私は子供のときに自転車に乗ったことのない唯一の男である。描くことにしか興味がなかった
返信への返信(「Re:Re:」)という意味ですが、アルバムの場合、曲の並びが“ラストシーン”から“サイレン”で悲しすぎたので、『もう一度』という意味をこめてタイトルをつけました。(『Re:Re』について)
評価されるなんて一切必要なし!音が好きならば、音になっていないといわれようと「音」を出す。これが前提だな
100の好きを見つけても1の嫌いに心を裂かれたりする
(曲を)作ること自体が究極のセラピー
フィディアスとミケランジェロの前には平伏せよ
馬鹿なら馬鹿ほどカッコええ。駄目なら駄目ほどカッコええとか、そういう世界ってあるんよ
人生は、水平方向に落ちていくことである
人生はほんの一瞬のことに過ぎない。死もまたほんの一瞬である
誰でも自らの強みについてはよく分かっている。だが、たいていは間違っている。わかっているのはせいぜい弱みである。それさえ間違っていることが多い
我々は自分の内に天使をかくまっている。我々はこの天使の保護者でなくてはならない
(それぞれの曲に色んな人物や設定を想定しているのですか)場面は変わりますが、一人称はずっと同じイメージです
If you tried to give rock and roll another name, you might call it ‘Chuck Berry’.
ロックンロールに別の名前をつけるなら、それは「チャック・ベリー」だね。
我々はどこから来たのか?我々は何者なのか?我々はどこへ行くのか?
オルタナをやり始めた時は、「暗い」「分かりにくい」という声があって、若干構えてしまったんです。力技で分からせてやるみたいな余計な力が抜けたんじゃないかな。すごく文字にしづらいかもしれないけど、スイングスピードが速いストレートを自然体のフォームで打てるようになったというか
沖縄、色んなものがあるんでしょうね。…珍しい鳥もいるんだろうね…ほら、青いのとか…(石垣島にて)
九州は暑いね。君らはこんなあったかい所に住んでるけど、北の寒い所に住む子らとは人生が違うんだよ。例えば……気温。(福岡ライブにて)
世の中は悪くなっている。おそろしく退化している。何も考えない人間が増えている。甘ったれたバカが増殖している
みんなの前で歌わんかったら下手になる
周りからどんなにバカに見られたって俺らが楽しけりゃ俺らの勝ちだよな
一人前になるっていうのは、すげえかっこいいこと
急にひとりぼっちにされちゃった気持ちになったんですよね。共犯者はいっぱいいるのに、私だけが訴訟を起こされてるような。
曲を書く際に、人を感動させようとか、美しいメロディーを書いてやろう、と考えているわけではない
見ることと感ずることを知る者は、至る所に常に賛美すべきものを見出すだろう
他人を、誰かを愛するという行為は、全ての可能性の始まりだと思っている。
誰にでも何かの仕事に適する素質がある。世の中が必要とするものは多く、自分が役に立てることが必ずある
会計学者や経営者は「純利益」という言葉を使うが、企業経営ではそんな言葉を使ってはいけない。「フューチャー・コスト(未来費用)」と呼ぶべきだ。企業というのは、リスクを負うために失敗することもある、そのときのために未来のコストを留保してあるのであって、利益の蓄積ではないのだ
一生懸命考えたり思ったりしてわからなくなって、最後の最後のところで逃げ場のないところまで追い詰められて、だからロックンロールをやってる気がするんだよ
仕事は点ではなく線だ
さっき決めたんだーどうしてもどうしてもどうしても笑顔じゃいられない時以外は、笑っていようって
著者の死後、彼の日記を読むことは、彼からの長い手紙を受け取るようなものだ
やっぱりみんな自分の手を動かして曲を書かないとダメですよ。作家っていうのは実態のないものだから、いっぱい書かないと本当の姿というのが現れてこない。書いて初めて、実態というのがあるように見えてくるというだけで。
覚めていて夢みることは、眠っていて夢みることとほとんど同じである
いかなる創造的活動も、はじめは破壊的活動だ
私は同時に他人の自由をも目標にするのでなければ、自分の自由を目標にすることはできない
声が出なくなっても僕は(ロックンロールを)止めないなと思った
楽しいと楽は違うよ。楽しいと楽は対極だよ。楽しいことがしたいんだったら楽はしちゃダメだと思うよ。楽しようと思ったら、楽しいことはあきらめなきゃダメだね。ただ、生活は楽な方が絶対いいと思うよ。でも人生は楽しい方がいいじゃん。生活は楽に、余計なことには気をとられず人生は楽しく。
凄くふさわしいところに自分が立ってて、凄くふさわしい行動を取っているような気がするんだよ
自然は常に完全である。決してまちがわない。まちがいは我々の立脚点、視点の方にある
数曲唄って思ったけど、見える・見えないの問題じゃねぇな。きっと、何処にでも届いてると思う。
We could never learn to be brave and patient, if there were only joy in the world.
もしもこの世が喜びばかりなら、人は決して勇気と忍耐を学ばないでしょう。
Zepp Tokyoには幾つか強烈な印象が残っているライブがあって。以前、声が出なくて点滴を打ってステージに立ったこともあったんですよ。あのライブも良かったんだよな
僕らの音楽は誰にも揺るがされなくなりました。他のどんな要素にもびくともしない、僕らと音楽の関係が完全に守られました。
僕の人生はそれほど長くないだろう。だから僕は一つのことしか目に入らない無知な人となって仕事をするつもりだ。ここ数年のうちに何がしかの仕事をやり遂げてみせる
友情は、喜びを二倍にし、悲しみを半分にしてくれる
「最初はグー」ってなんであるんだろう。
日本人はやはり全員が五、六歳か、もしくはたんなる訴訟の素材なのだ
自分が嫌いな相手にまで好かれたいとは思わないですし
小ちゃい頃、私が思ってる自分よりも女っていう生き物としての男の人は見るんだな」って意識した時に凄く嫌悪感があった
俺達が、日本のミッシェル・ガン・エレファントだー!(98年フジロックにて)
学とはならうということで、すぐれた人物の立派な行いを習い、みずからもそれを実行していくことである
このまま行けと、僕の中の僕が命じるんだ
マラソンランナーと一緒で、長距離を走り抜くにはペースを崩さないこと
曲のメロディはもちろん大事ですが、大きな構造で考えるとスコアは設計図みたいなもの
僕は一貫して自己満足です、めざすものは
全部は混沌としてるから面白い
いいよ。行っちまえよ。何処へでも。何処にでも届くように唄ってるからさ。
「独りでも生きていける強さ」なんてモノは要らん。リボン付きでプレゼントされても捨てちまうだろうな。独りで生きる意味ってあるのか?俺は孤独には全力で抵抗するよ。いつだって誰かを探すよ。他人が居てこその俺だろう。傷付け合って存在確認だろう。これらを放棄した俺なんて死んでいる様なモンだ。
いまだに『磔磔』って字が書けない…。 (03年京都磔磔にて)
私には規則や方式は一切ない。裸婦を見る、すると幾千ものちいさな色合いが見えてくる。その中から、生き続けるものを探し出し、そのようにして真新しい色調をキャンバスの上に躍動させるのだ
Music is everybody’s possession. It’s only publishers who think that people own it.
音楽はみんなのものだ。自分のものと思っているのは作った人だけさ。
いつもとは違う部屋の中に見たくないものを置いておく
絵を描き始める前に、すでにそれは私の心の中に形作られている
学ぶことは何もないの。楽しむだけでいいんだ
僕は新しく何かをやりたいんじゃなくて、今何をやりたいかなんだよ、まさに
ゆっくり急げ。美よりも速く走れ
お金って、ただの道具じゃないですか
言いたいことは言う。 その時は心を込めて言う。
明日のための今日じゃありません。今日のための今日です
私は何も発明したりしない。ただ、再発見するだけだ
組織は常に進化していなくてはならない
子どもが大人になった時に、母が自分との時間を犠牲にしてまで、何を作っていたのか。知られた時に、恥ずかしくないもの、単純にわかるものを残したい。
僕は死なないと思いながら死ぬんだろうな。
The heresy of one age becomes the orthodoxy of the next.
ある時代の異端は、次の時代の正統になるのです。
もう俺は、相手がお客さんであろうが、メンバーであろうが、友人であろうが、音楽でしかきっと何も伝えられない。
不得手なことの改善にあまり時間を使ってはならない。自らの強みに集中すべきである
「ヒットさせなきゃ」とかはないです。ただ、自分自身が毎回前作を超えたいだけで。
(デビュー当時は)「ゴースト何人いるの?」とか「ほんとはいくつ?」とか散々言われて。子どもだから全然こたえないんだけど
だって欲しいから手に入れるんだし、好きだから抱きしめるんだよ。もったいないからとっとこう、ってのはちがう。その時点でそれはゴミなんだ。
暴力は、常に恐ろしいものだ。たとえそれが正義のためであっても
手ぇ離せや。俺はもう誰の命令も聞かん。あの娘のことはもうほっといたれ。これ以上 手ぇ出すんやったら嶋野の親父やろうが殺すで 俺は……
心理の何か変化があるんですよ。人間行動すべき理由がある。
筋肉で力任せに殴るよりも、腰を入れて体重の乗ったストレートの方がズドンと重いじゃないですか
What I am looking for is not out there, it is in me.
探しているものは外になく、自身の中にあるものです。