


自分の感情を音楽を通じて人々の前に発表してみたいという心がなければ、作曲しないほうがいい

何だって自分次第なんだわ。んなもん、当たり前だよな。お前がクソなら、世の中はクソだよ。

言葉っていうのは、感覚に1番近いものを当てはめるだけだから感覚が伝わるわけじゃないんだよね。自分の心の中で生まれた感情・感覚に、1番似合った服を着せたものが言葉だから。

あのアナウンス(「ファウルボールにはご注意下さい」)であらためて注意する間抜けはいない。でもあのようにいっておかないと、後で怪我して訴えられたら困るというのがある。アメリカ仕込みの訴訟社会の風習である

もしもイライラしてたり、つまんねえなと思ってたら、チャンスだよ

意見や考えが違うのは当然のこと。より良い社会の「より良さ」も凝り固めてしまえばイデオロギーなんだけど、誰が勝ったとか論破したとかそういう方法じゃなくて、柔軟にその「より良さ」を目指すことについて同意しながら、進んでいけたらいいですよね。厳しさも排除せずに。

誰にも何の役にも立たないではないか。絵、展覧会──それがいったい何になる

限界を越えることは絶対できないと思うんです。 越えられないから限界と書くわけで。でも越えるから不思議なんです。

A dream you dream alone is only a dream. A dream you dream together is reality.
一人で見る夢は、ただの夢。みんなで見る夢は現実になる。

俺は巨大な産業としての音楽が崩壊しつつある中で、平たくなった場所はすごく楽しい遊び場になっていくと思うんですよ

Everything will be okay in the end. If it’s not okay, it’s not the end.
最後には全て上手くいくよ。もし上手くいっていないのなら、それは最後じゃないってことだ。

私の健康を祝して乾杯してくれ

真の芸術家とは、喜びのために仕事をする唯一といってよい人達だ

もって行かれるぞ。甘い考えで生きてるとあっという間にもって行かれてしまう。この国をたて直すためには戦争をするしかないと考える人間がたくさん居るんだ。

他人に興味を持ってもらいたければ挑発しなければならない

僕は一貫して自己満足です、めざすものは

(ゲーム音楽は)何回聴いても飽きない曲でないといけない

私はユダヤの偉大な指導者、モーゼのように約束の土地に入れるのでしょうか?わずかに進歩しましたが、なぜこんなに遅々として骨が折れるのでしょう。芸術とは、ほんとうに聖職者のように、それに全身全霊を捧げる純粋な人々を求めるものなのでしょうか?

企業の目的は顧客創造である以上、企業の基本的な機能はマーケティングとイノベーションの2つしかなく、そのほかはすべてコストだ

風景なら その中を散歩したくなるような、女性なら その人を抱きしめたくなるような、そんな絵を私は描きたい

僕たちは心の中にたまごを抱えています。何かを経験して心が大きく揺れたとき、たまごはパカッと割れて新しい命が飛び出します。ロックンロールに出会ったとき 僕の心の中で1つのたまごが割れました。それは初恋のように僕を夢中にさせました。今も元気なその心の住人は僕にマイクを握らせました。

やっぱり大事な人ほど傷つけてるなという感覚と、傷つけてまで一緒にいたい、愛したいという感覚。それが自分の根本なんだなって。

会計学者や経営者は「純利益」という言葉を使うが、企業経営ではそんな言葉を使ってはいけない。「フューチャー・コスト(未来費用)」と呼ぶべきだ。企業というのは、リスクを負うために失敗することもある、そのときのために未来のコストを留保してあるのであって、利益の蓄積ではないのだ

人々を動機付ける能力がなくては、経営者とは言えない

世間が決して飽きない唯一のものは誇張表現だ

文学の偉大なる傑作とは、使えない辞書のようなものである

「病気になったのは罰なんだ」「人の言うことを聞かないからこういうことになるんだ」と、自分を責める気持ちから曲が生まれた。ネガティブな気持ちを書いている。

酒は何も発明しない。ただ秘密をしゃべるだけである

何かを表現していく人間にとって、自分の拠り所を気分に置いてしまうのは危ういこと

Love is like a beautiful flower which I may not touch, but whose fragrance makes the garden a place of delight just the same.
愛は美しい花のようなもの。それに触れることはないかもしれないけれど、その香りは花と同じように庭を喜びの場所にしてくれます。

直観力と想像力を、抑え込んではならない

デッサンと色彩とは区別することはできぬもので、彩色をほどこすにつれてデッサンがなり、色彩が調和していくにつれてデッサンは正確になる。色彩が豊富になる時、形も充実する

上手にするってことなんか必要じゃなくて、熱くなればいいんだよね。

愛の前で自分の損得を考えること自体ナンセンスだ。そんな男は女を愛する資格はない

「今日単車で来たやついるか?」(客ワァァァ)「気をつけろよ」→GT400演奏(FRFにて)

女性を尊べ。彼女らは地上の生活のために天国のバラを織りなす

複雑なものはうまくいかない

不幸はなにも生まないね。不幸とか苦労とかは人をどんどんダメにする。苦労話とかする奴は「俺はこんなにだめなんだぜ!」って言って今まで何をしてきたかをひけらす人でしょ。ひけらかして自分の価値を認めさせようとするわけだ。そんなのは最低だ。

(富士山を望むステージが売りのイベントで生憎の曇り空、富士山が見えないね、との問いかけに)でかすぎて見えねぇんじゃねぇの?(SWEET LOVE SHOWER 2007にて)

東芝で電話番しながら、すごいハッタリ言ってました。「やれば売れるって誰に言ったら分かってくれる?何でも歌うよ?社長呼んできてよ!!」って。

あなたのインスピレーションやイマジネーションを抑えてはならない。模範の奴隷になるな

わたしは立ち止まりはしない

ありがとうじゃ足りないけどありがとうしかない。悔しい

指揮者は、一人の人間を受け入れるために楽譜を書き直したりはしない

僕は成り行きですね。でも、怠けないと思う。大好きだから

好きなことをやるためには没頭する時間が必要だろ。

私、雑音がほしくて。綺麗なノイズのない環境が嫌

仲間なんか居ねえって部屋の隅で泣いてるやつとか、もうすぐ学校卒業するやつとか、それで青春が終わると思ったら大間違いだからな! 必ず青春とか最高の時がくるからな!! だから音楽ずっと好きで居ろよ

思い出したいことなんていっぱいありすぎて、いっそのこと全部忘れてしまいたいぐらい幸せなんだよ

非合理的な顧客なるものは存在しない。顧客は、顧客にとっての現実にもとづいて合理的に行動している

ダサいんですね。言葉を入れすぎると説明になっちゃって、言葉も写真もつまらないものになってしまうんです

人に善をなせば、とがめられるものだ

美はあらゆるところにある。我々の眼がそれを認めえないだけだ

いいんだよ。 消えないもんは消えないままで。 消えないもんを消そうっていうのは嘘だから。 だって傷は癒えるったってそんな簡単に癒えるわけないじゃん。 傷を負ったっていう過去は消えないんだよ。 消えない傷を持ってて、でもそれは今を生きてる証拠なんだと。

モノを作ることを職業としていくには、一つや二ついいものができるだけではダメだ

気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常

コレラや尿石や結核や癌は、天上へ行く交通機関

近道は何度も出来たんだけど、後ろを振り返ったときに後ろがないと不安でしょうがない

学問的な言い方ではないが、仕事ができる組織は仕事を楽しんでいる

俺らがなんでロックやってっかというと、ロックはさ、汚ねぇ言葉とかすっげぇ使ってるよ。それが受け入れれない奴は、まだロックなんて必要ねぇんだよ。でも、絶対なんか壁にぶちあたった時、ロックを聞くとさ、こんな汚ねぇこと考えてるの俺だけじゃねぇんだって思えるからさ。だから、俺らはおまえらのためだけにロックをやるよ

音楽を創る上で一番大切な感受性は習って身につくものではない

退屈を怖がってちゃいけない

自分自身がありのままでいられないから、ありのままであろうとする

僕の場合、作曲の作業に入っているときは生活も一定のペースを保ち、できるだけ規則的に坦々と過ごすように心がけている

『自分の謎』で言っているような、自分への不思議な感覚というのはみんなもっているはずだけど、ほかの遊びに忙しくなって、どんどん忘れていっちゃう。でもその感覚ってどこかには残ってるんですね

最終的な完成形を頭の中でイメージしないで闇雲にキーボードを叩いても良い作品は生まれない

偽の絵描きは、この木、この犬を見ない。木というもの、犬というものを見るだけだ。同じものは何ひとつないのに

名古屋のニワトリって、羽根が何枚もあるんだろ?じゃなきゃあんなに沢山手羽先がつくれる訳ねぇ!

世の中には違った考え方をする種族がいる

無能を並みの水準にするには一流を超一流にするよりも、はるかに多くのエネルギーと努力を必要とする

富は一つの才能であり、貧しさも同様に一つの才能である。金持ちになった貧乏人は、贅沢な貧しさをひけらかすであろう

ゴッホは美しい。しかしきれいではない。ピカソは美しい。しかし、決してキレイではない

自分のああいう時の、ああいう行動が知らぬ間に自分の手を汚してたと。つまり誰かをはじき出してたところがあったというか。読者の方にもそういうことぐらいはあると思います、たぶん。ないかな?怖いな、すごい怖いな。

偉業は一時的な衝動でなされるものではなく、小さなことの積み重ねによって成し遂げられるのだ

ふつうは歳をとったとかモーロクしたとかあいつもだいぶボケたとかいうんだけどそういう言葉の代わりに「あいつもかなり老人力がついてきたな」という風に言うのである。そうすると何だか歳をとることに積極性が出てきてなかなかいい

男性のお客さんでライブにいらしている方というのは、何かしらの誤解が生じているんじゃないかなって(笑)

自分の声に何かがあって、歌えなくなったとしても、作詞は続ける。

人は、若くても年をとっても、絶えず成長したり変化したりしていますよね。固定したものはないんですね。だから、今、面白くないものは、あえて見ることもないなっていう気もします

『健康法』にとらわれないことが、健康の秘訣

妄想と勘違いでロックンロールは転がり続けてるんだから、これを解放しないことには何も始まらない。

何かを生み出していくと、いつか誰かが見つけてくれることもある

日本の文化っていうのは、常に「明日は知れぬ身」って考えるのが基本じゃないですか。

死ぬなとは言わないし、悩むなとも言わない。近道がしたいならすればいい。でも、そこで全部が終わる。我慢してきた努力も未来も夢もやり残したことも記憶も肉体も全部全部。

そうだったな。俺らはいつもそうやって生きてきたんだったな。

馬鹿なら馬鹿ほどカッコええ。駄目なら駄目ほどカッコええとか、そういう世界ってあるんよ

生きてると後悔はつきもの

レコーディングするようになって18年。いまだにミックスってわからない。難しい。だからおもしろい。なんだろな。なんだろな。音楽っておもしろい。

イノベーションとは、論理的な分析であるとともに知覚的な認識である

正しい構造が成果を約束してくれるわけではない。しかし、間違った構造は成果を生まず、最高の努力を無駄にしてしまう

思いついたことは出来る。思いつかないものは出来ない。これは避けがたく、明白なことだ

音楽は、常に論理と感性、車の両輪で出来る

かっちょよく死ぬ瞬間を逃してしまったんだよ。俺たち人類はもうさ生きのびちゃったんだからさ。もうかっこよく終われないんだよ。人類は。だからかっこよく終われないんだから終わらせないようにしようぜって思うんだよ

ドレミファソラシドの中で泳ぎたかった。空白の中にリズムを置いていきたかった。音符のない空白の中にこそリズムを感じたかった。

大リーグで活躍したいと思うことは夢じゃないんだよ。野球をやりたいというのが夢だ。

「五稜郭ジャンキーズ! 」「みんな、牛好きかー?!ジンギスカーン!」(札幌ライブにて)

とりあえず放送した方がいいというので、日本の世の中には形式だけのアナウンスがわんさと流れている。日本人は形式が好きだ、と思われても仕方のないことだ

本当に死んでもいいくらい好きって奴は、認められないなんてことで不平を言わないよね

自分を好きになれない奴が、どうあがいたって好きになってはもらえないだろうな、きっと。
