路上観察の場合はある種の説明で、見る人の手助けになるようにと思って書いています。でも、作品としての写真となると、見る人がその作品の中にどうやって入っていけば良いかわからない…入り口のない場合が多いんですね
芸術は、盗作であるか革命であるか、そのいずれかだ
Reality leaves a lot to the imagination.
現実は、その多くを想像に委ねている。
普通、表現の仕事であれば作者というものがいますよね。しかし、トマソンには作者というものがいないんです。そこがむしろ面白くて、だから「偶然」とか「出会い」ってことが一番不思議なことに思えてくるんですよね
一生懸命考えたり思ったりしてわからなくなって、最後の最後のところで逃げ場のないところまで追い詰められて、だからロックンロールをやってる気がするんだよ
(作品をどのように見て欲しいですか?)ものの見方の色んな角度を感じてもらえたらいいですね
明日に延ばしてもいいのは、やり残して死んでもかまわないことだけ
どんな偉い奴が来ても君は君の夢を主張できるかい? 俺は主張できるよ
今日此処に来たかったけど、チケット取れなかったヤツが沢山いるの分かってるから。そんなヤツらにも届くように唄ってるから。
「最初はグー」ってなんであるんだろう。
私はドラッグをしない。私自身がドラッグだ
あなたのインスピレーションやイマジネーションを抑えてはならない。模範の奴隷になるな
たとえこの人生が負け戦であろうと、いずれにせよ僕は「良い戦い」をしたい
死ぬなとは言わないし、悩むなとも言わない。近道がしたいならすればいい。でも、そこで全部が終わる。我慢してきた努力も未来も夢もやり残したことも記憶も肉体も全部全部。
術は日々の生活の埃(ほこり)を、魂から洗い流してくれる
希望と失望は同じものですよね? 心が優しい人ほど毎日泣いていて幸せな時間ほど早く過ぎて、失望したことがない人は希望の意味を知らないし。同じものなんですよね。だから、俺はひたすら希望を綴っているだけなんです
だって欲しいから手に入れるんだし、好きだから抱きしめるんだよ。もったいないからとっとこう、ってのはちがう。その時点でそれはゴミなんだ。
自分自身がありのままでいられないから、ありのままであろうとする
欲張りな人間が、諦観を覚えたときは強いよ
アホくさ。喧嘩すんのは結構やが、もしウチのシマに入ってきたら・・・そん時は怪我するだけじゃすまへんで。
時間を管理するには、まず自らの時間をどのように使っているかを知らなければならない
天才のランプは人生のランプより早く燃える
効率とは、現在既に行われている事をより洗練させることである
儚いって言う字は『人』の『夢』っていう形をしているけれどそんなものぶち壊して、ざまぁ見ろって言ってやりな。
自然が本当に好きなら、あらゆるところで美を見い出せるだろう
自分の思い通りにしかできないことは、自分の思いだけに閉じ込められるということになる。自分の思い通りが突っ走った結果は、自分が自分の壁の中に閉じ込められて、外気は遮断されて、そのままでは一酸化炭素中毒となってしまう
音楽に限らず、あらゆるクリエイターって2タイプに分かれると思うんですよ。第六感で作るタイプと、いろんなものを分析して構築的・理論的に作っていくタイプと
ギタリストのピークはギターを初めて弾いて感動した瞬間。
見るために、私は目を閉じる
やっぱ東城会はアホばっかりや。大好きやで。
現実とつじつまが合わないイノベーションを手掛けてはいけない。そのようなイノベーションが実を結ぶことは希である。たんにその新奇さのゆえに、魅力的に見えることが少なくない。しかし、それらの多くはたとえ失敗しなくとも、莫大な資金と時間を要する
ニンジンきらいな馬っているのかな?そりゃいるよな。
例えば勉強ができるから偉い、運動ができるから偉い、友達と仲良くできるから偉いとか、なんかあるんだけど、ロックンロールを聴いた時に何もしなくても偉いんだと思って。
人間の運命は人間の手中にある
毎朝起きるたびに、私は最高の喜びを感じる。「サルバドール・ダリである」という喜びを
帰ってきたぜ!もうどこにも行かないぜ!(アベ加入後、初のライブにて)
Jesus was all right, but his disciples were thick and ordinary. It’s them twisting it that ruins it for me.
イエスは悪くない奴だったけど、弟子たちは鈍かったし普通だった。彼らがイエスを歪めたことが、僕は残念だよ。
他者同士だからさ、分かりあえなくて当然
僕は一生のうちに一晩でいいからあんなふうに歌えたら、死んでもいいと思った。
絶対に誰かと肩がぶつかる。でも『ごめんね』って言うしかないんです。『ごめんね、でも俺も生きてるし、お前も生きてるからさぁ』って。『お互い痛いわけだしさぁ』っていうね。そういうのをお互いが感じるんだと思います。そういう肩がぶつかったその痛みすら、俺は愛しいと思えるんです。確実に自分も存在してるし、その人も存在してるから。肩がぶつかるよりも、抱き合えたら1番嬉しいんですけど。
仲間なんか居ねえって部屋の隅で泣いてるやつとか、もうすぐ学校卒業するやつとか、それで青春が終わると思ったら大間違いだからな! 必ず青春とか最高の時がくるからな!! だから音楽ずっと好きで居ろよ
音楽ってゆうのは、なんだろ。何回聴いても毎回ちがうふうに聴こえてくる
「時」の歩みは三重である。未来はためらいつつ近づき、現在は矢のように速く飛び去り、過去は永久に静かに立っている
感情が伴わない作品は、芸術ではない
美術館はちょっとまとまり過ぎてる感じで、博物館的な世界には思わぬものがあるんだよね
1.必ずできると信じろ2.限界を越えろ3.「その時」を待つな4.行動しろ5.正しく問え6.ジャッジせず、隠された美を見ろ7.遅すぎることなんてない
せやけど俺は……何があっても親父の子ですわ
自分自身によかれと思う者は、好ましく心やさしい妻をめとるがいい。さもなければ、いっそめとらぬがいい
自然に生き、自分の気持ちをほんとうに伸ばしてゆこうとすれば、まず、いたるところで残酷に、壁に突きあたる
久しぶりー、前橋!……ごめん間違えた宇都宮!(栃木ライブにて)
悪貨は良貨を駆逐するという原理と同じで、形式は実質を駆逐する
The best and most beautiful things in the world cannot be seen or even touched – they must be felt with the heart.
世界で最も素晴らしく、最も美しいものは見たり触ったりすることはできない。
急流中底の柱、即ち是れ大丈夫の心
第一番に稚心を去らねばならぬ
ちっちゃい子供は成人の10倍笑うんだって!! 負けてらんねーっつうんだよ!! あっはっは
私の健康を祝して乾杯してくれ
子どもの頃は、おもちゃよりもレコードを買ってもらう方が嬉しかった
バンドって楽しいや。ライブやれるってこんな幸せなことないよね。自分家からすげぇ離れた土地で待っててくれる人がいる。拳をあげて一緒に歌ってくれる野郎どもがいるなんて、すごいよね。もし俺たちが音楽やってなかったら 俺個人的に言えば歌を歌ってなかったら、きっと何もなかっただろうな
現代の若さの最大の悲惨さはもうそれに属さないということ
多くの人が渇望するような、毎日の生活で繰り返し聴く必要のあるものでなければダメでしょって思っています。
やっぱり大事な人ほど傷つけてるなという感覚と、傷つけてまで一緒にいたい、愛したいという感覚。それが自分の根本なんだなって。
『何をやるか』じゃなくて、『どんなふうにやるか』
我々は自分たちを巡る奥深い知られざる者の真ん中にいて、絶えず昏迷する
やりたい放題やるとか、自由でいるとか。その理想がすべて叶った瞬間、とりあえず俺の人生、終わりでいいかなと思った。
みんなで盛り上がることをするな。お前が一番盛り上がれ
自信のあるものは「自信があります」ということが大事
カニバリズムは最も明確な優しさの表現のひとつだ
やっぱりみんな自分の手を動かして曲を書かないとダメですよ。作家っていうのは実態のないものだから、いっぱい書かないと本当の姿というのが現れてこない。書いて初めて、実態というのがあるように見えてくるというだけで。
確実にたくさんの曲を作り続けていくには、気分の波に流されてはいけない
人間にとって成長ないし発展とは、何に対して貢献すべきかを自らが決定できるようになることである
モノを作ることを職業としていくには、一つや二ついいものができるだけではダメだ
なんとなくこうなる気はしとったやろ、吾朗!泣いたらあかん、泣いたらあかんで!
いつでも大空が、自然の果てしないものが私を引きつけ、喜びをもって眺める機会を私に与えてくれる
何もかも切り離さずにやってる人たちはたくさんいるよ。ずっと、ちゃんと、いる。
誰をも恐れない者は、誰からも恐れられている者に劣らず強い
心の底から平気で、出世なんかしなくていいと思っていれば、遠くの方でちぢこまっている犬のようにはみえないんだ
自分が元気ない時でも、周りに元気で接すると周りが明るくなるから自然と自分も元気になれる
何かと比べて自分は優れてるっていうんじゃなくて、俺にしか書けねぇ曲があるんだって言えなきゃお金取っちゃダメでしょ。伝えられないでしょ。だから今だってずっと言ってるじゃないですか。僕らは僕らの曲を愛してるって…。
思い出したいことなんていっぱいありすぎて、いっそのこと全部忘れてしまいたいぐらい幸せなんだよ
In the end, the love you take is equal to the love you make.
結局、あなたが得る愛は、あなたが与える愛の量に等しい。