ブルースって、どうしてブルースっていうか、知ってる?それはブルースが悲しいから…(02年RSR)
問題になろうがどうしようがいいんだもん。それはまた対処していけば。だけど大人たちに相談しちゃうと問題になりそうだからやめようってことになっちゃうんだ。
自分を支えているのは、自分
人々を動機付ける能力がなくては、経営者とは言えない
俺は最近認めてるよ。自分のなかのリベンジを
(初めて買ったCDは?)中学生の時に買った久保田利伸さんのアルバム
手段ではなくて目的
(音楽にスーパースターは必要?という質問に対し)自分がなればいいんじゃないッスか、自分にとってね。そう思えないヤツはずっと誰かの真似になっちゃうんじゃないかな。
(富士山を望むステージが売りのイベントで生憎の曇り空、富士山が見えないね、との問いかけに)でかすぎて見えねぇんじゃねぇの?(SWEET LOVE SHOWER 2007にて)
成果をあげる者は、時間が制約要因であることを知っている。あらゆるプロセスにおいて、成果の限界を規定するものは、最も欠乏した資源である。それが時間である
選択肢とか自由な表現が辛いのは、自分という位置の束縛が出てくるからである。自由による束縛といってもいい。いまの子供たちは、自由な表現というものを強要されて、ずいぶん辛い思いをしているのではないか。表現したいことなんて特になくても、とにかく自由にして見せないといけない。それよりもむしろ固苦しい習いごとを押しつけられて、そのことに抵抗を感じている方がよほどネイティブの自由がふくらんでくる
恋愛だって芸術だって、おなじだ。一体なんだ。全身をぶつけること。そこに素晴らしさがある
自分の中にどうしても譲れないものがある。それを守ろうとするから弱くなる。そんなもの、ぶち壊してしまえ!
誰かと肩がぶつかる。生きるってそういう事だと思う。
希望を捨てない方がいい。俺はサイコーなんだって信じるんだ。既成の概念なんか疑ってかかった方がいい。「なんでなんだ?」っていつも子供みたいに感じていたいぜ。
フィディアスとミケランジェロの前には平伏せよ
経営者がかならず身につけておかなければいけない、大事な要素がひとつだけある。それは品性である
組織に働く者は、成果に何も寄与しないが無視できない仕事に時間をとられる。膨大な時間が、ほとんど役に立たない仕事、あるいはまったく役に立たない仕事に費やされている
大人になって大好きな人ができて、今まで男の子とチョメチョメしてきたのがリハーサルだったのかと思うぐらい、「私はこの人のために、経験や知識やこれから学ぶこと全部を捧げなければいけない。捧げるべきなんだ」って心に決める。すごく本能的に感じるんですよね
思い出したいことなんていっぱいありすぎて、いっそのこと全部忘れてしまいたいぐらい幸せなんだよ
ダサいんですね。言葉を入れすぎると説明になっちゃって、言葉も写真もつまらないものになってしまうんです
俺にはなぁ……桐生ちゃんの 命より大切なモン━━見捨てることは できんかったんや。
破壊こそ創造の母だ
I don’t believe in killing whatever the reason!
どんな理由だろうと殺しはいけない!
重要なことは明日何をするかではなく、今日、何をしたかである
夢を語る奴のことをバカにしたことはない、そういう奴の為にグングニルって曲が出てきたりします。俺は決して笑わないって歌。そして俺もそういうことをしすぎて目が悪くなりました。夢の見過ぎで悪くなりました。そういう歌も歌ったことがある。でも結局のとこドリーマーです。永遠のドリーマーです。
ちょっと力抜いちゃうと(ライブ会場の雰囲気に)飲まれそうになっちゃうから、ずっと気を張っていなくちゃいけない
何が正しいかなんてわからんでしょ。俺が死んでも答えは出んよ。 そんなら好きだと思う事やるしかないんじゃないかなあ。
紅葉ってさぁ、葉っぱなの木なの?」(05年夏フェスにて)
自然は生命を更新するためにのみ死を役立てる
自分が作った曲をいっぱい聴いてもらえたり楽しく歌ってもらえるんが1番嬉しい。難しいこととか考えたくない!作るのが楽しい、歌うのが楽しい、誰かのの思い出になれる事が嬉しい
星なんて見えなくたって心の中にありゃぁいいし、なきゃ唄えばいいし、唄えないまま死んだって全然OKだし、だからお前なんか大嫌いだけど大好きなんです。
自然は常に完全である。決してまちがわない。まちがいは我々の立脚点、視点の方にある
そや桐生チャン…龍司とかいう奴に負けたら承知せぇへんで。俺との勝負も残っとるんやからなぁ。
偉大な精神は、静かに忍耐する事を知っている
藤くん、心からおめでとう。本当に本当に嬉しかった。他人のことでこんなに嬉しかったのはいつ以来だろう。昨日もらった連絡で僕は眠れなくなりました。これからも大好き。おめでとうございます。
「それにしてもあの絵は全然彼女に似ていないな」なに、彼女の方でだんだん絵に似てくるさ
人間は明日の朝に対して、何がしかの恐怖と希望と心配を持たずにはいられない
信念のためには、たとえ敗れると分かっていても、おのれを貫くそういう精神の高貴さがなくて、何が人間ぞと僕は言いたいんだ
The rumors of my death have been greatly exaggerated.
俺の死の噂は大げさに語られている。
人間生きてりゃ、終わりなんて無い。いつだってやり直せるんだ。
管理者は高潔な品性をもってこそ、指導力を発揮し、多くの人の模範となりうる
成し遂げたいことに必要な条件を、明確に把握すればするほど、達成される確率は高まっていく
面白いねぇ、実に。オレの人生は。だって道がないんだ。眼の前にはいつも、なんにもない。ただ前に向かって身心をぶつけて挑む瞬間、瞬間があるだけ
俺にとって音楽って魔物でしかなくて、常に。ごほうびなんて与えてくれないんですよ、基本的に。とにかく捧げものをひたすた貢いで貢いで貢いで貢いで、で、ちょっとおこぼれをいただくような真っ黒い、闇みたいな存在だった
宇宙には緊急な、致命的な、動かせない法則がある。なければならぬ
「独りでも生きていける強さ」なんてモノは要らん。リボン付きでプレゼントされても捨てちまうだろうな。独りで生きる意味ってあるのか?俺は孤独には全力で抵抗するよ。いつだって誰かを探すよ。他人が居てこその俺だろう。傷付け合って存在確認だろう。これらを放棄した俺なんて死んでいる様なモンだ。
九州は暑いね。君らはこんなあったかい所に住んでるけど、北の寒い所に住む子らとは人生が違うんだよ。例えば……気温。(福岡ライブにて)
勉、つとめるというのは、自己の力を出し尽し、目的を達成するまではどこまでも続けるという意味合いを含んだ文字である
涙が出てきたら、耐えて、苦しんで、そして前進あるのみだ
ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎
この会場には仕事やっとるやつ、やっとらんやつ、学校行っとるやつ、行っとらんやつ。いろんな人がおると思うけど、お前らはライブを見に来とる。俺らはライブをやりに来とる。それで問題なかろう。
作曲家として一番大切な事は、とにかく曲を書き続ける事
生きてる人間が『生きてる』っていう事を証明する為に言葉とか色々方法があるんだとしたら、そのいくつもある方法の中から音楽を選んだヤツらが集まっているのがこのバンドだと思う。
「とりあえず、テレビのドラマに合った曲を書かなきゃいけない」とかって音楽の価値を下げることだと思う
Life is what happens to you while you’re busy making other plans.
人生とは、人生以外のことを夢中で考えている時にあるんだよ。
成功への道は自らの手で未来をつくることによってのみ開ける
あなたのインスピレーションやイマジネーションを抑えてはならない。模範の奴隷になるな
本当に口うるさいロックン・ロールや、口の匂いまでするようなリズム&ブルース。そんな音楽は21世紀には無くなってしまうのだろうか。ロボットやサイボーグが聴くような計算された音楽だけが市場にあふれている。
とりあえず放送した方がいいというので、日本の世の中には形式だけのアナウンスがわんさと流れている。日本人は形式が好きだ、と思われても仕方のないことだ
ミスというのはほとんどいつも神聖な特徴があって、決して修正しようとなんてしてはいけない
そうだったな。俺らはいつもそうやって生きてきたんだったな。
人って、炎とか波とか、長い時間見てても飽きないらしい。同じ形になることがないから、って。変化し続けるものって儚い
近代的になるなんて努力しなくていい。悲惨なことになにをやろうと、唯一避けられないのがことがそれだから
座って弾き語りやってても激しいなあこの音楽って思う時もある。だけど逆にフルボリュームでアンプ鳴らしてガーって大暴れしてるのに何も感じない時がある。それはもしかしたら内面が伝わってるんじゃないかと思うんですよ。
悲しいことも苦しいことも、全てを楽しみに変えていけるのが人間の力だよ
目の前で襲われてる女の子を黙ってみてられるほど、俺は大人やないんや。
レコーディングするようになって18年。いまだにミックスってわからない。難しい。だからおもしろい。なんだろな。なんだろな。音楽っておもしろい。
目標に達するまでの道筋を多くしないこと
生活と人生は違う。質素な生活、豊かな人生。
市場において目指すべき地位は、最大ではなく、最適である
絶対に誰かと肩がぶつかる。でも『ごめんね』って言うしかないんです。『ごめんね、でも俺も生きてるし、お前も生きてるからさぁ』って。『お互い痛いわけだしさぁ』っていうね。そういうのをお互いが感じるんだと思います。そういう肩がぶつかったその痛みすら、俺は愛しいと思えるんです。確実に自分も存在してるし、その人も存在してるから。肩がぶつかるよりも、抱き合えたら1番嬉しいんですけど。
素晴らしくマネジメントされた組織というものは、日常はむしろ退屈な組織である
やっぱ東城会はアホばっかりや。大好きやで。
今日と明日と明後日のことぐらいを考えていればいいんだよ。
少なくとも僕にも誰かを楽しませることはできる
その瞬間に爆発していればカッコいい
期限までに毎日どのくらいのペースでやっていかなければならないか考える
芸術は、意識と無意識の融合である
Security is mostly a superstition. It does not exist in nature, nor do the children of men as a whole experience it. Avoiding danger is no safer in the long run than outright exposure. Life is either a daring adventure, or nothing.
安全とは思いこみにすぎない場合が多いのです。現実には安全というものは存在せず、子供たちも、誰一人として安全とは言えません。危険を避けるのも、危険に身をさらすのと同じくらい危険なのです。人生は危険に満ちた冒険か、もしくは無か、そのどちらかを選ぶ以外にはありません。