
芸術家


大切なことは混沌を拡大することだ。混沌を消し去ってはいけない

自分の好きな音を勝手に出す、出したい音を出したらいい

私が猫好きなのは、家で過ごす方が好きだからだ。そして次第に、猫が家の一部に思えてくる

私は子供のときに自転車に乗ったことのない唯一の男である。描くことにしか興味がなかった

最も美しい主題は君たちの前にある。なぜといえばそれらのものこそ君たちが一番よく知っているからである

雨が降るのは聞こえるが、雪が降るのは聞こえない。軽い悩みは大声で叫ぶが、大いなる苦悩は沈黙する

たとえこの人生が負け戦であろうと、いずれにせよ僕は「良い戦い」をしたい

抽象画なんてものは無い。とりあえず描き始めて、それから現実の痕跡の全てを排除していくのだ

宇宙には緊急な、致命的な、動かせない法則がある。なければならぬ

僕は口が裂けても、諦めるなどとは言わない

痛みはいつか消えるが、美は永遠に残る

僕たちの小さな情動が僕たちの人生の偉大な船長であることを、また僕たちは意識することなくこの小さな情動にしたがっていることを忘れないようにしよう

百の欠点を無くしている暇があるなら、一つの長所を伸した方がいい

真実のほかに美はない

同じことを繰り返すくらいなら、死んでしまえ

他の人間はなぜそうなったかを問う。私はいつも何ができるのか、なぜできないのかを問う

自然に基づいて絵画を描くことは、対称を写生することではない。自分の感動を現実化することである

私は絵の中で、音楽のように何か心慰めるものを表現したい

僕はいつも自分が純粋に感じたこと、考えたことを、理解されようがされまいがダイレクトにぶつける

老年は騒音から遠ざかる。沈黙と忘却に仕える

人生で最もすばらしい癒し、それが愛なのだ

眠い人が眠るように、瀕死の人は死を必要としているのです。抵抗が間違いで無駄だというときが、いずれきますよ

とりあえず放送した方がいいというので、日本の世の中には形式だけのアナウンスがわんさと流れている。日本人は形式が好きだ、と思われても仕方のないことだ

人生の長さは一秒にも満たない。その僅かな時間に永遠に向けての準備をしなければならないとは!

過去とは、所有者の贅沢だ。過去を整頓しておくには一軒の家を持つことが必要だ。私は自分の体しか持たない

天才?そんなものは決してない。ただ勉強である。方法である。不断に計画しているということだ

詩人は賞賛など求めてはいない。信じてもらいたいだけだ

詩人にとって最大の悲劇は、誤解によって賞嘆されることだ

いいんだ。岡本太郎の責任でやるんだから

芸術は、意識と無意識の融合である

涙が出てきたら、耐えて、苦しんで、そして前進あるのみだ

自然を円筒形と球形と円錐形によって扱いなさい。自然は平面よりも深さにおいて存在します。そのため、赤と黄で示される光の震動の中に空気を感じさせる青系統を入れる必要性があるのです

本物の涙は、悲しい一ページからではなく、見事に置かれた言葉の奇跡から引き出される

自分の中にどうしても譲れないものがある。それを守ろうとするから弱くなる。そんなもの、ぶち壊してしまえ!

人は生涯、同一水準の作品しか書けない

私は対象を見えるようにではなく、私が思うように描くのだ

傑作なのか屑なのかわからない

芸術家というものは、自分に才能があると思うとだめになってしまう。つけあがらず、職人みたいに仕事をしてこそ、はじめて救われる

わたしは立ち止まりはしない

風景なら その中を散歩したくなるような、女性なら その人を抱きしめたくなるような、そんな絵を私は描きたい

時間は私たちに残された数少ない大切なものだ

面白いねぇ、実に。オレの人生は。だって道がないんだ。眼の前にはいつも、なんにもない。ただ前に向かって身心をぶつけて挑む瞬間、瞬間があるだけ

いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ

人間は、毎日生まれ変わる

美はあらゆるところにある。我々の眼がそれを認めえないだけだ

私はドラッグをしない。私自身がドラッグだ

家の仕事をしている女性は、この世でもっとも美しい

自分が自分自身に出会う、彼女が彼女自身に出会う、お互いが相手の中に自分自身を発見する。それが運命的な出会いというものだ

私が独りでいることは決してない。いつだってサルバドール・ダリといるのが習慣なんだ。信じておくれよ、それは永遠のパーティーってことなんだ

明日描く絵が、一番すばらしい

他人を模写するのは必要なことである。しかし、自分を模写するのは哀れなものだ

芸術家とは自分のやっていることに喜びを覚える人のこと。だから、すべての職業に芸術家がいるのが望ましいのだ

情欲に流されるのはいい。だけど、流されているという自覚を持つんだ

人間は精神が拡がる時と、閉じこもる時が必ずある。強烈に閉じこもりがちな人ほど逆に広がる時がくる

もし婦人の乳ぶさと尻がなかったら、私は絵を描かなかったかもしれない

絵画というのは手で作った写真だ

予感というのも、努力の重なりの上に出来る、透明な上澄みのような感覚だと思う

もし仕事というものが、人間にとって生きることのあがないではなく、生きることの目的であったら、人間はどんなに幸福だろう

芸術家とは、不滅の存在である。刑務所や強制収容所に入れられていても、芸術の世界に身を沈めていれば、私は全能でいられる。たとえ、ほこりまみれの牢屋で濡れた舌を使って絵を描かねばならぬとしても

大金を持った貧しい人のように暮らしたい

我々は自分たちを巡る奥深い知られざる者の真ん中にいて、絶えず昏迷する

昔の夢によりかかったり、くよくよすることは、現在を侮辱し、おのれを貧困化することにしかならない

想像できることは、すべて現実なのだ

心の底から平気で、出世なんかしなくていいと思っていれば、遠くの方でちぢこまっている犬のようにはみえないんだ

冒険こそが、わたしの存在理由である

自分の中に炎を持ち、魂を抱えているのに、どうして、閉じ込めておくことが出来ようか

少なくとも自然は、生命を更新するためにのみ死を役立てます

ようやく何かわかりかけてきたような気がする。私はまだ、進歩している

大胆のコツは、度が過ぎない程度にどこまで遠くへ行けるかを知ることである

運を信じるしかない。そうでなければ、気にくわない人たちの成功をどう説明すればいいのだ

創造の最大の敵は「良い」センスだ

先に見出し、後に捜し求めよ

自分を実際そうである以上に見たがったり、また見せようとしたり、あるいは逆に、実力以下に感じて卑屈になってみたり、また自己防衛本能から安全なカラの中にはいって身を守るために、わざと自分を低く見せようとすること、そこから堕落していくんだよ

人生はキミ自身が決意し、貫くしかないんだよ

危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ

挑戦した不成功者には、再挑戦者としての新しい輝きが約束されるだろうが、挑戦を避けたままオリてしまったやつには新しい人生などはない

まっさらな目をもて!そして目的を捨てろ!

私は天才を自覚している

人生とは自らの道である。一つのことを試みることであり、一つの道を端的に示すことである

作家だとか、法律家だとか、政治家だとかをやってる女っていうのは、怪物だと思うね

女の美は性格の中にあるのです。情熱の中にあるのです

自分が何をやるかさえ確かだったら、少しぐらい待ってもなんでもない

盗作は情けない

秘訣というものはない。ただ正しさの法則があるばかりだ

本物の画家というのは歴史の騒乱に囲まれながらも洋ナシを根気強く描ける人だ

人生の目的は悟ることではありません。生きるんです

「絵になる風景」を探すな。よく見ると、どんな自然でも美しい

自分の打ったボールがどこへ飛ぼうがかまわない。スカッと飛びさえすれば、いい気持ちなんだ

芸術愛は真の愛情を失わせる

偉業は一時的な衝動でなされるものではなく、小さなことの積み重ねによって成し遂げられるのだ

自分の思い通りにしかできないことは、自分の思いだけに閉じ込められるということになる。自分の思い通りが突っ走った結果は、自分が自分の壁の中に閉じ込められて、外気は遮断されて、そのままでは一酸化炭素中毒となってしまう

私は大金を持った、貧乏人のように暮らしたい

何も真似したくないと思う者は、何も生み出さない

私が生きているのは国王のため、スペインのため、カタロニアのためだ。天才は決して死なない。人類の進化は我々の手中にある。国王、万歳!スペイン、万歳!カタロニア万歳!

癒しという言葉が丸薬みたいに使われるようになった最初は、大江健三郎のノーベル文学賞だと思う。あのストックホルムでの授賞式の講演の中で、癒すとか癒されるとかいう副次的な意味で使われていた言葉が『癒し』として、名詞みたいに、テーマに坐る言葉として使われていた

僕がしてきたことは、僕たちとって一番いいことなんだ。どうしようもないんだ、僕はこの憂鬱から絶対に逃れられない

フィディアスとミケランジェロの前には平伏せよ

路上観察の場合はある種の説明で、見る人の手助けになるようにと思って書いています。でも、作品としての写真となると、見る人がその作品の中にどうやって入っていけば良いかわからない…入り口のない場合が多いんですね
