自然にやってく中でぼんやり何となく楽しいっていうのは、凄く大事なこと
画家は労働者が働くように勉強しなければならない
僕は新しく何かをやりたいんじゃなくて、今何をやりたいかなんだよ、まさに
お金なかったのでお母さんのお兄ちゃんにトラック運転してもらってトラックで上京した
あたしロマン派だから。猫の名前もゲーテとシューマンだし。
音楽の世界の人間は、どっちかって言うとやっぱりスポーツなんかと近いんじゃないですかね。かなり身体的ですから。
オーケストラ音楽に触れたきっかけはラジオ
周りからどんなにバカに見られたって俺らが楽しけりゃ俺らの勝ちだよな
やっぱりみんな自分の手を動かして曲を書かないとダメですよ。作家っていうのは実態のないものだから、いっぱい書かないと本当の姿というのが現れてこない。書いて初めて、実態というのがあるように見えてくるというだけで。
もう俺は、相手がお客さんであろうが、メンバーであろうが、友人であろうが、音楽でしかきっと何も伝えられない。
一番確実な未来予知の方法は、未来自体を作り出してしまうことである
「時」の歩みは三重である。未来はためらいつつ近づき、現在は矢のように速く飛び去り、過去は永久に静かに立っている
リスクには2種類ある。踏むには危険が大きすぎるリスク。それと逃すにはあまりにも惜しいリスクだ
深く、恐ろしく真実を語る者であれ
青年は決して安全な株を買ってはならない
多くの人が渇望するような、毎日の生活で繰り返し聴く必要のあるものでなければダメでしょって思っています。
作曲家の基本命題は「いい曲をつくる」こと
他人の価値観を尊重できないなら、自分の価値観なんて主張しちゃいけないと思う
私の健康を祝して乾杯してくれ
真のマーケティングは顧客から出発する。すなわち人間、現実、欲求、価値から出発する
若くなるには時間がかかる
絵を描き始める前に、すでにそれは私の心の中に形作られている
絶対に誰かと肩がぶつかる。でも『ごめんね』って言うしかないんです。『ごめんね、でも俺も生きてるし、お前も生きてるからさぁ』って。『お互い痛いわけだしさぁ』っていうね。そういうのをお互いが感じるんだと思います。そういう肩がぶつかったその痛みすら、俺は愛しいと思えるんです。確実に自分も存在してるし、その人も存在してるから。肩がぶつかるよりも、抱き合えたら1番嬉しいんですけど。
美しい景色を探すな。景色の中に美しいものを見つけるんだ
この余白にたくさんの文字を書いたけど、沢山消した。俺の喉から貴方の耳まで新しい唄がお使いに行く。俺の唄は迷わないから、俺も心配しない。いってらっしゃい。
アホくさ。喧嘩すんのは結構やが、もしウチのシマに入ってきたら・・・そん時は怪我するだけじゃすまへんで。
前の方にいようが、そんなの関係ない。俺はそんなにやわに唄ってないからさ。
自分には過去も未来もない。ただ現在に生きようが為に絵を描くのである
「独りでも生きていける強さ」なんてモノは要らん。リボン付きでプレゼントされても捨てちまうだろうな。独りで生きる意味ってあるのか?俺は孤独には全力で抵抗するよ。いつだって誰かを探すよ。他人が居てこその俺だろう。傷付け合って存在確認だろう。これらを放棄した俺なんて死んでいる様なモンだ。
何かを成し遂げるためには、そのことをしか考えられないという“狂い”が必要となる
アクシデントが起きると、人はそれを変えようとするが、人には変えることが出来ない。アクシデントが人の内面を明らかにするだけだ
みんなにとってこの曲がどんな意味を持つかは分からないけど、俺はこの曲が嫌いなうちはさ、なんでこんな曲作っちゃったんだろうって思ってるうちは、あぁ俺幸せなんだなって思えるから。
予感というのも、努力の重なりの上に出来る、透明な上澄みのような感覚だと思う
人間は、「自分でなければ出来ない」と錯覚していることが多すぎる
かつて「ロックスターは27歳で死ななきゃいけない」という手紙が送られてきて。でも私ドラッグはやらないし、自分のアドレナリンだけで絶対生き抜いてやると思ってますから。それがいかに新しいか、それを立証しなければいけないという使命感がものすごくあるんです。
今日が幸せすぎるとだいたい明日が怖い
生きていくのに疲れていたり、死にたいなんて思ってたり、自分の体に傷をつけたり、人間関係で悩んでいたり、そんな人にはぜひ入院をすすめる
何もすることがないから明るく引きこもってるんだ。でも結構楽しいです
何かがあった瞬間というのは、何かが終わった瞬間だと思う。 何かが終わった瞬間が、何かが始まった瞬間だと思う。
僕らがひきこもらない理由は、街に出れば女の子がいるからだ
いや、40年と30秒だよ
アァン?…お前、ベッピンさんやないかい。どや、俺の女にならんかぁ?どやねん? えぇ〜?
ちょっと力抜いちゃうと(ライブ会場の雰囲気に)飲まれそうになっちゃうから、ずっと気を張っていなくちゃいけない
津波が来ます。(酒に酔いながらのラヂヲで地震が来たとき勝手に)
ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎
何を取られたら死ぬかっつったら、やっぱ「唄う事」なんじゃねぇかなと。
コピーとかカバーっていうのもそうで、曲をカバーするんじゃなくて、そこにある熱をカバーするんだよ。
毎日やりたいことを精一杯やるっていうことが、すべてにおいて最善策
自分の作った曲で自分が震えたいし、自分を感じたいし、伝えたいし、証明したい。
さぁライヴハウスへ帰ろう
カメラっていうのは難しいんですね。湿気が一番良くないんだけど、乾燥しすぎても良くないらしい。湿度調整する装置がありますけど、あれで安心しても良くないらしいとか。やっぱり、使っているのが一番良くて、しまい込むのが一番良くないんですね。人間と同じなんですね。人間だって引きこもってばかりじゃよくないしね
僕はいつも自分が純粋に感じたこと、考えたことを、理解されようがされまいがダイレクトにぶつける
退屈を怖がってちゃいけない
世界中のヤツらに嫌われてても、たった一人にでも愛されていたなら、そいつはすくわれる。たくさんの不幸せの中に一つでも幸せがあるなら、そいつは幸せなんだよ
雨が降るのは聞こえるが、雪が降るのは聞こえない。軽い悩みは大声で叫ぶが、大いなる苦悩は沈黙する
音を出すことで何を伝えたいのか
自然を円筒形と球形と円錐形によって扱いなさい。自然は平面よりも深さにおいて存在します。そのため、赤と黄で示される光の震動の中に空気を感じさせる青系統を入れる必要性があるのです
詩人は常に真実を語る嘘つきである
何と嫌な商売だ
Everything will be okay in the end. If it’s not okay, it’s not the end.
最後には全て上手くいくよ。もし上手くいっていないのなら、それは最後じゃないってことだ。
自分の思い通りにしかできないことは、自分の思いだけに閉じ込められるということになる。自分の思い通りが突っ走った結果は、自分が自分の壁の中に閉じ込められて、外気は遮断されて、そのままでは一酸化炭素中毒となってしまう
なんかさー、ほら、あんまり愛された経験とかねぇだろ? お前らもそうだと思うけどさ。もう受け止めきれないんだよね。幸せ死にっていうジャンルがあったら確実に死んでる…いま
Trying to please everybody is impossible – if you did that, you’d end up in the middle with nobody liking you. You’ve just got to make the decision about what you think is your best, and do it.
みんなを喜ばせようなんて不可能だよ。そうしたところで、結果は誰からも好かれないで終わるだけさ。
7年後のことより、7秒後の話をしよう。
手加減はしねぇ、死にてぇ奴だけかかってこい!!!
今日は本当に最高じゃ。どうやら、この鉄の檻(おり)は人の心までも縛れんようじゃな。
日々楽しく、面白おかしく暮らしたい(笑)
清志郎。あなたとの思い出に、ろくなものはございません。今日もそうだよ・・・。ひどいよ、この冗談は。ありがとう。一生忘れないよ。
いかなる道でも効果が無くなると、最後の手段として剣が与えられてるのです。最高の財宝だけは、われわれは暴力に対して正当防衛をしてもよいのです
私は絵を描く夢を見、そして私の夢を描く
出産じゃなくても、女の人にはあることだと思いますよ。(感覚ではなく)頭で理解しようとしちゃう瞬間が、人生で何度かあるんじゃないでしょうか。大きな選択っていうか
ツアーなのにウィークデーに東京に戻ってくるのは、旅している感じが全然しないんだよね。車で走り回って、その土地の美味くて安いものを探しにいく。夜はそこで待っている仲間たちと音楽を楽しんで、酒を飲んで寝るみたいな3ヶ月。こんな人生、なかなかないでしょう
コミュニケーションで最も大切なことは、相手の言わない本音の部分を聞くことである
昔の夢によりかかったり、くよくよすることは、現在を侮辱し、おのれを貧困化することにしかならない
普通なことが特別で特別であることが普通なこと
(バンド活動においての演奏技術など)スマートにできない分、ぶつかって行くしかない、気持ちで行くしかない
宇宙には緊急な、致命的な、動かせない法則がある。なければならぬ
俺はいったい何がしたいんだ? なんでこんなんなってんだ? 答えはすごく簡単だ。これが自分の選んだ生きる道だからだ
泣きそうなときこそ、泣くのをグッとこらえた分だけ、弱くなるような気がする。だから、泣きたいときはないていいんだよ。
What we have once enjoyed we can never lose. All that we love deeply becomes a part of us.
私たちが一度楽しんだものは、決して失うことはありません。私たちが深く愛するすべては、私たちの一部となります。