これからは自分の為に歌おうと思います。 俺が俺であることを好きでいるとその日はすげぇー楽しいのね。でも俺が俺であることが嫌になってしまうと、その日1日もぅ何もかもが駄目なわけ。俺はかっこよく生きたいです
5年も6年も前の曲。これから歌う曲。この曲書いたときあぁ夢見てるんだねっていわれた。夢追いかけてると必ず言われることがあんだ。お前らも言われてると思う。俺らもよく言われた。今でも言われんだ。[大人になれ]って。でも大人になったからって夢みないってのとは違うと思うんだ
まっさらな目をもて!そして目的を捨てろ!
『無罪モラトリアム』の意味は、一個の人間としてまだ社会に出なくても許されてる立場の人間。さらに「無罪」って言って、立場的にも生きてる事が許されるんだって付け足したかった
僕らは、今存在している人達は皆、存在する事を選んだ人達だと思います。
多くの人が80代まで生きれないのは、彼らが長期に渡って40代で止まろうと努力するからだ
一番悪い奴は「口だけいいことを言って実践しない奴」次に悪いのは「悪いことばかり考えてる奴」そうなりたくねぇんだ
どんな顔の人だって輝くときはとてもいい顔だ。どんな美形だってつまらない人間では、それほど美しくもないぜ。
与えようとばかりして、貰おうとしなかった。なんと愚かな、間違った、誇張された、高慢な、短気な恋愛ではなかったか。ただ相手に与えるだけではいけない。相手からも貰わなくては
最も重要なことから始めなさい
雨が降るのは聞こえるが、雪が降るのは聞こえない。軽い悩みは大声で叫ぶが、大いなる苦悩は沈黙する
おお嫉妬よ!お前は細事の拡大したものである
わがままさっていうのはさ、必要なんじゃねえかなあ
眼前のものに深く入ること。そしてできうる限り論理的な自己表現を、忍耐強く行うことです
勝手に誰かと比べられて、色々決め付けられるのってどう考えても悔しいな
私は毎日進歩しつつある。私の本領はこれだけだ
芸術が愛らしいものであってなぜいけないんだ?世の中は不愉快なことだらけじゃないか
学とはならうということで、すぐれた人物の立派な行いを習い、みずからもそれを実行していくことである
好きなものは変わらなんなあ。歳をとるほど、より確信になる
単純なことを完璧にやり続ける忍耐力の持ち主だけが、偉大なことを成し遂げる
俺は今日、アンタの為に唄う。ロックに世界を変える力はない。でもロックが一人一人の人間の心に起こすうねり、そのパワーは計りしれない。俺はその力を信じて生きる
商業的に音楽を作ろうと思ってしまったら、多分やる気をなくします。
笑ってくれりゃあ本望だよ
ビートルズとか音楽は、暗いほう暗いほうに行きがちな自分を包んでくれる
約束の額だ・・・悪く思うな。
絵というものはぼくにとって、愛すべきもの、愉しくて美しいものでなければならないんだよ。そう、美しいものだ!人生には厭なことが多すぎるんでね、これ以上厭なものなんかこしらえたくないんだよ
(どうしてすぎやまこういちと平仮名なの?)漢字では椙山浩一と書くのですが、間違えて「まさやま」と読む人がいたり、「杉山」と書く人がいるので
今日此処に来たかったけど、チケット取れなかったヤツが沢山いるの分かってるから。そんなヤツらにも届くように唄ってるから。
私はドラッグをしない。私自身がドラッグだ
ぼくはいつでも、一生懸命歌を作ってるんだよ。才能があるから歌が出来ると思ってるのかも知れないが、それはちがう。作っているんだよ。
神を知る最善の方法は、多くの物を愛することだ
(カメラは)カビたり錆びたりもしますから、送られてきたお菓子とかに入っているシリカゲルを棚に入れたりしています。まあ、普通に置いてます
椎名林檎っていう名義は辞めますよ。もう無理。本名のあたしであることを誰も守ってくれないんだよ?でも、そんなの当たり前じゃないですか、一個の大人だから。「自分で守んなきゃいけないんだから、辞めたっていいだろ!」とか思って
なんとなくこうなる気はしとったやろ、吾朗!泣いたらあかん、泣いたらあかんで!
俺は右でも左でもかまわないんだ。そんなことどーでもいいんだ。右にどんどん行ってみろ。やがて左側に来ているのさ。地球は丸いからね
何かをするのに私は歳を取りすぎてると言われたら、そのことにすぐに取り組むようにしている
効率とは、現在既に行われている事をより洗練させることである
これを描いたのはあなたですか?いや、違う。きみたちだ
普通、表現の仕事であれば作者というものがいますよね。しかし、トマソンには作者というものがいないんです。そこがむしろ面白くて、だから「偶然」とか「出会い」ってことが一番不思議なことに思えてくるんですよね
人々を動機付ける能力がなくては、経営者とは言えない
ギタリストのピークはギターを初めて弾いて感動した瞬間。
ただ大人たちにほめられるようなバカにはなりたくない
やり方を学ぶ
私は何も発明したりしない。ただ、再発見するだけだ
I used to think that anyone doing anything weird was weird. I suddenly realized that anyone doing anything weird wasn’t weird at all and it was the people saying they were weird that were weird.
かつて私は何か奇妙なことをしている人は全員奇妙だと思っていた。突然気づいたんだけど、実際には何か奇妙なことをしている人はまったく奇妙ではなくて、彼らを奇妙だと言っている人こそが奇妙だということに気づいたんだ。