運命に耐えているとき、そこに真理が見える
人間は明日の朝に対して、何がしかの恐怖と希望と心配を持たずにはいられない
期待なしに恋をするものだけが、真の恋を知る
過去とは、所有者の贅沢だ。過去を整頓しておくには一軒の家を持つことが必要だ。私は自分の体しか持たない
1、より速くすること。2、よりよくすること。3、今やるべきことをすること
一人立てる時に強き者は、真正の勇者なり
世の中には違った考え方をする種族がいる
傲(おご)ってはいけません。企業は、社会によって存在させてもらっている存在なのです
私の観察によれば、成果をあげる者は仕事からスタートしない。時間からスタートする。計画からもスタートしない。何に時間がとられているかを明らかにすることからスタートする。次に、時間を管理すべく自らの時間を奪おうとする非生産的な要素を退ける
お客が来なくなったらバイトすりゃいい
否定する材料を探したいんでしょうね。色々言おうと思えば言える材料がたまたまそろっているから、面白おかしくおっしゃりたいんじゃないでしょうか。それで私の何が奪えるというのだっていう感じですよね。
学ぶという事は一生続く、変化に遅れないようについていくためのプロセスだという事実を、私たちは今では受け入れている。そして、最も緊急な課題は人々に学び方を教えることである
曲のコンセプトを考えるとき、これはやはり論理が主
行動がすべての成功の鍵だ
死に方は生き方、生き方は死に方。
曲のメロディはもちろん大事ですが、大きな構造で考えるとスコアは設計図みたいなもの
優れた医者というのは、正しい診断を最も多く下す人ではない。誤った診断をすばやく見つけ、それを直ちに改めることのできる人である
昔、メーカーさんがよく、「アルバムアーティスト」という言葉を使われていたでしょう。私がデビューした頃はそういう言葉が残っており、自分はそれだと自負していたんです。シングル曲がアルバム内で違った匂いを発するよう、意図して構成するとき、「これこそが私の本業の終点だ」と感じたりします。
選択肢とか自由な表現が辛いのは、自分という位置の束縛が出てくるからである。自由による束縛といってもいい。いまの子供たちは、自由な表現というものを強要されて、ずいぶん辛い思いをしているのではないか。表現したいことなんて特になくても、とにかく自由にして見せないといけない。それよりもむしろ固苦しい習いごとを押しつけられて、そのことに抵抗を感じている方がよほどネイティブの自由がふくらんでくる
神を知る最善の方法は、多くの物を愛することだ
All you need is love.
愛こそはすべて。
やった分しか、返ってこない。適当にやっていて、超ラッキーでこんなすごいことになっちゃいましたってことは絶対ないよ。そんなに甘くないから。
その瞬間に爆発していればカッコいい
自分自身がありのままでいられないから、ありのままであろうとする
やっぱ東城会はアホばっかりや。大好きやで。
自分は燃え尽きることは一生ない
「桃太郎ってどこにいるの? 山? (客:『家にいるよ!』) 今度見せて。」(岡山ライブにて)
飛べないホソミはただのタケシだぜ
頭を使いすぎると楽しくなくなる。それより 大事なのはココ(胸を叩いて)じゃん。誰にも譲れねぇってものが1つや2つ絶対あるだろ。それを大事にしてやろうぜ
持てる者は失うことを知り、幸せは苦しみを知る
我々は脳をブン投げて、ただ目だけで見ることができればいいのだが
1.必ずできると信じろ2.限界を越えろ3.「その時」を待つな4.行動しろ5.正しく問え6.ジャッジせず、隠された美を見ろ7.遅すぎることなんてない
曲が浮かぶのは、いつも本当に突然です
歴史上いかなる国においても、企業とくに大企業は株主のためにのみマネジメントすべきであるという主張はもちろん、主として株主のためにマネジメントすべきであるという主張さえ、主流になったことはない
心が揺れたところで決着はもうついてんだ
音楽が自分のすべてです
愛は人生において、最も優れた栄養源である
楽しいことは、みんないい事だとは思わないか?つまらないことは、罪悪だとは思わないか?
空気の大事さなんて、なくなんないとわかんないですよ。溺れて初めて空気の美味さって感じるんですよ。なくなんないとわかんない大事さ。相手のことをそんなもの(空気みたいな存在)にしてしまったのかって思ってしまう。
生きてる人間が『生きてる』っていう事を証明する為に言葉とか色々方法があるんだとしたら、そのいくつもある方法の中から音楽を選んだヤツらが集まっているのがこのバンドだと思う。
芸術家にとって、自然の中に醜いものなど決して存在しない
何かを成し遂げるためには、そのことをしか考えられないという“狂い”が必要となる
(それぞれの曲に色んな人物や設定を想定しているのですか)場面は変わりますが、一人称はずっと同じイメージです
声が出なくなっても僕は(ロックンロールを)止めないなと思った
私たちは気が付かないものが道端に隠れているという感覚にわくわくしちゃって、それを写真で記録することになるんですが…。トマソンが一番わかりやすい例です
子どもは誰でも芸術家だ。問題は大人になっても芸術家でいられるかどうかだ
闇鍋みたいなもんですよ、人生。何入ってるかわかんないけどどれかつまんで食べるしかないみたいな
まじめに考えて出てくる答えっていうのはろくなもんじゃないんです
芸術というものは自然の研究に過ぎません。自然です。何もかもそこにあります
人間は、「自分でなければ出来ない」と錯覚していることが多すぎる
盗作は情けない
赤がなければ、青を使います
俺が兄さんをムカつかせたんなら、謝ります
『健康法』にとらわれないことが、健康の秘訣
よう動く舌やなあどないな作りになっとんねん?もうすぐ夜やで。次のパーティーの話はまだ早すぎなんとちゃうか?
宇宙には緊急な、致命的な、動かせない法則がある。なければならぬ
挑戦した不成功者には、再挑戦者としての新しい輝きが約束されるだろうが、挑戦を避けたままオリてしまったやつには新しい人生などはない
音楽への情熱だけを頼りに、作曲家としての道を進むことができた
College isn’t the place to go for ideas.
大学はアイデアを得るための場所ではありません。
自分のなかに自分だけが感じている匂いみたいなものだとか、あると思うんですけど。
現状を把握しなければ未来は語れない
俺は俺でしかない。BUMP OF CHICKENはBUMP OF CHICKENでしかない。いつの時代でも。そういうことを強く目指している。
(18歳の頃)もしかしたら現実逃避したかったのかな
5年も6年も前の曲。これから歌う曲。この曲書いたときあぁ夢見てるんだねっていわれた。夢追いかけてると必ず言われることがあんだ。お前らも言われてると思う。俺らもよく言われた。今でも言われんだ。[大人になれ]って。でも大人になったからって夢みないってのとは違うと思うんだ
お前らがここに来るまでに何があったかなんかどーでもいい。お前らの父親が死のうが母親が死のうがそんなのかんけーない。ただこの中で思いっきり楽しんでいってくれー!!
すべての偉大な成功は、地味で面倒な事の積み重ねの上に成り立っている
それは所詮、極道の勝手な都合ってやつだ!
ゴッホは美しい。しかしきれいではない。ピカソは美しい。しかし、決してキレイではない
誰にでも何かの仕事に適する素質がある。世の中が必要とするものは多く、自分が役に立てることが必ずある
自分には才能がないって思っていたんですけど、今は自分には絶対に音楽の才能があるんだと思いながらやっています。
直観力と想像力を、抑え込んではならない
今までの後悔とか、辛かった事とか、選択も全て間違いじゃなかった
バンドって楽しいや。ライブやれるってこんな幸せなことないよね。自分家からすげぇ離れた土地で待っててくれる人がいる。拳をあげて一緒に歌ってくれる野郎どもがいるなんて、すごいよね。もし俺たちが音楽やってなかったら 俺個人的に言えば歌を歌ってなかったら、きっと何もなかっただろうな
Knowledge is love and light and vision.
知識は愛であり、光であり、ビジョンです。
(印象派について)彼らはもっぱらその装飾の結果のために、真実を妨害するように、自由なしで、色を使っています。彼らは目だけで物を見て、神秘的な思念を基にしていません。彼らは単に明日の公式画家です
手には、物を掴む手と放す手がある
どんな顔の人だって輝くときはとてもいい顔だ。どんな美形だってつまらない人間では、それほど美しくもないぜ。
喜びは成果の中になければならない。石臼に向かいながらも丘の上を見なければならない
人間、しがみついてでも、這いつくばってでも、生きることに価値があるんだ。分かるか?
勝負をしない奴には勝ちも負けもないと思ってるんだろ? でもそれは間違いだ。勝負できない奴はもう負けてるんだよ
Security is mostly a superstition. It does not exist in nature, nor do the children of men as a whole experience it. Avoiding danger is no safer in the long run than outright exposure. Life is either a daring adventure, or nothing.
安全とは思いこみにすぎない場合が多いのです。現実には安全というものは存在せず、子供たちも、誰一人として安全とは言えません。危険を避けるのも、危険に身をさらすのと同じくらい危険なのです。人生は危険に満ちた冒険か、もしくは無か、そのどちらかを選ぶ以外にはありません。