常に非現実を生きてる気がしてならないなぁ。本当にこれ、私の生活か?
大人になると人生がつまんなくなっちゃうって思ってる方が、若者の中にもすごく多いと思うんですけど、そんなことはないです。
見放さなければ、失うということもありません
「愛」とか言うと、みんなださいとか、くさいとか言うけど、なんか俺は違うと思うな。
いい歌をつくって、なんでも話せる友達がバンドメンバーで、気持ちをこめて歌って、聴いてくれる人をアッ!と言わせたい。それだけでいい
これからは、誰もが自らをマネジメントしなければならない。自らを最も貢献できる場所に置き、成長していかなければならない
書いたり発したりすることも大切だけど、今必要なのはちゃんと耳を傾けることなんじゃないかと思います。読むこと、感じること、と言い換えてもいい。受け取ること。吸い込むこと。それを温めること。そのうえで書くこと、発すること。それをまた、お互いによく聞くこと。俺もできてませんが…。
高松の不良の皆さんこんばんは!(高知ライヴにて)
我々は何をするにも、常に自分自身に問わなければならない。もし皆がそうしたら、どんなことになるだろうと
文明とは、麻痺状態のことだ
寝床につくときに、翌朝起きることを楽しみにしている人間は、幸福である
ロックは世界を変えることができない!世界を変えるのはお前らだ
喧嘩に必要なのは、強さじゃなく、慣れているかどうかだ
どうか、履き違えないで欲しい。人の足を止めるのは、絶望じゃなく諦めだけだということを。
All we are saying is give peace a chance!
僕らが言っているのは、平和にチャンスを与えようということだけだ!
組織は常に進化していなくてはならない
今は、もう感動はない。だから感想が湧くのである。感動には叫びはあるだろうが言葉はない
デッサンと色彩とは区別することはできぬもので、彩色をほどこすにつれてデッサンがなり、色彩が調和していくにつれてデッサンは正確になる。色彩が豊富になる時、形も充実する
いったい何を見て来たんだい? その若さでミイラか? 可能性はどこにあるんだ? それは君の目で見て耳で聞いたものの中にしかないはずだ。
思い出すのは、あんまよくないよ
いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ
人生には不愉快な事柄が多い。だからこれ以上、不愉快なものを作る必要はない
ルソーの「ラブレターを書く時は、何を書きたいか何も考えずに書き始めて、それが思い浮かぶ前に書き終えろ」っていう言葉があって。
どうしたって笑えないけど、それでも笑わないといけない時かぁー。…泣いちゃえばいいんじゃないか
近代的になるなんて努力しなくていい。悲惨なことになにをやろうと、唯一避けられないのがことがそれだから
いま大戦中でもないのに、人に「どっちなんだ!?右なのか、左なのか」と問うこと自体、ナンセンスだとは思います
楽曲は成り行きだけど、僕とマーシーは20数年間、その成り行きの『成り行かせ方』をやってきた。スタジオに入った瞬間に、僕とマーシーの空気はあるんだと思う。今は4人でうまーい成り行かせ方をしてんじゃない?そんな気がする
友人の中にも損友と益友がある。益友とは自分の欠点を遠慮なく告げてくれる友のことである。益友の印象は悪い。時には自分の感情を害する言行もあるが、大切にしなければならない。益友の言葉により自分を正しい道に導き、欠点に気付き、矯正するのがよい
聴く人がどう受け止めるかは、聴く人の自由
芸術が愛らしいものであってなぜいけないんだ?世の中は不愉快なことだらけじゃないか
僕は流れるって感じが好きなんだ。固定したものは全然つまらない。人生だってそうだろう?いつも流動的で、何が起こるかわからない。だから面白いんだ
もう俺は、相手がお客さんであろうが、メンバーであろうが、友人であろうが、音楽でしかきっと何も伝えられない。
みんなにとってこの曲がどんな意味を持つかは分からないけど、俺はこの曲が嫌いなうちはさ、なんでこんな曲作っちゃったんだろうって思ってるうちは、あぁ俺幸せなんだなって思えるから。
レコーディングするようになって18年。いまだにミックスってわからない。難しい。だからおもしろい。なんだろな。なんだろな。音楽っておもしろい。
「ありきたりな女」を書いたのは、次の曲の「カーネーション」を聴かせたかったからでもあるんです。「カーネーション」は「何を言っているかわからない」とか、散々言われたので。私が意図した通りに聴いていただくために、その導入部分が書きたいな、と思って
考えれば考えるほど、人を愛すること以上に芸術的なものはないということに気づく
個人としての嗜好が投影された「普通にそのままのもの」っていうのがあるべきだと、私は思ってしまう
市場において目指すべき地位は、最大ではなく、最適である
マネジメントたる者は、共に働く者から自らの仕事を教わらなければならない
「久しぶりィ、四つの国ィ」「サロンでキティだぜ!」(松山サロンキティライブにて)
普通=そこそこ、そうじゃないでしょう。最高じゃん!
ルール破ってもマナーは守れよ
選んだ道のその先よりも、選ばなかった道の運命を考えることの方が多い
自分にいろんな矛盾があることが当然
汝が死ぬ前日に懺悔せよ
何だって自分次第なんだわ。んなもん、当たり前だよな。お前がクソなら、世の中はクソだよ。
俺がとりたいのは100点じゃないんだ。ロックンロールが100点満点だとしたら10000点くらい取りたいんだ。
恋する女であれ。そうすれば幸せになれる。神秘的な女であれ。そうすれば幸せになれる
普通の大人なら、球場はボールが飛んでくるから人にいわれなくても自分で注意する。それができないのは五歳か六歳で、つまりそれがいまの日本人の精神年齢ということだろう
若い時から優れた作品に触れることが重要
周囲からの反対やら妨害やら軋轢やらがあるからこそ、自分が本当は何をやりたいのか、何になりたいのか輪郭がはっきりしてきて、よし、オレの気持ちはホンモノだっていう確信が固まっていく……そういうものなんじゃないのか?
Life is what happens to you while you’re busy making other plans.
人生とは、人生以外のことを夢中で考えている時にあるんだよ。
創造力で大きな仕事をしていく人たちは予定調和を嫌う
現在持っているものに満足しない者は、持ちたいと思っているものを手に入れたところで、満足しないだろう
ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎
アンタには諦めんことの重要さを教わったわ。俺も執着するで、真島吾朗っちゅう男の生き方に
釣りをやる人には、釣れそうなところがわかるそうなんですね。私たちの路上観察も同じような感じで、ありそうなところっていうのが、何となく雰囲気でわかるんですね。あまりピカピカの出来たての街だと、他の要素が入り込む要素がないので、妙なものを発見することが少ないんです。だいぶ時間がたって、壊れたり色々用途が変更になったり、何だかんだと生活にもまれたところで、見る人が見れば妙なものになる。そういうところがすごく面白いところなんですね
私は同時に他人の自由をも目標にするのでなければ、自分の自由を目標にすることはできない
私にとってはテレビは想像できるものしか映らない画面の一種でしかない
大人になって大好きな人ができて、今まで男の子とチョメチョメしてきたのがリハーサルだったのかと思うぐらい、「私はこの人のために、経験や知識やこれから学ぶこと全部を捧げなければいけない。捧げるべきなんだ」って心に決める。すごく本能的に感じるんですよね
女は変幻自在。それを面白がるしかないでしょ。もっと小気味よく生きる女性が増えたらいいなって、ずっと思っていました
時間は私たちに残された数少ない大切なものだ
過去とは、所有者の贅沢だ。過去を整頓しておくには一軒の家を持つことが必要だ。私は自分の体しか持たない
リスクには2種類ある。踏むには危険が大きすぎるリスク。それと逃すにはあまりにも惜しいリスクだ
基本と原則に則っていないものは、かならず破綻する
音楽に限らず、あらゆるクリエイターって2タイプに分かれると思うんですよ。第六感で作るタイプと、いろんなものを分析して構築的・理論的に作っていくタイプと
お金って、ただの道具じゃないですか
女性って20代までは大変ですよね~自分次第で何者にもなれるはずなのに、社会だったり男性の目線だったり、余計なことに捕らわれて不自由になりがち。それはもったいないと思う。
我々が描くのは顔の表?中?それとも裏か
There is no king who has not had a slave among his ancestors, and no slave who has not had a king among his.
王の先祖に奴隷がいない者はなく、奴隷の先祖に王がいない者はいません。