コンピューターなんて役に立たない。だって、答を出すだけなんだから
最終的な完成形を頭の中でイメージしないで闇雲にキーボードを叩いても良い作品は生まれない
学問的な言い方ではないが、仕事ができる組織は仕事を楽しんでいる
一個気に入ったモノが見つかったらずっとそれでいいんだ。俺にはお前らしか要らねぇから
恋はその始まりがいつも美しすぎる。だから結末が決して良くないのも無理はない
人生自体にも限りがあって、いつ終わるか分からなくて、その中で『たった今、美しい者を求めても構わないんじゃないか?』って思って、 『どうせそれが繋がって積み重なって美学というものになってんじゃないの?』と
路上観察の場合はある種の説明で、見る人の手助けになるようにと思って書いています。でも、作品としての写真となると、見る人がその作品の中にどうやって入っていけば良いかわからない…入り口のない場合が多いんですね
地震の後には戦争がやってくる。軍隊を持ちたい政治家がTVででかい事を言い始めてる。国民をバカにして戦争にかり立てる。自分は安全なところで偉そうにしてるだけ。
行動がすべての成功の鍵だ
「絵になる風景」を探すな。よく見ると、どんな自然でも美しい
俺は最近認めてるよ。自分のなかのリベンジを
偶然というのは、結局人間的なことなんじゃないか
パンのための学問
ネガティブな奴とポジティブな奴はまるで行動の仕方が変わってくるのさ
普通、表現の仕事であれば作者というものがいますよね。しかし、トマソンには作者というものがいないんです。そこがむしろ面白くて、だから「偶然」とか「出会い」ってことが一番不思議なことに思えてくるんですよね
失敗者が何をして失敗したかよりも、成功者が何をして成功したかを学びなさい
いいんだよ。 消えないもんは消えないままで。 消えないもんを消そうっていうのは嘘だから。 だって傷は癒えるったってそんな簡単に癒えるわけないじゃん。 傷を負ったっていう過去は消えないんだよ。 消えない傷を持ってて、でもそれは今を生きてる証拠なんだと。
ふつうは歳をとったとかモーロクしたとかあいつもだいぶボケたとかいうんだけどそういう言葉の代わりに「あいつもかなり老人力がついてきたな」という風に言うのである。そうすると何だか歳をとることに積極性が出てきてなかなかいい
現代の若さの最大の悲惨さはもうそれに属さないということ
(「日出処」のタイトルについて)意味としては、「メーン・ストリート、目抜き通りを闊歩したいと願っている人物の、色んな瞬間を切り取った曲たち」という風にストーリーをつくりたかったんです
幸せじゃない瞬間も含めて、幸せだと思いますね。
自分があまりにも日本語を知らな過ぎることがコンプレックスでした
興奮した党派の叫びの中から、真理の声を聞き取ることは難しい
私は絵を描く夢を見、そして私の夢を描く
(「日出処」のタイトルについて)もっとビビッドで、私たちが知ってるお日様って何だろうって思った時に、こういうタイトルになりました
会計学者や経営者は「純利益」という言葉を使うが、企業経営ではそんな言葉を使ってはいけない。「フューチャー・コスト(未来費用)」と呼ぶべきだ。企業というのは、リスクを負うために失敗することもある、そのときのために未来のコストを留保してあるのであって、利益の蓄積ではないのだ
福島っていうからには…やっぱり福がいっぱいあるんでしょうねぇ。(福島ライブにて)
When we do the best that we can, we never know what miracle is wrought in our life, or in the life of another.
ベストを尽くしてみると、あなたの人生にも他人の人生にも思いがけない奇跡が起こるかもしれません。
「命短し、目抜き通りを歩こう」っていう気持ちなんです、今。本当に。人生がどんどんシンプルになってきている
ライブハウスってのはきれいごとで成り立ってるんだよ! 理想とか夢ばっかり話してる奴しか入っちゃいけないんだよ。ここにはだから嘘みたいな話だけど、お前らの周りにいる奴一人、知らない奴一人でもいいから次こうやってライブで会うまで幸せでありますようにってこの曲を歌って下さい! ありがとうございます。ELLEGARDENでした
どうか、履き違えないで欲しい。人の足を止めるのは、絶望じゃなく諦めだけだということを。
愛の光なき人生は無意味である
いつもね 最新作が最高傑作なんだよ 僕の中ではいつもそうだよ
Reality leaves a lot to the imagination.
現実は、その多くを想像に委ねている。
歴史上いかなる国においても、企業とくに大企業は株主のためにのみマネジメントすべきであるという主張はもちろん、主として株主のためにマネジメントすべきであるという主張さえ、主流になったことはない
頑張ってる最中の奴を手助けしないで見守ることをみんなできるはずなのに、そこで水差すのはいいかっこしたいからじゃん。僕は私は、こういう困ってる人は見過ごせない。自分より弱い立場の人は絶対助けてあげなきゃいけないほど心の優しい人間です。そういう心の持ち主ですって他にアピールしたいだけじゃないの?恥を知れ!
俺らはハリウッドスターほど会えない人達ではない。現に俺らは曲で君達のそばにいるから
覚えておくんだ。生涯あなたに付き添ってくれる唯一の人はあなた自身なんだ
……キスやな。キスかそれ以上のことやろな、やっぱり。歯…… 磨いとるな?六代目。
悪趣味とはクリエイティブなもので、生物学を知識で操るようなもの
ただこの世の中に生まれてきたから、惰性で生きてるなんて、そんなやつは、生きてる必要ない
So long as the memory of certain beloved friends lives in my heart, I shall say that life is good.
心に愛する友の思い出が生き続ける限り、人生は素晴らしいと私は言い続けるでしょう。
時間は私たちに残された数少ない大切なものだ
一度志を立てた以上は、何よりもまず目的を定め、少しの時間も無駄にせず、確実な道を歩んで、その目的を達成するように努力するのがよい
後継者を自分一人で選んではならない。どうしても20年前の自分に似た者を選びたくなる
楽しめてるって事はカッコいいんじゃねえかな
すべては奇跡だ。例えば、お風呂に入ったとき、あなたがお湯に溶けてしまわないことだって
運が悪かったんだよ …お前等は
美はあらゆるところにある。我々の眼がそれを認めえないだけだ
自分は燃え尽きることは一生ない
人生山あり谷ありでさぁ、今は山にいるかもしんねぇけど、いつかは絶対に谷になるんだ。お前らも絶対辛い時期があって、楽になりたいって思うときがあると思う。そういうのにあったときってさ、すーげぇいい人になっちゃうんだよ。もう傷つきたくないって思って、周りから愛されるようないい人に・・・でもそれって罠だから! いつまでも、何かに対抗する牙は捨てちゃなんねぇ。牙を抜くんじゃねぇぞ、牙を磨いとけよ! 最後まで油断すんなよ
出産じゃなくても、女の人にはあることだと思いますよ。(感覚ではなく)頭で理解しようとしちゃう瞬間が、人生で何度かあるんじゃないでしょうか。大きな選択っていうか
声でねぇけど唄わしてくれ。今回のツアーで俺わかった。お客さんがいると唄えます。聴きてぇって思ってるヤツがいつと唄える。だから、一呼吸分の力を分けてくれ!
生活と人生は違う。質素な生活、豊かな人生。
純粋に泣けてしまうことって本当にある
普通=そこそこ、そうじゃないでしょう。最高じゃん!
誰でも自らの強みについてはよく分かっている。だが、たいていは間違っている。わかっているのはせいぜい弱みである。それさえ間違っていることが多い
例えばスリーコードでエイトビートならみんなロックンロールかって言ったらそうじゃないものもあるわけ。スタイルじゃないんですよ。だから様式美ではなく、そこにある熱が大事なんですね。
市場において目指すべき地位は、最大ではなく、最適である
人間は精神が拡がる時と、閉じこもる時が必ずある。強烈に閉じこもりがちな人ほど逆に広がる時がくる
誰のために創るんだろう。考えたことあるか。自分のために?そんなの甘っちょろいよ。植木づくりでもやるんならそれでいいんだ。金のために?だったら創るより早いやり方がいくらでもあるだろう
先に見出し、後に捜し求めよ
なんとなくこうなる気はしとったやろ、吾朗!泣いたらあかん、泣いたらあかんで!
俺にはなぁ……桐生ちゃんの 命より大切なモン━━見捨てることは できんかったんや。
基本的に私は家の中で曲を作る
真の芸術家とは、喜びのために仕事をする唯一といってよい人達だ
成功する企業というのは、「問題」ではなく、「チャンス」に目を向けている
(バンド活動においての演奏技術など)スマートにできない分、ぶつかって行くしかない、気持ちで行くしかない
期限までに毎日どのくらいのペースでやっていかなければならないか考える
We were a savage little lot, Liverpool kids, not pacifist or vegetarian or anything. But I feel I’ve gone beyond that, and that it was immature to be so prejudiced and believe in all the stereotypes.
俺たちは、リバプールの子供たちで、非暴力主義者でも菜食主義者でも何でもなかった。しかし、俺はそれを超えてきたと感じていて、偏見を持ち、全てのステレオタイプを信じることは未熟だったと思う。