基本的に私は家の中で曲を作る
何も後悔することがなければ、人生はとても空虚なものになるだろう
アァン?…お前、ベッピンさんやないかい。どや、俺の女にならんかぁ?どやねん? えぇ〜?
全然ネガティブとかポジティブとかではなく、それ(死の存在)を知ってるから僕たちは生きてるって、そう思えたんですよね。死なないやつは生きられないわけですよ。で、生きてないやつは死ねないわけですよ、やっぱり。(死の存在について)
それは所詮、極道の勝手な都合ってやつだ!
プロの音楽家を目指すなら音楽理論と感受性が必要
自分の声は好きじゃなかったです。凄い低いし。でも音楽やりはじめてからは気に入ってる
成果をあげる人とあげない人の差は才能ではない。いくつかの習慣的な姿勢と、基礎的な方法を身につけているかどうかの問題である。しかし、組織というものが最近の発明であるために、人はまだこれらのことに優れるに至っていない
音楽っていうものは言ってしまえば母の腹の中に着床した時からだと思うんですけど。その後は、父のモーツァルト好きが高じて多分モーツァルトが多かっただろうと。で、私が「音楽」として自覚したのはそれを否定し始めたときだと思う
裏切られたなら落胆を味わえばいい。信じた先の素晴らしさを俺は知ってるから。
私にとってはテレビは想像できるものしか映らない画面の一種でしかない
座って弾き語りやってても激しいなあこの音楽って思う時もある。だけど逆にフルボリュームでアンプ鳴らしてガーって大暴れしてるのに何も感じない時がある。それはもしかしたら内面が伝わってるんじゃないかと思うんですよ。
その日、歩ける一歩を歩くだけ
(死は)誰でも迎えるものなのに、それを忌々しく言うのは変だし、滑稽だなって思います
事業を行うときは、次の4つの条件を満たしておかなければならない。まず経営環境、使命、強みが現実と一致していること。そして、それらの条件が互いに合致していること。そして、周知徹底されなければならない。さらに、たえず検証されなければならない
自分が自分自身に出会う、彼女が彼女自身に出会う、お互いが相手の中に自分自身を発見する。それが運命的な出会いというものだ
別に社会に出ようが学生だろうが変わらねぇと思うけど、あの、…結局ね戦い、だと思うよ人生。 戦わなきゃぁそりゃ、寄ってたかって叩かれて、お終いさぁ。だから、不安なのはしょうがないけど、自分の足で立つしかねぇんじゃね
福島っていうからには…やっぱり福がいっぱいあるんでしょうねぇ。(福島ライブにて)
名古屋のニワトリって、羽根が何枚もあるんだろ?じゃなきゃあんなに沢山手羽先がつくれる訳ねぇ!
友情は、喜びを二倍にし、悲しみを半分にしてくれる
俺は、正直モンが好きなだけや。人の顔色うかがったりせんと。俺が、そうやからなぁ。
老年は騒音から遠ざかる。沈黙と忘却に仕える
歌詞を書いてて出てこない時って、頑張って出そうとして出てくるものじゃない
ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な・か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り…決まった… 赤や…!
20代で音楽的に成熟したものや洗練されたものを書くには生意気に見えてしまいそうでしょう。20代は本当にずーっと困っているという感じでした。30歳くらいから力加減を探っていけるようになってきて、ここ数年でやっと、等身大の仕事をするようになってこれた気がしています。すると今度は体力が落ちてきて……ねえ、人生って。それも全部描くしかないです。
歓びは、自然を動かす強いバネ。歓びこそは、大宇宙の時計仕掛けの歯車を回すもの
最終的な完成形を頭の中でイメージしないで闇雲にキーボードを叩いても良い作品は生まれない
(どんな時に曲が思い浮かぶ?)ほっといて、浮かんでくるのを待つ
最強頑張っている人を見ると泣きそうになる。かっこよくて。俺もああなりたい
みんな何かしら人知れず苦労しているものだ。だから自分から進んで苦労する必要はない
And so this is Xmas for black and for white, for yellow and red, let’s stop all the fight.
黒人そして白人のための、アジア人そしてアメリカ先住民のためのクリスマスなんだ。すべての戦いをやめよう。
誰かのサイズに合わせて自分を変えることはない。自分を殺すことはない。ありのままでいいじゃないか
東京事変はこの5人で、最後のその瞬間までを、全力で駆け抜けたいと思います。
僕は死なないと思いながら死ぬんだろうな。
一人立てる時に強き者は、真正の勇者なり
デッサンと色彩とは区別することはできぬもので、彩色をほどこすにつれてデッサンがなり、色彩が調和していくにつれてデッサンは正確になる。色彩が豊富になる時、形も充実する
シュルレアリズムは破壊的だ。しかし、それは我々のビジョンを限定する錠の留め金とみなされるものだけを破壊するものだ
芸術は何かっていうと、抑制だよね
好きなことだったらめんどくさくていいじゃない!
自分が良いと思うものを「ほんまに良いものなんです!」って言い通したり、自信のあるものは「自信があります」って言うのが、やっぱり大事。
芸術家は自分の芸術について語ることはできない。植物が園芸を語れないように
作曲の際はパソコンを使って作業しています。もちろん昔は五線紙に鉛筆で楽譜を書いていました
俺かて そない馬鹿正直に生きてきたわけやない。せやけどな、俺のまわりには馬鹿に生きて……馬鹿に死んでった男たちがおった。そいつらのくだらん生き方が 俺は男の最高の生き様やと気がついたんや
私が生きているのは国王のため、スペインのため、カタロニアのためだ。天才は決して死なない。人類の進化は我々の手中にある。国王、万歳!スペイン、万歳!カタロニア万歳!
死ぬなとは言わないし、悩むなとも言わない。近道がしたいならすればいい。でも、そこで全部が終わる。我慢してきた努力も未来も夢もやり残したことも記憶も肉体も全部全部。
最近はお金持は多いけど、上品なお金持はなかなかいない。だいたいは下品だ
感動の出発点は感動にあると思うんだ。なんで感動したのかを辿っていくと、表現されたものがどう作られていて、「だから俺は感動したのか」って分かる。もっともっと辿っていくと、その表現者が、かつて感動した瞬間に帰結すると思うんだよ。それが色んな何かをぐるぐると通過して、また人に届く。錬金術なんかじゃないんだよ。感動が伝わって、感動を生む。
Until the great mass of the people shall be filled with the sense of responsibility for each other’s welfare, social justice can never be attained.
社会正義は、人々の大多数がお互いの福祉に対する責任感で満たされるまで、決して達成されることはありません。
この余白にたくさんの文字を書いたけど、沢山消した。俺の喉から貴方の耳まで新しい唄がお使いに行く。俺の唄は迷わないから、俺も心配しない。いってらっしゃい。
アキラメというのは人生的なものである。体験に基づくというか、体験の集積というか、いずれにしろ体に発するというか、体からじわりと湧き出る。それにひきかえ、シラケというのは、体験からのものとは違う
世の中には違った考え方をする種族がいる
曲のコンセプトを考えるとき、これはやはり論理が主
創造力で大きな仕事をしていく人たちは予定調和を嫌う
人間一人ひとりを見ると、みんな利口で分別ありげだが、集団をなせばたちまち馬鹿が出てくる
We’re not disinterested in politics. It’s just that politicians are disinteresting.
僕らは政治に無関心なわけじゃない。ただ政治家がつまらないだけだよ。
運が続くというのは、じつはどこかで運のウィルスに感染して、症状が広がっている、という状態なのではないだろうか
夢や希望なんてバカバカしい。でもそれを見続けてしまうのが人間であって。それが悲しくもあり、美しくもあるんだってことを俺は知ってる。
ネガティブな奴とポジティブな奴はまるで行動の仕方が変わってくるのさ
ミスというのはほとんどいつも神聖な特徴があって、決して修正しようとなんてしてはいけない
何かをうまく語ることは、何かをうまく描くことと同様に難しくもあり面白いものだ
仕事はまず核心をつく、一番大事なところからやるようにしている
自分の思い通りにしかできないことは、自分の思いだけに閉じ込められるということになる。自分の思い通りが突っ走った結果は、自分が自分の壁の中に閉じ込められて、外気は遮断されて、そのままでは一酸化炭素中毒となってしまう
寝床につくときに、翌朝起きることを楽しみにしている人間は、幸福である
信仰と信頼の間にのみ平和があります
曲が浮かぶのは、いつも本当に突然です
泣きそうなときこそ、泣くのをグッとこらえた分だけ、弱くなるような気がする。だから、泣きたいときはないていいんだよ。
You may say I’m a dreamer, but I’m not the only one. I hope someday you’ll join us, and the world will be as one.
僕のことを夢想家だと言うだろう、でも僕は一人じゃない。いつか君も仲間になって、世界はきっとひとつになるんだ。