小さい頃は、祖母が歌う英語の賛美歌を子守歌代わりに聞いて育ちました
自分を支えているのは、自分
人間と人間社会の問題なのかもしれない。つまり偶然というのは、本当はこの世の中を無数に満たしている事柄なのかもしれない。世の中はむしろ無限の偶然で成り立っている
指揮者は、一人の人間を受け入れるために楽譜を書き直したりはしない
世間が決して飽きない唯一のものは誇張表現だ
ひとりの富者がなんと多数の乞食を養うことか!王が建築を始めれば、馬車曳きに仕事が生まれる
望みがないわけじゃないけど、誰かに叶えてもらったらつまんないでしょ。
芸術は、われわれに自然が永遠であることを味わわせなければならない
ちょっと力抜いちゃうと(ライブ会場の雰囲気に)飲まれそうになっちゃうから、ずっと気を張っていなくちゃいけない
Although the world is full of suffering, it is also full of the overcoming of it.
世界は苦しいことでいっぱいだけれども、それに打ち勝つことでもあふれている。
コンピューターなんて役に立たない。だって、答を出すだけなんだから
夏は嫌いなんだけど、夏の土の臭いが凄い好き。
忍耐もまた行動の一つの形態だ
私は天才を自覚している
神童。それは多くの場合、非常に想像力の豊かな親を持った子供のことである
なんとなくこうなる気はしとったやろ、吾朗!泣いたらあかん、泣いたらあかんで!
効率とは物事を正しく行うことで、有効性とは正しいことを行うことである
コミュニケーションで最も大切なことは、相手の言わない本音の部分を聞くことである
悪行の呪いは、絶えずそれが悪を産まざるをえないところにある
NUTOPIA has no land, no boundaries, no passports, only people.
ヌートピアには、国土も国境もパスポートも持たない。人々だけだ。
何があっても、賛成反対両方あるのは自然
個人としての嗜好が投影された「普通にそのままのもの」っていうのがあるべきだと、私は思ってしまう
時間を管理するには、まず自らの時間をどのように使っているかを知らなければならない
ものがそこにあるという尊厳。これはいったいなんだろう。ただあるというだけなのに
人と繋がりたかったら、求めるんじゃなくて、求めたものを持つんじゃなくて、求めるもの全部、自分が閉じ込めてしまうぐらいの、一方通行の自分勝手な行動をぶつけて、それに答えてくれた時に、本当に繋がれるんじゃねぇのかな。
意見や考えが違うのは当然のこと。より良い社会の「より良さ」も凝り固めてしまえばイデオロギーなんだけど、誰が勝ったとか論破したとかそういう方法じゃなくて、柔軟にその「より良さ」を目指すことについて同意しながら、進んでいけたらいいですよね。厳しさも排除せずに。
美術館はちょっとまとまり過ぎてる感じで、博物館的な世界には思わぬものがあるんだよね
鉛筆や紙と同等の費用で映画が創れたときにのみ、映画は芸術作品となるだろう
お前らも絶対辛い時期があって、楽になりたいって思うときがあると思う。そういうのにあったときってさ、すーげぇいい人になっちゃうんだよ。もう傷つきたくないって思って、周りから愛されるようないい人に…でもそれって罠だから! いつまでも、何かに対抗する牙は捨てちゃなんねぇ
久しぶりー、前橋!……ごめん間違えた宇都宮!(栃木ライブにて)
手加減はしねぇ、死にてぇ奴だけかかってこい!!!
人と同じものが嫌とか、そういうのはあまりない。自分が好きなものを集めてたら、人と同じにはならないでしょう?
やりたい事やったもん勝ちなので全部やりたい
お芝居の世界でお仕事をするときは、簡単にベラベラしてはいけないというのは自分の中にあるんですよね
人は素敵な経験があるか無いかで、心の汚れが全然変わってくる
覚えておくんだ。生涯あなたに付き添ってくれる唯一の人はあなた自身なんだ
むしろ「成功は失敗のもと」と逆に言いたい。その方が、この人生の面白さを正確に言いあてている
なんかやろうと思えば、何でもできるもんやねー
みんな何かしら人知れず苦労しているものだ。だから自分から進んで苦労する必要はない
釣りをやる人には、釣れそうなところがわかるそうなんですね。私たちの路上観察も同じような感じで、ありそうなところっていうのが、何となく雰囲気でわかるんですね。あまりピカピカの出来たての街だと、他の要素が入り込む要素がないので、妙なものを発見することが少ないんです。だいぶ時間がたって、壊れたり色々用途が変更になったり、何だかんだと生活にもまれたところで、見る人が見れば妙なものになる。そういうところがすごく面白いところなんですね
大体、いちばん素晴らしい絵を描くのは四、五才くらいの子どもだよ
みんなの愛にこたえてちゃんと元気になるから、全然大丈夫だよ。心配しないで待っててね
What I am looking for is not out there, it is in me.
探しているものは外になく、自身の中にあるものです。
生産性の本質を測る真の基準は「量」ではなく、「質」である
ジャンルがどうとかじゃなくて、音楽全般、様々な角度と方向にどんどん広がってほしいと思う。限りある音楽ファンを奪い合うイメージで話しちゃうとどんどん貧しくなるけど、そもそも、音楽文化自体にそれほど興味を持ってもらえてないってのは骨身に沁みてる。
評価されるなんて一切必要なし!音が好きならば、音になっていないといわれようと「音」を出す。これが前提だな
みんながいなくなったらどうしよう。その不安で毎日押しつぶされそうだけど、俺が今から作る曲をみんなが無条件に聴いてくれるなんてありえないこと、あたりまえにわかってるから。頑張って頑張って自分史上最高の曲を書いて、何食わぬ顔で届けるから。俺はそーゆー虫になるから
人々の求めるニーズに無関係であってはならない、かといってニーズに迎合してもいけない
仕事は点ではなく線だ
仕事のやり方を変えるのではなく、仕事の意味を考えなさい
世の中を変えるには政治家になりゃいいとか自分に言い聞かせてたりするけど違う、おれらには音楽っていう武器がある
大事なのは縛りあうことじゃなくて、お互いがお互いをひきつけ合うことじゃん
空気の大事さなんて、なくなんないとわかんないですよ。溺れて初めて空気の美味さって感じるんですよ。なくなんないとわかんない大事さ。相手のことをそんなもの(空気みたいな存在)にしてしまったのかって思ってしまう。
ゴッホは美しい。しかしきれいではない。ピカソは美しい。しかし、決してキレイではない
いいかい、怖かったら怖いほど、逆にそこに飛び込むんだ
残る音楽を作りたい
悪貨は良貨を駆逐するという原理と同じで、形式は実質を駆逐する
人の評価なんかどうでもいいし
「これをやりてえ」ってことが増えると、そうやってお茶を濁してる時間はなくなってくる
清志郎。あなたとの思い出に、ろくなものはございません。今日もそうだよ・・・。ひどいよ、この冗談は。ありがとう。一生忘れないよ。
画家の質はその人の過去の経験の量に左右される
反原発集会へのお誘いも多かったけど、そういうところへ行って歌えば受けるの当たり前だし。目にみえててつまらない。むしろ推進派の集まりに呼ばれてやりたかった。
スタイルとは、複雑なことを表現するための簡単な方法だ
お客さんが広い所に何万人いますっていう世界ではなくて、個人個人が広い所に個人個人の思いで一人ずっと立ってるって思ってるし。
自分のなかに自分だけが感じている匂いみたいなものだとか、あると思うんですけど。
生涯に一作であれば、誰でもいい曲がつくれる
過去のバンドの名前や音楽を具体的に挙げて、こういうふうにしようと話し合ったことはない。やりたいときに、やりたいことを、やりたいようにやる。そんな自由さを失わずにいこう、みたいなことは話したけど。
おお嫉妬よ!お前は細事の拡大したものである
お先真っ暗はすげー前向きな言葉。
生まれたとき、死んじゃう可能性のある病気の手術を受けて助かったことがあったからか、あたし、生きることにとても執着がある
かつて「ロックスターは27歳で死ななきゃいけない」という手紙が送られてきて。でも私ドラッグはやらないし、自分のアドレナリンだけで絶対生き抜いてやると思ってますから。それがいかに新しいか、それを立証しなければいけないという使命感がものすごくあるんです。
真のマーケティングは顧客から出発する。すなわち人間、現実、欲求、価値から出発する
我々は決して悪を選ぶことが出来ない。我々が選ぶのは常に善である
音楽への情熱だけを頼りに、作曲家としての道を進むことができた
自分を実際そうである以上に見たがったり、また見せようとしたり、あるいは逆に、実力以下に感じて卑屈になってみたり、また自己防衛本能から安全なカラの中にはいって身を守るために、わざと自分を低く見せようとすること、そこから堕落していくんだよ
人間と人間との間柄には、愛よりほかの財産はない
子どものころから、四角形に対する漠然とした疑問はありましたね
自分にとっていちばん面白いのは、思いもしないものに出会うことだ。自分の思いを超えたものにめぐり合うことである。何故それが面白いかといえば、そのことで自分が広がっていく快感があるからである
侮辱に悪影響を受けるのは、侮辱に感染しているのだ
テクニックばかりに気を取られる人たちは全ておいてミスをする
だって欲しいから手に入れるんだし、好きだから抱きしめるんだよ。もったいないからとっとこう、ってのはちがう。その時点でそれはゴミなんだ。
生きたくても生きれねぇ奴がいるんだって そんなんも考えないで生きてる気になんなって
Part of me suspects that I’m a loser, and the other part of me thinks I’m God Almighty.
自分が負け犬じゃないかと思う一方で、全能の神のように感じる自分もいるんだ。
重荷をいただいた胸は打ち明ければ軽くなる
The most pathetic person in the world is someone who has sight, but has no vision.
世界で最も哀れな人とは、目は見えてもビジョンのない人です。