


全力を注がなければ、単に約束と希望があるだけで、計画はない

毎朝起きるたびに、私は最高の喜びを感じる。「サルバドール・ダリである」という喜びを

家族でも、うっかり見ていないゲームの結果を言おうものなら、次の日までずっと機嫌悪いみたいな。「センスねえ人間だ」っていう感じになっちゃうじゃないですか(笑)。サッカーには、人をそうさせる何かがある。熱くさせるスポーツですよね

ユーモアを失わないように戦うのだ。ユーモアの欠如は愚の骨頂だ

芸術家になるためには、まず自分の目や耳でよいものを感じて選びとる「審美眼」が大切

基本的に私は家の中で曲を作る

北海道、広いよなあ、カナダぐらいあるんじゃねえの?人口、ロシアぐらいあるんじゃねえの?

釣りをやる人には、釣れそうなところがわかるそうなんですね。私たちの路上観察も同じような感じで、ありそうなところっていうのが、何となく雰囲気でわかるんですね。あまりピカピカの出来たての街だと、他の要素が入り込む要素がないので、妙なものを発見することが少ないんです。だいぶ時間がたって、壊れたり色々用途が変更になったり、何だかんだと生活にもまれたところで、見る人が見れば妙なものになる。そういうところがすごく面白いところなんですね

経営者は常に現実的でなければならない

顧客にとっての価値を想像してはならない。直に聞かなければならない

経験を賢く活かすならば、何事も時間の無駄にはならない

手には、物を掴む手と放す手がある

癌もロックンロールだ。

As the eagle was killed by the arrow winged with his own feather, so the hand of the world is wounded by its own skill.
ワシが自分の羽根の付いた矢で殺されるのと同じように、世界は自らの技術によって傷付けられる。

自然は常に完全である。決してまちがわない。まちがいは我々の立脚点、視点の方にある

フェスにはいろんな人のいろんな思惑が絡み付いて、そんなの誠実じゃねーじゃねぇかと思うこともあるんだけど、音楽好きな奴らが集まって、音楽しか能のねー人間が精一杯演奏する。こんなシンプルな関係は政治なんざには負けやしねぇ

何かを表現していく人間にとって、自分の拠り所を気分に置いてしまうのは危ういこと

僕は流れるって感じが好きなんだ。固定したものは全然つまらない。人生だってそうだろう?いつも流動的で、何が起こるかわからない。だから面白いんだ

私は子供のときに自転車に乗ったことのない唯一の男である。描くことにしか興味がなかった

世界中で今日もどこかでライブがあるだろうし、明日もどこかでやるだろうし、世界中でも何百何千万、すごい数のライブがあるんだろうけど 、俺の言ってるこのすげえロックンロールっていうのは 多分、ほんの一握りなんだよ

たぶん不安とかっていう感情は、こう、戦う覚悟を決めないで中途半端な気持ちでその先に進もうとするから生まれるものだと思うんだ。どーせ逃げもしねぇくせに戦う覚悟をきめないから。だから、おまえら、覚悟決めろよ

上手であることはそんなにいいことか?とも思う

いったい何を見て来たんだい? その若さでミイラか? 可能性はどこにあるんだ? それは君の目で見て耳で聞いたものの中にしかないはずだ。

「ロックな手と書いて岩手と読むんだぜ。」「あのさー、冷麺てなにでできてんの?原材料はなんなの?」(岩手ライブにて)

何事も、上手く進まないときは、停滞の時期ではなく、変化の時期だ。

大事なものは他者に求めてはいけないと思ってた

創造性の最大の敵は良きセンスだ

人間、しがみついてでも、這いつくばってでも、生きることに価値があるんだ。分かるか?

凡庸な人間が自然を模写しても決して芸術品にはなりません。それは彼が「見」ないで眺めるからです

明日は必ず来る。そして、明日は今日とは違う

誰かのサイズに合わせて自分を変えることはない。自分を殺すことはない。ありのままでいいじゃないか

(名古屋の「な」はどういった字か、と客に確認した後)「何だよっ、知らねえよ!大体なー、『名前が古い屋根』だぞ? 何なんだよ?! ……『名前が古い屋根』って…シャチホコ? …で、シャチホコってなんだ? コイか? 」(名古屋ライブにて)

If everyone demanded peace instead of another television set, then there’d be peace.
もしすべての人がもう一台のテレビよりも平和を欲すれば、きっと平和は実現する。

勘違いするな。俺とお前は違う。 お前の極道は死に様。俺の極道は――生き様だ。 同じ道でも、死に向かって戦うのと、生きるために戦うのは違うということだ。いずれ分かる。

自然に生き、自分の気持ちをほんとうに伸ばしてゆこうとすれば、まず、いたるところで残酷に、壁に突きあたる

砂漠では、教養など何の役にも立たない。生きる技術を持っているかどうかが生き残れるかどうかを分ける。厳しいビジネスの世界も同じである

私は何も発明したりしない。ただ、再発見するだけだ

芸術に従って芸術を作ってはならぬ

ありがとうじゃ足りないけどありがとうしかない。悔しい

正義の尺度は声の多数ではない

人生において、諸君には二つの道が拓かれている。一つは理想へ、他の一つは死へと通じている

愛しあう前と後では、火の消えたランプと火のともったランプほどの違いがある

期限までに毎日どのくらいのペースでやっていかなければならないか考える

この街は牢獄や……。俺が塀の外に出られんのは いつなんやろな兄弟……

成功する企業というのは、「問題」ではなく、「チャンス」に目を向けている

その日、歩ける一歩を歩くだけ

この余白にたくさんの文字を書いたけど、沢山消した。俺の喉から貴方の耳まで新しい唄がお使いに行く。俺の唄は迷わないから、俺も心配しない。いってらっしゃい。

曲って自分の子供みたいなもんでさ、自分から生み出したものだけど喧嘩して遠ざけたり、仲直りしたりして、時には向き合うことができなくなったりもして。

閃きは自分で呼び込めるものではない。私にできるのは閃きを形にすることだけだ

音楽が自分のすべてです

明日からさ、また頑張れよ。お前らの周りにはさクソみたいにどうしようもないヤツがいるだろ? そんなのに限って良い点取ったりすげぇ稼いだりするんだよな。そんなのにぜってぇ負けんじゃねぇぞ

今真剣なんだ。邪魔するな!

「愛」とか言うと、みんなださいとか、くさいとか言うけど、なんか俺は違うと思うな。

別に社会に出ようが学生だろうが変わらねぇと思うけど、あの、…結局ね戦い、だと思うよ人生。 戦わなきゃぁそりゃ、寄ってたかって叩かれて、お終いさぁ。だから、不安なのはしょうがないけど、自分の足で立つしかねぇんじゃね

幸せを手に入れるんじゃない、幸せを感じることのできる心を手に入れるんじゃ

絵の玄人なんていうものは、絵描きに対してロクなアドバイスをしない

自分自身がありのままでいられないから、ありのままであろうとする

Yeah we all shine on, like the moon, and the stars, and the sun.
そうさ、僕らは輝けるんだ。月のように、星のように、太陽のように。

みんながいなくなったらどうしよう。その不安で毎日押しつぶされそうだけど、俺が今から作る曲をみんなが無条件に聴いてくれるなんてありえないこと、あたりまえにわかってるから。頑張って頑張って自分史上最高の曲を書いて、何食わぬ顔で届けるから。俺はそーゆー虫になるから

のめり込み過ぎちゃうと、いざ自分が何か失敗した時に逃げ道がなくなって、音楽で失敗することが怖くなっちゃう

ジャンルがどうとかじゃなくて、音楽全般、様々な角度と方向にどんどん広がってほしいと思う。限りある音楽ファンを奪い合うイメージで話しちゃうとどんどん貧しくなるけど、そもそも、音楽文化自体にそれほど興味を持ってもらえてないってのは骨身に沁みてる。

そりゃバイク乗るのも楽しいし、映画も好きだし。でも、桁外れなんだよ。富士山と石ころくらいの違いなんだよ。ロックンロールやってるときの楽しさは、桁外れなんだ。好きなものを見つけるってそういうこと。

楽曲は成り行きだけど、僕とマーシーは20数年間、その成り行きの『成り行かせ方』をやってきた。スタジオに入った瞬間に、僕とマーシーの空気はあるんだと思う。今は4人でうまーい成り行かせ方をしてんじゃない?そんな気がする

目の前の困難から逃げてばかりではダメです

リスクには2種類ある。踏むには危険が大きすぎるリスク。それと逃すにはあまりにも惜しいリスクだ

できると思えばできる、できないと思えばできない。これは、ゆるぎない絶対的な法則である

音楽は、常に論理と感性、車の両輪で出来る

「満足」って言葉は究極以外使っちゃいけないんだよ

むしろ「成功は失敗のもと」と逆に言いたい。その方が、この人生の面白さを正確に言いあてている

自分の声に何かがあって、歌えなくなったとしても、作詞は続ける。
