(バンド活動においての演奏技術など)スマートにできない分、ぶつかって行くしかない、気持ちで行くしかない
もしも明日の朝が来なければ、俺は最高傑作をいくらでも作ることができただろう。
運を信じるしかない。そうでなければ、気にくわない人たちの成功をどう説明すればいいのだ
とどのつまり歴史とは何か?歴史とは伝説と化した事実であり、伝説とは歴史と化したウソである
砂漠では、教養など何の役にも立たない。生きる技術を持っているかどうかが生き残れるかどうかを分ける。厳しいビジネスの世界も同じである
自分にとっていちばん面白いのは、思いもしないものに出会うことだ。自分の思いを超えたものにめぐり合うことである。何故それが面白いかといえば、そのことで自分が広がっていく快感があるからである
「五稜郭ジャンキーズ! 」「みんな、牛好きかー?!ジンギスカーン!」(札幌ライブにて)
後悔は いつもうらめしそうに ちょっと先でこっちを見てるね いやなヤツ。
誰かと肩がぶつかる。生きるってそういう事だと思う。
今日と明日と明後日のことぐらいを考えていればいいんだよ。
とにかく俺は本気で、音楽で少しでもこの世界をよくできると信じてる。いつ終わるかわからない自分の人生を、その目的のために捧げたいといつからか思うようになりました。だから、休んでる暇なんかない
自分の姿をありのまま直視する、それは強さだ
私はいつも自分のできないことをしている。そうすればそのやり方を学べるからだ
芸術家を何とお思いか。画家なら目、音楽家なら耳、詩人であれば心に抒情、ボクサーなら筋肉のほかに何も持たない愚か者とでもお思いか。それはとんでもない勘違い。芸術家はそれだけでなく、政治的な存在でもあり、世の中の悲しみ、情熱、あるいは歓びにもつねに関心を抱き、ただその印象に沿って自らを形作っている
僕はどんな完成の仕方をしてもその人の実力だと思う。聴く人の実力。だからみんなそれぞれ立派に仕上げてください。そこで自分が楽しい 最高じゃんと思ってくれたらすごく嬉しい。
別に社会に出ようが学生だろうが変わらねぇと思うけど、あの、…結局ね戦い、だと思うよ人生。 戦わなきゃぁそりゃ、寄ってたかって叩かれて、お終いさぁ。だから、不安なのはしょうがないけど、自分の足で立つしかねぇんじゃね
他人の短所が目につきすぎる人は、経営者には向いていない。長所を効果的に発揮させるのが自分の仕事だと考える人が、有能な経営者になれる
ぼくはいつでも、一生懸命歌を作ってるんだよ。才能があるから歌が出来ると思ってるのかも知れないが、それはちがう。作っているんだよ。
私が死んだら、まるで船が遭難するようなものだな。大きな船が沈むと、その近くにいる人はみな、渦に巻き込まれてしまうんだ
飛べないホソミはただのタケシだぜ
一回わがまま言い始めたらもう、他人の言うことなんか聞いてらんねえよ
より良くならなくていいんだよ。俺たち最高なんだから。
失敗することを恐れず、とりあえず何となくやりたい事をやってみたら?
正義の尺度は声の多数ではない
音楽っていうものは言ってしまえば母の腹の中に着床した時からだと思うんですけど。その後は、父のモーツァルト好きが高じて多分モーツァルトが多かっただろうと。で、私が「音楽」として自覚したのはそれを否定し始めたときだと思う。
私が猫好きなのは、家で過ごす方が好きだからだ。そして次第に、猫が家の一部に思えてくる
自分には過去も未来もない。ただ現在に生きようが為に絵を描くのである
「最初はグー」ってなんであるんだろう。
(渋谷の路上で歌っていた時)最初は誰ももちろん集まらないですし、私が歌ってるのに目の前でカップルがめちゃめちゃチューし始めたりしたのも、めちゃムカつきましたし、結構忘れられない。東京の路上はキツかったですね
このまま行けと、僕の中の僕が命じるんだ
芸術家になるためには、まず自分の目や耳でよいものを感じて選びとる「審美眼」が大切
全然文明化されていない環境と孤独が、死の間際にいたり、私の内部で、最後の熱情のひらめきを復活させるのです。そしてその熱情こそ、私の想像力を、今いちど燃やし、私の才能を、最後の出口へと導いてくれるものなのです
コンピューターなんて役に立たない。だって、答を出すだけなんだから
我々はどこから来たのか?我々は何者なのか?我々はどこへ行くのか?
優秀な芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む
夢を夢と呼ぶうちは、それは叶わない。
突破口は1つしかないんだ。ほかにもう道はないんだ。ロックンロールしかないんだよ。それがわかったときにさ、そこにやっぱり全身全霊を傾けるしかないじゃん。
効果的な経営者の共通点は、ひたすらひとつの作業に集中する点にある。彼らは最も大切なことのみを行い、そのことが完了するまで、他の事に目を向けないという集中力を持っている
いかなる道でも効果が無くなると、最後の手段として剣が与えられてるのです。最高の財宝だけは、われわれは暴力に対して正当防衛をしてもよいのです
今日此処に来たかったけど、チケット取れなかったヤツが沢山いるの分かってるから。そんなヤツらにも届くように唄ってるから。
昔、『天空の城ラピュタ』を観て、自分の目の前には守るべき少女も追いかけるべき宝もないことに絶望した
僕は音楽が大好きです、本当に。感情論や云々より音楽が大好きなんですね。メロディ、リズム、和音。その三大要素からなる音楽っていうものが大好きです。
若き時代に数千の帆柱を押し立てて船出したその港へ、老いさらばえて救いのボートに助けられ、人知れず帰ってくる
Keep your face to the sunshine and you cannot see a shadow.
顔を太陽の方に向けていなさい。そうすれば影が見えないから。
モノを作ることを職業としていくには、一つや二ついいものができるだけではダメだ
売れているものが良いものなら、世界一のラーメンはカップラーメンだよ。
自分の中に炎を持ち、魂を抱えているのに、どうして、閉じ込めておくことが出来ようか
絵を描き始める前に、すでにそれは私の心の中に形作られている
自由であるとは、自由であるべく呪われていることである
志を立て、その目的を達成する手段の中で最も近道だと思うのは、聖人の書物や種々の歴史本の中で、自分が特に刺激を受けた部分を別紙に書き抜いて壁に貼っておくか、扇などに書いておき、日夜朝夕それを眺め、常に反省しつつ及ばない点について勉め、進歩を楽しむのがよい
ほうきとか持ってエアギターとかしたりするわけじゃん、憧れて。それの延長なんだよ
世の中の物事には似たようなものが満ちあふれているわけで、手探りでいく文章とはその似たようなものを飛び石伝いに踏んで渡って行くようなことである。似たようなものをいくつも乗り換えて渡って行くうちに、探しているものの形に次第に近づいていく
画家の質はその人の過去の経験の量に左右される
笑ってくれりゃあ本望だよ
皆ね、知らず知らずのうちに、はじき出したビー玉持ってると思いますよ。その存在がおそらく誰にでもあると思いますよ。だから場所をとってるわけですよね、僕らはね。
生まれたからには、生きてやる。
人間を偉大にしたり卑小にしたりするのは、その人の志である
俺は「頑張らなきゃダメだ」と唄った事はないし、「這い上がって来い」と唄った事もない。 でも、歩み寄って来てくれたなら最高の味方になるし、ほっといても邪魔にはならないし、そういう音楽だと思いますね。
できると思えばできる、できないと思えばできない。これは、ゆるぎない絶対的な法則である
音楽への情熱だけを頼りに、作曲家としての道を進むことができた
(作曲家として)僕は、子どもの頃に「ベートーベン」というスゴイご馳走の味をいっぱい覚えたのが、本当にありがたい
周りからどんなにバカに見られたって俺らが楽しけりゃ俺らの勝ちだよな
なんで嫌な時に笑ってんだよ。なんで悲しいのに笑ってんだよ。泣きたい時は泣いて、笑うときにバカみたいに笑えよ
音楽っていうものは言ってしまえば母の腹の中に着床した時からだと思うんですけど。その後は、父のモーツァルト好きが高じて多分モーツァルトが多かっただろうと。で、私が「音楽」として自覚したのはそれを否定し始めたときだと思う
色々不安だろ?なあ、イライラするしなあ。それなあ、大人になっても不安だし、50過ぎてもイライラするから、そのまんまでいいんじゃないすか。物事解決するよりも、イライラしたまんまさあ、ロック聴きゃあいいじゃん。うん。
子どもが大人になった時に、母が自分との時間を犠牲にしてまで、何を作っていたのか。知られた時に、恥ずかしくないもの、単純にわかるものを残したい。
ルール破ってもマナーは守れよ
日本人の強みは、組織の構成員として、一種の「家族意識」を有することにある
悪貨は良貨を駆逐するという原理と同じで、形式は実質を駆逐する
人生はほんの一瞬のことに過ぎない。死もまたほんの一瞬である
Walking with a friend in the dark is better than walking alone in the light.
暗闇の中を友達と歩くことは、明るい中を一人で歩くことより良いもの。