後回しにできないあせりみたいなものが非常にあって。ボヤボヤしてられないんだよ、休んでる場合じゃないんだよ
これを描いたのはあなたですか?いや、違う。きみたちだ
(渋谷の路上で歌っていた時)最初は誰ももちろん集まらないですし、私が歌ってるのに目の前でカップルがめちゃめちゃチューし始めたりしたのも、めちゃムカつきましたし、結構忘れられない。東京の路上はキツかったですね
夏は嫌いなんだけど、夏の土の臭いが凄い好き
「やさしくなりたい」という意思、それはすごく大切だなと思う
自分の人間力なんて分からないし、そこで勝負しようなんて思ってないんだよね
大金を持った貧しい人のように暮らしたい
指揮者は、一人の人間を受け入れるために楽譜を書き直したりはしない
生まれたからには、生きてやる。
教養ある人間は、勉強し続けなければならないということを自覚している
「ヒットさせなきゃ」とかはないです。ただ、自分自身が毎回前作を超えたいだけで。
ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎
明日からさ、また頑張れよ。お前らの周りにはさクソみたいにどうしようもないヤツがいるだろ? そんなのに限って良い点取ったりすげぇ稼いだりするんだよな。そんなのにぜってぇ負けんじゃねぇぞ
要は自分次第なんですよ 世の中君の映るように映る 君の感じるように感じる 君が変えれば変えるほど 変わってく。
何を生命と呼ぶか。あらゆる意味から君を激動させるもの、君を突き貫くもののことである
ロックの基本は愛と平和だ。
『大切な人の死』という出来事は、大切な人が自分にくれる最後のプレゼントだと思います。どんな形の死であれ、僕はそう思います。だからこのプレゼントをいつまでも大切に愛することができます。
うわー凄げぇな。学校や会社でうまくいってない奴らがここには多いと思うけど、そんな奴らが集まるとこんなキレイな景色になるんだな
ユーモアを失わないように戦うのだ。ユーモアの欠如は愚の骨頂だ
人を掴むのはコンセプトの面白さじゃなくて、それを実行に移している瞬間のテンション
突破口は1つしかないんだ。ほかにもう道はないんだ。ロックンロールしかないんだよ。それがわかったときにさ、そこにやっぱり全身全霊を傾けるしかないじゃん。
世間が決して飽きない唯一のものは誇張表現だ
恋する女であれ。そうすれば幸せになれる。神秘的な女であれ。そうすれば幸せになれる
Part of me suspects that I’m a loser, and the other part of me thinks I’m God Almighty.
自分が負け犬じゃないかと思う一方で、全能の神のように感じる自分もいるんだ。
ライブで観たときのダイナミクスってすごいでしょう。そのための技術を磨いておきたいと思いながらやってきたけれども、ライブってそれだけじゃ足りなくなる瞬間があって。そのときに引っ張り出されてきているのが人間力みたいなものなのかもしれないけれど、あまりそこに頼りたくないと思いつつ、歌っているだけですごいと言われるような歌い手になりたいというのはずっとあるんだよね
富は一つの才能であり、貧しさも同様に一つの才能である。金持ちになった貧乏人は、贅沢な貧しさをひけらかすであろう
人は素敵な経験があるか無いかで、心の汚れが全然変わってくる
アァン?…お前、ベッピンさんやないかい。どや、俺の女にならんかぁ?どやねん? えぇ〜?
大切な人がいなくなっても、それは無じゃなくて“空っぽ”があるんです。
聴くのをサボんなよ。俺歌うから
生産性の本質を測る真の基準は「量」ではなく、「質」である
欲張りな人間が、諦観を覚えたときは強いよ
私が独りでいることは決してない。いつだってサルバドール・ダリといるのが習慣なんだ。信じておくれよ、それは永遠のパーティーってことなんだ
We were a savage little lot, Liverpool kids, not pacifist or vegetarian or anything. But I feel I’ve gone beyond that, and that it was immature to be so prejudiced and believe in all the stereotypes.
俺たちは、リバプールの子供たちで、非暴力主義者でも菜食主義者でも何でもなかった。しかし、俺はそれを超えてきたと感じていて、偏見を持ち、全てのステレオタイプを信じることは未熟だったと思う。
組織に働く者は、成果に何も寄与しないが無視できない仕事に時間をとられる。膨大な時間が、ほとんど役に立たない仕事、あるいはまったく役に立たない仕事に費やされている
僕はいつも自分が純粋に感じたこと、考えたことを、理解されようがされまいがダイレクトにぶつける
生き方の基準は、正しいか正しくないかではなく、美しいか否かである
他者同士だからさ、分かりあえなくて当然
情熱をもって君たちの使命を愛せよ。これより美しいことはない
大丈夫。君は愛されてる。全て上手くいってるんだ。何も心配する事はないよ。君は自信持って笑ってればいいのさ。
音楽っていうものは言ってしまえば母の腹の中に着床した時からだと思うんですけど。その後は、父のモーツァルト好きが高じて多分モーツァルトが多かっただろうと。で、私が「音楽」として自覚したのはそれを否定し始めたときだと思う
集中するための第一の原則は、もはや生産的でなくなった過去のものを捨てることである。そのためには、自らの仕事と部下の仕事を定期的に見直し、「まだ行っていなかったとして、いまこれに手を付けるか」と問わなければならない
こないだまでうつだったんだよ。みんなはうつにならないかもしれないが、僕はなるんだ。自分はなんて嫌な人間なんだろうって自己嫌悪になって…ずっと自分は変わっていると思ってたんだけど、みんなも良い所と悪い所があって、変わっていて、それが普通なんだよな。だから、僕も普通なんだって思えるようになりました
何よりも辛いのは、永遠に完成することがないということだ
今日此処に来たかったけど、チケット取れなかったヤツが沢山いるの分かってるから。そんなヤツらにも届くように唄ってるから。
俺は強いヤツが好きや!俺に命令出来んのは強いヤツだけや!
そや桐生チャン…龍司とかいう奴に負けたら承知せぇへんで。俺との勝負も残っとるんやからなぁ。
清志郎。あなたとの思い出に、ろくなものはございません。今日もそうだよ・・・。ひどいよ、この冗談は。ありがとう。一生忘れないよ。
嫌われることは愛されることより難しい
好きなことをやるためには没頭する時間が必要だろ。
曲が浮かぶのは、いつも本当に突然です
芸術家になるためには、まず自分の目や耳でよいものを感じて選びとる「審美眼」が大切
楽しめてるって事はカッコいいんじゃねえかな
美術館はちょっとまとまり過ぎてる感じで、博物館的な世界には思わぬものがあるんだよね
レコーディングするようになって18年。いまだにミックスってわからない。難しい。だからおもしろい。なんだろな。なんだろな。音楽っておもしろい。
お客さんが広い所に何万人いますっていう世界ではなくて、個人個人が広い所に個人個人の思いで一人ずっと立ってるって思ってるし。
誰もが芸術を理解しようとする。ならば、なぜ鳥の声を理解しようとはしないのか
なんかやろうと思えば、何でもできるもんやねー
ゲームと違って、人生には決まった攻略法はありません
第一印象というのは作り手として「いいものを作ってやろう」という思いから生じる余計な観念にまだ支配されてないから、感じたままが最も素直に表れている
最初はダメでも何度でもやり直せという態度は誤りである
青年は決して安全な株を買ってはならない
子供の頃からやりたいことは変わってなくて、それができるようになるのが大人
(スーツもシャツもネクタイも黒だったので「真っ黒だね!」と客に言われた後)ああ、黒人だからな。(97年TOKYO COOL CAMP)
何事かを成し遂げるのは、強みによってである。弱みによって何かを行うことはできない。できないことによって何かを行うことなど、到底できない
「五稜郭ジャンキーズ! 」「みんな、牛好きかー?!ジンギスカーン!」(札幌ライブにて)
1、より速くすること。2、よりよくすること。3、今やるべきことをすること
集中が必要なのは、仕事の本質と人間の本質による。いくつかの理由はすでに明らかである。貢献を行うための時間よりも、行わなければならない貢献の方が多いからである
私は絵を描く夢を見、そして私の夢を描く
自分が自分自身に出会う、彼女が彼女自身に出会う、お互いが相手の中に自分自身を発見する。それが運命的な出会いというものだ
最後は直感なのだ
ほうきとか持ってエアギターとかしたりするわけじゃん、憧れて。それの延長なんだよ
一事を根気よく長時間続けることは困難なのである。勉とはそれに打つ勝つだけの忍耐力の養成を意味する
芸術は、意識と無意識の融合である
自分を実際そうである以上に見たがったり、また見せようとしたり、あるいは逆に、実力以下に感じて卑屈になってみたり、また自己防衛本能から安全なカラの中にはいって身を守るために、わざと自分を低く見せようとすること、そこから堕落していくんだよ
コンピューターなんて役に立たない。だって、答を出すだけなんだから
人生はほんの一瞬のことに過ぎない。死もまたほんの一瞬である
退屈を怖がってちゃいけない
本当に。自分は誤りのない人間だと例外化してしまうのが、いちばん恐ろしいことだなと自分を戒めます。あとは、発言や行いや考えを批判することと、人を非難することの違いを考えてます。この違いって、悩ましいんですが、結構大きいことなんじゃないかと思っていて。
Love is like a beautiful flower which I may not touch, but whose fragrance makes the garden a place of delight just the same.
愛は美しい花のようなもの。それに触れることはないかもしれないけれど、その香りは花と同じように庭を喜びの場所にしてくれます。