
芸術家


創造性の最大の敵は良きセンスだ

リンゴひとつでパリを征服する

いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ

忍耐もまた行動の一つの形態だ

芸術作品が時代に先駆けてあらわれるとき、時代は芸術作品の後ろでもたもたしている

人に善をなせば、とがめられるものだ

「絵になる風景」を探すな。よく見ると、どんな自然でも美しい

なんでもいいから、まずやってみる

他人に興味を持ってもらいたければ挑発しなければならない

なにが芸術家かって?それを知ってたら、注意深く、ばらさないようにしておくよ

私は仕事をしているとくつろげる。何もしていなかったり、訪問客の相手をしていたりすると疲れる

運命は、むしろ降ってきたものを遊んだ方がいいのだろう。自分で選ぶとなれば運命として遊べないが、上から下りてくる運命は、むしろそれ自体を遊べる。自決できる世界は考えたら自分の範囲の狭いものだが、突然やってくる他からの運命の世界は自分よりも広い。どうも運命を遊ぶ気持ちが、他力思想の自在さに繋がっていくような気がする

ゆっくり急げ。美よりも速く走れ

眼前のものに深く入ること。そしてできうる限り論理的な自己表現を、忍耐強く行うことです

人生には不愉快な事柄が多い。だからこれ以上、不愉快なものを作る必要はない

自然は常に完全である。決してまちがわない。まちがいは我々の立脚点、視点の方にある

私はいつも、まだ自分ができないことをする

眼が見えるということは一生涯もかかる教育の果実です

近代的になるなんて努力しなくていい。悲惨なことになにをやろうと、唯一避けられないのがことがそれだから

凡庸な人間が自然を模写しても決して芸術品にはなりません。それは彼が「見」ないで眺めるからです

詩はなくてはならないものだ。ただそれが何のためにあるのかを知ってさえいればなあ

デッサンと色彩とは区別することはできぬもので、彩色をほどこすにつれてデッサンがなり、色彩が調和していくにつれてデッサンは正確になる。色彩が豊富になる時、形も充実する

自然が本当に好きなら、あらゆるところで美を見い出せるだろう

悪貨は良貨を駆逐するという原理と同じで、形式は実質を駆逐する

自分の思い通りにしかできないことは、自分の思いだけに閉じ込められるということになる。自分の思い通りが突っ走った結果は、自分が自分の壁の中に閉じ込められて、外気は遮断されて、そのままでは一酸化炭素中毒となってしまう

人間と人間社会の問題なのかもしれない。つまり偶然というのは、本当はこの世の中を無数に満たしている事柄なのかもしれない。世の中はむしろ無限の偶然で成り立っている

芸術とは、自然が人間に映ったものです。大事なことは、鏡をみがくことです

見るために、私は目を閉じる

何か新しいものを作るとき、それを作るのは実に複雑だから、作品はどうしても醜くなってしまうのだ

自分の中に炎を持ち、魂を抱えているのに、どうして、閉じ込めておくことが出来ようか

人間はコンピュータとは違って揺れ動いてますよね。だから、すべてのものを何かの思い入れを持って見ているんですね。なので、その時々によって違って見えてくることがあるんでしょうね

あなたのインスピレーションやイマジネーションを抑えてはならない。模範の奴隷になるな

心の底から平気で、出世なんかしなくていいと思っていれば、遠くの方でちぢこまっている犬のようにはみえないんだ

やり方を学ぶ

壁は自分自身だ

私は対象を見えるようにではなく、私が思うように描くのだ

ユーモアを失わないように戦うのだ。ユーモアの欠如は愚の骨頂だ

例えを言って、それが即、通じるというのは、お互いに共通するものをもっているということ

ただこの世の中に生まれてきたから、惰性で生きてるなんて、そんなやつは、生きてる必要ない

アイディアは出発点以上のものではない。固まったらその先かたちを決めるのは思考だ

生き方の基準は、正しいか正しくないかではなく、美しいか否かである

今は、もう感動はない。だから感想が湧くのである。感動には叫びはあるだろうが言葉はない

人は、若くても年をとっても、絶えず成長したり変化したりしていますよね。固定したものはないんですね。だから、今、面白くないものは、あえて見ることもないなっていう気もします

信念のためには、たとえ敗れると分かっていても、おのれを貫くそういう精神の高貴さがなくて、何が人間ぞと僕は言いたいんだ

盗作は情けない

覚めていて夢みることは、眠っていて夢みることとほとんど同じである

運命は人がその糸をもつれさせるのを好まない

孤独の中では何もできることはない

多くの人が80代まで生きれないのは、彼らが長期に渡って40代で止まろうと努力するからだ

芸術は、意識と無意識の融合である

インスピレーションは常に存在する。見つけに行くんだ

沈黙は絶叫よりも恐ろしい

世間が決して飽きない唯一のものは誇張表現だ

画家がどれだけ素晴らしいパレットを持っていても意味がない。大事なのは、どんな眼を持っているかなんだ

もし婦人の乳ぶさと尻がなかったら、私は絵を描かなかったかもしれない

我々が描くのは顔の表?中?それとも裏か

私は、自分の作品に心と魂を込める。そして制作過程では我を失う

やっぱりその時(写真を撮った時)に「良い」と気が付くのは感覚というか、その時の感受性ですからね。それがないとゴミはゴミのままなんですね。実際にゴミだったのかも知れないし、わからないですよね。写真は固定されたものではないっていうのを実感しますね

人生は、水平方向に落ちていくことである

私は天才を自覚している

あなたには安らぎがある。贅沢さはない。お金が一端を握っているなんて言わないでくれ。私が提案している贅沢には、金はまったく関係ない

ミュージアムをひとつくれ。埋めてやる

友達に好かれようなどと思わず、友達から孤立してもいいと腹をきめて、自分を貫いていけば、本当の意味でみんなに喜ばれる人間になれる

芸術家というものは、自分に才能があると思うとだめになってしまう。つけあがらず、職人みたいに仕事をしてこそ、はじめて救われる

創造の最大の敵は「良い」センスだ

私の誕生の日から、死がその歩みを始めている。急ぐこともなく、死は私に向かって歩いている

抽象画なんてものは無い。とりあえず描き始めて、それから現実の痕跡の全てを排除していくのだ

ようやく何かわかりかけてきたような気がする。私はまだ、進歩している

全然文明化されていない環境と孤独が、死の間際にいたり、私の内部で、最後の熱情のひらめきを復活させるのです。そしてその熱情こそ、私の想像力を、今いちど燃やし、私の才能を、最後の出口へと導いてくれるものなのです

人生の長さは一秒にも満たない。その僅かな時間に永遠に向けての準備をしなければならないとは!

毎朝起きるたびに、私は最高の喜びを感じる。「サルバドール・ダリである」という喜びを

自分の好きな音を勝手に出す、出したい音を出したらいい

絵を描くのは人生に耐えるための手段だ

みんな神話が好きだ。だから私の絵を愛するのだ

日本人はやはり全員が五、六歳か、もしくはたんなる訴訟の素材なのだ

(死んだら地獄と極楽のとちらに行きたいか?)どっちでもいいさ。そのどちらにも会いたい友人がいるのでね

今回この写真文庫(岩波写真文庫)を一冊ずつ選んで、いまの世から眺めていきながら、時代の空気というものをつくづく感じた。活字、つまり言葉では説明しきれないことが、写真からはぷんぷん匂ってくる。このシリーズは、戦後の空気の貴重な貯蔵庫だ。いまの肥満ぎみの世の中は、じつはこの空気を吸うことからはじまっている。良くも悪くも、この空気がいまの日本人の両親なのだ

大切なことは、熱狂的状況をつくり出すことだ

ゴッホは美しい。しかしきれいではない。ピカソは美しい。しかし、決してキレイではない

時間は私たちに残された数少ない大切なものだ

(作品をどのように見て欲しいですか?)ものの見方の色んな角度を感じてもらえたらいいですね

見ることと感ずることを知る者は、至る所に常に賛美すべきものを見出すだろう

かぶりついて仕事せよ

少なくとも自然は、生命を更新するためにのみ死を役立てます

頭のおかしい人と私の唯一の違いは私は頭がおかしくないということ

1.必ずできると信じろ2.限界を越えろ3.「その時」を待つな4.行動しろ5.正しく問え6.ジャッジせず、隠された美を見ろ7.遅すぎることなんてない

想像できることは、すべて現実なのだ

被写体に最初に出会った時の写真が一番良いんですね。うまく撮ろうとたくらんだ写真は、素直な力がなくなる

釣りをやる人には、釣れそうなところがわかるそうなんですね。私たちの路上観察も同じような感じで、ありそうなところっていうのが、何となく雰囲気でわかるんですね。あまりピカピカの出来たての街だと、他の要素が入り込む要素がないので、妙なものを発見することが少ないんです。だいぶ時間がたって、壊れたり色々用途が変更になったり、何だかんだと生活にもまれたところで、見る人が見れば妙なものになる。そういうところがすごく面白いところなんですね

カニバリズムは最も明確な優しさの表現のひとつだ

批評家は常に比較する。比較できないもの、つまり「類まれなもの」はそこからすり抜ける

仕事は人間に必要だ。だから人は目覚まし時計を発明した

何かをうまく語ることは、何かをうまく描くことと同様に難しくもあり面白いものだ

線の芸術と色の芸術とがあるように、言葉の芸術だってそれより劣るものじゃない

いつでも大空が、自然の果てしないものが私を引きつけ、喜びをもって眺める機会を私に与えてくれる

作家だとか、法律家だとか、政治家だとかをやってる女っていうのは、怪物だと思うね

恋する女であれ。そうすれば幸せになれる。神秘的な女であれ。そうすれば幸せになれる

芸術作品は、部屋を飾るためにあるのではない。敵との闘争における武器なのだ
