


成功する企業というのは、「問題」ではなく、「チャンス」に目を向けている

女性って20代までは大変ですよね~自分次第で何者にもなれるはずなのに、社会だったり男性の目線だったり、余計なことに捕らわれて不自由になりがち。それはもったいないと思う。

もって行かれるぞ。甘い考えで生きてるとあっという間にもって行かれてしまう。この国をたて直すためには戦争をするしかないと考える人間がたくさん居るんだ。

なんとなくこうなる気はしとったやろ、吾朗!泣いたらあかん、泣いたらあかんで!

沈黙は絶叫よりも恐ろしい

人生において、諸君には二つの道が拓かれている。一つは理想へ、他の一つは死へと通じている

人を掴むのはコンセプトの面白さじゃなくて、それを実行に移している瞬間のテンション

言葉は自由自在なので、聞き手や語り手によって自分も全く思ってもいない方向に変形してしまう面白さもあれば、それが自分の考えとは真逆に動きすぎて混乱しまう場合もあります

お前らも絶対辛い時期があって、楽になりたいって思うときがあると思う。そういうのにあったときってさ、すーげぇいい人になっちゃうんだよ。もう傷つきたくないって思って、周りから愛されるようないい人に…でもそれって罠だから! いつまでも、何かに対抗する牙は捨てちゃなんねぇ

名古屋ってダイヤモンドが特産か? …いや、ここに来る途中で『名古屋ダイヤモンド工業』って見かけてさー…ここも『ダイヤモンドホール』だし…。」

友達に好かれようなどと思わず、友達から孤立してもいいと腹をきめて、自分を貫いていけば、本当の意味でみんなに喜ばれる人間になれる

女性は行動するより前にこうしよう、と考えることがあまりない生き物なんじゃないかと思うんです。先に手が出るというか、体で感じて体で動くっていう

過去のバンドの名前や音楽を具体的に挙げて、こういうふうにしようと話し合ったことはない。やりたいときに、やりたいことを、やりたいようにやる。そんな自由さを失わずにいこう、みたいなことは話したけど。

芸術家は自然の親友である。草花は茎の優美な曲線と花びらの調和のとれた色合いで芸術と対話をする。どの花にも、自然が芸術家に心から語りかける言葉があるのだ

我々は自分の内に天使をかくまっている。我々はこの天使の保護者でなくてはならない

子供の頃からやりたいことは変わってなくて、それができるようになるのが大人

急成長会社では無能な者が要職にいる。会社の成長についていけなかった人々である

たった一曲だって、他人に最後まで聴かせるということは、結構すごいことなんだ。音楽に限らず、映画だってマンガだってお笑いだってね

人間は明日の朝に対して、何がしかの恐怖と希望と心配を持たずにはいられない

人の本当の仕事は30歳になってから始まる

釣りをやる人には、釣れそうなところがわかるそうなんですね。私たちの路上観察も同じような感じで、ありそうなところっていうのが、何となく雰囲気でわかるんですね。あまりピカピカの出来たての街だと、他の要素が入り込む要素がないので、妙なものを発見することが少ないんです。だいぶ時間がたって、壊れたり色々用途が変更になったり、何だかんだと生活にもまれたところで、見る人が見れば妙なものになる。そういうところがすごく面白いところなんですね

覚めていて夢みることは、眠っていて夢みることとほとんど同じである

九州は暑いね。君らはこんなあったかい所に住んでるけど、北の寒い所に住む子らとは人生が違うんだよ。例えば……気温。(福岡ライブにて)

感動っていうものに限界は無いじゃないですか、日々。それに突き動かされるんですよ

人間は老けるよ。あたりまえじゃん。だけどさ、ロックンロールは年をとらないんだよ。ロックンロールっていうのはやっぱりね時空を越えていくんだ!

……キスやな。キスかそれ以上のことやろな、やっぱり。歯…… 磨いとるな?六代目。

この世の中すっげー頑張ってる奴らが上手くいかなかったり、だからとにかく俺達はまだまだこの世の中にぶっ壊したいものがたくさんあって、そういう奴らに中指立ててやっていくつもりなんで、またライブ見にきてやってください

芸術家になるためには、まず自分の目や耳でよいものを感じて選びとる「審美眼」が大切

傲(おご)ってはいけません。企業は、社会によって存在させてもらっている存在なのです

生産性を向上させるためにまず問うべきは、何が目的か、何を実現させようとしているか、なぜそれを行うかである

例えを言って、それが即、通じるというのは、お互いに共通するものをもっているということ

第一印象というのは作り手として「いいものを作ってやろう」という思いから生じる余計な観念にまだ支配されてないから、感じたままが最も素直に表れている

未来は真っ暗。 お先真っ暗というのはすげー前向きな言葉だよ。真っ暗なんだよ。どこがいけないんだよ。そん中に すっげー誰も見たことがない、どんなに勉強したってわかりっこない、 素晴らしいものが隠れてるかもしんない。 真っ暗ってことはいいねえ。みんな平等で。

芸術家は自分の芸術について語ることはできない。植物が園芸を語れないように

私は仕事をしているとくつろげる。何もしていなかったり、訪問客の相手をしていたりすると疲れる

芸術家の資格は、智慧と注意と誠実と意志のみである

どうしようもないことをコントロールしようとする気持ちが少ないのかも

音楽っていうものは言ってしまえば母の腹の中に着床した時からだと思うんですけど。その後は、父のモーツァルト好きが高じて多分モーツァルトが多かっただろうと。で、私が「音楽」として自覚したのはそれを否定し始めたときだと思う。

感性を磨くとは、こうした直感を鍛えることだと思う

何百万枚も売れるロックなんて、あんましロックじゃない

何も真似したくないと思う者は、何も生み出さない

出会わなければ良かった出会いなんてきっとない…ないよ。

百の欠点を無くしている暇があるなら、一つの長所を伸した方がいい

我々は何をするにも、常に自分自身に問わなければならない。もし皆がそうしたら、どんなことになるだろうと

惚れたはれたの世界じゃなくて、もっと性別を超越したもの、生命を見つめるようなものーそういう温度にまで、お客さんの器を大きく広げてさしあげることができたらいいと思ったんですよね

何、ちょうど打ちたかったところだ・・・・ひねくれたカーブをな

明日に延ばしてもいいのは、やり残して死んでもかまわないことだけ

自分には絶対に音楽の才能があるんだと思いながらやってます

ルール破ってもマナーは守れよ

運が悪かったんだよ …お前等は

俺は右でも左でもかまわないんだ。そんなことどーでもいいんだ。右にどんどん行ってみろ。やがて左側に来ているのさ。地球は丸いからね

優れた者ほど間違いは多い。それだけ新しいことを試みるからである

基本的にバカバカしいじゃないですか、この商売は。ポップスってそうでしょ。初めから成熟してない状態が前提というか、いつも青いものが求められる。でも私はそれだけじゃないものがやりたい。

何もかも切り離さずにやってる人たちはたくさんいるよ。ずっと、ちゃんと、いる。

眼前のものに深く入ること。そしてできうる限り論理的な自己表現を、忍耐強く行うことです

And so this is Xmas for black and for white, for yellow and red, let’s stop all the fight.
黒人そして白人のための、アジア人そしてアメリカ先住民のためのクリスマスなんだ。すべての戦いをやめよう。

予感というのも、努力の重なりの上に出来る、透明な上澄みのような感覚だと思う

ひとりの富者がなんと多数の乞食を養うことか!王が建築を始めれば、馬車曳きに仕事が生まれる

赤がなければ、青を使います

長いこと暗い道を歩いてると……この先もずっと暗いもんだと思っちまう。前に進むことがイヤになる。自分の道がこの先どうなってるか分かってるやつなんてこの世にひとりもいねえ。俺らにできるのは立ち止まって泣くか、一歩でも前に進むかのふたつだけだ。あんたはどっちでも好きな方を選んでいい。入り口までは 俺が案内してやる

イノベーションとは、論理的な分析であるとともに知覚的な認識である

俺らも街頭に立って声を張り上げて生活費稼いでるあの人たちと一緒ですよ。『生きようとしている』人たちなんですよ。だから本当に、僕らが歌うこととホームレスの人たちがこの雑誌(THE BIG ISSUE JAPAN)を持って駅前で声を張り上げるのは、同じ行為だと思ってるんです。

なんとなく楽しくいたい。それがゴールでしょ?そのゴールを目指していくために、いろいろやらなきゃいけないことがあってさ。その為には寝ないで頑張ることもあってさ。血ヘド吐くくらい頑張ることもある。いいことじゃん。だって目的に向かってがんばる手段として「金も必要、じゃ働くか」とかさ。

運を信じるしかない。そうでなければ、気にくわない人たちの成功をどう説明すればいいのだ

やっぱりその時(写真を撮った時)に「良い」と気が付くのは感覚というか、その時の感受性ですからね。それがないとゴミはゴミのままなんですね。実際にゴミだったのかも知れないし、わからないですよね。写真は固定されたものではないっていうのを実感しますね

僕は僕の偏見でうたをうたっとる。うたっとるやつは下品じゃがうたの内容は最高じゃ

大胆のコツは、度が過ぎない程度にどこまで遠くへ行けるかを知ることである

みんながいなくなったらどうしよう。その不安で毎日押しつぶされそうだけど、俺が今から作る曲をみんなが無条件に聴いてくれるなんてありえないこと、あたりまえにわかってるから。頑張って頑張って自分史上最高の曲を書いて、何食わぬ顔で届けるから。俺はそーゆー虫になるから

Although the world is full of suffering, it is also full of the overcoming of it.
世界は苦しいことでいっぱいだけれども、それに打ち勝つことでもあふれている。

アーティストの生き方を曲に乗せて、憧れていただく。あたしは全然そういうのやってないんだけど、語られる時にすごく良くないもののように、見世物のように言われますが、実際にはその時お客さんが欲してらっしゃる、期待してきたものであり、それを超えるものでなければいけないと思ってます。こちらの生活、暮らしとか気分とか、そういったものは一切知られてはいけない。それが芸。

幸せのまんま放っておいてほしい

生きたくても生きれねぇ奴がいるんだって そんなんも考えないで生きてる気になんなって

ツアーなのにウィークデーに東京に戻ってくるのは、旅している感じが全然しないんだよね。車で走り回って、その土地の美味くて安いものを探しにいく。夜はそこで待っている仲間たちと音楽を楽しんで、酒を飲んで寝るみたいな3ヶ月。こんな人生、なかなかないでしょう

アイディアは出発点以上のものではない。固まったらその先かたちを決めるのは思考だ

真のイノベーションと新奇さを混同してはいけない。イノベーションは価値を生む。新奇さは面白いだけである。ところが組織の多くが毎日同じことを行い、毎日同じものをつくることに飽きたというだけで、新奇なものに取り組んでしまう

僕は新しく何かをやりたいんじゃなくて、今何をやりたいかなんだよ、まさに

深く、恐ろしく真実を語る者であれ

もともと変わった曲にしようとしていたわけじゃなくて、自然に出来たんで。まぁ、奇跡って言い方はおかしいですけど、偶然的にあのような曲になったっていうところも大きいんですよね(『サイレン』について)

若き時代に数千の帆柱を押し立てて船出したその港へ、老いさらばえて救いのボートに助けられ、人知れず帰ってくる

本物の画家というのは何もない砂漠で異常なシーンを描ける人だ

真の芸術家とは、喜びのために仕事をする唯一といってよい人達だ

みんながやっぱ、自分は人間のクズだと思ってればさ、素晴らしい世界が来ると思うんだよね(笑)。

いいかい、怖かったら怖いほど、逆にそこに飛び込むんだ

生涯に一作であれば、誰でもいい曲がつくれる

自らの果たすべき貢献は何かという問いからスタートするとき、人は自由となる。責任をもつがゆえに、自由となる

(上京前に自身で)ツイキャスで配信やってて、オールナイトすっぽんぽんっていうのをやってた

手加減はしねぇ、死にてぇ奴だけかかってこい!!!

『うわ、眩しい。すっげぇ眩しいんだけどさ、消えてくんない?』と思うくらい眩しいのが夢だと思うし、『いや、あれを見てないと俺の生きてる意味がないとか、存在自体が怪しくなってくる。だから俺は目がつぶれてもいいから、あれを見るぞ』っつうのが、夢を見てる人だと思うし、夢を見てる人ってそんぐらいかっこいい人だと思うし、そんぐらい覚悟してる人だと思うし、そんぐらいリスクを背負ってる人だと思う。

(18歳の頃)もしかしたら現実逃避したかったのかな

テストの点数でお前らの価値は決まらねぇ

曲のメロディはもちろん大事ですが、大きな構造で考えるとスコアは設計図みたいなもの

Until the great mass of the people shall be filled with the sense of responsibility for each other’s welfare, social justice can never be attained.
社会正義は、人々の大多数がお互いの福祉に対する責任感で満たされるまで、決して達成されることはありません。

大小様々な仮想敵を作って「XXXXよりこっちが良い!」みたいに比較するのではなくて、「楽しい!」とか「ヤベー!」とか、言葉にできない魅力とか、そういうことをシェアしたいなって思う。

自分を支えているのは、自分

東芝で電話番しながら、すごいハッタリ言ってました。「やれば売れるって誰に言ったら分かってくれる?何でも歌うよ?社長呼んできてよ!!」って。

最後は直感なのだ

ゆっくり急げ。美よりも速く走れ

インスピレーションは常に存在する。見つけに行くんだ

I used to think that anyone doing anything weird was weird. I suddenly realized that anyone doing anything weird wasn’t weird at all and it was the people saying they were weird that were weird.
かつて私は何か奇妙なことをしている人は全員奇妙だと思っていた。突然気づいたんだけど、実際には何か奇妙なことをしている人はまったく奇妙ではなくて、彼らを奇妙だと言っている人こそが奇妙だということに気づいたんだ。