誰にでも何かの仕事に適する素質がある。世の中が必要とするものは多く、自分が役に立てることが必ずある
What we have once enjoyed we can never lose. All that we love deeply becomes a part of us.
私たちが一度楽しんだものは、決して失うことはありません。私たちが深く愛するすべては、私たちの一部となります。
集中が必要なのは、仕事の本質と人間の本質による。いくつかの理由はすでに明らかである。貢献を行うための時間よりも、行わなければならない貢献の方が多いからである
僕らの音楽は誰にも揺るがされなくなりました。他のどんな要素にもびくともしない、僕らと音楽の関係が完全に守られました。
私が猫好きなのは、家で過ごす方が好きだからだ。そして次第に、猫が家の一部に思えてくる
友情は、喜びを二倍にし、悲しみを半分にしてくれる
女の美は性格の中にあるのです。情熱の中にあるのです
目標に達するまでの道筋を多くしないこと
色々不安だろ?なあ、イライラするしなあ。それなあ、大人になっても不安だし、50過ぎてもイライラするから、そのまんまでいいんじゃないすか。物事解決するよりも、イライラしたまんまさあ、ロック聴きゃあいいじゃん。うん。
大事なものは他者に求めてはいけないと思ってた
苦しい時には、自分よりもっと不幸な男がいたことを考えよ
不得手なことの改善にあまり時間を使ってはならない。自らの強みに集中すべきである
現代人の欠点は自分の職業に愛と誇りを持っていないことである。多くの人が職業を必要悪の労役苦役と考えている
本当の芸術というのは、音楽にしたって映画にしたって文章にしたって演芸にしたってなんにしたって、ドアが開かぬままにあなたに会いに行ける魔法だって
僕と貴方達との距離は はたして何キロぐらいだ
運命に耐えているとき、そこに真理が見える
僕は僕の偏見でうたをうたっとる。うたっとるやつは下品じゃがうたの内容は最高じゃ
感情が伴わない作品は、芸術ではない
(死んだら地獄と極楽のとちらに行きたいか?)どっちでもいいさ。そのどちらにも会いたい友人がいるのでね
聴いてる音楽とやってる音楽がつながらなくても、それはどうでもいいんです。
目の前の困難から逃げてばかりではダメです
自分のなかに自分だけが感じている匂いみたいなものだとか、あると思うんですけど。
周囲からの反対やら妨害やら軋轢やらがあるからこそ、自分が本当は何をやりたいのか、何になりたいのか輪郭がはっきりしてきて、よし、オレの気持ちはホンモノだっていう確信が固まっていく……そういうものなんじゃないのか?
21世紀の最大の不安定化要因は人口の構造変化である。ただし、先進国における最大の問題は高齢化ではない。少子化のほうである
俺はあれについて、一つ勘違いして欲しくない事は、孤独に強くなって欲しんじゃなくて、今よりもっと孤独を怖がって欲しいって事。(バイバイサンキューについて)
イメージの共有がしたいだけなんだ。言葉の共有じゃなくてどこかもやもやっとしたイメージをひねりだして曲にする。そのもやもやを共有したいだけなんだ。それで「生きてやるぜ!」って思ってもらえれば、「生きるっていいな」と思ってくれればそれでいいです。
例えばスリーコードでエイトビートならみんなロックンロールかって言ったらそうじゃないものもあるわけ。スタイルじゃないんですよ。だから様式美ではなく、そこにある熱が大事なんですね。
コレラや尿石や結核や癌は、天上へ行く交通機関
トマソンには作者というものがいないんです。そこがむしろ面白くて、だから「偶然」とか「出会い」ってことが一番不思議なことに思えてくる
自分が何をやるかさえ確かだったら、少しぐらい待ってもなんでもない
死に方は生き方、生き方は死に方。
我々は何をするにも、常に自分自身に問わなければならない。もし皆がそうしたら、どんなことになるだろうと
人々を動機付ける能力がなくては、経営者とは言えない
優しくなりたいと思う人は、優しいんだと思います。
人間の運命は人間の手中にある
I think our society is run by insane people for insane objectives.
僕らの社会は、ばかげた目的のために、あきれた人々によって動かされている。
子どもが大人になった時に、母が自分との時間を犠牲にしてまで、何を作っていたのか。知られた時に、恥ずかしくないもの、単純にわかるものを残したい。
いいかい、怖かったら怖いほど、逆にそこに飛び込むんだ
これからは、誰もが自らをマネジメントしなければならない。自らを最も貢献できる場所に置き、成長していかなければならない
オトナになろうが、教室から武道館になろうが、ひとりの前でやろうが一万人の前でやろうが、やってることって一緒なんだよね。音楽がやりたくてバンドを組むってそういうことなんだ。もう、そこで全部終わっちゃってるんだよ。だから目指すことは、もうないよ。
嫌われることは愛されることより難しい
徳川家康や武田信玄の本読むけどさ、こんなふうにやって生きて天下とったって、70・80で死ぬわけだしさ。
大人になると人生がつまんなくなっちゃうって思ってる方が、若者の中にもすごく多いと思うんですけど、そんなことはないです。
こむずかしい理屈をこねたりしてる歌なんて、最悪。単純なラブ・ソングこそ、最高なのに。
好きなものを作る、それだけをやるってなるとブレない
私の誕生の日から、死がその歩みを始めている。急ぐこともなく、死は私に向かって歩いている
自分の価値観を持って生きるってことは嫌われても当たり前なんだ
これを描いたのはあなたですか?いや、違う。きみたちだ
桐生ちゃん。わしなあ……ゾンビになってしもたかもしれん。
恥ずかしさというのは、自分をよく見せたいと思う心の裏返し
芸術が愛らしいものであってなぜいけないんだ?世の中は不愉快なことだらけじゃないか
アクシデントが起きると、人はそれを変えようとするが、人には変えることが出来ない。アクシデントが人の内面を明らかにするだけだ
現在持っているものに満足しない者は、持ちたいと思っているものを手に入れたところで、満足しないだろう
何びとも信用しない者は、己れ自身が信用されていないことを知っている
それは所詮、極道の勝手な都合ってやつだ!
夢を語る奴のことをバカにしたことはない、そういう奴の為にグングニルって曲が出てきたりします。俺は決して笑わないって歌。そして俺もそういうことをしすぎて目が悪くなりました。夢の見過ぎで悪くなりました。そういう歌も歌ったことがある。でも結局のとこドリーマーです。永遠のドリーマーです。
「ありきたりな女」を書いたのは、次の曲の「カーネーション」を聴かせたかったからでもあるんです。「カーネーション」は「何を言っているかわからない」とか、散々言われたので。私が意図した通りに聴いていただくために、その導入部分が書きたいな、と思って
酒は何も発明しない。ただ秘密をしゃべるだけである
赤がなければ、青を使います
悪魔は悪しか行なうことができないゆえに純粋である
マラソンランナーと一緒で、長距離を走り抜くにはペースを崩さないこと
早く大人になりたいとか、まだ子供だとか。違うんじゃないか?俺は俺なんだ。藤原基央なんだ。俺はもっと良い藤原基央になれるように頑張るんだ
自分のなかに自分だけが感じている匂いみたいなものだとか、あると思うんですけど
みんなで盛り上がることをするな。お前が一番盛り上がれ
「ロックな手と書いて岩手と読むんだぜ。」「あのさー、冷麺てなにでできてんの?原材料はなんなの?」(岩手ライブにて)
いかなる創造的活動も、はじめは破壊的活動だ
Half of what I say is meaningless, but I say it just to reach you.
僕の言うことの半分は意味もない。ただ君に聞いて欲しくて話しているんだ。
大人になって大好きな人ができて、今まで男の子とチョメチョメしてきたのがリハーサルだったのかと思うぐらい、「私はこの人のために、経験や知識やこれから学ぶこと全部を捧げなければいけない。捧げるべきなんだ」って心に決める。すごく本能的に感じるんですよね
藤くん、心からおめでとう。本当に本当に嬉しかった。他人のことでこんなに嬉しかったのはいつ以来だろう。昨日もらった連絡で僕は眠れなくなりました。これからも大好き。おめでとうございます。
人生は退屈すれば長く、充実すれば短い
優れた者ほど間違いは多い。それだけ新しいことを試みるからである
僕の人生はそれほど長くないだろう。だから僕は一つのことしか目に入らない無知な人となって仕事をするつもりだ。ここ数年のうちに何がしかの仕事をやり遂げてみせる
完璧な青写真なるものは、二重に人を欺く。それは、問題を解決できないだけでなく、問題を隠すことによって、本当の解決を難しくする
確かに……一度 “黒” に染まったモンはどこまでいっても “黒” や。そっから抜けることはできん。けどな、それでも噛みつく相手選ぶくらいはできる。それが俺の流儀や
基本的に完成は信用しない
マンホールをずっと撮っている林丈二さんも、オートになってから奥さんに「ちょっと、あなたの写真、最近、あんまりよくない」って言われたらしいです。どっかに出ちゃうんですね。何でしょうね。自覚して使えばいいんだけど、カメラの機能に寄りかかって撮っちゃうとダメなんでしょうね。何にでもそういうことはいえますね
後世必ず吾が心を知り、吾が志を憐み、吾が道を信ずる者あらんか
経営者がかならず身につけておかなければいけない、大事な要素がひとつだけある。それは品性である
Avoiding danger is no safer in the long run than outright exposure. The fearful are caught as often as the bold.
危険を回避することは、長期的には危険に完全に晒されるよりも安全ではない。怯える人は大胆な人と同じくらい頻繁に捕らえられる。