


アーティストの生き方を曲に乗せて、憧れていただく。あたしは全然そういうのやってないんだけど、語られる時にすごく良くないもののように、見世物のように言われますが、実際にはその時お客さんが欲してらっしゃる、期待してきたものであり、それを超えるものでなければいけないと思ってます。こちらの生活、暮らしとか気分とか、そういったものは一切知られてはいけない。それが芸。

1、より速くすること。2、よりよくすること。3、今やるべきことをすること

何もすることがないから明るく引きこもってるんだ。でも結構楽しいです

俺は強いヤツが好きや!俺に命令出来んのは強いヤツだけや!

盗作は情けない

路上観察の場合はある種の説明で、見る人の手助けになるようにと思って書いています。でも、作品としての写真となると、見る人がその作品の中にどうやって入っていけば良いかわからない…入り口のない場合が多いんですね

女の美は性格の中にあるのです。情熱の中にあるのです

10年かかってもまだわかんねぇのか?お前らが俺らを必要としてるんじゃない。俺らがお前らを必要としてるんだ

考えられないですよ、東京事変がない状態って。いろんな意味で、どうしても、こうしなきゃいけなかったというか。うーん、抗えなかった。避ける道がなかったと思いますけどね。

ミスというのはほとんどいつも神聖な特徴があって、決して修正しようとなんてしてはいけない

君を見つけ出した時の感情が、今も骨の髄まで動かしてんだ

事業を行うときは、次の4つの条件を満たしておかなければならない。まず経営環境、使命、強みが現実と一致していること。そして、それらの条件が互いに合致していること。そして、周知徹底されなければならない。さらに、たえず検証されなければならない

自然に基づいて絵画を描くことは、対称を写生することではない。自分の感動を現実化することである

私は努力をしてこなかった人間。ただ努力をしなかった分、自分の好きなものに囲まれて生きることはできたというか

釣りをやる人には、釣れそうなところがわかるそうなんですね。私たちの路上観察も同じような感じで、ありそうなところっていうのが、何となく雰囲気でわかるんですね。あまりピカピカの出来たての街だと、他の要素が入り込む要素がないので、妙なものを発見することが少ないんです。だいぶ時間がたって、壊れたり色々用途が変更になったり、何だかんだと生活にもまれたところで、見る人が見れば妙なものになる。そういうところがすごく面白いところなんですね

絶望で生きてようと、希望で生きてようと、どちらも生きてるんであれば、まずそれが奇跡だなと。生きてることが本当にミラクルなことだと思うんですよね。

生きてりゃ、そりゃあシラケるだろう

「それにしてもあの絵は全然彼女に似ていないな」なに、彼女の方でだんだん絵に似てくるさ

私は芸術でも何でも、全部がエロビデオみたいに受け止めてもらえればいいって思ってるんです。グッとくるか来ないかっていう、ただそれだけ

全部欲しいって言ってたら、本当に欲しいものが薄くなっちゃうよ

他人を模写するのは必要なことである。しかし、自分を模写するのは哀れなものだ

もともと人は全員、孤独なんだよ

相手を尊敬することができぬなら恋は起こりえない

みんな何かしら人知れず苦労しているものだ。だから自分から進んで苦労する必要はない

僕は一生のうちに一晩でいいからあんなふうに歌えたら、死んでもいいと思った。

書いたり発したりすることも大切だけど、今必要なのはちゃんと耳を傾けることなんじゃないかと思います。読むこと、感じること、と言い換えてもいい。受け取ること。吸い込むこと。それを温めること。そのうえで書くこと、発すること。それをまた、お互いによく聞くこと。俺もできてませんが…。

私たちは生涯、忠義を尽くし、御恩に報いる目的で一切の艱難を乗り越えなければならない

惚れたはれたの世界じゃなくて、もっと性別を超越したもの、生命を見つめるようなものーそういう温度にまで、お客さんの器を大きく広げてさしあげることができたらいいと思ったんですよね

俺は俺でしかない。BUMP OF CHICKENはBUMP OF CHICKENでしかない。いつの時代でも。そういうことを強く目指している。

明日は必ず来る。そして、明日は今日とは違う

私にとってはテレビは想像できるものしか映らない画面の一種でしかない

心ある 繊細すぎる魂を持つ人たちが一瞬でも「もうこの世に生きる意味はない」と感じることのない社会を 空気をみんなで作っていきたい。

一番確実な未来予知の方法は、未来自体を作り出してしまうことである

人生とは自らの道である。一つのことを試みることであり、一つの道を端的に示すことである

明日のための今日じゃありません。今日のための今日です

でたらめをやってごらん。口先では簡単にでたらめなら、と言うけれども、いざでたらめをやろうとすると、それができない

やっぱり私は表現をする事が好きやなー

間違いや失敗を犯したことのない者というのは、単に無難なこと、安全なこと、つまらないことしか、やってこなかっただけである。逆に優れている者ほど、数えきれない間違いを犯すものであり、これは常に新しいことに挑戦している証拠である

自分の写真に、ほんのちょっと言葉をつけたいと思っていて…。はじめは簡単だと思って書いていたんですけど、あくる日にそれを見直してみたら、全然ダメで驚いたんです

ふつうは歳をとったとかモーロクしたとかあいつもだいぶボケたとかいうんだけどそういう言葉の代わりに「あいつもかなり老人力がついてきたな」という風に言うのである。そうすると何だか歳をとることに積極性が出てきてなかなかいい

「絵になる風景」を探すな。よく見ると、どんな自然でも美しい

嫌な事は3秒で忘れる

幸せじゃない瞬間も含めて、幸せだと思いますね。

苦痛は短く、喜びは永遠である

非合理的な顧客なるものは存在しない。顧客は、顧客にとっての現実にもとづいて合理的に行動している

いい子な自分と、悪い子な自分、みんな含めて一人の自分

そうだったな。俺らはいつもそうやって生きてきたんだったな。

どんな顔の人だって輝くときはとてもいい顔だ。どんな美形だってつまらない人間では、それほど美しくもないぜ。

持てる者は失うことを知り、幸せは苦しみを知る

言葉なんていらなくなるよ、きっと。僕が立派になれれば

人生は退屈すれば長く、充実すれば短い

帰ってきたぜ!もうどこにも行かないぜ!(アベ加入後、初のライブにて)

いつからこの国はこんなにもセコイ人間の集まりになってしまったんだ。

自分にいろんな矛盾があることが当然

全力を注がなければ、単に約束と希望があるだけで、計画はない

そもそも不用のものや、そこに転がっているものに「妙なもの」があるんです。これは「妙なもの」としか言いようがないんですけど、それは、まだ誰も見ていないということもあって、それを発見するのが面白かったんですね

自分を支えているのは、自分

プロの音楽家を目指すなら音楽理論と感受性が必要

自分が何をやりたいか、何を伝えたいかが分かっていたら、技術は後からついてくる

自然には未だ知られていない諸力がある。我々が自分自身の余すことなき全てを自然へ委ねるとき、自然はそれらの力を我々に貸してくれる。我々の眼では見えず、知性でも理解・推測できないその諸力の形相を示してくれる

愛の光なき人生は無意味である

結局芸術の唯一の原則は、見るものを模写することだ

鉛筆や紙と同等の費用で映画が創れたときにのみ、映画は芸術作品となるだろう

偉人の経歴を読書により知って憧れること、師や友から聞いたことに発憤すること、自分が逆境に陥ったときに勇猛心を起こすこと、感激することの四つが志を立てる大きな理由となる

親からもらった立派な体、というけど、じつは親からもらっているのは運の方かもしれない。運が脊髄のように芯としてあって、人間の人生というのはその運命の芯の回りにまつわる蛋白質、あるいは脂肪質、悪くいうと贅肉みたいなものなのだろうか

大胆のコツは、度が過ぎない程度にどこまで遠くへ行けるかを知ることである

コーヒーのブラックが飲めない。頭が痛くなるから

エライこと引き受けてしもうたなぁ。しゃーない!真島吾朗、いっちょやったろやないかい!

そや桐生チャン…龍司とかいう奴に負けたら承知せぇへんで。俺との勝負も残っとるんやからなぁ。

仙台って『陸の孤島』だよな。 (仙台ライブにて)

楽しいと楽は違うよ。楽しいと楽は対極だよ。楽しいことがしたいんだったら楽はしちゃダメだと思うよ。楽しようと思ったら、楽しいことはあきらめなきゃダメだね。ただ、生活は楽な方が絶対いいと思うよ。でも人生は楽しい方がいいじゃん。生活は楽に、余計なことには気をとられず人生は楽しく。

「最近バンドの調子がいいですね。」とか会ったこともない奴に言われる機会が増えました。そういう奴らには、これからも「おめー誰だよ!!??」ってやっていくんで、皆さんよろしくお願いします

極端な話だけど、希望と絶望が同時に存在するのがいい日々だと思うんです。

悪魔は悪しか行なうことができないゆえに純粋である

全部は混沌としてるから面白い

マンホールをずっと撮っている林丈二さんも、オートになってから奥さんに「ちょっと、あなたの写真、最近、あんまりよくない」って言われたらしいです。どっかに出ちゃうんですね。何でしょうね。自覚して使えばいいんだけど、カメラの機能に寄りかかって撮っちゃうとダメなんでしょうね。何にでもそういうことはいえますね

素晴らしい夢ほど笑われるものです。 もし、他人に自分の夢を笑われたら「あぁ、自分の夢は素晴らしいんだ」っと誇ってください。

間違いは神聖なもの、それを正すというよりは合理的に考え、誤りを理解せよ。そうすれば間違いを昇華することが可能になる

あんたがたが俺の財産だ。俺達の誇りだ。それで生きていられるんだ。いっつも助けられっぱなしで申し訳ねぇと思う。精一杯作曲する。本当にありがとう

正しくない事を言ったりしてるやつが居たら自分ひとりでもちゃんと「それは違う」って言えよ。そしたら俺みたいに嫌われたりもするだろうけど、最後は正直者が笑うんだからさ

下手のほうがいいんだ。笑い出すほど不器用だったら、それはかえって楽しいじゃないか

自分の価値観を持って生きるってことは嫌われても当たり前なんだ

自信なんてものは、与えられるものじゃない。自然と湧き出てくるものだよ

銀杏BOYZ聴いてるつってよ、そのよ、会社の中でそんなのがバレてしまったらよ、「うぇ、アイツ銀杏BOYZ聴いてんの?」なんて差別されるような音楽を俺は作っていきたいワケ

お前がワンマンだー!(売れる前、新潟でのライブで客が一人しかいなかった時のこと。その客に向かって)

大切な人がいなくなっても、それは無じゃなくて“空っぽ”があるんです。

自分の声は好きじゃなかったです。凄い低いし。でも音楽やりはじめてからは気に入ってる

純粋に泣けてしまうことって本当にある

Security is mostly a superstition. It does not exist in nature, nor do the children of men as a whole experience it. Avoiding danger is no safer in the long run than outright exposure. Life is either a daring adventure, or nothing.
安全とは思いこみにすぎない場合が多いのです。現実には安全というものは存在せず、子供たちも、誰一人として安全とは言えません。危険を避けるのも、危険に身をさらすのと同じくらい危険なのです。人生は危険に満ちた冒険か、もしくは無か、そのどちらかを選ぶ以外にはありません。

体力的な無理はできるけど、精神的な無理は良くない

弱気になる瞬間も多いけど、そんな時は過去のライブ映像を観たりしてます

勇敢な男は自分自身のことは最後に考えるものである

空に手を掲げれば、俺はここに存在してるって信じられる気がする。それは必然ではないけれど、存在理由として必要だと思う。要は下ばかり見るなってことだ。

ゲームと違って、人生には決まった攻略法はありません

負けず嫌いなので、自分の人生には刺激が足りない、喜怒哀楽においてのすべての感情が足りない

自分の個性に 自信を持てよ。そうすりゃあ自分好きになれる。姿形よりも 自分って人間を。磨いて輝る 美しさを

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

見ることと感ずることを知る者は、至る所に常に賛美すべきものを見出すだろう
