ベートーベン、モーツアルトなどのクラシック音楽を全人類が200年以上聴いていてもまだ飽きないというのは、飽きない音楽の真髄
Our life is our art.
人生はアートだ。
自然には未だ知られていない諸力がある。我々が自分自身の余すことなき全てを自然へ委ねるとき、自然はそれらの力を我々に貸してくれる。我々の眼では見えず、知性でも理解・推測できないその諸力の形相を示してくれる
失敗することを恐れず、とりあえず何となくやりたい事をやってみたら?
親切ではないけど、やさしい。丁寧ではないけど、やさしい
We can do anything we want to if we stick to it long enough.
あきらめずにいれば、あなたが望む、どんなことだってできるものです。
『無罪モラトリアム』の意味は、一個の人間としてまだ社会に出なくても許されてる立場の人間。さらに「無罪」って言って、立場的にも生きてる事が許されるんだって付け足したかった
個人としての嗜好が投影された「普通にそのままのもの」っていうのがあるべきだと、私は思ってしまう
彫刻に独創はいらない。生命がいる
膝からなし崩しに倒れてしまうような、そういう曲ができちゃって。『なんだこれ?』と思って。とりあえずでも1曲出来上がったと。わけわかんねえって気分のまま東京に帰って。で、歌ってみて、そういう現象で。人知れずひっそり泣いてみたりとか泣けなかったりとかそういう夜もあったりして。(Title of mineについて)
We’re not disinterested in politics. It’s just that politicians are disinteresting.
僕らは政治に無関心なわけじゃない。ただ政治家がつまらないだけだよ。
何にもやってなかったなあって気持ちになる時もよくあるよ
そもそも老人力とは、転んでもただでは起きない力のことである。というか、そもそも老人とは、人が間断なくゆっくりと転んでいく状態のことなのである。気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常。例外はない。時期のずれや度合いの違いはあるにしても、人類の全員がゆるゆると、やんわりと、気がつけば転んでいる状態なのだ
何があっても、賛成反対両方あるのは自然
自分の中に炎を持ち、魂を抱えているのに、どうして、閉じ込めておくことが出来ようか
人生には不愉快な事柄が多い。だからこれ以上、不愉快なものを作る必要はない
簡単なことを完璧にやる忍耐力の持ち主だけが、いつも困難なことを軽々とこなす熟練を身につける
素朴に、無邪気に、幼児のような眼をみはらなければ、世界はふくらまない
落ち込むのと失望は違うんよ。 だって、落ち込んでても夢や愛は信じとるもん。
私はいつも自分のできないことをしている。そうすればそのやり方を学べるからだ
持てる者は失うことを知り、幸せは苦しみを知る
In the end, the love you take is equal to the love you make.
結局、あなたが得る愛は、あなたが与える愛の量に等しい。
青年は決して安全な株を買ってはならない
悪魔は悪しか行なうことができないゆえに純粋である
曲のメロディはもちろん大事ですが、大きな構造で考えるとスコアは設計図みたいなもの
(バンド活動においての演奏技術など)スマートにできない分、ぶつかって行くしかない、気持ちで行くしかない
みんなの前で歌わんかったら下手になる
君がもしも君の音楽を信じていて、自分の作り出す音をみんなに聴いて裕しいと思うなら、それを続けるべきだ。誰に何と言われようと最高の音楽なんだろ?
生きていくのに疲れていたり、死にたいなんて思ってたり、自分の体に傷をつけたり、人間関係で悩んでいたり、そんな人にはぜひ入院をすすめる
私は、自分の作品に心と魂を込める。そして制作過程では我を失う
組織は常に進化していなくてはならない
ステージに出る前、死刑台に上がってく気分になるときがあるんだ。ギロチンの下に頭を置いて審判が下される。
ドブネズミが美しいとわかんねえ奴はたいしたことねえ。
世の中を変えるには政治家になりゃいいとか自分に言い聞かせてたりするけど違う、おれらには音楽っていう武器がある
画家の質はその人の過去の経験の量に左右される
約束の額だ・・・悪く思うな。
お先真っ暗はすげー前向きな言葉。
いつだって、今やるのが一番いい
群馬の一匹狼の皆さんこんにちは!これからも一人で頑張って生きて行って下さい! (群馬ライブにて)
低気圧が僕を責め立てる。
死に方は生き方、生き方は死に方。
複雑なものはうまくいかない
口先だけじゃ海を越えられないのさ
他人のためにやるんじゃないよ。自分がやりたいからやるんだ。
今日から聖人、豪傑を志した者が、明日、明後日と順次にそれに合わない性質を少しづつ取り去れば、最初は才能の無い者でも、聖人・豪傑の地位にまで達することが必ずできる
信念のためには、たとえ敗れると分かっていても、おのれを貫くそういう精神の高貴さがなくて、何が人間ぞと僕は言いたいんだ
この街は牢獄や……。俺が塀の外に出られんのは いつなんやろな兄弟……
電子辞書は確かに早く正確に引けるが遊びがない。紙の辞書は、引いた語句の両脇の語句が視界に入る。この種のノイズが文化を生む
(ビリーアイリッシュの曲で、あえて「音圧」という言葉を使ったのは、低い音って部屋自体が振動して、まさに音の圧って感じがするんですよね。プレッシャーみたいな音というか。これまでの「音圧」みたいな言葉は、ラウドネスメーターの数値の話だと思うので、それとは別の感覚についての話です)
正しい構造が成果を約束してくれるわけではない。しかし、間違った構造は成果を生まず、最高の努力を無駄にしてしまう
急にひとりぼっちにされちゃった気持ちになったんですよね。共犯者はいっぱいいるのに、私だけが訴訟を起こされてるような。
人生とは自らの道である。一つのことを試みることであり、一つの道を端的に示すことである
大切なことは、熱狂的状況をつくり出すことだ
友達に好かれようなどと思わず、友達から孤立してもいいと腹をきめて、自分を貫いていけば、本当の意味でみんなに喜ばれる人間になれる
私は捜し求めない。見出すのだ
ユーモアを失わないように戦うのだ。ユーモアの欠如は愚の骨頂だ
苦労しないでフッと浮かんだ曲が結果的にいい曲になる
調子が良くなかろうが、ノルマを達成するように進めていかなければこなしきれない
夢はぶれずにいることなんです。わたしにとってはいちばん大切なのです。
私はドラッグをしない。私自身がドラッグだ
青春小説、青春映画っていうのがあるんだから、青春音楽っていうのもあっていいんだ
昔、『天空の城ラピュタ』を観て、自分の目の前には守るべき少女も追いかけるべき宝もないことに絶望した
何も後悔することがなければ、人生はとても空虚なものになるだろう
東京事変はこの5人で、最後のその瞬間までを、全力で駆け抜けたいと思います。
私は天才を自覚している
ナマ身で運命と対決して歓喜する。それがほんとうの生命感
(デビュー当時は)「ゴースト何人いるの?」とか「ほんとはいくつ?」とか散々言われて。子どもだから全然こたえないんだけど
で、みんなが「そうやるべき」だなんてことは全然ない。好きにすればいい。俺はどうするかは、俺が決める。それが売れるとか売れないとか、そういうことじゃなくて、自分が恥ずかしいと思わないように、書き続けるだけ。毎回、たったひとりの場所からそれをやる。
デッサンと色彩とは区別することはできぬもので、彩色をほどこすにつれてデッサンがなり、色彩が調和していくにつれてデッサンは正確になる。色彩が豊富になる時、形も充実する
目の前で襲われてる女の子を黙ってみてられるほど、俺は大人やないんや。
効果的な経営者の共通点は、ひたすらひとつの作業に集中する点にある。彼らは最も大切なことのみを行い、そのことが完了するまで、他の事に目を向けないという集中力を持っている
効率とは物事を正しく行うことで、有効性とは正しいことを行うことである
集中が必要なのは、仕事の本質と人間の本質による。いくつかの理由はすでに明らかである。貢献を行うための時間よりも、行わなければならない貢献の方が多いからである
やっぱりゴツいなぁ。桐生ちゃんよ。
私は絵を描く夢を見、そして私の夢を描く
ジョークを言った本人が笑ったら、そのジョークはジョークでなくなる
「あいみょんこんな曲作って欲しい」とか、色々意見は聞くんですけど全部受け入れていると、先に進めなくなっちゃう
何が伝わってほしいって言ってさ、いろんなメッセージとか、いろんなことを訊かれるんだけど、何もないんだよ。みんなが楽しくなってくれたら、もうそれで僕たちがやりたいことは100%成し遂げられてるんだ
長いこと暗い道を歩いてると……この先もずっと暗いもんだと思っちまう。前に進むことがイヤになる。自分の道がこの先どうなってるか分かってるやつなんてこの世にひとりもいねえ。俺らにできるのは立ち止まって泣くか、一歩でも前に進むかのふたつだけだ。あんたはどっちでも好きな方を選んでいい。入り口までは 俺が案内してやる
生きてりゃ、そりゃあシラケるだろう
フェスにはいろんな人のいろんな思惑が絡み付いて、そんなの誠実じゃねーじゃねぇかと思うこともあるんだけど、音楽好きな奴らが集まって、音楽しか能のねー人間が精一杯演奏する。こんなシンプルな関係は政治なんざには負けやしねぇ
ロックであるとかないとか言ってるアンタが一番ロックじゃねえんだよ
作詞には苦しむことが多いです。曲がもともと持っている性格みたいなものは自分でコントロールしてるわけじゃない。自然に持ってるもので、それをいかに感じ取ってふさわしいものにするか。ふさわしい詞というのはもともと決まっているようなものという認識。
Death is no more than passing from one room into another. But there’s a difference for me, you know. Because in that other room I shall be able to see.
死はただ一つの部屋から別の部屋へ移ることに過ぎません。しかし、私にとっては別です。なぜなら、その別の部屋ではきっと私は見ることができるからです。