


神なんて全くその辺の芸術家と変わらない。キリン作ってゾウ作ってネコだろう。様式もへたくれもありゃしない。前と違うもの延々と作り続けてるだけ

正義の尺度は声の多数ではない

人間が生きる限り、死人も生きているんだ

長く生きてるほうが絶対おもしろいよ

大胆のコツは、度が過ぎない程度にどこまで遠くへ行けるかを知ることである

リーダーは尊敬されるが、必ずしも好かれるとは限らない

画家とは売れるものを描く人のことで、アーティストとは描くものが売れる人のことをいう

大事なものは他者に求めてはいけないと思ってた

限界を越えることは絶対できないと思うんです。 越えられないから限界と書くわけで。でも越えるから不思議なんです。

想像できることは、すべて現実なのだ

単純なことを完璧にやり続ける忍耐力の持ち主だけが、偉大なことを成し遂げる

青年は決して安全な株を買ってはならない

『自分にはなにもない』って言う人いるけど、そんなことない。コンビニの店員がいなかったら、お弁当あっためてもらえない、銭湯のおばちゃんがいなかったら、銭湯入れない。みんなやることやってる。それを誇りに持てよ!

7年後のことより、7秒後の話をしよう。

歌詞を書いてて出てこない時って、頑張って出そうとして出てくるものじゃない

意図して作ったものがそういう結果になるとは限らないし、絶対、狙いにいかないほうがいい

どんな人でも努力すれば、“それなり”の能力は身につけることが出来る。そして、この世で成功するためには、“それなり”の能力があれば十分なのである

行動がすべての成功の鍵だ

あのアナウンス(「ファウルボールにはご注意下さい」)であらためて注意する間抜けはいない。でもあのようにいっておかないと、後で怪我して訴えられたら困るというのがある。アメリカ仕込みの訴訟社会の風習である

幸せのまんま放っておいてほしい

毎朝起きるたびに、私は最高の喜びを感じる。「サルバドール・ダリである」という喜びを

名古屋のニワトリって、羽根が何枚もあるんだろ?じゃなきゃあんなに沢山手羽先がつくれる訳ねぇ!

経営者は常に現実的でなければならない

愛しあう前と後では、火の消えたランプと火のともったランプほどの違いがある

音楽は心のタイムマシーン。 〜中略〜 音楽を聴くことによって、その音楽に初めて触れたとき、音楽で何かを感じたとき、そのときの気持ちに、それが10年前であろうと20年前であろうと一瞬にしてパーンとその人をその時の気持や情景に送り込むことができる

私が生まれるということは不条理である。私が死ぬということも不条理である

聴いてる音楽とやってる音楽がつながらなくても、それはどうでもいいんです。

あなたの中に、あなたの知らない芸術家がいる。彼は月夜に物事がどの様に違って見えるか興味がないのだ

ルール破ってもマナーは守れよ

人間さ、もちろん嫌いな人とか誰だっていると思うの。でも1個は絶対いいとこあるんだよ。例え100個嫌いなとこあっても、1個いいとこあればその人と友達になれると思うんだ。だから俺も桑とこうやってるんだよね笑。

で、みんなが「そうやるべき」だなんてことは全然ない。好きにすればいい。俺はどうするかは、俺が決める。それが売れるとか売れないとか、そういうことじゃなくて、自分が恥ずかしいと思わないように、書き続けるだけ。毎回、たったひとりの場所からそれをやる。

お前らの人生がライブハウスみたいだったらいいなぁ。おされたり、ぶつかり合ったり、倒れちゃったりして、でも自分の力で立ち上がったり、時には周りの人に助けられたりしながら起き上がって、次の瞬間にはものっすごい笑顔で前を向いてる。お前らの人生がそんなだったらいいなぁ

天才になるには天才のふりをすればいい

若さと年齢は無関係

(ビリーアイリッシュの曲で、あえて「音圧」という言葉を使ったのは、低い音って部屋自体が振動して、まさに音の圧って感じがするんですよね。プレッシャーみたいな音というか。これまでの「音圧」みたいな言葉は、ラウドネスメーターの数値の話だと思うので、それとは別の感覚についての話です)

他人というものがいなければ「一人が一番好き」っという気持ちもない訳で、そして一人の良さなんてわからない訳で。 その台詞はつまり、他人というものを一番意識していて、一番人とのつながりを求めている人なんじゃないのかなと。

運命というのもひょっとしてウィルスみたいなものではないだろうか。それ自体では何事も起きないけど、他の実力をもったサルモネラ菌や、あるいは紙幣や、恋文や、試験の答案用紙や、いろんな物につくことで、それを動かす。でもそれ自体は姿も形もなくて、見ることができない

まったくもってロックンロールはすげえ。ほんとに。だけど そんなにすごいロックンロールでも 世界中に一握りしかいないんだ

僕は楽しいから、成功していると思う

生き方の基準は、正しいか正しくないかではなく、美しいか否かである

本物の画家というのは何もない砂漠で異常なシーンを描ける人だ

好奇心と衝動は音楽を作る上でめちゃめちゃ大事

色々と余計なこと考えすぎて眠れなくなった夜には必ずといっていいくらいに見まくった立川談志さんの落語のビデオ

運命は人がその糸をもつれさせるのを好まない

今熱烈に恋してなくたって、すげぇ好きだった人いたことのない人はいねぇと思うんだ。だから何が言いたいのかっていうと…。あんたがたは好きな人のために歌ってください。俺は今日、あんたがたのために歌う

歴史上いかなる国においても、企業とくに大企業は株主のためにのみマネジメントすべきであるという主張はもちろん、主として株主のためにマネジメントすべきであるという主張さえ、主流になったことはない

のめり込み過ぎちゃうと、いざ自分が何か失敗した時に逃げ道がなくなって、音楽で失敗することが怖くなっちゃう

我々はどこから来たのか?我々は何者なのか?我々はどこへ行くのか?

あまいなぁ〜 桐生ちゃん …アマアマや!

俺達の事な、忘れてもいいけど、此処でお前らがしてるその顔を忘れんな!お前等一人一人が主役なんだ!

あなたのインスピレーションやイマジネーションを抑えてはならない。模範の奴隷になるな

昔、俺はずっとシャイだったが、世の中が超シャイになってしまった現代ではとても図々しいロック・スター・オヤジに見えるらしい。

「僕は永遠に生きます」って今思ってる。明日も思ってる。あさっても思ってる。10年後も思ってる。20年後も思ってる。そしてある日死ぬんだ。うん。それがいいな。

人々の求めるニーズに無関係であってはならない、かといってニーズに迎合してもいけない

みなしごハッチ。(RUSH BALL☆P@なんばHatchにて)

明日に延ばしてもいいのは、やり残して死んでもかまわないことだけ

20代で音楽的に成熟したものや洗練されたものを書くには生意気に見えてしまいそうでしょう。20代は本当にずーっと困っているという感じでした。30歳くらいから力加減を探っていけるようになってきて、ここ数年でやっと、等身大の仕事をするようになってこれた気がしています。すると今度は体力が落ちてきて……ねえ、人生って。それも全部描くしかないです。

真のマーケティングは顧客から出発する。すなわち人間、現実、欲求、価値から出発する

いかなる成果もあげられない人の方がよく働いている。成果の上がらない人は、第一に、ひとつの仕事に必要な時間を過小評価する。第二に、彼らは急ごうとする。第三に、彼らは同時にいくつかのことをしようとする

今の音楽の置かれてる状況の事とか、悲しくなっちゃう所がありますよね。パソコンで150円で買えるとか、若い頃の自分にとって凄い高かった、3000円とか2800円っていう感覚、その感じがもう無いっていうのは、なんかちょっと悲しいですね。

自分の姿をありのまま直視する、それは強さだ

ミュージアムをひとつくれ。埋めてやる

いいよ。行っちまえよ。何処へでも。何処にでも届くように唄ってるからさ。

生きてると後悔はつきもの

これまでの実績など捨てなさい。自分の強みを過信した者は生き残れません

目の前の困難から逃げてばかりではダメです

我々は何をするにも、常に自分自身に問わなければならない。もし皆がそうしたら、どんなことになるだろうと

「ロックな手と書いて岩手と読むんだぜ。」「あのさー、冷麺てなにでできてんの?原材料はなんなの?」(岩手ライブにて)

「大丈夫、なにもかも上手くいく」なんて、口が裂けても言えない。でも俺が見ている世界の中で、本当に前向きな、魂が楽になれる言葉を綴ったつもり

たとえこの人生が負け戦であろうと、いずれにせよ僕は「良い戦い」をしたい
