


夢や希望なんてバカバカしい。でもそれを見続けてしまうのが人間であって。それが悲しくもあり、美しくもあるんだってことを俺は知ってる。

「久しぶりィ、四つの国ィ」「サロンでキティだぜ!」(松山サロンキティライブにて)

私はユダヤの偉大な指導者、モーゼのように約束の土地に入れるのでしょうか?わずかに進歩しましたが、なぜこんなに遅々として骨が折れるのでしょう。芸術とは、ほんとうに聖職者のように、それに全身全霊を捧げる純粋な人々を求めるものなのでしょうか?

全部欲しいって言ってたら、本当に欲しいものが薄くなっちゃうよ

経験を賢く活かすならば、何事も時間の無駄にはならない

広島も付き合い長いな。しかし、付き合い長いとなんか感情が湧いてくるよな。こういうの、何ていうんだ?……憎しみ? (広島ライブにて)

曲って自分の子供みたいなもんでさ、自分から生み出したものだけど喧嘩して遠ざけたり、仲直りしたりして、時には向き合うことができなくなったりもして。

運が続くというのは、じつはどこかで運のウィルスに感染して、症状が広がっている、という状態なのではないだろうか

単純なことを完璧にやり続ける忍耐力の持ち主だけが、偉大なことを成し遂げる

今やらなきゃならないことは今やれ。今しかないこの時間はもう、取り戻せないから。

着物を脱ぐ女性の美しさは、雲を貫く太陽のようだ

歌詞の中にこの言葉を入れたら、昔はそれが、「面白いね」とか「馬鹿じゃね」とか、笑われて済むようなところだったのに、今はもう笑えなくなってきたところもあります(コンプライアンスが厳しくなって)

お客が来なくなったらバイトすりゃいい

私、雑音がほしくて。綺麗なノイズのない環境が嫌

僕はいつも自分が純粋に感じたこと、考えたことを、理解されようがされまいがダイレクトにぶつける

曲を書く際に、人を感動させようとか、美しいメロディーを書いてやろう、と考えているわけではない

ブルースって、どうしてブルースっていうか、知ってる?それはブルースが悲しいから…(02年RSR)

選んだ道のその先よりも、選ばなかった道の運命を考えることの方が多い

ツアー中、ステージからみえたお客さんの顔。知ってる人もいた。知らない人もいた。ひょっとしたら また会えるのかな

あまいなぁ〜 桐生ちゃん …アマアマや!

最近は安定して良いライブが出来ているけれども、もっと陰に転がり込んでしまって、どうにもならなくなってた時もあるんですよ。ステージの上で、「客席のみんなが俺のことを嫌いなんだ」としか思えない瞬間があったりして。パニック障害というか、今この瞬間、全員が俺を憎んでいると思ってしまう。みんなチケットを買ってライブに来てくれているのだから、そんなはずはないのにね

ゲームと違って、人生には決まった攻略法はありません

藤くん、心からおめでとう。本当に本当に嬉しかった。他人のことでこんなに嬉しかったのはいつ以来だろう。昨日もらった連絡で僕は眠れなくなりました。これからも大好き。おめでとうございます。

本当に口うるさいロックン・ロールや、口の匂いまでするようなリズム&ブルース。そんな音楽は21世紀には無くなってしまうのだろうか。ロボットやサイボーグが聴くような計算された音楽だけが市場にあふれている。

自分に能力がないなんて決めて、引っ込んでしまっては駄目だ。なければ尚いい、今まで世の中で能力とか、才能なんて思われていたものを越えた、決意の凄みを見せてやる、というつもりでやればいいんだよ

監督の意向に従うことは大事だが、望んでいる通りのものを書いていたのではいけない

DQのスライムは可愛いんだよね。これで僕の基本的な音楽の方向性も決まったなぁという感じ

夫婦とは二つの半分になるのではなく、一つの全体になる事だ

お前自身を知ろうとするならば、いかに他の人々が行動するかを観察せよ。お前が他の人々を理解しようとするならば、お前自身の心を見よ

手には、物を掴む手と放す手がある

今日と明日と明後日のことぐらいを考えていればいいんだよ

自分のなかに自分だけが感じている匂いみたいなものだとか、あると思うんですけど

音楽でも童謡とか、誰が作ったかもわからないものが残っているのは、すごく素敵やなと思うんです

いかなる成果もあげられない人の方がよく働いている。成果の上がらない人は、第一に、ひとつの仕事に必要な時間を過小評価する。第二に、彼らは急ごうとする。第三に、彼らは同時にいくつかのことをしようとする

何もかも切り離さずにやってる人たちはたくさんいるよ。ずっと、ちゃんと、いる。

成し遂げたいことに必要な条件を、明確に把握すればするほど、達成される確率は高まっていく

我々は決して悪を選ぶことが出来ない。我々が選ぶのは常に善である

事業を行うときは、次の4つの条件を満たしておかなければならない。まず経営環境、使命、強みが現実と一致していること。そして、それらの条件が互いに合致していること。そして、周知徹底されなければならない。さらに、たえず検証されなければならない

好きなものを作る、それだけをやるってなるとブレない

やり方を学ぶ

そや桐生チャン…龍司とかいう奴に負けたら承知せぇへんで。俺との勝負も残っとるんやからなぁ。

All we are saying is give peace a chance!
僕らが言っているのは、平和にチャンスを与えようということだけだ!

青春の夢に忠実であれ

安定とか定着ならこっちから願い下げだ。媚びるのも飼いならされるのもごめんだ。すごいシンプルにいこう。作家は作れなければ死ぬだけだ。そのルールに異論は全くない。やったろうじゃんか

落ち込むのと失望は違うんよ。 だって、落ち込んでても夢や愛は信じとるもん。

The only thing worse than being blind is having sight but no vision.
盲目になることよりひどい唯一のことは、視覚はあっても未来像がないことです。

戦争は戦争を養う

(どうしてすぎやまこういちと平仮名なの?)漢字では椙山浩一と書くのですが、間違えて「まさやま」と読む人がいたり、「杉山」と書く人がいるので

あせってはなかったね。いつでも出来るし、やり始めたら一瞬だって思ったから

今が楽しいかどうかは自分が今を楽しんでいるかにかかっていること 目の前にある大事な事 見失うほど未来に目をやってしまうのはとても愚かな事

帰ってきたぜ!もうどこにも行かないぜ!(アベ加入後、初のライブにて)

バンドって楽しいや。ライブやれるってこんな幸せなことないよね。自分家からすげぇ離れた土地で待っててくれる人がいる。拳をあげて一緒に歌ってくれる野郎どもがいるなんて、すごいよね。もし俺たちが音楽やってなかったら 俺個人的に言えば歌を歌ってなかったら、きっと何もなかっただろうな

癒しという言葉が丸薬みたいに使われるようになった最初は、大江健三郎のノーベル文学賞だと思う。あのストックホルムでの授賞式の講演の中で、癒すとか癒されるとかいう副次的な意味で使われていた言葉が『癒し』として、名詞みたいに、テーマに坐る言葉として使われていた

空に手を掲げれば、俺はここに存在してるって信じられる気がする。それは必然ではないけれど、存在理由として必要だと思う。要は下ばかり見るなってことだ。

人の卓越性は、ひとつの分野、あるいはわずかの分野においてのみ、実現されるのである

運を信じるしかない。そうでなければ、気にくわない人たちの成功をどう説明すればいいのだ

自分を好きになれない奴が、どうあがいたって好きになってはもらえないだろうな、きっと。

直観力と想像力を、抑え込んではならない

芸術が愛らしいものであってなぜいけないんだ?世の中は不愉快なことだらけじゃないか

この国は島国だから、なかなか人間の本当の痛みは伝わってこない

友人の中にも損友と益友がある。益友とは自分の欠点を遠慮なく告げてくれる友のことである。益友の印象は悪い。時には自分の感情を害する言行もあるが、大切にしなければならない。益友の言葉により自分を正しい道に導き、欠点に気付き、矯正するのがよい

アバウトは健康にいい

毎日やりたいことを精一杯やるっていうことが、すべてにおいて最善策

「楽しく続いていくうちは最高に楽しいことをやろうぜ。駄目になったら、それはそれ」っていう考え方の方が、逆に物事が続いてったりするじゃん。もちろん続けることは大切な意味があるけれど、それが目標になっちゃうと挑戦も冒険もできなくなっちゃうからね

忠誠心を買うことはできない。獲得すべきものである。金の力で引き留めようとすれば、引き留められた者が誘惑に対する自分の弱さを会社のせいにするだけである

俺は本当はもっとすごいんだけど、というのがどっかにある

津波が来ます。(酒に酔いながらのラヂヲで地震が来たとき勝手に)

人の評価なんかどうでもいいし

オリンピックってどこが優勝したか知ってる?(長野オリンピック後の長野ライブにて)

自分の人間力なんて分からないし、そこで勝負しようなんて思ってないんだよね
