


落ち込むのと失望は違うんよ。 だって、落ち込んでても夢や愛は信じとるもん。

自分には才能がないって思っていたんですけど、今は自分には絶対に音楽の才能があるんだと思いながらやっています。

ルソーの「ラブレターを書く時は、何を書きたいか何も考えずに書き始めて、それが思い浮かぶ前に書き終えろ」っていう言葉があって。

子どもが大人になった時に、母が自分との時間を犠牲にしてまで、何を作っていたのか。知られた時に、恥ずかしくないもの、単純にわかるものを残したい。

絵の玄人なんていうものは、絵描きに対してロクなアドバイスをしない

綺麗に生きるなんて、誰ができるんだ

僕は音楽が大好きです、本当に。感情論や云々より音楽が大好きなんですね。メロディ、リズム、和音。その三大要素からなる音楽っていうものが大好きです。

真のマーケティングは顧客から出発する。すなわち人間、現実、欲求、価値から出発する

(上京前に自身で)ツイキャスで配信やってて、オールナイトすっぽんぽんっていうのをやってた

絵画というのは手で作った写真だ

効率とは物事を正しく行うことで、有効性とは正しいことを行うことである

もし、黄色と橙色がなければ青色もない

その瞬間に爆発していればカッコいい

やっぱり大事な人ほど傷つけてるなという感覚と、傷つけてまで一緒にいたい、愛したいという感覚。それが自分の根本なんだなって。

歌なんて誰でも歌えるからヴォーカリストになった。だから、誰にでも歌えるような歌しか歌わないんよ。

方向性に迷った時は僕は初めのイメージに立ち返る

『うわ、眩しい。すっげぇ眩しいんだけどさ、消えてくんない?』と思うくらい眩しいのが夢だと思うし、『いや、あれを見てないと俺の生きてる意味がないとか、存在自体が怪しくなってくる。だから俺は目がつぶれてもいいから、あれを見るぞ』っつうのが、夢を見てる人だと思うし、夢を見てる人ってそんぐらいかっこいい人だと思うし、そんぐらい覚悟してる人だと思うし、そんぐらいリスクを背負ってる人だと思う。

壁を見つけて超えていく……。人ってのは乗り越えることでしか成長できねぇんだ。 お前の理屈は間違っちゃいない。乗り越えるべき壁が俺だと言うのなら、付き合ってやる。二度と乗り越えようとすら思えない力の差――一度だけ味あわせてやる

色彩は、それ自体が何かを表現している

人間は精神が拡がる時と、閉じこもる時が必ずある。強烈に閉じこもりがちな人ほど逆に広がる時がくる

女性は行動するより前にこうしよう、と考えることがあまりない生き物なんじゃないかと思うんです。先に手が出るというか、体で感じて体で動くっていう

忍耐もまた行動の一つの形態だ

芸術家の資格は、智慧と注意と誠実と意志のみである

笑いどころやないかい!笑えや このボケェ!!

小さい頃は、祖母が歌う英語の賛美歌を子守歌代わりに聞いて育ちました

ステージに出る前、死刑台に上がってく気分になるときがあるんだ。ギロチンの下に頭を置いて審判が下される。

大金を持った貧しい人のように暮らしたい

大人になると人生がつまんなくなっちゃうって思ってる方が、若者の中にもすごく多いと思うんですけど、そんなことはないです。

芸術家になるためには、まず自分の目や耳でよいものを感じて選びとる「審美眼」が大切

今が楽しいかどうかは自分が今を楽しんでいるかにかかっていること 目の前にある大事な事 見失うほど未来に目をやってしまうのはとても愚かな事

夫婦とは二つの半分になるのではなく、一つの全体になる事だ

そりゃあもちろん世の中のいろんな出来事を知らないわけじゃないけど、俺たちがやりたいのは楽しくバンドをやりたいということだけ…それを手段として何か目的を達成したいと思ったことはないんで。それでも二次的なものとしてみんなの明日の朝メシがうまくなるんだったら、それより最高なことはないですよ

私は今、生きようと努めている。というよりも、どのように生きるかを、私の中の死に教えようとしている

日本人が何をするにも明確であることが、私にはうらやましい

ストーンズだけどさ、あのステージを観たら、なんて言うか、…孤独感が消えたんだよね。ほら、…僕は孤独でしょ(笑)。でも、もう孤独感は消えた。…うまく言えないけど。

望みがないわけじゃないけど、誰かに叶えてもらったらつまんないでしょ。

俺は黒にはすごく強いイメージを持っていて。例えば、何も悪いことをやっていない神父さんもいれば、元死刑囚だけど途中で神に出会って神父さんになるのでは全然違うでしょう。そういう存在に対する憧れがありますね。そういう人にしか出せない優しさみたいなものがすごく好き。逆に、潔白潔癖なものには優しくない感じがあるんですよ

目の前の困難から逃げてばかりではダメです

人間一人ひとりを見ると、みんな利口で分別ありげだが、集団をなせばたちまち馬鹿が出てくる

自分の中で一度燃え上がった想いというのは、止めることが出来ない

いかなる世界が広がっていても、望んだ世界だと頷きたい。

現代の若さの最大の悲惨さはもうそれに属さないということ

人生、回り道も大事やからな。いっつも最短ルート歩いててもしゃあない。

自分が変わるんじゃなくて、変わり続ける何かが俺の中にいるんだよね。

自分は燃え尽きることは一生ない

僕は一生のうちに一晩でいいからあんなふうに歌えたら、死んでもいいと思った。

神を知る最善の方法は、多くの物を愛することだ

好きなものは変わらなんなあ。歳をとるほど、より確信になる

負けず嫌いなので、自分の人生には刺激が足りない、喜怒哀楽においてのすべての感情が足りない

自分の価値観を持って生きるってことは嫌われても当たり前なんだ

自分が作った曲をいっぱい聴いてもらえたり楽しく歌ってもらえるんが1番嬉しい。難しいこととか考えたくない!作るのが楽しい、歌うのが楽しい、誰かのの思い出になれる事が嬉しい

限界を越えることは絶対出来ないと思うんです。越えられないから限界と書くわけで。でも越えられるから不思議なんです。

恥ずかしくない生き方はしたくないもんね。だから恥をかくんだよ

こんなに色んな人が関わりあうのは、俺、音楽しかねぇと思うんだ。てか、音楽しかしらねぇ

明日描く絵が、一番すばらしい

選択肢とか自由な表現が辛いのは、自分という位置の束縛が出てくるからである。自由による束縛といってもいい。いまの子供たちは、自由な表現というものを強要されて、ずいぶん辛い思いをしているのではないか。表現したいことなんて特になくても、とにかく自由にして見せないといけない。それよりもむしろ固苦しい習いごとを押しつけられて、そのことに抵抗を感じている方がよほどネイティブの自由がふくらんでくる

100の好きを見つけても1の嫌いに心を裂かれたりする

何かをうまく語ることは、何かをうまく描くことと同様に難しくもあり面白いものだ

名古屋のニワトリって、羽根が何枚もあるんだろ?じゃなきゃあんなに沢山手羽先がつくれる訳ねぇ!

なんとなくこうなる気はしとったやろ、吾朗!泣いたらあかん、泣いたらあかんで!

『無罪モラトリアム』の意味は、一個の人間としてまだ社会に出なくても許されてる立場の人間。さらに「無罪」って言って、立場的にも生きてる事が許されるんだって付け足したかった

大人になったらなったで、子供の頃よりもっと自分と向き合うんだと思うんです。

まっすぐ進めば早く着く! ときには楽しい寄り道も! アナタが自分で選んで、納得できる道を進もう

いまさら、自分を変えようとしてはならない。そんなのは、うまくいくわけがない

誰かと肩がぶつかる。生きるってそういう事だと思う。

そや桐生チャン…龍司とかいう奴に負けたら承知せぇへんで。俺との勝負も残っとるんやからなぁ。

アホくさ。喧嘩すんのは結構やが、もしウチのシマに入ってきたら・・・そん時は怪我するだけじゃすまへんで。

感性を磨くとは、こうした直感を鍛えることだと思う

失敗することを恐れず、とりあえず何となくやりたい事をやってみたら?

モノを作ることを職業としていくには、一つや二ついいものができるだけではダメだ
