近代的になるなんて努力しなくていい。悲惨なことになにをやろうと、唯一避けられないのがことがそれだから
感性を磨くとは、こうした直感を鍛えることだと思う
変わるっていうのはそんな大きな話じゃなくて。今日の夜から、母ちゃんにありがとうって言ってみるとか、言えなかったひと言を言ってみるとか…。100年後、ここにいる全員がいないから、たぶんね。それぐらいあっという間のことなんだよ。
全部は混沌としてるから面白い
芸術家になるためには、まず自分の目や耳でよいものを感じて選びとる「審美眼」が大切
妄想と勘違いでロックンロールは転がり続けてるんだから、これを解放しないことには何も始まらない。
人はあらゆる物や人に意味を見出そうとする。これは我々の時代にはびこる病気だ
少なくとも僕にも誰かを楽しませることはできる
誰かが勇気ある決断をしなければ、どんな事業も成功しないだろう
ロックの基本は愛と平和だ。
自分を、好きな人、嫌いな人、世界を知りたいから歌詞を書いている。
家族同様に暮らしていくうちに、猫はしだいに家庭の中心的存在になってくる
スペイン内戦は、スペイン人民と自由に対して、反動勢力が仕掛けた戦争である。私の芸術家としての生涯は反動勢力に対する絶え間なき闘争以外の何物でもなかった。私が反動勢力すなわち死に対して賛成できるなどと誰が考えることができようか。私は「ゲルニカ」と名付ける現在制作中の作品において、スペインを苦痛と死の中に沈めてしまったファシズムに対する嫌悪をはっきりと表明する
私の健康を祝して乾杯してくれ
限界を越えることは絶対できないと思うんです。 越えられないから限界と書くわけで。でも越えるから不思議なんです。
いつからこの国はこんなにもセコイ人間の集まりになってしまったんだ。
自由であるとは、自由であるべく呪われていることである
I think our society is run by insane people for insane objectives.
僕らの社会は、ばかげた目的のために、あきれた人々によって動かされている。
そもそも老人力とは、転んでもただでは起きない力のことである。というか、そもそも老人とは、人が間断なくゆっくりと転んでいく状態のことなのである。気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常。例外はない。時期のずれや度合いの違いはあるにしても、人類の全員がゆるゆると、やんわりと、気がつけば転んでいる状態なのだ
自分が歌っていて気持ちよかったり、いい歌詞が書けたかも知れないなって思う瞬間を大事にしたい。
誰にも何の役にも立たないではないか。絵、展覧会──それがいったい何になる
”世界”というのは自分の中にあるんです
子どもの頃は、おもちゃよりもレコードを買ってもらう方が嬉しかった
この曲に関しては、音圧があったほうがいいかなって。ハジけたところがあったほうがいい、って思ったし。でも、気持ち的には大きいかもしれないですね。開いた気分でやれば、そうなるだろうし。(『或る街の群青』について)
この世は、良いのと悪いのとかさ、苦痛と幸福とかさ、相反するふたつのことで成り立ってると思うわけ。俺は、頭が悪いなりに考えた結果ね。で、頭がいい人とバカっていう争いもあると思うんだよ。今日は、三万人もバカばっか集まってくださってどうもありがとうございます
愛は人生において、最も優れた栄養源である
何処に居ても俺らの唄声とか届いてると思うし。
手には、物を掴む手と放す手がある
私はいつも自分のできないことをしている。そうすればそのやり方を学べるからだ
jupiterは「木星」の他にも「雨の神様」って意味があって、俺はその言葉がいいなって思って。「太陽の神様」じゃなくて「雨の神様」だって。じゃぁ、俺は皆を濡らしてやろうと。俺らは泣いてもいいんだよって言いたいバンドな訳だから。
常に悲しみを要求する人生に対して、僕らにできる最上のことは、小さな不幸を滑稽だと思い、また大きな悲しみをも笑い飛ばすことだ
たとえ僕の人生が負け戦であっても、僕は最後まで戦いたいんだ
未来を予知しようとすることは、夜中に田舎道をライトもつけずに走りながら、後ろの窓から外を見るようなものである
声でねぇけど唄わしてくれ。今回のツアーで俺わかった。お客さんがいると唄えます。聴きてぇって思ってるヤツがいつと唄える。だから、一呼吸分の力を分けてくれ!
鉛筆や紙と同等の費用で映画が創れたときにのみ、映画は芸術作品となるだろう
楽曲は成り行きだけど、僕とマーシーは20数年間、その成り行きの『成り行かせ方』をやってきた。スタジオに入った瞬間に、僕とマーシーの空気はあるんだと思う。今は4人でうまーい成り行かせ方をしてんじゃない?そんな気がする
ジャンルがどうとかじゃなくて、音楽全般、様々な角度と方向にどんどん広がってほしいと思う。限りある音楽ファンを奪い合うイメージで話しちゃうとどんどん貧しくなるけど、そもそも、音楽文化自体にそれほど興味を持ってもらえてないってのは骨身に沁みてる。
生まれたからには、生きてやる。
人間おのずから用に適する所あり、天下何ぞなすべき時なからむ
例え、一流よりもいい音が出せたとしてもまだニ流なのです。大事なのは、その音を出し続けることができるかということ
芸術家になるのは難しいことではない。内容を別にすれば、世間的には自分が決めればいいだけのことだ。誰からも認めてもらえなくても、己さえ納得していればいいのだから話は早い
愛をうまく告白しようとか、自分の気持ちを言葉で訴えようなんて、構える必要はない。きみの体全体が愛の告白なのだ
犬や猫は偶然など当たり前のこととして、偶然の海をゆったりと泳いでいるのではないだろうか
人は、まず当たり前の作品に対してでも、ある程度は尊重して、それも少しは何かを表していることを認めなければいけない。そして、大いに努力しなければ、その程度にすら到達できない
涙が出てきたら、耐えて、苦しんで、そして前進あるのみだ
人生自体にも限りがあって、いつ終わるか分からなくて、その中で『たった今、美しい者を求めても構わないんじゃないか?』って思って、 『どうせそれが繋がって積み重なって美学というものになってんじゃないの?』と
いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ
何もしなくても、ほっといても勝手に時間は進む
膝からなし崩しに倒れてしまうような、そういう曲ができちゃって。『なんだこれ?』と思って。とりあえずでも1曲出来上がったと。わけわかんねえって気分のまま東京に帰って。で、歌ってみて、そういう現象で。人知れずひっそり泣いてみたりとか泣けなかったりとかそういう夜もあったりして。(Title of mineについて)
もし婦人の乳ぶさと尻がなかったら、私は絵を描かなかったかもしれない
完璧を恐れるな。完璧になんてなれっこないんだから
音楽でも童謡とか、誰が作ったかもわからないものが残っているのは、すごく素敵やなと思うんです
『健康法』にとらわれないことが、健康の秘訣
長く生きてるほうが絶対おもしろいよ
生涯、創造者でありたい
You won’t get anything unless you have the vision to imagine it.
心に思い描かなければ、何も得られない。