


働く人たちの姿勢は、何にもまして経営管理者の行動を反映する。彼らの姿勢は、経営管理者の能力と構造を映す

これはほんとに昔っから思うんだけど、これがこうなったら幸せなのに、 あれがあったら幸せなのに、と思ってたら一生幸せになれないね。自分の問題だと思うんだ。もっともっと内面の問題だと思うんだ。今の状況を幸福だと思える心を 持った人が幸福なんやな。

歴史上いかなる国においても、企業とくに大企業は株主のためにのみマネジメントすべきであるという主張はもちろん、主として株主のためにマネジメントすべきであるという主張さえ、主流になったことはない

自分のああいう時の、ああいう行動が知らぬ間に自分の手を汚してたと。つまり誰かをはじき出してたところがあったというか。読者の方にもそういうことぐらいはあると思います、たぶん。ないかな?怖いな、すごい怖いな。

人間が生きる限り、死人も生きているんだ

オルタナをやり始めた時は、「暗い」「分かりにくい」という声があって、若干構えてしまったんです。力技で分からせてやるみたいな余計な力が抜けたんじゃないかな。すごく文字にしづらいかもしれないけど、スイングスピードが速いストレートを自然体のフォームで打てるようになったというか

仕事じゃなくてもやるもんね!

早く大人になりたいとか、まだ子供だとか。違うんじゃないか?俺は俺なんだ。藤原基央なんだ。俺はもっと良い藤原基央になれるように頑張るんだ

自分の置かれている環境を整備しないと、レベルというものは、いとも簡単に下がっていく

正しくない事を言ったりしてるやつが居たら自分ひとりでもちゃんと「それは違う」って言えよ。そしたら俺みたいに嫌われたりもするだろうけど、最後は正直者が笑うんだからさ

自分の中に炎を持ち、魂を抱えているのに、どうして、閉じ込めておくことが出来ようか

さよならとか別れとか、似たことしか歌わなくなってきたなあって。でも本能では、自分はそういうものを書いていくんだろうなってわかっていて

低気圧が僕を責め立てる。

真実のほかに美はない

芸術家を何とお思いか。画家なら目、音楽家なら耳、詩人であれば心に抒情、ボクサーなら筋肉のほかに何も持たない愚か者とでもお思いか。それはとんでもない勘違い。芸術家はそれだけでなく、政治的な存在でもあり、世の中の悲しみ、情熱、あるいは歓びにもつねに関心を抱き、ただその印象に沿って自らを形作っている

他人を、誰かを愛するという行為は、全ての可能性の始まりだと思っている。

もし全員に好まれるものがあるとしたら、それは間違いなくくだらないものだ

アキラメというのは人生的なものである。体験に基づくというか、体験の集積というか、いずれにしろ体に発するというか、体からじわりと湧き出る。それにひきかえ、シラケというのは、体験からのものとは違う

のめり込み過ぎちゃうと、いざ自分が何か失敗した時に逃げ道がなくなって、音楽で失敗することが怖くなっちゃう

最終日だからって、特別なことはありません。最終日が特別なんじゃないんだよ。ロックンロールが特別なんだよ

お客が来なくなったらバイトすりゃいい

青年は決して安全な株を買ってはならない

多くの人が80代まで生きれないのは、彼らが長期に渡って40代で止まろうと努力するからだ

優しくなりたいと思う人は、優しいんだと思います。

火の国熊本、暑さにゃかなわねぇ!!(熊本ライブにて)

人間は毅然として、現実の運命に耐えていくべきだ

世界一になりなさい。さもなければ撤退しなさい

愛の前で自分の損得を考えること自体ナンセンスだ。そんな男は女を愛する資格はない

やった分しか、返ってこない。適当にやっていて、超ラッキーでこんなすごいことになっちゃいましたってことは絶対ないよ。そんなに甘くないから。

自分自身によかれと思う者は、好ましく心やさしい妻をめとるがいい。さもなければ、いっそめとらぬがいい

美はあらゆるところにある。我々の眼がそれを認めえないだけだ

何かをうまく語ることは、何かをうまく描くことと同様に難しくもあり面白いものだ

これも人生経験。この新しいブルースを楽しむような気持ちで治療(喉頭癌)に専念したい。

苦しい時には、自分よりもっと不幸な男がいたことを考えよ

みんな同じなんだよ。大人も子供も、上も下もなくて、ただ同じ地面の上にみんな立ってるだけで。そういうことが、28になってわかった気がする。だから、みんなも長生きしてさ、精一杯生きてください。

破壊こそ創造の母だ

インディーズの頃は、有名になって注目されたいとか、めっちゃ広い家に住みたいということが活力になってて

トマソンには作者というものがいないんです。そこがむしろ面白くて、だから「偶然」とか「出会い」ってことが一番不思議なことに思えてくる

何があっても、賛成反対両方あるのは自然

人生は継続的なパーティーでなければいけないと思う

「愛」とか言うと、みんなださいとか、くさいとか言うけど、なんか俺は違うと思うな。

腰の引けたイクジ無しどもがこの世の中を動かしてるのさ。

純粋に泣けてしまうことって本当にある

音楽を創る上で一番大切な感受性は習って身につくものではない

努力というのは、恐らく運や偶然を追いつめて縮めて微細なものにしていって、自分で掴まえやすくするためのものではないのかと思うのである

現代の若さの最大の悲惨さはもうそれに属さないということ

例えば勉強ができるから偉い、運動ができるから偉い、友達と仲良くできるから偉いとか、なんかあるんだけど、ロックンロールを聴いた時に何もしなくても偉いんだと思って。

Everything has its wonders, even darkness and silence, and I learn, whatever state I may be in, therein to be content.
すべてには驚くべきものがあります、暗闇や静寂にさえも。そして私はどんな状態にあっても満足して、学びます。

あのアナウンス(「ファウルボールにはご注意下さい」)であらためて注意する間抜けはいない。でもあのようにいっておかないと、後で怪我して訴えられたら困るというのがある。アメリカ仕込みの訴訟社会の風習である

絵画というのは手で作った写真だ

沈黙は絶叫よりも恐ろしい

誰にも何の役にも立たないではないか。絵、展覧会──それがいったい何になる

自分が良いと思うものを「ほんまに良いものなんです!」って言い通したり、自信のあるものは「自信があります」って言うのが、やっぱり大事。

終わりのあるものしか信用できない。終わりのあるものしか生きてないからね。

行動がすべての成功の鍵だ

俺かて そない馬鹿正直に生きてきたわけやない。せやけどな、俺のまわりには馬鹿に生きて……馬鹿に死んでった男たちがおった。そいつらのくだらん生き方が 俺は男の最高の生き様やと気がついたんや

生命の一分が過ぎていく!それを在るがままに描き、それをなすためにはあらゆるものを忘れよ!そのものになりきれ・・実際に見るもののイメージを与えよ

私は常々「偶然耳にされたリスナーの方が、わくわくなさるような時間を提供せねば」と考えています。せっかくなら。子供の頃観た歌番組では、いろいろな歌手がよく、一緒に歌ったりしていました。ああいうフランクさが近年どんどん失われているのを寂しく思っています。

本当に死んでもいいくらい好きって奴は、認められないなんてことで不平を言わないよね

組織に働く者は、組織の使命が社会において重要であり、他のあらゆるものの基盤であるとの信念を持たねばならない。この信念がなければ、いかなる組織といえども、自信と誇りを失い、成果をあげる能力を失う

他人というものがいなければ「一人が一番好き」っという気持ちもない訳で、そして一人の良さなんてわからない訳で。 その台詞はつまり、他人というものを一番意識していて、一番人とのつながりを求めている人なんじゃないのかなと。

夢を夢と呼ぶうちは、それは叶わない。

一個気に入ったモノが見つかったらずっとそれでいいんだ。俺にはお前らしか要らねぇから

この世は偶然に満ちている。だから人間は人工管理の街を造った。でも、街はいづれ老朽化し、その隙間から、追い出された偶然がまた顔をのぞかせる。カメラにはそれが美味しい

10年後に生きている確率より明日生きている確率の方が高いので明日持つ夢が大事

僕はいろいろなとこでいろいろな人に聞かれるんだよ。『楽しけりゃいいのか?』って。いいんだよ。そのかわり,楽じゃないんだよって。漢字で書いたら同じじゃんって。

僕はいつも自分が純粋に感じたこと、考えたことを、理解されようがされまいがダイレクトにぶつける

創造性の最大の敵は良きセンスだ

いい子な自分と、悪い子な自分、みんな含めて一人の自分

……キスやな。キスかそれ以上のことやろな、やっぱり。歯…… 磨いとるな?六代目。
