


上手であることはそんなにいいことか?とも思う

被写体に最初に出会った時の写真が一番良いんですね。うまく撮ろうとたくらんだ写真は、素直な力がなくなる

音楽でも童謡とか、誰が作ったかもわからないものが残っているのは、すごく素敵やなと思うんです

音楽やる上では、リアクションしかない。だからパッて出したものに対して、リアクションする。その繰り返しで、完成できる。

私は、自分の作品に心と魂を込める。そして制作過程では我を失う

大事は寄せ集められた小事によってなされる

女性はやっぱり、おいしそうなものにクンクンって吸い寄せられて、それで満腹になったら飽きて、別の方に行って。そういう風に生きていくものだと思うんです

ゲームと違って、人生には決まった攻略法はありません

お金なかったのでお母さんのお兄ちゃんにトラック運転してもらってトラックで上京した

音楽っていうのは、96%まで技術です

津波が来ます。(酒に酔いながらのラヂヲで地震が来たとき勝手に)

神童。それは多くの場合、非常に想像力の豊かな親を持った子供のことである

俺は錦みてえにはなれねえよ

小ちゃい頃、私が思ってる自分よりも女っていう生き物としての男の人は見るんだな」って意識した時に凄く嫌悪感があった

自分の打ったボールがどこへ飛ぼうがかまわない。スカッと飛びさえすれば、いい気持ちなんだ

作曲には、論理的な思考と感覚的なひらめきを要する。論理的思考の基になるものが、 自分の中にある知識や体験などの集積だ

(死んだら地獄と極楽のとちらに行きたいか?)どっちでもいいさ。そのどちらにも会いたい友人がいるのでね

(ビリーアイリッシュの曲で、あえて「音圧」という言葉を使ったのは、低い音って部屋自体が振動して、まさに音の圧って感じがするんですよね。プレッシャーみたいな音というか。これまでの「音圧」みたいな言葉は、ラウドネスメーターの数値の話だと思うので、それとは別の感覚についての話です)

何事も他人に負けてはならないとする気持ちと、決めた目的の下に一刻も油断なく、心の緊張を失わないことが大事だ

彫刻は、凹凸の術である

この曲に関しては、音圧があったほうがいいかなって。ハジけたところがあったほうがいい、って思ったし。でも、気持ち的には大きいかもしれないですね。開いた気分でやれば、そうなるだろうし。(『或る街の群青』について)

優れた医者というのは、正しい診断を最も多く下す人ではない。誤った診断をすばやく見つけ、それを直ちに改めることのできる人である

全生命が瞬間に開ききること。それが爆発だ

100の好きを見つけても1の嫌いに心を裂かれたりする

自然は至上の建築物である。自然の一切は最も美しい釣り合いをもって建てられている

情欲に流されるのはいい。だけど、流されているという自覚を持つんだ

嫌な事は3秒で忘れる

世界中のヤツらに嫌われてても、たった一人にでも愛されていたなら、そいつはすくわれる。たくさんの不幸せの中に一つでも幸せがあるなら、そいつは幸せなんだよ

情熱をもって君たちの使命を愛せよ。これより美しいことはない

僕は楽しいから、成功していると思う

ィィィイイィヤハァァァ〜〜ッッッッ‼︎

ライブってゆうのはお茶の間でせんべえかじりながら見るようなもんじゃねぇんだよ。チケット取れなかったとか色々あるかもしれないけど死ぬ気でチケット取れ。で、見にこい。俺らあれだから。ブラウン管の前で評価されたくねえから

見放さなければ、失うということもありません

基本的にバカバカしいじゃないですか、この商売は。ポップスってそうでしょ。初めから成熟してない状態が前提というか、いつも青いものが求められる。でも私はそれだけじゃないものがやりたい。

『何をやるか』じゃなくて、『どんなふうにやるか』

私は芸術でも何でも、全部がエロビデオみたいに受け止めてもらえればいいって思ってるんです。グッとくるか来ないかっていう、ただそれだけ

でたらめをやってごらん。口先では簡単にでたらめなら、と言うけれども、いざでたらめをやろうとすると、それができない

我々は自分の内に天使をかくまっている。我々はこの天使の保護者でなくてはならない

『自分の謎』で言っているような、自分への不思議な感覚というのはみんなもっているはずだけど、ほかの遊びに忙しくなって、どんどん忘れていっちゃう。でもその感覚ってどこかには残ってるんですね

いつでも大空が、自然の果てしないものが私を引きつけ、喜びをもって眺める機会を私に与えてくれる

ただこの世の中に生まれてきたから、惰性で生きてるなんて、そんなやつは、生きてる必要ない

ひとりの富者がなんと多数の乞食を養うことか!王が建築を始めれば、馬車曳きに仕事が生まれる

判断の代わりに公式を使うことは、つねに間違いである

好奇心と衝動は音楽を作る上でめちゃめちゃ大事

組織の活動というのは、「いかに世の中に貢献していくか」という一点に集約される

数千のアイデアを育てて、やっと一つの成果を得ることが出来る

長く続いた友情なのに、別れるときはあっという間だ

だって欲しいから手に入れるんだし、好きだから抱きしめるんだよ。もったいないからとっとこう、ってのはちがう。その時点でそれはゴミなんだ。

愛しあってるかい?

世の中が楽しくなりそうなそんな予感がしますよ。君達はどうですか?

芸術に従って芸術を作ってはならぬ

シュルレアリズムは破壊的だ。しかし、それは我々のビジョンを限定する錠の留め金とみなされるものだけを破壊するものだ

多くの人が渇望するような、毎日の生活で繰り返し聴く必要のあるものでなければダメでしょって思っています。

ずーっと出発点に立ってんだよ、ロックンロールって。どっかの道のりにいるっていうんじゃなくて、今いるここがいつも出発点。いつもどっかに行こうとしてるんだよ。

人間が生きる限り、死人も生きているんだ

毎日やりたいことを精一杯やるっていうことが、すべてにおいて最善策

誰かが勇気ある決断をしなければ、どんな事業も成功しないだろう

ガキンチョだますのがロックだと思う

俺は峯に教わったんだ。信じる心ってのは・・・人間死ぬ間際でも持てるんだってことを・・・!

世の中で生きてるうちに起こるほとんどのことは僕にとってたいしたことじゃない。それよりも1回のロックンロールコンサートの方が大きい。1枚のCDを聴くことの方がよっぽど大事件なんだ

好きなものは変わらなんなあ。歳をとるほど、より確信になる

昔のファミコンの音楽は、3音しかありません。だから、本当に必要な音だけを残す作業を行いました

太陽を黄色い点に変えてしまう絵描きもいれば、黄色い点を太陽へと変えられる絵描きもいる

最近いろんな人と話していて思うのは、結局いかに多くのものを観て、聴いて、読んでいるかが大切だということ

「独りでも生きていける強さ」なんてモノは要らん。リボン付きでプレゼントされても捨てちまうだろうな。独りで生きる意味ってあるのか?俺は孤独には全力で抵抗するよ。いつだって誰かを探すよ。他人が居てこその俺だろう。傷付け合って存在確認だろう。これらを放棄した俺なんて死んでいる様なモンだ。

正しくない事を言ったりしてるやつが居たら自分ひとりでもちゃんと「それは違う」って言えよ。そしたら俺みたいに嫌われたりもするだろうけど、最後は正直者が笑うんだからさ

久ぶりやのぅ… 桐生チャン!!ワシャ〜 嬉しゅうてたまらんのやぁ。“堂島の龍” と直接やり合える…本物の命張った ケンカができる。なぁ、桐生チャンなら 分かるやろぉ?…なぁ!?

曲が浮かぶのは、いつも本当に突然です

音楽にはいろんな力がある

歌詞を書いてて出てこない時って、頑張って出そうとして出てくるものじゃない

大人になったらなったで、子供の頃よりもっと自分と向き合うんだと思うんです。

運命というのもひょっとしてウィルスみたいなものではないだろうか。それ自体では何事も起きないけど、他の実力をもったサルモネラ菌や、あるいは紙幣や、恋文や、試験の答案用紙や、いろんな物につくことで、それを動かす。でもそれ自体は姿も形もなくて、見ることができない

いつもとは違う部屋の中に見たくないものを置いておく

芸術家は自分の芸術について語ることはできない。植物が園芸を語れないように

自分自身がありのままでいられないから、ありのままであろうとする

ロックンロールは続いていくんだよ

芸術は、盗作であるか革命であるか、そのいずれかだ

いい子な自分と、悪い子な自分、みんな含めて一人の自分

感動の出発点は感動にあると思うんだ。なんで感動したのかを辿っていくと、表現されたものがどう作られていて、「だから俺は感動したのか」って分かる。もっともっと辿っていくと、その表現者が、かつて感動した瞬間に帰結すると思うんだよ。それが色んな何かをぐるぐると通過して、また人に届く。錬金術なんかじゃないんだよ。感動が伝わって、感動を生む。

創造力で大きな仕事をしていく人たちは予定調和を嫌う

「病気になったのは罰なんだ」「人の言うことを聞かないからこういうことになるんだ」と、自分を責める気持ちから曲が生まれた。ネガティブな気持ちを書いている。

すべての偉大な画家はみな空間を探ります。厚みの観念の中にこそ彼らの力は宿るのです

名古屋のニワトリって、羽根が何枚もあるんだろ?じゃなきゃあんなに沢山手羽先がつくれる訳ねぇ!

人生に意味はないよ。だって暇つぶしじゃん。暇なんだよ。みんな人生80年もいらないんだよ。3日もあれば終わるんだ。やることなんて。意味なんかないんだ。楽しければいいんだ。

自分を実際そうである以上に見たがったり、また見せようとしたり、あるいは逆に、実力以下に感じて卑屈になってみたり、また自己防衛本能から安全なカラの中にはいって身を守るために、わざと自分を低く見せようとすること、そこから堕落していくんだよ

「やさしくなりたい」という意思、それはすごく大切だなと思う

なんかさー、ほら、あんまり愛された経験とかねぇだろ? お前らもそうだと思うけどさ。もう受け止めきれないんだよね。幸せ死にっていうジャンルがあったら確実に死んでる…いま

何かをうまく語ることは、何かをうまく描くことと同様に難しくもあり面白いものだ

運を信じるしかない。そうでなければ、気にくわない人たちの成功をどう説明すればいいのだ

汝が死ぬ前日に懺悔せよ

著者の死後、彼の日記を読むことは、彼からの長い手紙を受け取るようなものだ

……別に、誰かのために尽くすってことは悪いことやないで?互いが互いのことを思いやり、惜しむことなく尽くしあえる関係が、一番ええ関係ってやつなんやないか?

人生で起こりうる悪いことは二つしかない。パブロ・ピカソになることか、サルバドール・ダリになれないこと

生涯、創造者でありたい

人間と人間との間柄には、愛よりほかの財産はない

恋する女であれ。そうすれば幸せになれる。神秘的な女であれ。そうすれば幸せになれる

もし仕事というものが、人間にとって生きることのあがないではなく、生きることの目的であったら、人間はどんなに幸福だろう

今日思った事があって、みんなが俺達に会いたいとかライブが見たいとか思って見にきてくるんじゃなくて、俺達があいつらに会いたくて会いにいくんだって、逆だなって思いました
