


イメージの共有がしたいだけなんだ。言葉の共有じゃなくてどこかもやもやっとしたイメージをひねりだして曲にする。そのもやもやを共有したいだけなんだ。それで「生きてやるぜ!」って思ってもらえれば、「生きるっていいな」と思ってくれればそれでいいです。

電子辞書は確かに早く正確に引けるが遊びがない。紙の辞書は、引いた語句の両脇の語句が視界に入る。この種のノイズが文化を生む

今、俺の考えるライブは祭りだから、日本各地でみんなと祭りをやるという感覚が楽しみでしょうがない。小難しいことを考えず、嫌なことも全部置いてくればいいと思うんだ。きっと楽しめるはずだから

上司を過大評価することはあってもいいが、決して過小評価するな

仕事はまず核心をつく、一番大事なところからやるようにしている

空に手を掲げれば、俺はここに存在してるって信じられる気がする。それは必然ではないけれど、存在理由として必要だと思う。要は下ばかり見るなってことだ。

みんなにとってこの曲がどんな意味を持つかは分からないけど、俺はこの曲が嫌いなうちはさ、なんでこんな曲作っちゃったんだろうって思ってるうちは、あぁ俺幸せなんだなって思えるから。

何もかも切り離さずにやってる人たちはたくさんいるよ。ずっと、ちゃんと、いる。

俺、ホント、意味ねえと思うもん人生なんて。「人は何のために生まれてきたのか、何をすべきかなのか」なんて、どうでもいいじゃん。そんなの誰にも決められないことじゃん。自分で決めるんでしょ、人生の価値ってのは。本当に自分が素晴らしいと思うことに一生を費やすこと、それがいちばん価値があること。

心理の何か変化があるんですよ。人間行動すべき理由がある。

本気も本気 “大本気” や!

何よりも辛いのは、永遠に完成することがないということだ

企業はなによりもアイデアであり、アイデアを生むことのできるのは個々の人間だけである。勇を鼓して自ら思考し、既成観念にあえてそむける人なくして、その企業の成長と繁栄は望めない

誰にでも何かの仕事に適する素質がある。世の中が必要とするものは多く、自分が役に立てることが必ずある

もし婦人の乳ぶさと尻がなかったら、私は絵を描かなかったかもしれない

幸せじゃない瞬間も含めて、幸せだと思いますね。

プロの音楽家を目指すなら音楽理論と感受性が必要

本当に死んでもいいくらい好きって奴は、認められないなんてことで不平を言わないよね

新しい事業をつくり出すときは、大きなビジョンである必要はない。しかし、今日の常識とは違うものでなければならない

複雑なものはうまくいかない

自殺はやめろ。生きろ。

桐生ちゃん。わしなあ……ゾンビになってしもたかもしれん。

……キスやな。キスかそれ以上のことやろな、やっぱり。歯…… 磨いとるな?六代目。

みんな同じなんだよ。大人も子供も、上も下もなくて、ただ同じ地面の上にみんな立ってるだけで。そういうことが、28になってわかった気がする。だから、みんなも長生きしてさ、精一杯生きてください。

あまいなぁ〜 桐生ちゃん …アマアマや!

路上観察の場合はある種の説明で、見る人の手助けになるようにと思って書いています。でも、作品としての写真となると、見る人がその作品の中にどうやって入っていけば良いかわからない…入り口のない場合が多いんですね

見ることと感ずることを知る者は、至る所に常に賛美すべきものを見出すだろう

喜びは成果の中になければならない。石臼に向かいながらも丘の上を見なければならない

顔に性格が表れるように、声には人生が現れる。言葉でどうこうするより、何万時間語り合うより、一曲でいいから自分の書いた歌を聴いてもらえば分かりあえる気がしちゃうんだよな

ジョークを言った本人が笑ったら、そのジョークはジョークでなくなる

ステージに出る前、死刑台に上がってく気分になるときがあるんだ。ギロチンの下に頭を置いて審判が下される。

ライブってゆうのはお茶の間でせんべえかじりながら見るようなもんじゃねぇんだよ。チケット取れなかったとか色々あるかもしれないけど死ぬ気でチケット取れ。で、見にこい。俺らあれだから。ブラウン管の前で評価されたくねえから

オレは糞っタレのダメ人間!お前ら、オレみたいになんなよ!…でもさ、お前らがいるからこんなオレでもここに立てた。今のオレにはもう歌うしかねぇ、だからお前ら、オレにもう少し付きあってくれ

個人としての嗜好が投影された「普通にそのままのもの」っていうのがあるべきだと、私は思ってしまう

自分が歌っていて気持ちよかったり、いい歌詞が書けたかも知れないなって思う瞬間を大事にしたい。

現実とつじつまが合わないイノベーションを手掛けてはいけない。そのようなイノベーションが実を結ぶことは希である。たんにその新奇さのゆえに、魅力的に見えることが少なくない。しかし、それらの多くはたとえ失敗しなくとも、莫大な資金と時間を要する

高校生の時、僕はズブズブと音楽にのめりこんだ。なにかあるたんびに寂しく一人で音楽を聴くような、僕をそんな人間にしたのは間違いなくパンクがきっかけだと思う

己の感覚としては、一生懸命ベタをやっているつもりです

この曲を聴いた人はハルジオンになりたいって言うんじゃなくて、土になって欲しい。そう、あんたは土なんだ。あんたにだってハルジオンは咲くんだと。此処、心の中にあるんだって。別に車に乗ってハルジオン咲いてる所に探しにいかなくたっていい・・だって、此処に咲いてんだから。(ハルジオンについて)

絶望で生きてようと、希望で生きてようと、どちらも生きてるんであれば、まずそれが奇跡だなと。生きてることが本当にミラクルなことだと思うんですよね。

効果的な経営者の共通点は、ひたすらひとつの作業に集中する点にある。彼らは最も大切なことのみを行い、そのことが完了するまで、他の事に目を向けないという集中力を持っている

やりたい放題やるとか、自由でいるとか。その理想がすべて叶った瞬間、とりあえず俺の人生、終わりでいいかなと思った。

経営者がかならず身につけておかなければいけない、大事な要素がひとつだけある。それは品性である

ぼくはいつでも、一生懸命歌を作ってるんだよ。才能があるから歌が出来ると思ってるのかも知れないが、それはちがう。作っているんだよ。

低級な芸術家たちは、常に他人の眼鏡をかける

自分を肯定するために一所懸命考えるんだ

If you tried to give rock and roll another name, you might call it ‘Chuck Berry’.
ロックンロールに別の名前をつけるなら、それは「チャック・ベリー」だね。

あなたの日常は唄になるんです。

型にはハマらずにいたい

今熱烈に恋してなくたって、すげぇ好きだった人いたことのない人はいねぇと思うんだ。だから何が言いたいのかっていうと…。あんたがたは好きな人のために歌ってください。俺は今日、あんたがたのために歌う

Love is like a flower, you’ve got to let it grow.
愛とは、育てなくてはいけない花のようなもの。

人生には不愉快な事柄が多い。だからこれ以上、不愉快なものを作る必要はない

Walking with a friend in the dark is better than walking alone in the light.
暗闇の中を友達と歩くことは、明るい中を一人で歩くことより良いもの。

運命は、むしろ降ってきたものを遊んだ方がいいのだろう。自分で選ぶとなれば運命として遊べないが、上から下りてくる運命は、むしろそれ自体を遊べる。自決できる世界は考えたら自分の範囲の狭いものだが、突然やってくる他からの運命の世界は自分よりも広い。どうも運命を遊ぶ気持ちが、他力思想の自在さに繋がっていくような気がする

確信を持つこと、いや確信を持っているかのように行動しなさい。そうすれば次第に本物の確信が生まれてくる

いかなる世界が広がっていても、望んだ世界だと頷きたい。

どの曲も全力でやって一番いいと思えるものを出している

今日はジョン・レノンの命日。家に帰ってイマジンを聴く

偶然というのは、結局人間的なことなんじゃないか

僕は死なないと思いながら死ぬんだろうな。

長いこと暗い道を歩いてると……この先もずっと暗いもんだと思っちまう。前に進むことがイヤになる。自分の道がこの先どうなってるか分かってるやつなんてこの世にひとりもいねえ。俺らにできるのは立ち止まって泣くか、一歩でも前に進むかのふたつだけだ。あんたはどっちでも好きな方を選んでいい。入り口までは 俺が案内してやる

女の顔はキャンバスだ 毎日女は少しだけ若い自画像をそこに描いている

言葉っていうのは、感覚に1番近いものを当てはめるだけだから感覚が伝わるわけじゃないんだよね。自分の心の中で生まれた感情・感覚に、1番似合った服を着せたものが言葉だから。

イノベーションを成功するためには、小さくスタートしなければならない。大がかりであってはならない。具体的なことだけに絞らなければならない

今日が幸せすぎるとだいたい明日が怖い

決断の場面においてはトップは常に孤独である

アホくさ。喧嘩すんのは結構やが、もしウチのシマに入ってきたら・・・そん時は怪我するだけじゃすまへんで。

ベイビーアイラブユーだぜ!

自分の中にどうしても譲れないものがある。それを守ろうとするから弱くなる。そんなもの、ぶち壊してしまえ!

他の人間はなぜそうなったかを問う。私はいつも何ができるのか、なぜできないのかを問う

本物の画家というのは歴史の騒乱に囲まれながらも洋ナシを根気強く描ける人だ

残る音楽を作りたい

「林檎」は筆名で。17ぐらいの時に。「少女A」みたいな名前だから、実際に何言われても平気。

変わることをこばむのでなく、変われたことを褒めたいんだ。

そうだったな。俺らはいつもそうやって生きてきたんだったな。

私にとってはテレビは想像できるものしか映らない画面の一種でしかない

体力的な無理はできるけど、精神的な無理は良くない

”世界”というのは自分の中にあるんです

なんで嫌な時に笑ってんだよ。なんで悲しいのに笑ってんだよ。泣きたい時は泣いて、笑うときにバカみたいに笑えよ

芸術家にとって、自然の中に醜いものなど決して存在しない

自分には過去も未来もない。ただ現在に生きようが為に絵を描くのである

最後は直感なのだ

自分の感情を音楽を通じて人々の前に発表してみたいという心がなければ、作曲しないほうがいい

だって欲しいから手に入れるんだし、好きだから抱きしめるんだよ。もったいないからとっとこう、ってのはちがう。その時点でそれはゴミなんだ。

幼稚な心を取り去らなければならない。自己の修業を怠り、父母への依頼心を持つなどは幼稚な心である

でたらめをやってごらん。口先では簡単にでたらめなら、と言うけれども、いざでたらめをやろうとすると、それができない

私には規則や方式は一切ない。裸婦を見る、すると幾千ものちいさな色合いが見えてくる。その中から、生き続けるものを探し出し、そのようにして真新しい色調をキャンバスの上に躍動させるのだ

僕の人生はそれほど長くないだろう。だから僕は一つのことしか目に入らない無知な人となって仕事をするつもりだ。ここ数年のうちに何がしかの仕事をやり遂げてみせる

芸術家を何とお思いか。画家なら目、音楽家なら耳、詩人であれば心に抒情、ボクサーなら筋肉のほかに何も持たない愚か者とでもお思いか。それはとんでもない勘違い。芸術家はそれだけでなく、政治的な存在でもあり、世の中の悲しみ、情熱、あるいは歓びにもつねに関心を抱き、ただその印象に沿って自らを形作っている

「志」のない知恵は、翼のない鳥に等しい

僕は新しく何かをやりたいんじゃなくて、今何をやりたいかなんだよ、まさに

幹部の仕事と知識とは、あまり関係はない

運命というのもひょっとしてウィルスみたいなものではないだろうか。それ自体では何事も起きないけど、他の実力をもったサルモネラ菌や、あるいは紙幣や、恋文や、試験の答案用紙や、いろんな物につくことで、それを動かす。でもそれ自体は姿も形もなくて、見ることができない

時間こそ真に普遍的な制約条件である。あらゆる仕事が時間の中で行われ、時間を費やす。それなのに、ほとんどの人が、この代替できない必要不可欠な資源を重要ではないもののように扱う。

未来を予知しようとすることは、夜中に田舎道をライトもつけずに走りながら、後ろの窓から外を見るようなものである

芸術が愛らしいものであってなぜいけないんだ?世の中は不愉快なことだらけじゃないか

お前らの人生がライブハウスみたいだったらいいなぁ。おされたり、ぶつかり合ったり、倒れちゃったりして、でも自分の力で立ち上がったり、時には周りの人に助けられたりしながら起き上がって、次の瞬間にはものっすごい笑顔で前を向いてる。お前らの人生がそんなだったらいいなぁ

いいかい、怖かったら怖いほど、逆にそこに飛び込むんだ
