


曲作りの勉強は独学です

藤くん、心からおめでとう。本当に本当に嬉しかった。他人のことでこんなに嬉しかったのはいつ以来だろう。昨日もらった連絡で僕は眠れなくなりました。これからも大好き。おめでとうございます。

(渋谷の路上で歌っていた時)最初は誰ももちろん集まらないですし、私が歌ってるのに目の前でカップルがめちゃめちゃチューし始めたりしたのも、めちゃムカつきましたし、結構忘れられない。東京の路上はキツかったですね

いつからこの国はこんなにもセコイ人間の集まりになってしまったんだ。

君がもしも君の音楽を信じていて、自分の作り出す音をみんなに聴いて裕しいと思うなら、それを続けるべきだ。誰に何と言われようと最高の音楽なんだろ?

嫌な事は3秒で忘れる

覚めていて夢みることは、眠っていて夢みることとほとんど同じである

真摯さはごまかせない

私は努力をしてこなかった人間。ただ努力をしなかった分、自分の好きなものに囲まれて生きることはできたというか

あなたの日常は唄になるんです。

ライブってゆうのはお茶の間でせんべえかじりながら見るようなもんじゃねぇんだよ。チケット取れなかったとか色々あるかもしれないけど死ぬ気でチケット取れ。で、見にこい。俺らあれだから。ブラウン管の前で評価されたくねえから

芸術家とは、不滅の存在である。刑務所や強制収容所に入れられていても、芸術の世界に身を沈めていれば、私は全能でいられる。たとえ、ほこりまみれの牢屋で濡れた舌を使って絵を描かねばならぬとしても

孤独の中では何もできることはない

アバウトは健康にいい

自らの果たすべき貢献は何かという問いからスタートするとき、人は自由となる。責任をもつがゆえに、自由となる

詩はなくてはならないものだ。ただそれが何のためにあるのかを知ってさえいればなあ

私にとってはテレビは想像できるものしか映らない画面の一種でしかない

経営者は常に現実的でなければならない

曲って自分の子供みたいなもんでさ、自分から生み出したものだけど喧嘩して遠ざけたり、仲直りしたりして、時には向き合うことができなくなったりもして。

恋の始まりは瞬間でも、つきあいが長引くかどうかは、美醜よりも人間味にかかわる問題だ

経験も知識も上手く活かせないと意味がない。 自分を狭めてしまうような経験だったら、豊富にならない方がいい

夢はぶれずにいることなんです。わたしにとってはいちばん大切なのです。

情欲に流されるのはいい。だけど、流されているという自覚を持つんだ

閃きは自分で呼び込めるものではない。私にできるのは閃きを形にすることだけだ

私は常々「偶然耳にされたリスナーの方が、わくわくなさるような時間を提供せねば」と考えています。せっかくなら。子供の頃観た歌番組では、いろいろな歌手がよく、一緒に歌ったりしていました。ああいうフランクさが近年どんどん失われているのを寂しく思っています。

大丈夫。君は愛されてる。全て上手くいってるんだ。何も心配する事はないよ。君は自信持って笑ってればいいのさ。

肝心なのは感動すること、愛すること、希望を持つこと、打ち震えること、生きること。芸術家である以前に、人間であることだ

人間を偉大にしたり卑小にしたりするのは、その人の志である

僕はどんな完成の仕方をしてもその人の実力だと思う。聴く人の実力。だからみんなそれぞれ立派に仕上げてください。そこで自分が楽しい 最高じゃんと思ってくれたらすごく嬉しい。

神に誓うな、己に誓え

大好きなものと付き合っていくことだよ

人間の運命は人間の手中にある

「ありきたりな女」を書いたのは、次の曲の「カーネーション」を聴かせたかったからでもあるんです。「カーネーション」は「何を言っているかわからない」とか、散々言われたので。私が意図した通りに聴いていただくために、その導入部分が書きたいな、と思って

1回でもつまらない仕事をしちゃえば、そこで終わり

成し遂げたいことに必要な条件を、明確に把握すればするほど、達成される確率は高まっていく

時間を管理するには、まず自らの時間をどのように使っているかを知らなければならない

全力を注がなければ、単に約束と希望があるだけで、計画はない

We’re more popular than Jesus now; I don’t know which will go first, rock ‘n’ roll or Christianity.
ビートルズは今やキリストより人気がある。どっちが先に消えるかな、ロックンロールかキリスト教か。

たぶん不安とかっていう感情は、こう、戦う覚悟を決めないで中途半端な気持ちでその先に進もうとするから生まれるものだと思うんだ。どーせ逃げもしねぇくせに戦う覚悟をきめないから。だから、お前ら、覚悟決めろよ

失敗することを恐れず、とりあえず何となくやりたい事をやってみたら?

売れているものが良いものなら、世界一のラーメンはカップラーメンだよ。

運命は、むしろ降ってきたものを遊んだ方がいいのだろう。自分で選ぶとなれば運命として遊べないが、上から下りてくる運命は、むしろそれ自体を遊べる。自決できる世界は考えたら自分の範囲の狭いものだが、突然やってくる他からの運命の世界は自分よりも広い。どうも運命を遊ぶ気持ちが、他力思想の自在さに繋がっていくような気がする

私は同時に他人の自由をも目標にするのでなければ、自分の自由を目標にすることはできない

デビューした時は、前途多難だなぁっていう感じでしたね。決して華々しい感じじゃなかった

何したっていいんだよ。自分で責任取れればいい。責任を取るっつうのは、この道で満足してるなって思えること。

本当を言えば、すべてが思想で、すべてが象徴である

大人のくせに子供と同じような人間ばっかりになっちまったんじゃねえのか。

人は、若くても年をとっても、絶えず成長したり変化したりしていますよね。固定したものはないんですね。だから、今、面白くないものは、あえて見ることもないなっていう気もします

人間は、「自分でなければ出来ない」と錯覚していることが多すぎる

アンタには諦めんことの重要さを教わったわ。俺も執着するで、真島吾朗っちゅう男の生き方に

偽物が本物に変身する瞬間がある

君はあなた自身を創造していると思いなさい

Avoiding danger is no safer in the long run than outright exposure. The fearful are caught as often as the bold.
危険を回避することは、長期的には危険に完全に晒されるよりも安全ではない。怯える人は大胆な人と同じくらい頻繁に捕らえられる。

友人の中にも損友と益友がある。益友とは自分の欠点を遠慮なく告げてくれる友のことである。益友の印象は悪い。時には自分の感情を害する言行もあるが、大切にしなければならない。益友の言葉により自分を正しい道に導き、欠点に気付き、矯正するのがよい

癒しという言葉が丸薬みたいに使われるようになった最初は、大江健三郎のノーベル文学賞だと思う。あのストックホルムでの授賞式の講演の中で、癒すとか癒されるとかいう副次的な意味で使われていた言葉が『癒し』として、名詞みたいに、テーマに坐る言葉として使われていた

「これはしたくない」「こういうやり方はしない」っていうことさえ自分でわかっていれば、何とかなる気がする

これを描いたのはあなたですか?いや、違う。きみたちだ

毎朝起きるたびに、私は最高の喜びを感じる。「サルバドール・ダリである」という喜びを

我々は自分の内に天使をかくまっている。我々はこの天使の保護者でなくてはならない

最高で当たり前なんだよ

赤がなければ、青を使います

美しい景色を探すな。景色の中に美しいものを見つけるんだ

例えばスリーコードでエイトビートならみんなロックンロールかって言ったらそうじゃないものもあるわけ。スタイルじゃないんですよ。だから様式美ではなく、そこにある熱が大事なんですね。

オトナになろうが、教室から武道館になろうが、ひとりの前でやろうが一万人の前でやろうが、やってることって一緒なんだよね。音楽がやりたくてバンドを組むってそういうことなんだ。もう、そこで全部終わっちゃってるんだよ。だから目指すことは、もうないよ。

どんどん、くだらなくなっていってる。音楽もTVも低能になっていってる。殺人も犯罪も短絡的になっている。警察は庶民を守ってはくれなくなった。

早く大人になりたいとか、まだ子供だとか。違うんじゃないか?俺は俺なんだ。藤原基央なんだ。俺はもっと良い藤原基央になれるように頑張るんだ

お前らの人生がライブハウスみたいだったらいいなぁ。おされたり、ぶつかり合ったり、倒れちゃったりして、でも自分の力で立ち上がったり、時には周りの人に助けられたりしながら起き上がって、次の瞬間にはものっすごい笑顔で前を向いてる。お前らの人生がそんなだったらいいなぁ

まじめに考えて出てくる答えっていうのはろくなもんじゃないんです

いつだって、今やるのが一番いい

明日のための今日ではなく、今日のための今日ですよ
