制服は征服するためにかかせない。私の人生を通じて、市民の衣装を着るほど自分をおとしめるのは稀だった。私はいつもダリという制服を着ている
くたばりたいってのはもう無くなりましたね。それは多分、裏返しじゃないですか、生きていたいっていう事の
僕の人生はそれほど長くないだろう。だから僕は一つのことしか目に入らない無知な人となって仕事をするつもりだ。ここ数年のうちに何がしかの仕事をやり遂げてみせる
音楽、アート、読書、スポーツ、アニメ、ゲーム、etc.好きなものはいくつあったって怒られないのがいいところ。笑。
俺には夢があるんだ!それは、この世界中から戦争が無くなること、それが俺の夢です!
最終日だからって、特別なことはありません。最終日が特別なんじゃないんだよ。ロックンロールが特別なんだよ
彫刻に独創はいらない。生命がいる
要は自分次第なんですよ 世の中君の映るように映る 君の感じるように感じる 君が変えれば変えるほど 変わってく。
批評家は常に比較する。比較できないもの、つまり「類まれなもの」はそこからすり抜ける
自分の好きな音を勝手に出す、出したい音を出したらいい
最近いろんな人と話していて思うのは、結局いかに多くのものを観て、聴いて、読んでいるかが大切だということ
「ロックな手と書いて岩手と読むんだぜ。」「あのさー、冷麺てなにでできてんの?原材料はなんなの?」(岩手ライブにて)
美はあらゆるところにある。我々の眼がそれを認めえないだけだ
いったい何を見て来たんだい? その若さでミイラか? 可能性はどこにあるんだ? それは君の目で見て耳で聞いたものの中にしかないはずだ。
人生において、諸君には二つの道が拓かれている。一つは理想へ、他の一つは死へと通じている
イノベーションを成功するためには、小さくスタートしなければならない。大がかりであってはならない。具体的なことだけに絞らなければならない
神童などという言葉は、家族のつくったものだ
感性を磨くとは、こうした直感を鍛えることだと思う
絶望で生きてようと、希望で生きてようと、どちらも生きてるんであれば、まずそれが奇跡だなと。生きてることが本当にミラクルなことだと思うんですよね。
気がつけば少しずつ転んでいくのは人生の常
『自分の謎』で言っているような、自分への不思議な感覚というのはみんなもっているはずだけど、ほかの遊びに忙しくなって、どんどん忘れていっちゃう。でもその感覚ってどこかには残ってるんですね
やっぱ俺は唄を選んだ人間なんだなって思ったんだよ。どんどん喋るのが下手になってって、どんどん唄うのが好きになってって、これは唄えって事だ。
芸術は悲しみと苦しみから生まれる
俺にはなぁ……桐生ちゃんの 命より大切なモン━━見捨てることは できんかったんや。
究極の善、究極の悪、究極の価値がなければ、人間のある活動が別の活動よりも本質的に優っていることなどあり得ない。だから、全ての行為が同じ価値しか持っていないということを認めざるを得ない。とするなら、一つの行為を別の行為よりも優先させるのは、我々が自分で独自の選択を行っているからある
日本人が何をするにも明確であることが、私にはうらやましい
客の二酸化炭素は俺らの酸素なんだ
どんな悲しい事だって、明るい陽射しの中にあれば暗い夜の中にあるより、悲しくはないはずだ
大人になると人生がつまんなくなっちゃうって思ってる方が、若者の中にもすごく多いと思うんですけど、そんなことはないです。
「ありきたりな女」を書いたのは、次の曲の「カーネーション」を聴かせたかったからでもあるんです。「カーネーション」は「何を言っているかわからない」とか、散々言われたので。私が意図した通りに聴いていただくために、その導入部分が書きたいな、と思って
大切なことは、熱狂的状況をつくり出すことだ
自然に線は存在しない
組織に働く者は、成果に何も寄与しないが無視できない仕事に時間をとられる。膨大な時間が、ほとんど役に立たない仕事、あるいはまったく役に立たない仕事に費やされている
なんつーか…俺もなに言ってっかわかんなくなってきた! つかこんな事言うとホントてれくせぇけど、なんてゆーか…なんかお前ら可愛いんだよ(笑) いや…女子に言ってんじゃねぇよ!? ここでは女だとか男だとかそんなの関係ねぇ。ここにいる奴らはみんな同じだって…今回もブスばっかだなぁ
手加減はしねぇ、死にてぇ奴だけかかってこい!!!
40歳になって「来た来た!」と思っています。40歳からが私に似合う年齢だと思っていましたから、それまで、どうやって時間をつぶしたらいいかと長く苦しんでいました。
僕の場合、作曲の作業に入っているときは生活も一定のペースを保ち、できるだけ規則的に坦々と過ごすように心がけている
いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ
何事かを成し遂げるのは、強みによってである。弱みによって何かを行うことはできない。できないことによって何かを行うことなど、到底できない
高い金払ってチケット買って見に来てくれてんだろ? 50分だけで良いから何もかも忘れろ! どうせ最後は全員くたばるんだから怖い物なんかねぇだろ
子どもの頃は、おもちゃよりもレコードを買ってもらう方が嬉しかった
好きなものを作る、それだけをやるってなるとブレない
桐生ちゃん。わしなあ……ゾンビになってしもたかもしれん。
嫌われることは愛されることより難しい
(作品をどのように見て欲しいですか?)ものの見方の色んな角度を感じてもらえたらいいですね
God is a concept by which we measure our pain.
神は痛みを測る概念にすぎない。
芸術は何かっていうと、抑制だよね
ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎
いいかい、怖かったら怖いほど、逆にそこに飛び込むんだ
何もしなくても、ほっといても勝手に時間は進む
俺にとって音楽って魔物でしかなくて、常に。ごほうびなんて与えてくれないんですよ、基本的に。とにかく捧げものをひたすた貢いで貢いで貢いで貢いで、で、ちょっとおこぼれをいただくような真っ黒い、闇みたいな存在だった
私は自分がやりたいことをやっているだけ
私には規則や方式は一切ない。裸婦を見る、すると幾千ものちいさな色合いが見えてくる。その中から、生き続けるものを探し出し、そのようにして真新しい色調をキャンバスの上に躍動させるのだ
頭のおかしい人と私の唯一の違いは私は頭がおかしくないということ
手を伸ばせば掴んでやるよ。掴んだら離さねぇぞって自信はある
お前らがここに来るまでに何があったかなんかどーでもいい。お前らの父親が死のうが母親が死のうがそんなのかんけーない。ただこの中で思いっきり楽しんでいってくれー!!
たいていの経営者は、その時間の大半を過ぎ去った「きのう」の諸問題に費やしている
芸術家というものは、自分に才能があると思うとだめになってしまう。つけあがらず、職人みたいに仕事をしてこそ、はじめて救われる
国際級のすごいソリストを入れても、中に一人下手な人間がいるとアンサンブルとしての実力は、そのレベルに下がってしまう
俺は俺でしかない。BUMP OF CHICKENはBUMP OF CHICKENでしかない。いつの時代でも。そういうことを強く目指している。
人間は、「自分でなければ出来ない」と錯覚していることが多すぎる
昔、メーカーさんがよく、「アルバムアーティスト」という言葉を使われていたでしょう。私がデビューした頃はそういう言葉が残っており、自分はそれだと自負していたんです。シングル曲がアルバム内で違った匂いを発するよう、意図して構成するとき、「これこそが私の本業の終点だ」と感じたりします。
想像できることは、すべて現実なのだ
100の好きを見つけても1の嫌いに心を裂かれたりもするし、言葉や感情は、削れば削るほど尖っていったり伝わりやすくなったり。自由自在の怖さ!
普通、表現の仕事であれば作者というものがいますよね。しかし、トマソンには作者というものがいないんです。そこがむしろ面白くて、だから「偶然」とか「出会い」ってことが一番不思議なことに思えてくるんですよね
多少体調が悪くても、気分が優れなくてもベースは崩さないように努める
ルソーの「ラブレターを書く時は、何を書きたいか何も考えずに書き始めて、それが思い浮かぶ前に書き終えろ」っていう言葉があって。
私は仕事をしているとくつろげる。何もしていなかったり、訪問客の相手をしていたりすると疲れる
この街は牢獄や……。俺が塀の外に出られんのは いつなんやろな兄弟……
九州は暑いね。君らはこんなあったかい所に住んでるけど、北の寒い所に住む子らとは人生が違うんだよ。例えば……気温。(福岡ライブにて)
すべてはむなしい
『大切な人の死』という出来事は、大切な人が自分にくれる最後のプレゼントだと思います。どんな形の死であれ、僕はそう思います。だからこのプレゼントをいつまでも大切に愛することができます。
組織の活動というのは、「いかに世の中に貢献していくか」という一点に集約される
ミュージアムをひとつくれ。埋めてやる
We need to learn to love ourselves first, in all our glory and our imperfections.
僕らは、自らのすばらしさと不完全さのなかで、何よりも自分自身を愛することから学ばなければいけない。