


後悔は いつもうらめしそうに ちょっと先でこっちを見てるね いやなヤツ。

組織のマネジメントとは、凄い人材を入れることや改新的なサービスを導入する事のように思われているが、一番重要なのは、今ある人材と資産で何ができるかを考えることである

俺は右でも左でもかまわないんだ。そんなことどーでもいいんだ。右にどんどん行ってみろ。やがて左側に来ているのさ。地球は丸いからね。

よほど守らなきゃいけないものができるとか。自分の人生をすべて捧げなきゃいけない時が来るんですよね。

自分の姿をありのまま直視する、それは強さだ

僕らは全然清く正しくない だからってコソコソはしたくない コントロールできないことなんて山ほどあるよ 笑顔だけは失くさないでくれ たとえ誰かに罵られてもさ 僕はそういうとこが好きなんだ そいつらに中指立ててあんたらみたいにはならないよって言ってやろうぜ

The more I see the less I know for sure.
知れば知るほど、分からなくなるものだ。

絵の玄人なんていうものは、絵描きに対してロクなアドバイスをしない

やりたい放題やるとか、自由でいるとか。その理想がすべて叶った瞬間、とりあえず俺の人生、終わりでいいかなと思った。

私はいつも、まだ自分ができないことをする

凡庸な人間が自然を模写しても決して芸術品にはなりません。それは彼が「見」ないで眺めるからです

線の芸術と色の芸術とがあるように、言葉の芸術だってそれより劣るものじゃない

反者から学ぶ事はたくさんあるけど本当に大事なのはそっから先に行く事だ

やっぱり大事な人ほど傷つけてるなという感覚と、傷つけてまで一緒にいたい、愛したいという感覚。それが自分の根本なんだなって。

何も考えないで、何も判断しないことが、一番の罪だと思う

世の中には違った考え方をする種族がいる

最初にして最高の聴き手は自分自身

若くなるには時間がかかる

私は死ぬまで、死ぬことについて、そして生きることについて、考えていると思う。

人生で最もすばらしい癒し、それが愛なのだ

(今の社会、政治についてどう思うか問われて)僕がちょっと油断してたから悪くなりました。どうもすみません。

余り考え過ごす者は何事をも成し得ない

否定する材料を探したいんでしょうね。色々言おうと思えば言える材料がたまたまそろっているから、面白おかしくおっしゃりたいんじゃないでしょうか。それで私の何が奪えるというのだっていう感じですよね。

僕らは、今存在している人達は皆、存在する事を選んだ人達だと思います。

10年後に生きている確率より明日生きている確率の方が高いので明日持つ夢が大事

私の観察によれば、成果をあげる者は仕事からスタートしない。時間からスタートする。計画からもスタートしない。何に時間がとられているかを明らかにすることからスタートする。次に、時間を管理すべく自らの時間を奪おうとする非生産的な要素を退ける

君がもしも君の音楽を信じていて、自分の作り出す音をみんなに聴いて裕しいと思うなら、それを続けるべきだ。誰に何と言われようと最高の音楽なんだろ?

効率とは、現在既に行われている事をより洗練させることである

この世の中すっげー頑張ってる奴らが上手くいかなかったり、だからとにかく俺達はまだまだこの世の中にぶっ壊したいものがたくさんあって、そういう奴らに中指立ててやっていくつもりなんで、またライブ見にきてやってください

意見や考えが違うのは当然のこと。より良い社会の「より良さ」も凝り固めてしまえばイデオロギーなんだけど、誰が勝ったとか論破したとかそういう方法じゃなくて、柔軟にその「より良さ」を目指すことについて同意しながら、進んでいけたらいいですよね。厳しさも排除せずに。

生き方の基準は、正しいか正しくないかではなく、美しいか否かである

ブルースを忘れない方がいい。いろいろな名前の音楽が流行するけれど基本はすべてブルースなのだ

俺もお前らも不器用なんだから、だからとりあえず信じよう。それでもし裏切られたら傷つこう。それを繰り返すだけ

全力を注がなければ、単に約束と希望があるだけで、計画はない

僕の場合、作曲の作業に入っているときは生活も一定のペースを保ち、できるだけ規則的に坦々と過ごすように心がけている

落ち込むのと失望は違うんよ。 だって、落ち込んでても夢や愛は信じとるもん。

冒険こそが、わたしの存在理由である

お先真っ暗はすげー前向きな言葉。

優れたプロとは、継続して自分の表現をしていける人のこと

一人立てる時に強き者は、真正の勇者なり

日々楽しく、面白おかしく暮らしたい(笑)

「時」の歩みは三重である。未来はためらいつつ近づき、現在は矢のように速く飛び去り、過去は永久に静かに立っている

All you need is love.
愛こそはすべて。

お前らの心は 見たくないものを見ずに閉ざしてしまうのか 見えないものを 見ようとするか

言葉なんていらなくなるよ、きっと。僕が立派になれれば

(どんな時に曲が思い浮かぶ?)ほっといて、浮かんでくるのを待つ

親からもらった立派な体、というけど、じつは親からもらっているのは運の方かもしれない。運が脊髄のように芯としてあって、人間の人生というのはその運命の芯の回りにまつわる蛋白質、あるいは脂肪質、悪くいうと贅肉みたいなものなのだろうか

すべての偉大な画家はみな空間を探ります。厚みの観念の中にこそ彼らの力は宿るのです

リスクには2種類ある。踏むには危険が大きすぎるリスク。それと逃すにはあまりにも惜しいリスクだ

赤がなければ、青を使います

イメージの共有がしたいだけなんだ。言葉の共有じゃなくてどこかもやもやっとしたイメージをひねりだして曲にする。そのもやもやを共有したいだけなんだ。それで「生きてやるぜ!」って思ってもらえれば、「生きるっていいな」と思ってくれればそれでいいです。

夢を飼い殺しちゃいけない。

真のマーケティングは顧客から出発する。すなわち人間、現実、欲求、価値から出発する

兄弟は、塀の中で死ぬようなタマやない。あいつは必ず戻ってくる。……俺を殺しにな。

人生自体にも限りがあって、いつ終わるか分からなくて、その中で『たった今、美しい者を求めても構わないんじゃないか?』って思って、 『どうせそれが繋がって積み重なって美学というものになってんじゃないの?』と

(18歳の頃)もしかしたら現実逃避したかったのかな

僕は口が裂けても、諦めるなどとは言わない

No pessimist ever discovered the secret of the stars, or sailed to an uncharted land, or opened a new doorway for the human spirit.
悲観論者は星の神秘を発見したり、未発見の土地に航海したり、人類の魂への新しい扉を開くことは決してできません。

出会わなければ良かった出会いなんてきっとない…ないよ。

Security is mostly a superstition. It does not exist in nature, nor do the children of men as a whole experience it. Avoiding danger is no safer in the long run than outright exposure. Life is either a daring adventure, or nothing.
安全とは思いこみにすぎない場合が多いのです。現実には安全というものは存在せず、子供たちも、誰一人として安全とは言えません。危険を避けるのも、危険に身をさらすのと同じくらい危険なのです。人生は危険に満ちた冒険か、もしくは無か、そのどちらかを選ぶ以外にはありません。

基本的にバカバカしいじゃないですか、この商売は。ポップスってそうでしょ。初めから成熟してない状態が前提というか、いつも青いものが求められる。でも私はそれだけじゃないものがやりたい。

たとえ僕の人生が負け戦であっても、僕は最後まで戦いたいんだ

「五稜郭ジャンキーズ! 」「みんな、牛好きかー?!ジンギスカーン!」(札幌ライブにて)

部下の成長は、育成した者にとって昇進に値する貢献としなければならない

あのアナウンス(「ファウルボールにはご注意下さい」)であらためて注意する間抜けはいない。でもあのようにいっておかないと、後で怪我して訴えられたら困るというのがある。アメリカ仕込みの訴訟社会の風習である

Everything will be okay in the end. If it’s not okay, it’s not the end.
最後には全て上手くいくよ。もし上手くいっていないのなら、それは最後じゃないってことだ。

一回わがまま言い始めたらもう、他人の言うことなんか聞いてらんねえよ

老年は騒音から遠ざかる。沈黙と忘却に仕える

大多数の世間の人々が、平凡な一生を終るのは志が小さく、意志が弱いからだ

人生をね、棒に振りたいんだよ
