顔に性格が表れるように、声には人生が現れる。言葉でどうこうするより、何万時間語り合うより、一曲でいいから自分の書いた歌を聴いてもらえば分かりあえる気がしちゃうんだよな
芸術家にとって、自然の中に醜いものなど決して存在しない
Avoiding danger is no safer in the long run than outright exposure. The fearful are caught as often as the bold.
危険を回避することは、長期的には危険に完全に晒されるよりも安全ではない。怯える人は大胆な人と同じくらい頻繁に捕らえられる。
やっぱり私は表現をする事が好きやなー
優れたプロとは、継続して自分の表現をしていける人のこと
間違いは神聖なもの、それを正すというよりは合理的に考え、誤りを理解せよ。そうすれば間違いを昇華することが可能になる
急流中底の柱、即ち是れ大丈夫の心
(曲を)作ること自体が究極のセラピー
全生命が瞬間に開ききること。それが爆発だ
俺も好きなバンドには一方的な想いをぶつける
自殺か三枚完結かでしょ?ロックストーリーって。
死ぬと分かってて戦うのが一人前の男って訳じゃない。男なら命を張る場面はきっと来る。お前にその時が来たら、思いきりやればいい。
すべての偉大な画家はみな空間を探ります。厚みの観念の中にこそ彼らの力は宿るのです
出産じゃなくても、女の人にはあることだと思いますよ。(感覚ではなく)頭で理解しようとしちゃう瞬間が、人生で何度かあるんじゃないでしょうか。大きな選択っていうか
「何事も一人で大丈夫」っていう基本さえあれば、あとはもう全部楽しいんだよ
ほうきとか持ってエアギターとかしたりするわけじゃん、憧れて。それの延長なんだよ
芸術家というものは、自分に才能があると思うとだめになってしまう。つけあがらず、職人みたいに仕事をしてこそ、はじめて救われる
ふつうは歳をとったとかモーロクしたとかあいつもだいぶボケたとかいうんだけどそういう言葉の代わりに「あいつもかなり老人力がついてきたな」という風に言うのである。そうすると何だか歳をとることに積極性が出てきてなかなかいい
「たかが音楽にのせる飾りじゃないか」という想いと、「誰かの一生をも変えてしまうかもしれない不思議な魔法」という想い。その間で僕は今も歌詞を書く。
現実とつじつまが合わないイノベーションを手掛けてはいけない。そのようなイノベーションが実を結ぶことは希である。たんにその新奇さのゆえに、魅力的に見えることが少なくない。しかし、それらの多くはたとえ失敗しなくとも、莫大な資金と時間を要する
頑張ってる最中の奴を手助けしないで見守ることをみんなできるはずなのに、そこで水差すのはいいかっこしたいからじゃん。僕は私は、こういう困ってる人は見過ごせない。自分より弱い立場の人は絶対助けてあげなきゃいけないほど心の優しい人間です。そういう心の持ち主ですって他にアピールしたいだけじゃないの?恥を知れ!
書いたり発したりすることも大切だけど、今必要なのはちゃんと耳を傾けることなんじゃないかと思います。読むこと、感じること、と言い換えてもいい。受け取ること。吸い込むこと。それを温めること。そのうえで書くこと、発すること。それをまた、お互いによく聞くこと。俺もできてませんが…。
もしマーケティングが完全に行われていたら、販売努力は不要だ
世の中は悪くなっている。おそろしく退化している。何も考えない人間が増えている。甘ったれたバカが増殖している
目標に達するまでの道筋を多くしないこと
私は、人生の岐路に立った時、いつも困難な方の道を選んできた
顧客にとっての価値を想像してはならない。直に聞かなければならない
自分を実際そうである以上に見たがったり、また見せようとしたり、あるいは逆に、実力以下に感じて卑屈になってみたり、また自己防衛本能から安全なカラの中にはいって身を守るために、わざと自分を低く見せようとすること、そこから堕落していくんだよ
かっちょよく死ぬ瞬間を逃してしまったんだよ。俺たち人類はもうさ生きのびちゃったんだからさ。もうかっこよく終われないんだよ。人類は。だからかっこよく終われないんだから終わらせないようにしようぜって思うんだよ
無茶苦茶だよ。熱だけしかなくてさ、意味はないんだよ。
体力的な無理はできるけど、精神的な無理は良くない
原因は何十年かのちに学者が明らかにするだろうが、行動する経営者としては待っていられないだろう。使えるもの、分かったことはどんどん使いなさい
子どもの時から音楽が好きでしたので、音楽学校に行くことも考えましたが、音大の入試にパスするほどピアノが弾けませんでした(最終学歴:東京大学教育学部教育心理学科)
愛の前で自分の損得を考えること自体ナンセンスだ。そんな男は女を愛する資格はない
人生山あり谷ありでさぁ、今は山にいるかもしんねぇけど、いつかは絶対に谷になるんだ。お前らも絶対辛い時期があって、楽になりたいって思うときがあると思う。そういうのにあったときってさ、すーげぇいい人になっちゃうんだよ。もう傷つきたくないって思って、周りから愛されるようないい人に・・・でもそれって罠だから! いつまでも、何かに対抗する牙は捨てちゃなんねぇ。牙を抜くんじゃねぇぞ、牙を磨いとけよ! 最後まで油断すんなよ
私は絵を描く夢を見、そして私の夢を描く
人はいつも、行動する時より口で言う時の方が大胆になる
ひらめくまで待つ
凄くふさわしいところに自分が立ってて、凄くふさわしい行動を取っているような気がするんだよ
オレは糞っタレのダメ人間!お前ら、オレみたいになんなよ!…でもさ、お前らがいるからこんなオレでもここに立てた。今のオレにはもう歌うしかねぇ、だからお前ら、オレにもう少し付きあってくれ
後継者を自分一人で選んではならない。どうしても20年前の自分に似た者を選びたくなる
戦争は戦争を養う
創造の最大の敵は「良い」センスだ
大体、いちばん素晴らしい絵を描くのは四、五才くらいの子どもだよ
私たちは生涯、忠義を尽くし、御恩に報いる目的で一切の艱難を乗り越えなければならない
本当に死んでもいいくらい好きって奴は、認められないなんてことで不平を言わないよね
音楽が自分のすべてです
重荷をいただいた胸は打ち明ければ軽くなる
飛べないホソミはただのタケシだぜ
やった分しか、返ってこない。適当にやっていて、超ラッキーでこんなすごいことになっちゃいましたってことは絶対ないよ。そんなに甘くないから。
インディーズの頃は、有名になって注目されたいとか、めっちゃ広い家に住みたいということが活力になってて
我々が行動可能なのは現在であり、また未来のみである
運が悪かったんだよ …お前等は
いまだに『磔磔』って字が書けない…。 (03年京都磔磔にて)
自分があまりにも日本語を知らな過ぎることがコンプレックスでした
選択肢とか自由な表現が辛いのは、自分という位置の束縛が出てくるからである。自由による束縛といってもいい。いまの子供たちは、自由な表現というものを強要されて、ずいぶん辛い思いをしているのではないか。表現したいことなんて特になくても、とにかく自由にして見せないといけない。それよりもむしろ固苦しい習いごとを押しつけられて、そのことに抵抗を感じている方がよほどネイティブの自由がふくらんでくる
終わりのあるものしか信用できない。終わりのあるものしか生きてないからね。
一事を根気よく長時間続けることは困難なのである。勉とはそれに打つ勝つだけの忍耐力の養成を意味する
もともと変わった曲にしようとしていたわけじゃなくて、自然に出来たんで。まぁ、奇跡って言い方はおかしいですけど、偶然的にあのような曲になったっていうところも大きいんですよね(『サイレン』について)
さぁライヴハウスへ帰ろう
希望と失望は同じものですよね? 心が優しい人ほど毎日泣いていて幸せな時間ほど早く過ぎて、失望したことがない人は希望の意味を知らないし。同じものなんですよね。だから、俺はひたすら希望を綴っているだけなんです
歌だってそうなんだ。歌唱力がうまいへたではなくってね、ちゃんとあなたのところに飛んでいくようなメロディを歌いたい
自然が本当に好きなら、あらゆるところで美を見い出せるだろう
何処に居ても俺らの唄声とか届いてると思うし。
All we are saying is give peace a chance!
僕らが言っているのは、平和にチャンスを与えようということだけだ!