


フッ…… まったく不謹慎やのお〜……お前ら、最高やで!

お前らもありがとな。なんか、勘違いしてるやつがいたら言っといて。これが最後じゃないからね

曲作りの勉強は独学です

芸術家になるのは難しいことではない。内容を別にすれば、世間的には自分が決めればいいだけのことだ。誰からも認めてもらえなくても、己さえ納得していればいいのだから話は早い

I don’t believe in killing whatever the reason!
どんな理由だろうと殺しはいけない!

そもそも老人力とは、転んでもただでは起きない力のことである。というか、そもそも老人とは、人が間断なくゆっくりと転んでいく状態のことなのである。気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常。例外はない。時期のずれや度合いの違いはあるにしても、人類の全員がゆるゆると、やんわりと、気がつけば転んでいる状態なのだ

他人の価値観を尊重できないなら、自分の価値観なんて主張しちゃいけないと思う

成果とは常に成功することではない。そこには間違いや失敗を許す余地がなければならない

持てる者は失うことを知り、幸せは苦しみを知る

私の健康を祝して乾杯してくれ

私は仕事をしているとくつろげる。何もしていなかったり、訪問客の相手をしていたりすると疲れる

大人のくせに子供と同じような人間ばっかりになっちまったんじゃねえのか。

The more I see the less I know for sure.
知れば知るほど、分からなくなるものだ。

彫刻に独創はいらない。生命がいる

一人立てる時に強き者は、真正の勇者なり

創造力で大きな仕事をしていく人たちは予定調和を嫌う

『健康法』にとらわれないことが、健康の秘訣

少なくとも自然は、生命を更新するためにのみ死を役立てます

真実のほかに美はない

「独りでも生きていける強さ」なんてモノは要らん。リボン付きでプレゼントされても捨てちまうだろうな。独りで生きる意味ってあるのか?俺は孤独には全力で抵抗するよ。いつだって誰かを探すよ。他人が居てこその俺だろう。傷付け合って存在確認だろう。これらを放棄した俺なんて死んでいる様なモンだ。

んだ。学びは終わらない。んだ。

文学の偉大なる傑作とは、使えない辞書のようなものである

ものがそこにあるという尊厳。これはいったいなんだろう。ただあるというだけなのに

我々は自分の内に天使をかくまっている。我々はこの天使の保護者でなくてはならない

期限までに毎日どのくらいのペースでやっていかなければならないか考える

この会場には仕事やっとるやつ、やっとらんやつ、学校行っとるやつ、行っとらんやつ。いろんな人がおると思うけど、お前らはライブを見に来とる。俺らはライブをやりに来とる。それで問題なかろう。

やっぱり音楽は大好きなことで、他に代わりがないから緊張するんですよ。今日のライブがダメでも、他でがんばればいいやとか、そういうもんじゃないから。

私はいつも、まだ自分ができないことをする

暴力は、常に恐ろしいものだ。たとえそれが正義のためであっても

迷い、夢見ることをはばかるな。高い志向はしばしば子供じみた遊びの中にあるのだ

大体、いちばん素晴らしい絵を描くのは四、五才くらいの子どもだよ

僕はずっと一人ぼっちでいるせいか、人と話すと自分のことばかり話してしまう

ナマ身で運命と対決して歓喜する。それがほんとうの生命感

人は、まず当たり前の作品に対してでも、ある程度は尊重して、それも少しは何かを表していることを認めなければいけない。そして、大いに努力しなければ、その程度にすら到達できない

素朴に、無邪気に、幼児のような眼をみはらなければ、世界はふくらまない

オルタナをやり始めた時は、「暗い」「分かりにくい」という声があって、若干構えてしまったんです。力技で分からせてやるみたいな余計な力が抜けたんじゃないかな。すごく文字にしづらいかもしれないけど、スイングスピードが速いストレートを自然体のフォームで打てるようになったというか

感性を磨くとは、こうした直感を鍛えることだと思う

癌もロックンロールだ。

芸術作品が時代に先駆けてあらわれるとき、時代は芸術作品の後ろでもたもたしている

ただこの世の中に生まれてきたから、惰性で生きてるなんて、そんなやつは、生きてる必要ない

問題になろうがどうしようがいいんだもん。それはまた対処していけば。だけど大人たちに相談しちゃうと問題になりそうだからやめようってことになっちゃうんだ。

絵画というのは手で作った写真だ

俺らも街頭に立って声を張り上げて生活費稼いでるあの人たちと一緒ですよ。『生きようとしている』人たちなんですよ。だから本当に、僕らが歌うこととホームレスの人たちがこの雑誌(THE BIG ISSUE JAPAN)を持って駅前で声を張り上げるのは、同じ行為だと思ってるんです。

あたしロマン派だから。猫の名前もゲーテとシューマンだし。

本当に。自分は誤りのない人間だと例外化してしまうのが、いちばん恐ろしいことだなと自分を戒めます。あとは、発言や行いや考えを批判することと、人を非難することの違いを考えてます。この違いって、悩ましいんですが、結構大きいことなんじゃないかと思っていて。

何かをうまく語ることは、何かをうまく描くことと同様に難しくもあり面白いものだ

When you’re drowning, you don’t say ‘I would be incredibly pleased if someone would have the foresight to notice me drowning and come and help me,’ you just scream.
溺れている時は「誰か、溺れているのに気づいて助けてくれることを考えてくれたら嬉しいです」とは言わず、ただ叫ぶだけだよ。

笑ってくれりゃあ本望だよ

As the eagle was killed by the arrow winged with his own feather, so the hand of the world is wounded by its own skill.
ワシが自分の羽根の付いた矢で殺されるのと同じように、世界は自らの技術によって傷付けられる。

絶対仲良くなれない奴いるよね? 俺超友達少ないもん。でも音楽の上ではこんなに愛し合えるんだよ。実際の世界よりも僕は好きだから、ライブの空間と音楽の空間が。

学ぶことは何もないの。楽しむだけでいいんだ

Alone we can do so little; together we can do so much.
私たちがひとりで出来ることはほとんど無い。私たちが一緒に出来ることはたくさんある。

俺は「頑張らなきゃダメだ」と唄った事はないし、「這い上がって来い」と唄った事もない。 でも、歩み寄って来てくれたなら最高の味方になるし、ほっといても邪魔にはならないし、そういう音楽だと思いますね。

今、俺の考えるライブは祭りだから、日本各地でみんなと祭りをやるという感覚が楽しみでしょうがない。小難しいことを考えず、嫌なことも全部置いてくればいいと思うんだ。きっと楽しめるはずだから

苦労して獲得した金メダルをおじさんに齧られるのって、自分ごととして想像し直すとあれかな、メインのレスポールSPのヘッドを齧られるみたいな感じかな…。正気でいられる自信ないな、俺。

(初めて買ったCDは?)中学生の時に買った久保田利伸さんのアルバム

私は最初、写真っていうのは、機械が撮るもんだから誰が撮っても一緒。だから絵とは違うなって思っていたんですけど、そうじゃないんですね。写真って、あなどれないなと思いました

死を忌まわしいものと考えて、遠ざけたがる。死の匂いのするものを隔離して暮らしていく。そうやって管理するのは便利だろうし、すごく現代的だと思うけど

死を忌まわしいものと考えて、遠ざけたがる。死の匂いのするものを隔離して暮らしていく。そうやって管理するのは便利だろうし、すごく現代的だと思うけど、私はちっともいいと思っていなくて。

お芝居の世界でお仕事をするときは、簡単にベラベラしてはいけないというのは自分の中にあるんですよね

デッサンと色彩とは区別することはできぬもので、彩色をほどこすにつれてデッサンがなり、色彩が調和していくにつれてデッサンは正確になる。色彩が豊富になる時、形も充実する

運を信じるしかない。そうでなければ、気にくわない人たちの成功をどう説明すればいいのだ

革命家になろうとも思わないし、政治家にも宗教家になろうとも思わないけどさ、同じ事考えてる人いっぱい居るんだなと思ったら安心するじゃん。で、その記憶が俺を支えるしみんなの事も支えてくれるんだったら、やった意味はあるよね

深く、恐ろしく真実を語る者であれ

自分にとっては結構厳しいなと思う瞬間だったり、もうめちゃめちゃ悔しい経験もしてきたから、そのときの気持ちを忘れたくない

私の誕生の日から、死がその歩みを始めている。急ぐこともなく、死は私に向かって歩いている

重荷をいただいた胸は打ち明ければ軽くなる

お先真っ暗はすげー前向きな言葉。

自分の価値観を持って生きるってことは嫌われても当たり前なんだ

これからは自分の為に歌おうと思います。 俺が俺であることを好きでいるとその日はすげぇー楽しいのね。でも俺が俺であることが嫌になってしまうと、その日1日もぅ何もかもが駄目なわけ。俺はかっこよく生きたいです

Love is like a beautiful flower which I may not touch, but whose fragrance makes the garden a place of delight just the same.
愛は美しい花のようなもの。それに触れることはないかもしれないけれど、その香りは花と同じように庭を喜びの場所にしてくれます。