
久石譲


優れたプロとは、継続して自分の表現をしていける人のこと

若い内から理論でがんじがらめになってのたうち回る癖をつけろ

ひらめきも何も考えていないという事ではなく、必死に悩んで考え、自分を追い込んだ結果として、ぽっと生まれるもの

モノを作るというのは、そういう多様な面を併せ持った自分を総動員させながらも、本人が意識しているものを剥ぎ取ったところに妙味が出るものなのではないだろうか

やるからにはナンバーワンを目指したい

期限までに毎日どのくらいのペースでやっていかなければならないか考える

確実にたくさんの曲を作り続けていくには、気分の波に流されてはいけない

方向性に迷った時は僕は初めのイメージに立ち返る

国際級のすごいソリストを入れても、中に一人下手な人間がいるとアンサンブルとしての実力は、そのレベルに下がってしまう

経験も知識も上手く活かせないと意味がない。 自分を狭めてしまうような経験だったら、豊富にならない方がいい

自分の置かれている環境を整備しないと、レベルというものは、いとも簡単に下がっていく

芸術家になるのは難しいことではない。内容を別にすれば、世間的には自分が決めればいいだけのことだ。誰からも認めてもらえなくても、己さえ納得していればいいのだから話は早い

多少体調が悪くても、気分が優れなくてもベースは崩さないように努める

曲を書く際に、人を感動させようとか、美しいメロディーを書いてやろう、と考えているわけではない

作曲家の基本命題は「いい曲をつくる」こと

想像力の源である感性は、その土台になっているのは自分の中の知識や経験の蓄積だ。そのストックを、絶対量を増やしていくことが、自分のキャパシティを広げることにつながる

自分が感動できるものを提出していかないと、周りの人、ひいては観客に響いていかない

最近いろんな人と話していて思うのは、結局いかに多くのものを観て、聴いて、読んでいるかが大切だということ

好きだから、大切だからこそ人は高いところを目指す

恥ずかしさというのは、自分をよく見せたいと思う心の裏返し

仕事はまず核心をつく、一番大事なところからやるようにしている

創造の泉を自分の内に持っていれば、書きたいものを書き続けられる

基本的に完成は信用しない

聴く人がどう受け止めるかは、聴く人の自由

毎回が真剣勝負

人々の求めるニーズに無関係であってはならない、かといってニーズに迎合してもいけない

調子が良くなかろうが、ノルマを達成するように進めていかなければこなしきれない

音楽っていうのは、96%まで技術です

腑に落ちた道を進んでいかないと、 苦労や失敗を背負い込む覚悟もできない

音を出すことで何を伝えたいのか

感覚って信じてます? 僕は感覚なんて全く信じていない

最初にして最高の聴き手は自分自身

モノを作ることを職業としていくには、一つや二ついいものができるだけではダメだ

僕の場合、作曲の作業に入っているときは生活も一定のペースを保ち、できるだけ規則的に坦々と過ごすように心がけている

最後は直感なのだ

自分が興奮できないようなものではダメ

生涯に一作であれば、誰でもいい曲がつくれる

1回でもつまらない仕事をしちゃえば、そこで終わり

何かを表現していく人間にとって、自分の拠り所を気分に置いてしまうのは危ういこと

みんな何かしら人知れず苦労しているものだ。だから自分から進んで苦労する必要はない

時間が無尽蔵にありさえすればいいものができるという物ではない。むしろ、 期限が決められているのは、モノを作る人間にとってはありがたい事

監督の意向に従うことは大事だが、望んでいる通りのものを書いていたのではいけない

作曲には、論理的な思考と感覚的なひらめきを要する。論理的思考の基になるものが、 自分の中にある知識や体験などの集積だ

創造力で大きな仕事をしていく人たちは予定調和を嫌う

第一印象というのは作り手として「いいものを作ってやろう」という思いから生じる余計な観念にまだ支配されてないから、感じたままが最も素直に表れている

幅を広げたかったら、知性を磨くことと本当の修羅場をくぐり抜けること

例え、一流よりもいい音が出せたとしてもまだニ流なのです。大事なのは、その音を出し続けることができるかということ

ありとあらゆる感覚を総動員させ、自分を限界まで追い込んでいく

何事もそうだが、中途半端な決断で道を選ぶと、途中で大変な試練があったときに気持ちが挫けやすい

生涯、創造者でありたい

感性を磨くとは、こうした直感を鍛えることだと思う

作曲家として一番大切な事は、とにかく曲を書き続ける事

マラソンランナーと一緒で、長距離を走り抜くにはペースを崩さないこと
