有益な言葉は飾り気のない口から出ることが多い
詩人にとって最大の悲劇は、誤解によって賞嘆されることだ
自分がちゃんと物事をやってる時って人はさ、温和でいられるけど、自分が何もしてない時ほど人が醜く見えるモンだから。
「ありきたりな女」を書いたのは、次の曲の「カーネーション」を聴かせたかったからでもあるんです。「カーネーション」は「何を言っているかわからない」とか、散々言われたので。私が意図した通りに聴いていただくために、その導入部分が書きたいな、と思って
モノを作ることを職業としていくには、一つや二ついいものができるだけではダメだ
自分を支えているのは、自分
危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ
抽象画なんてものは無い。とりあえず描き始めて、それから現実の痕跡の全てを排除していくのだ
『自分にはなにもない』って言う人いるけど、そんなことない。コンビニの店員がいなかったら、お弁当あっためてもらえない、銭湯のおばちゃんがいなかったら、銭湯入れない。みんなやることやってる。それを誇りに持てよ!
組織に働く者は、組織の使命が社会において重要であり、他のあらゆるものの基盤であるとの信念を持たねばならない。この信念がなければ、いかなる組織といえども、自信と誇りを失い、成果をあげる能力を失う
詩人は未来を回想する
「人生っていうのは勝手に与えられるんだから、自分が追求してもいいんだ。幸せ追求権ってあるだろう!」と思ったんですね
嫌われることは愛されることより難しい
私は芸術でも何でも、全部がエロビデオみたいに受け止めてもらえればいいって思ってるんです。グッとくるか来ないかっていう、ただそれだけ
自分の個性に 自信を持てよ。そうすりゃあ自分好きになれる。姿形よりも 自分って人間を。磨いて輝る 美しさを
「命短し、目抜き通りを歩こう」っていう気持ちなんです、今。本当に。人生がどんどんシンプルになってきている
彫刻に独創はいらない。生命がいる
ユーモアを失わないように戦うのだ。ユーモアの欠如は愚の骨頂だ
「それにしてもあの絵は全然彼女に似ていないな」なに、彼女の方でだんだん絵に似てくるさ
人間は明日の朝に対して、何がしかの恐怖と希望と心配を持たずにはいられない
「桃太郎ってどこにいるの? 山? (客:『家にいるよ!』) 今度見せて。」(岡山ライブにて)
絵を描くのは美的活動ではない。この敵意に満ちた奇妙な世界と我々の間を取り次ぐ、一種の魔術なのだ
「久しぶりィ、四つの国ィ」「サロンでキティだぜ!」(松山サロンキティライブにて)
あなたには安らぎがある。贅沢さはない。お金が一端を握っているなんて言わないでくれ。私が提案している贅沢には、金はまったく関係ない
革命家になろうとも思わないし、政治家にも宗教家になろうとも思わないけどさ、同じ事考えてる人いっぱい居るんだなと思ったら安心するじゃん。で、その記憶が俺を支えるしみんなの事も支えてくれるんだったら、やった意味はあるよね
自分が作った曲をいっぱい聴いてもらえたり楽しく歌ってもらえるんが1番嬉しい。難しいこととか考えたくない!作るのが楽しい、歌うのが楽しい、誰かのの思い出になれる事が嬉しい
「楽しく続いていくうちは最高に楽しいことをやろうぜ。駄目になったら、それはそれ」っていう考え方の方が、逆に物事が続いてったりするじゃん。もちろん続けることは大切な意味があるけれど、それが目標になっちゃうと挑戦も冒険もできなくなっちゃうからね
僕がどうしてもそこから逃げられないぐらいに取り憑かれてるものっていうのはロックンロールに秘められた把握できない未知の価値観なんだよ。
優れたプロとは、継続して自分の表現をしていける人のこと
自分の価値観を持って生きるってことは嫌われても当たり前なんだ
何かがあった瞬間というのは、何かが終わった瞬間だと思う。 何かが終わった瞬間が、何かが始まった瞬間だと思う。
確実にたくさんの曲を作り続けていくには、気分の波に流されてはいけない
この曲を聴いた人はハルジオンになりたいって言うんじゃなくて、土になって欲しい。そう、あんたは土なんだ。あんたにだってハルジオンは咲くんだと。此処、心の中にあるんだって。別に車に乗ってハルジオン咲いてる所に探しにいかなくたっていい・・だって、此処に咲いてんだから。(ハルジオンについて)
「最初はグー」ってなんであるんだろう。
久ぶりやのぅ… 桐生チャン!!ワシャ〜 嬉しゅうてたまらんのやぁ。“堂島の龍” と直接やり合える…本物の命張った ケンカができる。なぁ、桐生チャンなら 分かるやろぉ?…なぁ!?
何があっても、賛成反対両方あるのは自然。
人間を偉大にしたり卑小にしたりするのは、その人の志である
最後は直感なのだ
何も後悔することがなければ、人生はとても空虚なものになるだろう
悪貨は良貨を駆逐するという原理と同じで、形式は実質を駆逐する
逃げない、はればれと立ち向かう、それが僕のモットーだ
『大切な人の死』という出来事は、大切な人が自分にくれる最後のプレゼントだと思います。どんな形の死であれ、僕はそう思います。だからこのプレゼントをいつまでも大切に愛することができます。
新潟…新しい『潟』…。『潟』ってどういう意味だーっ?! (新潟ライブにて)
なにもかもうまくいってるのになんか足んねえって時は未来に進む道にポッンポッンと自分で種をまくと知らないうちに種まできてはいけるから楽しい
芸術家は自然の親友である。草花は茎の優美な曲線と花びらの調和のとれた色合いで芸術と対話をする。どの花にも、自然が芸術家に心から語りかける言葉があるのだ
芸術家というものは、自分に才能があると思うとだめになってしまう。つけあがらず、職人みたいに仕事をしてこそ、はじめて救われる
ミュージアムをひとつくれ。埋めてやる
(作曲家として)僕は、子どもの頃に「ベートーベン」というスゴイご馳走の味をいっぱい覚えたのが、本当にありがたい
日本の文化っていうのは、常に「明日は知れぬ身」って考えるのが基本じゃないですか
自分が歌っていて気持ちよかったり、いい歌詞が書けたかも知れないなって思う瞬間を大事にしたい。
楽しくなかったら絵なんか描きませんよ
日本人の強みは、組織の構成員として、一種の「家族意識」を有することにある
例えを言って、それが即、通じるというのは、お互いに共通するものをもっているということ
Love is like a beautiful flower which I may not touch, but whose fragrance makes the garden a place of delight just the same.
愛は美しい花のようなもの。それに触れることはないかもしれないけれど、その香りは花と同じように庭を喜びの場所にしてくれます。
気とは人に負けまいと思う心、すなわち負けじ魂と恥辱を知ってそれを悔しく思う気象のことである
人生は、水平方向に落ちていくことである
お前らの心は 見たくないものを見ずに閉ざしてしまうのか 見えないものを 見ようとするか
やらないってのも一つの行動だと思う
ビートルズとか音楽は、暗いほう暗いほうに行きがちな自分を包んでくれる
自分の姿をありのまま直視する、それは強さだ
毎朝起きるたびに、私は最高の喜びを感じる。「サルバドール・ダリである」という喜びを
よほど守らなきゃいけないものができるとか。自分の人生をすべて捧げなきゃいけない時が来るんですよね。
予感というのも、努力の重なりの上に出来る、透明な上澄みのような感覚だと思う
Although the world is full of suffering, it is also full of the overcoming of it.
世界は苦しいことでいっぱいだけれども、それに打ち勝つことでもあふれている。
俺にとって音楽って魔物でしかなくて、常に。ごほうびなんて与えてくれないんですよ、基本的に。とにかく捧げものをひたすた貢いで貢いで貢いで貢いで、で、ちょっとおこぼれをいただくような真っ黒い、闇みたいな存在だった
過去とは、所有者の贅沢だ。過去を整頓しておくには一軒の家を持つことが必要だ。私は自分の体しか持たない
今日のライブは、俺達の大親友だったアベフトシに捧げます。(2009年8月 RSRにて)
ゴッホは美しい。しかしきれいではない。ピカソは美しい。しかし、決してキレイではない
曲のコンセプトを考えるとき、これはやはり論理が主
選択肢を前にした若者が答えるべき問題は、正確には、何をしたらよいかではなく、自分を使って何をしたいかである
流行なんて、文字どおり流れていく
いいんだよ。 消えないもんは消えないままで。 消えないもんを消そうっていうのは嘘だから。 だって傷は癒えるったってそんな簡単に癒えるわけないじゃん。 傷を負ったっていう過去は消えないんだよ。 消えない傷を持ってて、でもそれは今を生きてる証拠なんだと。
青年は決して安全な株を買ってはならない
悪い種子からは悪い実ができる
All you need is love.
愛こそはすべて。