


なんでもいいから、まずやってみる

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

どの曲も全力でやって一番いいと思えるものを出している

みんな何かしら人知れず苦労しているものだ。だから自分から進んで苦労する必要はない

絶望で生きてようと、希望で生きてようと、どちらも生きてるんであれば、まずそれが奇跡だなと。生きてることが本当にミラクルなことだと思うんですよね。

何があっても、賛成反対両方あるのは自然。

人は幸運の時は偉大に見えるかもしれないが、真に向上するのは不運の時である

感動っていうものに限界は無いじゃないですか、日々。それに突き動かされるんですよ

今までの後悔とか、辛かった事とか、選択も全て間違いじゃなかった

国際級のすごいソリストを入れても、中に一人下手な人間がいるとアンサンブルとしての実力は、そのレベルに下がってしまう

芸術家にとって、自然の中に醜いものなど決して存在しない

恋はその始まりがいつも美しすぎる。だから結末が決して良くないのも無理はない

オルタナをやり始めた時は、「暗い」「分かりにくい」という声があって、若干構えてしまったんです。力技で分からせてやるみたいな余計な力が抜けたんじゃないかな。すごく文字にしづらいかもしれないけど、スイングスピードが速いストレートを自然体のフォームで打てるようになったというか

大体、いちばん素晴らしい絵を描くのは四、五才くらいの子どもだよ

すべては奇跡だ。例えば、お風呂に入ったとき、あなたがお湯に溶けてしまわないことだって

何処に居ても俺らの唄声とか届いてると思うし。

世の中は悪くなっている。おそろしく退化している。何も考えない人間が増えている。甘ったれたバカが増殖している

「楽しく続いていくうちは最高に楽しいことをやろうぜ。駄目になったら、それはそれ」っていう考え方の方が、逆に物事が続いてったりするじゃん。もちろん続けることは大切な意味があるけれど、それが目標になっちゃうと挑戦も冒険もできなくなっちゃうからね

ゲームと違って、人生には決まった攻略法はありません

曲のコンセプトを考えるとき、これはやはり論理が主

僕らはユーモアがないものはどうしても楽しめないんだ。何があってもどこかにユーモアがないと堅苦しくて、そこの場所に居づらくなる

誰もが芸術を理解しようとする。ならば、なぜ鳥の声を理解しようとはしないのか

結果オーライって凄くいいことだと思わない?

未来は誰のものでもない。先駆者というものはおらず、時間に遅れた者しかいないのだ

自分を実際そうである以上に見たがったり、また見せようとしたり、あるいは逆に、実力以下に感じて卑屈になってみたり、また自己防衛本能から安全なカラの中にはいって身を守るために、わざと自分を低く見せようとすること、そこから堕落していくんだよ

意見や考えが違うのは当然のこと。より良い社会の「より良さ」も凝り固めてしまえばイデオロギーなんだけど、誰が勝ったとか論破したとかそういう方法じゃなくて、柔軟にその「より良さ」を目指すことについて同意しながら、進んでいけたらいいですよね。厳しさも排除せずに。

自分の人間力なんて分からないし、そこで勝負しようなんて思ってないんだよね

「これはしたくない」「こういうやり方はしない」っていうことさえ自分でわかっていれば、何とかなる気がする

ふつうは歳をとったとかモーロクしたとかあいつもだいぶボケたとかいうんだけどそういう言葉の代わりに「あいつもかなり老人力がついてきたな」という風に言うのである。そうすると何だか歳をとることに積極性が出てきてなかなかいい

そもそも不用のものや、そこに転がっているものに「妙なもの」があるんです。これは「妙なもの」としか言いようがないんですけど、それは、まだ誰も見ていないということもあって、それを発見するのが面白かったんですね

生きてると後悔はつきもの

自分を支えているのは、自分

リンゴひとつでパリを征服する

考えれば考えるほど、人を愛すること以上に芸術的なものはないということに気づく

世界中で今日もどこかでライブがあるだろうし、明日もどこかでやるだろうし、世界中でも何百何千万、すごい数のライブがあるんだろうけど 、俺の言ってるこのすげえロックンロールっていうのは 多分、ほんの一握りなんだよ

本気も本気 “大本気” や!

自分が作った曲をいっぱい聴いてもらえたり楽しく歌ってもらえるんが1番嬉しい。難しいこととか考えたくない!作るのが楽しい、歌うのが楽しい、誰かのの思い出になれる事が嬉しい

私たちは生涯、忠義を尽くし、御恩に報いる目的で一切の艱難を乗り越えなければならない

僕らは、今存在している人達は皆、存在する事を選んだ人達だと思います。

人間と人間社会の問題なのかもしれない。つまり偶然というのは、本当はこの世の中を無数に満たしている事柄なのかもしれない。世の中はむしろ無限の偶然で成り立っている

ルソーの「ラブレターを書く時は、何を書きたいか何も考えずに書き始めて、それが思い浮かぶ前に書き終えろ」っていう言葉があって。

俺は峯に教わったんだ。信じる心ってのは・・・人間死ぬ間際でも持てるんだってことを・・・!

芸術は悲しみと苦しみから生まれる

なんか最近いろんなことが理屈っぽくなってるじゃない。でも人をふさぎ込ませるものなんてそんなになくていいんだよ。悲しいことは世の中にいっぱいあるんだから。

何十年先も俺たちの曲は君のそばにいる

音楽っていうものは言ってしまえば母の腹の中に着床した時からだと思うんですけど。その後は、父のモーツァルト好きが高じて多分モーツァルトが多かっただろうと。で、私が「音楽」として自覚したのはそれを否定し始めたときだと思う

俺らがなんでロックやってっかというと、ロックはさ、汚ねぇ言葉とかすっげぇ使ってるよ。それが受け入れれない奴は、まだロックなんて必要ねぇんだよ。でも、絶対なんか壁にぶちあたった時、ロックを聞くとさ、こんな汚ねぇこと考えてるの俺だけじゃねぇんだって思えるからさ。だから、俺らはおまえらのためだけにロックをやるよ

制服は征服するためにかかせない。私の人生を通じて、市民の衣装を着るほど自分をおとしめるのは稀だった。私はいつもダリという制服を着ている

高校生の時、僕はズブズブと音楽にのめりこんだ。なにかあるたんびに寂しく一人で音楽を聴くような、僕をそんな人間にしたのは間違いなくパンクがきっかけだと思う

ぼくはいつでも、一生懸命歌を作ってるんだよ。才能があるから歌が出来ると思ってるのかも知れないが、それはちがう。作っているんだよ。

何も真似したくないと思う者は、何も生み出さない

(名古屋の「な」はどういった字か、と客に確認した後)「何だよっ、知らねえよ!大体なー、『名前が古い屋根』だぞ? 何なんだよ?! ……『名前が古い屋根』って…シャチホコ? …で、シャチホコってなんだ? コイか? 」(名古屋ライブにて)

最終的な完成形を頭の中でイメージしないで闇雲にキーボードを叩いても良い作品は生まれない

「病気になったのは罰なんだ」「人の言うことを聞かないからこういうことになるんだ」と、自分を責める気持ちから曲が生まれた。ネガティブな気持ちを書いている。

ただ大人たちにほめられるようなバカにはなりたくない

忠誠心を買うことはできない。獲得すべきものである。金の力で引き留めようとすれば、引き留められた者が誘惑に対する自分の弱さを会社のせいにするだけである

幹部の仕事と知識とは、あまり関係はない

上手にするってことなんか必要じゃなくて、熱くなればいいんだよね。

私は芸術でも何でも、全部がエロビデオみたいに受け止めてもらえればいいって思ってるんです。グッとくるか来ないかっていう、ただそれだけ

自分の声は好きじゃなかったです。凄い低いし。でも音楽やりはじめてからは気に入ってる

人生は継続的なパーティーでなければいけないと思う

ロック・ミュージシャンになりたいなんて言ったら、親も教師も友達も、みんながみんな反対してくれたもんだった。もうそれだけで社会の落伍者みたいなもんだから。でも、それはとても幸福なことだったと、今は思える。

今の音楽の置かれてる状況の事とか、悲しくなっちゃう所がありますよね。パソコンで150円で買えるとか、若い頃の自分にとって凄い高かった、3000円とか2800円っていう感覚、その感じがもう無いっていうのは、なんかちょっと悲しいですね。

絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ

周りからどんなにバカに見られたって俺らが楽しけりゃ俺らの勝ちだよな

とどのつまり歴史とは何か?歴史とは伝説と化した事実であり、伝説とは歴史と化したウソである

The more I see the less I know for sure.
知れば知るほど、分からなくなるものだ。

やるからにはナンバーワンを目指したい

アホくさ。喧嘩すんのは結構やが、もしウチのシマに入ってきたら・・・そん時は怪我するだけじゃすまへんで。

Optimism is the faith that leads to achievement. Nothing can be done without hope and confidence.
楽観主義は達成へとつながる信念である。 希望と自信なくして何事も成しえない。

馬鹿なら馬鹿ほどカッコええ。駄目なら駄目ほどカッコええとか、そういう世界ってあるんよ

私にとっては、この外気の中での美しい研究がありがたい。私の部屋は私を苦しめる。小さすぎ手足を痛める靴のようだ。そして都会・・ 美しい都会、幾度も言わねばならないが、私が自分を知る一切のものを学び得たのは野原や森の外気の中でのことである

詩人は常に真実を語る嘘つきである

「ヒットさせなきゃ」とかはないです。ただ、自分自身が毎回前作を超えたいだけで。

ようやく子どものような絵が描けるようになった。ここまで来るのにずいぶん時間がかかったものだ

「お客様は神様」ですから

「五稜郭ジャンキーズ! 」「みんな、牛好きかー?!ジンギスカーン!」(札幌ライブにて)

楽しいと思った瞬間、そこがゴール

ガキンチョだますのがロックだと思う

確信を持つこと、いや確信を持っているかのように行動しなさい。そうすれば次第に本物の確信が生まれてくる

ロックの基本は愛と平和だ。

自然にやってく中でぼんやり何となく楽しいっていうのは、凄く大事なこと

我々が描くのは顔の表?中?それとも裏か

判断の代わりに公式を使うことは、つねに間違いである

The rumors of my death have been greatly exaggerated.
俺の死の噂は大げさに語られている。

愛は永久不滅なもの。姿かたちを変えることはあるが、本質は決して変わらない

ジョークを言った本人が笑ったら、そのジョークはジョークでなくなる

大小様々な仮想敵を作って「XXXXよりこっちが良い!」みたいに比較するのではなくて、「楽しい!」とか「ヤベー!」とか、言葉にできない魅力とか、そういうことをシェアしたいなって思う。

今が楽しいかどうかは自分が今を楽しんでいるかにかかっていること 目の前にある大事な事 見失うほど未来に目をやってしまうのはとても愚かな事

「あいみょんこんな曲作って欲しい」とか、色々意見は聞くんですけど全部受け入れていると、先に進めなくなっちゃう

結局はひたすら考えるしかないという心境になっている

(「日出処」のタイトルについて)もっとビビッドで、私たちが知ってるお日様って何だろうって思った時に、こういうタイトルになりました

何も考えないで、何も判断しないことが、一番の罪だと思う

長く生きてるほうが絶対おもしろいよ

やりたい放題やるとか、自由でいるとか。その理想がすべて叶った瞬間、とりあえず俺の人生、終わりでいいかなと思った。

マネジメントたる者は、共に働く者から自らの仕事を教わらなければならない

楽曲を作ることの方が楽しい。それをいつ本業にできるかって最初から思ってた。

絶対に言えるのは、時間が経つとワインと同じで良くなるんです。少々の時間じゃだめだけどね、100年後とかね。何でもない写真でも100年経ったらすごく良く感じるんですよ
