に出会う、お互いが相手の中に自分自身を発見する。それが運命的な出会いというものだ

芸術愛は真の愛情を失わせる

誰にも何の役にも立たないではないか。絵、展覧会──それがいったい何になる

運を信じるしかない。そうでなければ、気にくわない人たちの成功をどう説明すればいいのだ

偉大な男の背後には必ず、その男を愛してくれる女がいた。「愛する女がかなえてくれるレベルより、もっと偉大になんか男はなれない」という言葉には、多くの真理が含まれている

この瞬間、瞬間に、若さとか、年よりとか、力があるないとか、才能とか、金とか、あらゆる条件を超えて、その持てるぎりぎりいっぱいの容量で挑み、生きるということだ

マンホールをずっと撮っている林丈二さんも、オートになってから奥さんに「ちょっと、あなたの写真、最近、あんまりよくない」って言われたらしいです。どっかに出ちゃうんですね。何でしょうね。自覚して使えばいいんだけど、カメラの機能に寄りかかって撮っちゃうとダメなんでしょうね。何にでもそういうことはいえますね

人間が生きる限り、死人も生きているんだ

芸術において不道徳は存在しない。芸術はつねに神聖である

僕はいつも自分が純粋に感じたこと、考えたことを、理解されようがされまいがダイレクトにぶつける

若さと年齢は無関係

詩人は未来を回想する

ゆっくり急げ。美よりも速く走れ

全てのものは限られた量しかない。特に幸福は

私が死んだら、まるで船が遭難するようなものだな。大きな船が沈むと、その近くにいる人はみな、渦に巻き込まれてしまうんだ

私は仕事をしているとくつろげる。何もしていなかったり、訪問客の相手をしていたりすると疲れる

このまま行けと、僕の中の僕が命じるんだ

覚えておくんだ。生涯あなたに付き添ってくれる唯一の人はあなた自身なんだ

信念のためには、たとえ敗れると分かっていても、おのれを貫くそういう精神の高貴さがなくて、何が人間ぞと僕は言いたいんだ

神を知る最善の方法は、多くの物を愛することだ

できると思えばできる、できないと思えばできない。これは、ゆるぎない絶対的な法則である

抽象画なんてものは無い。とりあえず描き始めて、それから現実の痕跡の全てを排除していくのだ

普通、表現の仕事であれば作者というものがいますよね。しかし、トマソンには作者というものがいないんです。そこがむしろ面白くて、だから「偶然」とか「出会い」ってことが一番不思議なことに思えてくるんですよね

涙が出てきたら、耐えて、苦しんで、そして前進あるのみだ

ようやく子どものような絵が描けるようになった。ここまで来るのにずいぶん時間がかかったものだ

努力というのは、恐らく運や偶然を追いつめて縮めて微細なものにしていって、自分で掴まえやすくするためのものではないのかと思うのである

大切なことは、熱狂的状況をつくり出すことだ

他人に興味を持ってもらいたければ挑発しなければならない

女には、生まれつき筋をつらぬく面がある。男よりずっとしっかりしているよ

インスピレーションは常に存在する。見つけに行くんだ

世間が決して飽きない唯一のものは誇張表現だ

人が、夜や花を、そして自分を取り巻く全てのものを、理解しようとしないで愛せるのはなぜだろうか。なぜか芸術に限って、人は理解したがるのだ

すべての偉大な画家はみな空間を探ります。厚みの観念の中にこそ彼らの力は宿るのです

私はいつも自分のできないことをしている。そうすればそのやり方を学べるからだ

私は天才になるし、世界は私を称賛するだろう。評価されないかもしれないし、理解されないかもしれない。しかし天才になる、偉大な天才にね。なぜなら私はそのことを確信しているからさ

真実のほかに美はない

「それにしてもあの絵は全然彼女に似ていないな」なに、彼女の方でだんだん絵に似てくるさ

頭のおかしい人と私の唯一の違いは私は頭がおかしくないということ

人生に命を賭けていないんだ。だから、とかくただの傍観者になってしまう

我々は何をするにも、常に自分自身に問わなければならない。もし皆がそうしたら、どんなことになるだろうと

自分の中にどうしても譲れないものがある。それを守ろうとするから弱くなる。そんなもの、ぶち壊してしまえ!

生き方の基準は、正しいか正しくないかではなく、美しいか否かである

神々と肩を並べるには、たった一つのやり方しかない。神々と同じように残酷になることだ

なにが芸術家かって?それを知ってたら、注意深く、ばらさないようにしておくよ

自分の好きな音を勝手に出す、出したい音を出したらいい

99回倒されても、100回目に立ち上がればよい

路上観察の場合はある種の説明で、見る人の手助けになるようにと思って書いています。でも、作品としての写真となると、見る人がその作品の中にどうやって入っていけば良いかわからない…入り口のない場合が多いんですね

自分に能力がないなんて決めて、引っ込んでしまっては駄目だ。なければ尚いい、今まで世の中で能力とか、才能なんて思われていたものを越えた、決意の凄みを見せてやる、というつもりでやればいいんだよ

手には、物を掴む手と放す手がある

美はざっと見てもわからない

最近はお金持は多いけど、上品なお金持はなかなかいない。だいたいは下品だ

運命は人がその糸をもつれさせるのを好まない

盗作は情けない

彫刻は、凹凸の術である

いや、40年と30秒だよ
