


歌なんて誰でも歌えるからヴォーカリストになった。だから、誰にでも歌えるような歌しか歌わないんよ。

学ぶという事は一生続く、変化に遅れないようについていくためのプロセスだという事実を、私たちは今では受け入れている。そして、最も緊急な課題は人々に学び方を教えることである

音楽は心のタイムマシーン。 〜中略〜 音楽を聴くことによって、その音楽に初めて触れたとき、音楽で何かを感じたとき、そのときの気持ちに、それが10年前であろうと20年前であろうと一瞬にしてパーンとその人をその時の気持や情景に送り込むことができる

jupiterは「木星」の他にも「雨の神様」って意味があって、俺はその言葉がいいなって思って。「太陽の神様」じゃなくて「雨の神様」だって。じゃぁ、俺は皆を濡らしてやろうと。俺らは泣いてもいいんだよって言いたいバンドな訳だから。

「お客様は神様」ですから

人の曲を歌う時こそ、恥ずかしい気持ちもなく思い切り出せる声もあるのかもしれないとも思ったし、その、声に焦点を絞ったものもやってみたいって考えられるようにもなってきて

たとえ僕の人生が負け戦であっても、僕は最後まで戦いたいんだ

俺は本当はもっとすごいんだけど、というのがどっかにある

(どんな音楽を聴いて育った?)スピッツ、浜田省吾、平井堅、ユーミン、BOØWY、オザケン、フリッパーズギター。でも自分が学生時代に流行っていた、HYとかORANGE RANGEなんかもたくさん聞いてきました

著者の死後、彼の日記を読むことは、彼からの長い手紙を受け取るようなものだ

自分の作った曲で自分が震えたいし、自分を感じたいし、伝えたいし、証明したい。

煮詰まったらドラクエやる

かぶりついて仕事せよ

結局はひたすら考えるしかないという心境になっている

神童などという言葉は、家族のつくったものだ

三大欲求以上の高等なことは考えたくないって言ってるんでしょうね。結局それぐらいしか私は本当のことを知らないし、「それ以上の本当のことを見ると私は傷ついてしまうし」っていう。

人生とは自らの道である。一つのことを試みることであり、一つの道を端的に示すことである

「たかが音楽にのせる飾りじゃないか」という想いと、「誰かの一生をも変えてしまうかもしれない不思議な魔法」という想い。その間で僕は今も歌詞を書く。

大切な人がいなくなっても、それは無じゃなくて“空っぽ”があるんです。

俺には嫌いなタイプの人間が2種類おってなぁ。1つは、人が苦労して取ったぬいぐるみちゃんたちをバラすようなアホンダラ……もう1つは、立場の弱い女子供を食い物にするようなクソッタレ……どっちもお前らのことじゃボケェ!

(「日出処」のタイトルについて)もっとビビッドで、私たちが知ってるお日様って何だろうって思った時に、こういうタイトルになりました

やっぱりゴツいなぁ。桐生ちゃんよ。

何もかも切り離さずにやってる人たちはたくさんいるよ。ずっと、ちゃんと、いる。

ボクシングって勝った方が腕を上げるじゃないですか。でも天秤は負けた(軽い)方が上がるんですよ。・・・・・それっておもしれぇなぁと思って

人生自体にも限りがあって、いつ終わるか分からなくて、その中で『たった今、美しい者を求めても構わないんじゃないか?』って思って、 『どうせそれが繋がって積み重なって美学というものになってんじゃないの?』と

(スーツもシャツもネクタイも黒だったので「真っ黒だね!」と客に言われた後)ああ、黒人だからな。(97年TOKYO COOL CAMP)

例え、一流よりもいい音が出せたとしてもまだニ流なのです。大事なのは、その音を出し続けることができるかということ

マンホールをずっと撮っている林丈二さんも、オートになってから奥さんに「ちょっと、あなたの写真、最近、あんまりよくない」って言われたらしいです。どっかに出ちゃうんですね。何でしょうね。自覚して使えばいいんだけど、カメラの機能に寄りかかって撮っちゃうとダメなんでしょうね。何にでもそういうことはいえますね

この曲はもう一回は出来ねぇんだ申し訳ねぇ…出来ねぇなぁ。だけど俺たちとお前らで出来ないことが、出来なかったことがあってもいいじゃん。次はうまくやろうぜ

人生には不愉快な事柄が多い。だからこれ以上、不愉快なものを作る必要はない

私は子供のときに自転車に乗ったことのない唯一の男である。描くことにしか興味がなかった

他人を模写するのは必要なことである。しかし、自分を模写するのは哀れなものだ

インスピレーションは常に存在する。見つけに行くんだ

俺は東城会四代目桐生一馬だ!!

徳川家康や武田信玄の本読むけどさ、こんなふうにやって生きて天下とったって、70・80で死ぬわけだしさ。

芸術愛は真の愛情を失わせる

北海道、広いよなあ、カナダぐらいあるんじゃねえの?人口、ロシアぐらいあるんじゃねえの?

大好きなものと付き合っていくことだよ

詩人にとって最大の悲劇は、誤解によって賞嘆されることだ

俺は俺でしかない。BUMP OF CHICKENはBUMP OF CHICKENでしかない。いつの時代でも。そういうことを強く目指している。

俺は強いヤツが好きや!俺に命令出来んのは強いヤツだけや!俺を東城会に戻したかったら俺に勝ってから命令せぇや。

未来を予知しようとすることは、夜中に田舎道をライトもつけずに走りながら、後ろの窓から外を見るようなものである

世界一になりなさい。さもなければ撤退しなさい

普通なことが特別で特別であることが普通なこと

見放さなければ、失うということもありません

一番悪い奴は「口だけいいことを言って実践しない奴」次に悪いのは「悪いことばかり考えてる奴」そうなりたくねぇんだ

ほんの一秒でもいいから、俺が俺として機能したい。 全ての時間がその一秒の為に無駄になっても構わない。

人間を偉大にしたり卑小にしたりするのは、その人の志である

自然は生命を更新するためにのみ死を役立てる

いつだって、今やるのが一番いい

誰をも恐れない者は、誰からも恐れられている者に劣らず強い

他者同士だからさ、分かりあえなくて当然

上司を過大評価することはあってもいいが、決して過小評価するな

あなたの日常は唄になるんです。

ロックであるとかないとか言ってるアンタが一番ロックじゃねえんだよ

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

創造の最大の敵は「良い」センスだ

戦争やってる遠くの国のことよりも友達の方が大切だと思うけどなぁ

俺はいったい何がしたいんだ? なんでこんなんなってんだ? 答えはすごく簡単だ。これが自分の選んだ生きる道だからだ

見ることと感ずることを知る者は、至る所に常に賛美すべきものを見出すだろう

運命は、むしろ降ってきたものを遊んだ方がいいのだろう。自分で選ぶとなれば運命として遊べないが、上から下りてくる運命は、むしろそれ自体を遊べる。自決できる世界は考えたら自分の範囲の狭いものだが、突然やってくる他からの運命の世界は自分よりも広い。どうも運命を遊ぶ気持ちが、他力思想の自在さに繋がっていくような気がする

心理の何か変化があるんですよ。人間行動すべき理由がある。

傲(おご)ってはいけません。企業は、社会によって存在させてもらっている存在なのです

新しい事業をつくり出すときは、大きなビジョンである必要はない。しかし、今日の常識とは違うものでなければならない

自由であるとは、自由であるべく呪われていることである

抽象画なんてものは無い。とりあえず描き始めて、それから現実の痕跡の全てを排除していくのだ

基本と原則に則っていないものは、かならず破綻する

自信のあるものは「自信があります」ということが大事

友情は、喜びを二倍にし、悲しみを半分にしてくれる

いまだに『磔磔』って字が書けない…。 (03年京都磔磔にて)

イメージの共有がしたいだけなんだ。言葉の共有じゃなくてどこかもやもやっとしたイメージをひねりだして曲にする。そのもやもやを共有したいだけなんだ。それで「生きてやるぜ!」って思ってもらえれば、「生きるっていいな」と思ってくれればそれでいいです。

コーヒーのブラックが飲めない。頭が痛くなるから

リーダーは尊敬されるが、必ずしも好かれるとは限らない

「何事も一人で大丈夫」っていう基本さえあれば、あとはもう全部楽しいんだよ

自分にとっていちばん面白いのは、思いもしないものに出会うことだ。自分の思いを超えたものにめぐり合うことである。何故それが面白いかといえば、そのことで自分が広がっていく快感があるからである

結局ね、夢はみんなもってると思うんですよ。だけど、その夢の見方としてね、ただボーっとそれこそテレビで見てるだけで『あぁ、こんな事いいなぁ』みたいな見方と、それから実際にやってみようとして夢の実現に一歩近づくために何か行動をおこす。

この街は牢獄や……。俺が塀の外に出られんのは いつなんやろな兄弟……

スタイルとは、複雑なことを表現するための簡単な方法だ

とにかく俺は本気で、音楽で少しでもこの世界をよくできると信じてる。いつ終わるかわからない自分の人生を、その目的のために捧げたいといつからか思うようになりました。だから、休んでる暇なんかない

すべての偉大な成功は、地味で面倒な事の積み重ねの上に成り立っている

筋肉で力任せに殴るよりも、腰を入れて体重の乗ったストレートの方がズドンと重いじゃないですか

清志郎。あなたとの思い出に、ろくなものはございません。今日もそうだよ・・・。ひどいよ、この冗談は。ありがとう。一生忘れないよ。

悪行の呪いは、絶えずそれが悪を産まざるをえないところにある

常に100%満足できる作品を作るべきだと思うし、そうすることが俺らの音楽を待ってくれる人たちへの最高の礼儀だと思うんですよ。

成し遂げたいことに必要な条件を、明確に把握すればするほど、達成される確率は高まっていく

あんたがたが俺の財産だ。俺達の誇りだ。それで生きていられるんだ。いっつも助けられっぱなしで申し訳ねぇと思う。精一杯作曲する。本当にありがとう

反原発集会へのお誘いも多かったけど、そういうところへ行って歌えば受けるの当たり前だし。目にみえててつまらない。むしろ推進派の集まりに呼ばれてやりたかった。

「楽しく続いていくうちは最高に楽しいことをやろうぜ。駄目になったら、それはそれ」っていう考え方の方が、逆に物事が続いてったりするじゃん。もちろん続けることは大切な意味があるけれど、それが目標になっちゃうと挑戦も冒険もできなくなっちゃうからね

マーケティングの理想は販売を不要にすることである。つまり、製品がおのずから売れるようにすることである

マラソンランナーと一緒で、長距離を走り抜くにはペースを崩さないこと

このまま行けと、僕の中の僕が命じるんだ

フェスにはいろんな人のいろんな思惑が絡み付いて、そんなの誠実じゃねーじゃねぇかと思うこともあるんだけど、音楽好きな奴らが集まって、音楽しか能のねー人間が精一杯演奏する。こんなシンプルな関係は政治なんざには負けやしねぇ

何が伝わってほしいって言ってさ、いろんなメッセージとか、いろんなことを訊かれるんだけど、何もないんだよ。みんなが楽しくなってくれたら、もうそれで僕たちがやりたいことは100%成し遂げられてるんだ

自分の声は好きじゃなかったです。凄い低いし。でも音楽やりはじめてからは気に入ってる

正義の尺度は声の多数ではない

ひらめきも何も考えていないという事ではなく、必死に悩んで考え、自分を追い込んだ結果として、ぽっと生まれるもの

私たちは生涯、忠義を尽くし、御恩に報いる目的で一切の艱難を乗り越えなければならない

その人がいい趣味をしてるかどうかを見極めるのは簡単だ。絨毯と眉毛がマッチしているかだ
