


常に非現実を生きてる気がしてならないなぁ。本当にこれ、私の生活か?

みんなの前で歌わんかったら下手になる

僕の何かを信じた時の強さですか?信じるっていう感情の強さですか?行為の強さですか?ハンパないと思いますよ。

近道は何度も出来たんだけど、後ろを振り返ったときに後ろがないと不安でしょうがない

運命というのもひょっとしてウィルスみたいなものではないだろうか。それ自体では何事も起きないけど、他の実力をもったサルモネラ菌や、あるいは紙幣や、恋文や、試験の答案用紙や、いろんな物につくことで、それを動かす。でもそれ自体は姿も形もなくて、見ることができない

あまり頭が良くない俺には、温度を低くして生きることは向いていないと分かっているから、身体を使って、燃えて生きていたいなという想いがあって

人間と人間社会の問題なのかもしれない。つまり偶然というのは、本当はこの世の中を無数に満たしている事柄なのかもしれない。世の中はむしろ無限の偶然で成り立っている

極端な話だけど、希望と絶望が同時に存在するのがいい日々だと思うんです。

腑に落ちた道を進んでいかないと、 苦労や失敗を背負い込む覚悟もできない

Our life is our art.
人生はアートだ。

多くの人が80代まで生きれないのは、彼らが長期に渡って40代で止まろうと努力するからだ

人間、しがみついてでも、這いつくばってでも、生きることに価値があるんだ。分かるか?

何かを生み出していくと、いつか誰かが見つけてくれることもある

愛しあう前と後では、火の消えたランプと火のともったランプほどの違いがある

大切なことは混沌を拡大することだ。混沌を消し去ってはいけない

普通、表現の仕事であれば作者というものがいますよね。しかし、トマソンには作者というものがいないんです。そこがむしろ面白くて、だから「偶然」とか「出会い」ってことが一番不思議なことに思えてくるんですよね

ユーモアを失わないように戦うのだ。ユーモアの欠如は愚の骨頂だ

下手のほうがいいんだ。笑い出すほど不器用だったら、それはかえって楽しいじゃないか

スペイン内戦は、スペイン人民と自由に対して、反動勢力が仕掛けた戦争である。私の芸術家としての生涯は反動勢力に対する絶え間なき闘争以外の何物でもなかった。私が反動勢力すなわち死に対して賛成できるなどと誰が考えることができようか。私は「ゲルニカ」と名付ける現在制作中の作品において、スペインを苦痛と死の中に沈めてしまったファシズムに対する嫌悪をはっきりと表明する

There is no king who has not had a slave among his ancestors, and no slave who has not had a king among his.
王の先祖に奴隷がいない者はなく、奴隷の先祖に王がいない者はいません。

人間を偉大にしたり卑小にしたりするのは、その人の志である

部下の成長は、育成した者にとって昇進に値する貢献としなければならない

信仰と信頼の間にのみ平和があります

建造物を新しく建てるとき、その外壁に現地の砂を混ぜるように、作詞段階で現地の砂を混ぜて仕上げるというのが、ずっと変わらない自分のやり方です。

運命は人がその糸をもつれさせるのを好まない

他人に興味を持ってもらいたければ挑発しなければならない

勝手に誰かと比べられて、色々決め付けられるのってどう考えても悔しいな

自らに求めるものが少なければ、成長しない。多くを自らに求めるなら、成長しない者と同程度の努力で巨人に成長できる

自分の中で一度燃え上がった想いというのは、止めることが出来ない

太陽が輝くかぎり、希望もまた輝く

私にとってはテレビは想像できるものしか映らない画面の一種でしかない

僕は一貫して自己満足です、めざすものは

虫だって光の好きなのと嫌いなのと二通りあるんだ!人間だって同じだよ、皆が皆明るいなんて不自然さ!

人間と人間との間柄には、愛よりほかの財産はない

俺がとりたいのは100点じゃないんだ。ロックンロールが100点満点だとしたら10000点くらい取りたいんだ。

個人としての嗜好が投影された「普通にそのままのもの」っていうのがあるべきだと、私は思ってしまう

フェスにはいろんな人のいろんな思惑が絡み付いて、そんなの誠実じゃねーじゃねぇかと思うこともあるんだけど、音楽好きな奴らが集まって、音楽しか能のねー人間が精一杯演奏する。こんなシンプルな関係は政治なんざには負けやしねぇ

着物を脱ぐ女性の美しさは、雲を貫く太陽のようだ

おれたちみたいにブサイクに生まれたやつがカッコよく見せれるとこってのはひとつしかないよな、そうだな“生きざま”だよな

自分にとっては結構厳しいなと思う瞬間だったり、もうめちゃめちゃ悔しい経験もしてきたから、そのときの気持ちを忘れたくない

見放さなければ、失うということもありません

俺もな、お前と一緒で目の前に困ってるガキがいると放っておけない性質なんだ

You either get tired fighting for peace, or you die.
平和のために戦うことに疲れるか、死ぬかだ。

人は大きな目的を持ってこそ、おのずから大きくなれる

曲のメロディはもちろん大事ですが、大きな構造で考えるとスコアは設計図みたいなもの

想像力の源である感性は、その土台になっているのは自分の中の知識や経験の蓄積だ。そのストックを、絶対量を増やしていくことが、自分のキャパシティを広げることにつながる

人生は継続的なパーティーでなければいけないと思う

選択肢とか自由な表現が辛いのは、自分という位置の束縛が出てくるからである。自由による束縛といってもいい。いまの子供たちは、自由な表現というものを強要されて、ずいぶん辛い思いをしているのではないか。表現したいことなんて特になくても、とにかく自由にして見せないといけない。それよりもむしろ固苦しい習いごとを押しつけられて、そのことに抵抗を感じている方がよほどネイティブの自由がふくらんでくる

いや、40年と30秒だよ

最近いろんな人と話していて思うのは、結局いかに多くのものを観て、聴いて、読んでいるかが大切だということ

芸術家になるのは難しいことではない。内容を別にすれば、世間的には自分が決めればいいだけのことだ。誰からも認めてもらえなくても、己さえ納得していればいいのだから話は早い

We were a savage little lot, Liverpool kids, not pacifist or vegetarian or anything. But I feel I’ve gone beyond that, and that it was immature to be so prejudiced and believe in all the stereotypes.
俺たちは、リバプールの子供たちで、非暴力主義者でも菜食主義者でも何でもなかった。しかし、俺はそれを超えてきたと感じていて、偏見を持ち、全てのステレオタイプを信じることは未熟だったと思う。

何かを表現していく人間にとって、自分の拠り所を気分に置いてしまうのは危ういこと

もともと人は全員、孤独なんだよ

人々を動機付ける能力がなくては、経営者とは言えない

数曲唄って思ったけど、見える・見えないの問題じゃねぇな。きっと、何処にでも届いてると思う。

歌詞の中にこの言葉を入れたら、昔はそれが、「面白いね」とか「馬鹿じゃね」とか、笑われて済むようなところだったのに、今はもう笑えなくなってきたところもあります(コンプライアンスが厳しくなって)

芸術家の資格は、智慧と注意と誠実と意志のみである

行動がすべての成功の鍵だ

アイディアは出発点以上のものではない。固まったらその先かたちを決めるのは思考だ

多数とは何か?多数は阿呆のみ、真理は常に少数者にある

ビートルズとか音楽は、暗いほう暗いほうに行きがちな自分を包んでくれる

この余白にたくさんの文字を書いたけど、沢山消した。俺の喉から貴方の耳まで新しい唄がお使いに行く。俺の唄は迷わないから、俺も心配しない。いってらっしゃい。

誰かが勇気ある決断をしなければ、どんな事業も成功しないだろう

たいていの経営者は、その時間の大半を過ぎ去った「きのう」の諸問題に費やしている

周囲からの反対やら妨害やら軋轢やらがあるからこそ、自分が本当は何をやりたいのか、何になりたいのか輪郭がはっきりしてきて、よし、オレの気持ちはホンモノだっていう確信が固まっていく……そういうものなんじゃないのか?

腰の引けたイクジ無しどもがこの世の中を動かしてるのさ。

『自分の謎』で言っているような、自分への不思議な感覚というのはみんなもっているはずだけど、ほかの遊びに忙しくなって、どんどん忘れていっちゃう。でもその感覚ってどこかには残ってるんですね

危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ

(デビュー当時は)「ゴースト何人いるの?」とか「ほんとはいくつ?」とか散々言われて。子どもだから全然こたえないんだけど
