どうせやり切るなら極限までやっちゃえ!
大胆のコツは、度が過ぎない程度にどこまで遠くへ行けるかを知ることである
人間と人間との間柄には、愛よりほかの財産はない
情熱をもって君たちの使命を愛せよ。これより美しいことはない
私は毎日進歩しつつある。私の本領はこれだけだ
(ビリーアイリッシュの曲で、あえて「音圧」という言葉を使ったのは、低い音って部屋自体が振動して、まさに音の圧って感じがするんですよね。プレッシャーみたいな音というか。これまでの「音圧」みたいな言葉は、ラウドネスメーターの数値の話だと思うので、それとは別の感覚についての話です)
やり方を学ぶ
体力的な無理はできるけど、精神的な無理は良くない
誰でも自らの強みについてはよく分かっている。だが、たいていは間違っている。わかっているのはせいぜい弱みである。それさえ間違っていることが多い
新潟…新しい『潟』…。『潟』ってどういう意味だーっ?! (新潟ライブにて)
全然文明化されていない環境と孤独が、死の間際にいたり、私の内部で、最後の熱情のひらめきを復活させるのです。そしてその熱情こそ、私の想像力を、今いちど燃やし、私の才能を、最後の出口へと導いてくれるものなのです
いいんだ。岡本太郎の責任でやるんだから
生産性の本質を測る真の基準は「量」ではなく、「質」である
僕はいろいろなとこでいろいろな人に聞かれるんだよ。『楽しけりゃいいのか?』って。いいんだよ。そのかわり,楽じゃないんだよって。漢字で書いたら同じじゃんって。
俺もお前らも不器用なんだから、だからとりあえず信じよう。それでもし裏切られたら傷つこう。それを繰り返すだけ
恋の始まりは瞬間でも、つきあいが長引くかどうかは、美醜よりも人間味にかかわる問題だ
俺らがなんでロックやってっかというと、ロックはさ、汚ねぇ言葉とかすっげぇ使ってるよ。それが受け入れれない奴は、まだロックなんて必要ねぇんだよ。でも、絶対なんか壁にぶちあたった時、ロックを聞くとさ、こんな汚ねぇこと考えてるの俺だけじゃねぇんだって思えるからさ。だから、俺らはおまえらのためだけにロックをやるよ
僕は死なないと思いながら死ぬんだろうな。
(カメラは)カビたり錆びたりもしますから、送られてきたお菓子とかに入っているシリカゲルを棚に入れたりしています。まあ、普通に置いてます
多数とは何か?多数は阿呆のみ、真理は常に少数者にある
モノを作るというのは、そういう多様な面を併せ持った自分を総動員させながらも、本人が意識しているものを剥ぎ取ったところに妙味が出るものなのではないだろうか
やった分しか、返ってこない。適当にやっていて、超ラッキーでこんなすごいことになっちゃいましたってことは絶対ないよ。そんなに甘くないから。
過去とは、所有者の贅沢だ。過去を整頓しておくには一軒の家を持つことが必要だ。私は自分の体しか持たない
生涯に一作であれば、誰でもいい曲がつくれる
人はあらゆる物や人に意味を見出そうとする。これは我々の時代にはびこる病気だ
DQのスライムは可愛いんだよね。これで僕の基本的な音楽の方向性も決まったなぁという感じ
幸せのまんま放っておいてほしい
お前らも絶対辛い時期があって、楽になりたいって思うときがあると思う。そういうのにあったときってさ、すーげぇいい人になっちゃうんだよ。もう傷つきたくないって思って、周りから愛されるようないい人に…でもそれって罠だから! いつまでも、何かに対抗する牙は捨てちゃなんねぇ
自分の姿をありのまま直視する、それは強さだ
できると思えばできる、できないと思えばできない。これは、ゆるぎない絶対的な法則である
後悔は いつもうらめしそうに ちょっと先でこっちを見てるね いやなヤツ。
人は素敵な経験があるか無いかで、心の汚れが全然変わってくる
今日は本当に最高じゃ。どうやら、この鉄の檻(おり)は人の心までも縛れんようじゃな。
People do not like to think. If one thinks, one must reach conclusions. Conclusions are not always pleasant.
人々は考えることを好みません、もし考えれば、結論に到達しないといけないから。結論はいつも心地よいとは限らないのです。
10年かかってもまだわかんねぇのか?お前らが俺らを必要としてるんじゃない。俺らがお前らを必要としてるんだ
人間は自らが望む未来の大きさに合わせて、成長する
ありとあらゆる感覚を総動員させ、自分を限界まで追い込んでいく
闇鍋みたいなもんですよ、人生。何入ってるかわかんないけどどれかつまんで食べるしかないみたいな
マーケティングの理想は販売を不要にすることである。つまり、製品がおのずから売れるようにすることである
美しい景色を探すな。景色の中に美しいものを見つけるんだ
We were a savage little lot, Liverpool kids, not pacifist or vegetarian or anything. But I feel I’ve gone beyond that, and that it was immature to be so prejudiced and believe in all the stereotypes.
俺たちは、リバプールの子供たちで、非暴力主義者でも菜食主義者でも何でもなかった。しかし、俺はそれを超えてきたと感じていて、偏見を持ち、全てのステレオタイプを信じることは未熟だったと思う。
You either get tired fighting for peace, or you die.
平和のために戦うことに疲れるか、死ぬかだ。