


俺には嫌いなタイプの人間が2種類おってなぁ。1つは、人が苦労して取ったぬいぐるみちゃんたちをバラすようなアホンダラ……もう1つは、立場の弱い女子供を食い物にするようなクソッタレ……どっちもお前らのことじゃボケェ!

お前が刹那から追い出したものを永遠は返してはくれない

「僕は永遠に生きます」って今思ってる。明日も思ってる。あさっても思ってる。10年後も思ってる。20年後も思ってる。そしてある日死ぬんだ。うん。それがいいな。

Self-pity is our worst enemy and if we yield to it, we can never do anything wise in this world.
自己憐憫は最悪の敵です。それに負けたら、この世で賢明なことは何一つできないのです。

すべての偉大な画家はみな空間を探ります。厚みの観念の中にこそ彼らの力は宿るのです

さっき決めたんだーどうしてもどうしてもどうしても笑顔じゃいられない時以外は、笑っていようって

感動することこそが、人類の最も贅沢なこと

今日から聖人、豪傑を志した者が、明日、明後日と順次にそれに合わない性質を少しづつ取り去れば、最初は才能の無い者でも、聖人・豪傑の地位にまで達することが必ずできる

新大久保から来ました。(THE BIRTHDAY福岡ライブにて)

直観力と想像力を、抑え込んではならない

じいちゃんばあちゃん天国で見ててけろ。明日も歌うからよ

「焦りすぎないでいいよ」と言われ焦った

人は、まず当たり前の作品に対してでも、ある程度は尊重して、それも少しは何かを表していることを認めなければいけない。そして、大いに努力しなければ、その程度にすら到達できない

喜びは成果の中になければならない。石臼に向かいながらも丘の上を見なければならない

夢はぶれずにいることなんです。わたしにとってはいちばん大切なのです。

お前らがライヴを見ている瞬間は、甲本ヒロト、そしてブルーハーツってバンドはこの宇宙のどこをくまなく探しても、お前らの目の前にしかおらんのじゃ。

路上観察の場合はある種の説明で、見る人の手助けになるようにと思って書いています。でも、作品としての写真となると、見る人がその作品の中にどうやって入っていけば良いかわからない…入り口のない場合が多いんですね

コーヒーのブラックが飲めない。頭が痛くなるから

20代で音楽的に成熟したものや洗練されたものを書くには生意気に見えてしまいそうでしょう。20代は本当にずーっと困っているという感じでした。30歳くらいから力加減を探っていけるようになってきて、ここ数年でやっと、等身大の仕事をするようになってこれた気がしています。すると今度は体力が落ちてきて……ねえ、人生って。それも全部描くしかないです。

何か感じたり思ったりしたことっていうのは、将来の何かに影響してんだよな

人の評価なんかどうでもいいし

自分の中に炎を持ち、魂を抱えているのに、どうして、閉じ込めておくことが出来ようか

「楽しく続いていくうちは最高に楽しいことをやろうぜ。駄目になったら、それはそれ」っていう考え方の方が、逆に物事が続いてったりするじゃん。もちろん続けることは大切な意味があるけれど、それが目標になっちゃうと挑戦も冒険もできなくなっちゃうからね

みんな何かしら人知れず苦労しているものだ。だから自分から進んで苦労する必要はない

人生で最もすばらしい癒し、それが愛なのだ

人に善をなせば、とがめられるものだ

ひらめくまで待つ

悪貨は良貨を駆逐するという原理と同じで、形式は実質を駆逐する

成し遂げたいことに必要な条件を、明確に把握すればするほど、達成される確率は高まっていく

言葉なんていらなくなるよ、きっと。僕が立派になれれば。

僕がどうしてもそこから逃げられないぐらいに取り憑かれてるものっていうのはロックンロールに秘められた把握できない未知の価値観なんだよ。

絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ

生産性を向上させるためにまず問うべきは、何が目的か、何を実現させようとしているか、なぜそれを行うかである

まっさらな目をもて!そして目的を捨てろ!

太陽が輝くかぎり、希望もまた輝く

評価されるなんて一切必要なし!音が好きならば、音になっていないといわれようと「音」を出す。これが前提だな

人間は精神が拡がる時と、閉じこもる時が必ずある。強烈に閉じこもりがちな人ほど逆に広がる時がくる

Jesus was all right, but his disciples were thick and ordinary. It’s them twisting it that ruins it for me.
イエスは悪くない奴だったけど、弟子たちは鈍かったし普通だった。彼らがイエスを歪めたことが、僕は残念だよ。

桐生ちゃん。わしなあ……ゾンビになってしもたかもしれん。

愛してるってどういうこと?愛してるって言葉の響きが重すぎるよ。愛せる程立派な人間じゃないですよ。

見ることと感ずることを知る者は、至る所に常に賛美すべきものを見出すだろう

創造の泉を自分の内に持っていれば、書きたいものを書き続けられる

何だって自分次第なんだわ。んなもん、当たり前だよな。お前がクソなら、世の中はクソだよ。

音楽っていうのは、96%まで技術です

上手にするってことなんか必要じゃなくて、熱くなればいいんだよね。

長いこと暗い道を歩いてると……この先もずっと暗いもんだと思っちまう。前に進むことがイヤになる。自分の道がこの先どうなってるか分かってるやつなんてこの世にひとりもいねえ。俺らにできるのは立ち止まって泣くか、一歩でも前に進むかのふたつだけだ。あんたはどっちでも好きな方を選んでいい。入り口までは 俺が案内してやる

人生は継続的なパーティーでなければいけないと思う

『大切な人の死』という出来事は、大切な人が自分にくれる最後のプレゼントだと思います。どんな形の死であれ、僕はそう思います。だからこのプレゼントをいつまでも大切に愛することができます。

芸術家の資格は、智慧と注意と誠実と意志のみである

失敗することを恐れず、とりあえず何となくやりたい事をやってみたら?

時間こそ真に普遍的な制約条件である。あらゆる仕事が時間の中で行われ、時間を費やす。それなのに、ほとんどの人が、この代替できない必要不可欠な資源を重要ではないもののように扱う。

偽物が本物に変身する瞬間がある

馬鹿なら馬鹿ほどカッコええ。駄目なら駄目ほどカッコええとか、そういう世界ってあるんよ

若さと年齢は無関係

いつもとは違う部屋の中に見たくないものを置いておく

宇宙には緊急な、致命的な、動かせない法則がある。なければならぬ

太陽のように生きて、太陽のように死にたい

女の美は性格の中にあるのです。情熱の中にあるのです

幼稚な心を取り去らなければならない。自己の修業を怠り、父母への依頼心を持つなどは幼稚な心である

自分が元気ない時でも、周りに元気で接すると周りが明るくなるから自然と自分も元気になれる

私には規則や方式は一切ない。裸婦を見る、すると幾千ものちいさな色合いが見えてくる。その中から、生き続けるものを探し出し、そのようにして真新しい色調をキャンバスの上に躍動させるのだ

沖縄じゃどれだけ有名か知らねえが・・・そんな脅しが通る程、世の中甘くねえぜ。

絶対に誰かと肩がぶつかる。でも『ごめんね』って言うしかないんです。『ごめんね、でも俺も生きてるし、お前も生きてるからさぁ』って。『お互い痛いわけだしさぁ』っていうね。そういうのをお互いが感じるんだと思います。そういう肩がぶつかったその痛みすら、俺は愛しいと思えるんです。確実に自分も存在してるし、その人も存在してるから。肩がぶつかるよりも、抱き合えたら1番嬉しいんですけど。

幅を広げたかったら、知性を磨くことと本当の修羅場をくぐり抜けること

老年は騒音から遠ざかる。沈黙と忘却に仕える

僕らはユーモアがないものはどうしても楽しめないんだ。何があってもどこかにユーモアがないと堅苦しくて、そこの場所に居づらくなる

どうせやり切るなら極限までやっちゃえ!

音楽は心のタイムマシーン。 〜中略〜 音楽を聴くことによって、その音楽に初めて触れたとき、音楽で何かを感じたとき、そのときの気持ちに、それが10年前であろうと20年前であろうと一瞬にしてパーンとその人をその時の気持や情景に送り込むことができる

偶然というのは、結局人間的なことなんじゃないか

ツアー中、ステージからみえたお客さんの顔。知ってる人もいた。知らない人もいた。ひょっとしたら また会えるのかな

何かを表現していく人間にとって、自分の拠り所を気分に置いてしまうのは危ういこと

昔の夢によりかかったり、くよくよすることは、現在を侮辱し、おのれを貧困化することにしかならない

北海道、広いよなあ、カナダぐらいあるんじゃねえの?人口、ロシアぐらいあるんじゃねえの?

全部は混沌としてるから面白い

好きなことだったらめんどくさくていいじゃない!

幸せを手に入れるんじゃない、幸せを感じることのできる心を手に入れるんじゃ

指輪によって結婚はなりたつ。つまり、指輪とは鎖を編むものなのです

芸術家とは、不滅の存在である。刑務所や強制収容所に入れられていても、芸術の世界に身を沈めていれば、私は全能でいられる。たとえ、ほこりまみれの牢屋で濡れた舌を使って絵を描かねばならぬとしても

感動の出発点は感動にあると思うんだ。なんで感動したのかを辿っていくと、表現されたものがどう作られていて、「だから俺は感動したのか」って分かる。もっともっと辿っていくと、その表現者が、かつて感動した瞬間に帰結すると思うんだよ。それが色んな何かをぐるぐると通過して、また人に届く。錬金術なんかじゃないんだよ。感動が伝わって、感動を生む。

運命は、むしろ降ってきたものを遊んだ方がいいのだろう。自分で選ぶとなれば運命として遊べないが、上から下りてくる運命は、むしろそれ自体を遊べる。自決できる世界は考えたら自分の範囲の狭いものだが、突然やってくる他からの運命の世界は自分よりも広い。どうも運命を遊ぶ気持ちが、他力思想の自在さに繋がっていくような気がする

熱帯の夜の静寂の中で、私が私の心からの囁きと柔軟な音楽を聞くことができます

I don’t believe in killing whatever the reason!
どんな理由だろうと殺しはいけない!

ただ大人たちにほめられるようなバカにはなりたくない

「夢は全部かなう」って僕は言うし、今でもそう本気で信じてる。夢はかならずかなう。かなわない夢はないよ。これ、本気だよ?1ミリもブレたことがない。100パーセント、誰の夢もかないます。

学ぶことは何もないの。楽しむだけでいいんだ

組織に働く者は、成果に何も寄与しないが無視できない仕事に時間をとられる。膨大な時間が、ほとんど役に立たない仕事、あるいはまったく役に立たない仕事に費やされている

美はざっと見てもわからない

藤くん、心からおめでとう。本当に本当に嬉しかった。他人のことでこんなに嬉しかったのはいつ以来だろう。昨日もらった連絡で僕は眠れなくなりました。これからも大好き。おめでとうございます。

無能を並みの水準にするには一流を超一流にするよりも、はるかに多くのエネルギーと努力を必要とする

僕はどんな完成の仕方をしてもその人の実力だと思う。聴く人の実力。だからみんなそれぞれ立派に仕上げてください。そこで自分が楽しい 最高じゃんと思ってくれたらすごく嬉しい。

冒険こそが、わたしの存在理由である

全然ネガティブとかポジティブとかではなく、それ(死の存在)を知ってるから僕たちは生きてるって、そう思えたんですよね。死なないやつは生きられないわけですよ。で、生きてないやつは死ねないわけですよ、やっぱり。(死の存在について)

大事は寄せ集められた小事によってなされる

他者同士だからさ、分かりあえなくて当然

偉大な精神は、静かに忍耐する事を知っている

座って弾き語りやってても激しいなあこの音楽って思う時もある。だけど逆にフルボリュームでアンプ鳴らしてガーって大暴れしてるのに何も感じない時がある。それはもしかしたら内面が伝わってるんじゃないかと思うんですよ。

風景なら その中を散歩したくなるような、女性なら その人を抱きしめたくなるような、そんな絵を私は描きたい

生まれたとき、死んじゃう可能性のある病気の手術を受けて助かったことがあったからか、あたし、生きることにとても執着がある
