


興奮した党派の叫びの中から、真理の声を聞き取ることは難しい

「最近バンドの調子がいいですね。」とか会ったこともない奴に言われる機会が増えました。そういう奴らには、これからも「おめー誰だよ!!??」ってやっていくんで、皆さんよろしくお願いします

全てのものは限られた量しかない。特に幸福は

選択肢とか自由な表現が辛いのは、自分という位置の束縛が出てくるからである。自由による束縛といってもいい。いまの子供たちは、自由な表現というものを強要されて、ずいぶん辛い思いをしているのではないか。表現したいことなんて特になくても、とにかく自由にして見せないといけない。それよりもむしろ固苦しい習いごとを押しつけられて、そのことに抵抗を感じている方がよほどネイティブの自由がふくらんでくる

秘訣というものはない。ただ正しさの法則があるばかりだ

大人になると人生がつまんなくなっちゃうって思ってる方が、若者の中にもすごく多いと思うんですけど、そんなことはないです。

自然が本当に好きなら、あらゆるところで美を見い出せるだろう

何事も他人に負けてはならないとする気持ちと、決めた目的の下に一刻も油断なく、心の緊張を失わないことが大事だ

反原発集会へのお誘いも多かったけど、そういうところへ行って歌えば受けるの当たり前だし。目にみえててつまらない。むしろ推進派の集まりに呼ばれてやりたかった。

そりゃバイク乗るのも楽しいし、映画も好きだし。でも、桁外れなんだよ。富士山と石ころくらいの違いなんだよ。ロックンロールやってるときの楽しさは、桁外れなんだ。好きなものを見つけるってそういうこと。

新大久保から来ました。(THE BIRTHDAY福岡ライブにて)

何かを表現していく人間にとって、自分の拠り所を気分に置いてしまうのは危ういこと

やらないってのも一つの行動だと思う

コーヒーのブラックが飲めない。頭が痛くなるから

40歳になって「来た来た!」と思っています。40歳からが私に似合う年齢だと思っていましたから、それまで、どうやって時間をつぶしたらいいかと長く苦しんでいました。

芸術家は自分の芸術について語ることはできない。植物が園芸を語れないように

時間こそ真に普遍的な制約条件である。あらゆる仕事が時間の中で行われ、時間を費やす。それなのに、ほとんどの人が、この代替できない必要不可欠な資源を重要ではないもののように扱う。

いい子な自分と、悪い子な自分、みんな含めて一人の自分

さよならとか別れとか、似たことしか歌わなくなってきたなあって。でも本能では、自分はそういうものを書いていくんだろうなってわかっていて

運が続くというのは、じつはどこかで運のウィルスに感染して、症状が広がっている、という状態なのではないだろうか

最高で当たり前なんだよ

よほど守らなきゃいけないものができるとか。自分の人生をすべて捧げなきゃいけない時が来るんですよね。

たった一曲だって、他人に最後まで聴かせるということは、結構すごいことなんだ。音楽に限らず、映画だってマンガだってお笑いだってね

コミュニケーションで最も大切なことは、相手の言わない本音の部分を聞くことである

真摯さはごまかせない

みんな同じなんだよ。大人も子供も、上も下もなくて、ただ同じ地面の上にみんな立ってるだけで。そういうことが、28になってわかった気がする。だから、みんなも長生きしてさ、精一杯生きてください。

絶対に言えるのは、時間が経つとワインと同じで良くなるんです。少々の時間じゃだめだけどね、100年後とかね。何でもない写真でも100年経ったらすごく良く感じるんですよ

星なんて見えなくたって心の中にありゃぁいいし、なきゃ唄えばいいし、唄えないまま死んだって全然OKだし、だからお前なんか大嫌いだけど大好きなんです。

自分のなかに自分だけが感じている匂いみたいなものだとか、あると思うんですけど。

富は一つの才能であり、貧しさも同様に一つの才能である。金持ちになった貧乏人は、贅沢な貧しさをひけらかすであろう

結局芸術の唯一の原則は、見るものを模写することだ

日本人の強みは、組織の構成員として、一種の「家族意識」を有することにある

歌だってそうなんだ。歌唱力がうまいへたではなくってね、ちゃんとあなたのところに飛んでいくようなメロディを歌いたい

楽しいことは、みんないい事だとは思わないか?つまらないことは、罪悪だとは思わないか?

俺が兄さんをムカつかせたんなら、謝ります

学ぶことは何もないの。楽しむだけでいいんだ

家族でも、うっかり見ていないゲームの結果を言おうものなら、次の日までずっと機嫌悪いみたいな。「センスねえ人間だ」っていう感じになっちゃうじゃないですか(笑)。サッカーには、人をそうさせる何かがある。熱くさせるスポーツですよね

芸術家は自然の親友である。草花は茎の優美な曲線と花びらの調和のとれた色合いで芸術と対話をする。どの花にも、自然が芸術家に心から語りかける言葉があるのだ

一生のうちの勇気の絶対量があるとしたら、もう使い果たしていると思うんですよ、ビビりだから。

泣きそうなときこそ、泣くのをグッとこらえた分だけ、弱くなるような気がする。だから、泣きたいときはないていいんだよ。

否定する材料を探したいんでしょうね。色々言おうと思えば言える材料がたまたまそろっているから、面白おかしくおっしゃりたいんじゃないでしょうか。それで私の何が奪えるというのだっていう感じですよね。

音楽っていうのは、96%まで技術です

リミッターってさ、取れた瞬間にその存在に気づくよね

Avoiding danger is no safer in the long run than outright exposure. The fearful are caught as often as the bold.
危険を回避することは、長期的には危険に完全に晒されるよりも安全ではない。怯える人は大胆な人と同じくらい頻繁に捕らえられる。

ちょっと力抜いちゃうと(ライブ会場の雰囲気に)飲まれそうになっちゃうから、ずっと気を張っていなくちゃいけない

後継者を自分一人で選んではならない。どうしても20年前の自分に似た者を選びたくなる

お前が刹那から追い出したものを永遠は返してはくれない

コレラや尿石や結核や癌は、天上へ行く交通機関

好きだから、大切だからこそ人は高いところを目指す

目の前で襲われてる女の子を黙ってみてられるほど、俺は大人やないんや。

こむずかしい理屈をこねたりしてる歌なんて、最悪。単純なラブ・ソングこそ、最高なのに。

モネは、ひとえに眼にほかならない。しかし、何という眼だろう

大金を持った貧しい人のように暮らしたい

低級な芸術家たちは、常に他人の眼鏡をかける

アーティストの生き方を曲に乗せて、憧れていただく。あたしは全然そういうのやってないんだけど、語られる時にすごく良くないもののように、見世物のように言われますが、実際にはその時お客さんが欲してらっしゃる、期待してきたものであり、それを超えるものでなければいけないと思ってます。こちらの生活、暮らしとか気分とか、そういったものは一切知られてはいけない。それが芸。

みんなの前で歌わんかったら下手になる

子どもは誰でも芸術家だ。問題は大人になっても芸術家でいられるかどうかだ

数曲唄って思ったけど、見える・見えないの問題じゃねぇな。きっと、何処にでも届いてると思う。

生まれる前からあなたの側にいた曲です

何十年先も俺たちの曲は君のそばにいる

人間一人ひとりを見ると、みんな利口で分別ありげだが、集団をなせばたちまち馬鹿が出てくる

『大切な人の死』という出来事は、大切な人が自分にくれる最後のプレゼントだと思います。どんな形の死であれ、僕はそう思います。だからこのプレゼントをいつまでも大切に愛することができます。

絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ

著者の死後、彼の日記を読むことは、彼からの長い手紙を受け取るようなものだ

評価されるなんて一切必要なし!音が好きならば、音になっていないといわれようと「音」を出す。これが前提だな

いつだって、今やるのが一番いい

私にとってはテレビは想像できるものしか映らない画面の一種でしかない

俺らがなんでロックやってっかというと、ロックはさ、汚ねぇ言葉とかすっげぇ使ってるよ。それが受け入れれない奴は、まだロックなんて必要ねぇんだよ。でも、絶対なんか壁にぶちあたった時、ロックを聞くとさ、こんな汚ねぇこと考えてるの俺だけじゃねぇんだって思えるからさ。だから、俺らはおまえらのためだけにロックをやるよ

毎回が真剣勝負

お前らの人生がライブハウスみたいだったらいいなぁ。おされたり、ぶつかり合ったり、倒れちゃったりして、でも自分の力で立ち上がったり、時には周りの人に助けられたりしながら起き上がって、次の瞬間にはものっすごい笑顔で前を向いてる。お前らの人生がそんなだったらいいなぁ

生きたくても生きれねぇ奴がいるんだって そんなんも考えないで生きてる気になんなって

国が無くなっても自由に生きられるよ。国なんていう考え方に縛られているのは人間だけだ。

桐生ちゃん。わしなあ……ゾンビになってしもたかもしれん。

日本人が何をするにも明確であることが、私にはうらやましい

仕事じゃなくてもやるもんね!

ロックンロールは吐き出した瞬間と受け取る瞬間があって、受け取った瞬間に完成するものだとは思ってる。僕の出すロックンロールは僕だけでは未完成なんだよ。聴く人がいてその人の心の奥の中で完成する

経験を賢く活かすならば、何事も時間の無駄にはならない

運命は、むしろ降ってきたものを遊んだ方がいいのだろう。自分で選ぶとなれば運命として遊べないが、上から下りてくる運命は、むしろそれ自体を遊べる。自決できる世界は考えたら自分の範囲の狭いものだが、突然やってくる他からの運命の世界は自分よりも広い。どうも運命を遊ぶ気持ちが、他力思想の自在さに繋がっていくような気がする

私、雑音がほしくて。綺麗なノイズのない環境が嫌

我々は脳をブン投げて、ただ目だけで見ることができればいいのだが

本物の画家というのは何もない砂漠で異常なシーンを描ける人だ

仕事は点ではなく線だ

孤独の中では何もできることはない

色々と余計なこと考えすぎて眠れなくなった夜には必ずといっていいくらいに見まくった立川談志さんの落語のビデオ

何かをうまく語ることは、何かをうまく描くことと同様に難しくもあり面白いものだ

生きてると後悔はつきもの

曲のコンセプトを考えるとき、これはやはり論理が主

自分には才能がないって思っていたんですけど、今は自分には絶対に音楽の才能があるんだと思いながらやっています。

時間を管理するには、まず自らの時間をどのように使っているかを知らなければならない

We were a savage little lot, Liverpool kids, not pacifist or vegetarian or anything. But I feel I’ve gone beyond that, and that it was immature to be so prejudiced and believe in all the stereotypes.
俺たちは、リバプールの子供たちで、非暴力主義者でも菜食主義者でも何でもなかった。しかし、俺はそれを超えてきたと感じていて、偏見を持ち、全てのステレオタイプを信じることは未熟だったと思う。

馬鹿なら馬鹿ほどカッコええ。駄目なら駄目ほどカッコええとか、そういう世界ってあるんよ

覚めていて夢みることは、眠っていて夢みることとほとんど同じである

自分の中に炎を持ち、魂を抱えているのに、どうして、閉じ込めておくことが出来ようか

世界一になりなさい。さもなければ撤退しなさい

インスピレーションは常に存在する。見つけに行くんだ

人は幸運の時は偉大に見えるかもしれないが、真に向上するのは不運の時である

So long as the memory of certain beloved friends lives in my heart, I shall say that life is good.
心に愛する友の思い出が生き続ける限り、人生は素晴らしいと私は言い続けるでしょう。

優れた者ほど間違いは多い。それだけ新しいことを試みるからである
