


綺麗に生きるなんて、誰ができるんだ

他人のためにやるんじゃないよ。自分がやりたいからやるんだ。

中学時代はラジオが好きで、「オールナイトニッポン」をよく聞いていました

売れているものが良いものなら、世界一のラーメンはカップラーメンだよ。

効率とは物事を正しく行うことで、有効性とは正しいことを行うことである

他人に興味を持ってもらいたければ挑発しなければならない

俺らも街頭に立って声を張り上げて生活費稼いでるあの人たちと一緒ですよ。『生きようとしている』人たちなんですよ。だから本当に、僕らが歌うこととホームレスの人たちがこの雑誌(THE BIG ISSUE JAPAN)を持って駅前で声を張り上げるのは、同じ行為だと思ってるんです。

人生自体にも限りがあって、いつ終わるか分からなくて、その中で『たった今、美しい者を求めても構わないんじゃないか?』って思って、 『どうせそれが繋がって積み重なって美学というものになってんじゃないの?』と

椎名林檎っていう名義は辞めますよ。もう無理。本名のあたしであることを誰も守ってくれないんだよ?でも、そんなの当たり前じゃないですか、一個の大人だから。「自分で守んなきゃいけないんだから、辞めたっていいだろ!」とか思って

(上京前に自身で)ツイキャスで配信やってて、オールナイトすっぽんぽんっていうのをやってた

創造力で大きな仕事をしていく人たちは予定調和を嫌う

上手であることはそんなにいいことか?とも思う

ようやく何かわかりかけてきたような気がする。私はまだ、進歩している

調子が良くなかろうが、ノルマを達成するように進めていかなければこなしきれない

イノベーションを成功するためには、小さくスタートしなければならない。大がかりであってはならない。具体的なことだけに絞らなければならない

見ることと感ずることを知る者は、至る所に常に賛美すべきものを見出すだろう

頭を使いすぎると楽しくなくなる。それより 大事なのはココ(胸を叩いて)じゃん。誰にも譲れねぇってものが1つや2つ絶対あるだろ。それを大事にしてやろうぜ

マラソンランナーと一緒で、長距離を走り抜くにはペースを崩さないこと

(RC時代、ローリングストーンズのパクリでは?の声に)なんだ、今頃気付いたの?

偉業は一時的な衝動でなされるものではなく、小さなことの積み重ねによって成し遂げられるのだ

Self-pity is our worst enemy and if we yield to it, we can never do anything wise in this world.
自己憐憫は最悪の敵です。それに負けたら、この世で賢明なことは何一つできないのです。

企業はなによりもアイデアであり、アイデアを生むことのできるのは個々の人間だけである。勇を鼓して自ら思考し、既成観念にあえてそむける人なくして、その企業の成長と繁栄は望めない

全然文明化されていない環境と孤独が、死の間際にいたり、私の内部で、最後の熱情のひらめきを復活させるのです。そしてその熱情こそ、私の想像力を、今いちど燃やし、私の才能を、最後の出口へと導いてくれるものなのです

人は素敵な経験があるか無いかで、心の汚れが全然変わってくる

あたしロマン派だから。猫の名前もゲーテとシューマンだし。

運命は人がその糸をもつれさせるのを好まない

低気圧が僕を責め立てる。

肉体的に落ちていくものは取り戻せない。残っているものを生かすしかない

俺、ホント、意味ねえと思うもん人生なんて。「人は何のために生まれてきたのか、何をすべきかなのか」なんて、どうでもいいじゃん。そんなの誰にも決められないことじゃん。自分で決めるんでしょ、人生の価値ってのは。本当に自分が素晴らしいと思うことに一生を費やすこと、それがいちばん価値があること。

多くの人が80代まで生きれないのは、彼らが長期に渡って40代で止まろうと努力するからだ

Zepp Tokyoには幾つか強烈な印象が残っているライブがあって。以前、声が出なくて点滴を打ってステージに立ったこともあったんですよ。あのライブも良かったんだよな

なんか人見知りですって自分で言う人いるじゃないですか。それってめっちゃよくないなって思ってて、すごい自分から人を引き離してるの良くないなって思って。

誰もが芸術を理解しようとする。ならば、なぜ鳥の声を理解しようとはしないのか

妙に前向きになるのはなぜだろう。心配はしないでくれ。このくらいのこと(癌が腰に転移したこと)は覚悟してた。

今日は本当に最高じゃ。どうやら、この鉄の檻(おり)は人の心までも縛れんようじゃな。

(初めて買ったCDは?)中学生の時に買った久保田利伸さんのアルバム

我々は何をするにも、常に自分自身に問わなければならない。もし皆がそうしたら、どんなことになるだろうと

「病気になったのは罰なんだ」「人の言うことを聞かないからこういうことになるんだ」と、自分を責める気持ちから曲が生まれた。ネガティブな気持ちを書いている。

わたしは立ち止まりはしない

出会えた喜びはいつも一瞬なのにどうして別れの悲しみは永遠なの

ドローンが敷かれて、そこに何かが乗っていくスタイルって本当に、自分でも作るけど畑が焼き尽くされているっていうか、「ああまたこれか」って感じあるんですよね。自分で作ると自分の趣味に沿うから楽しく聴けるけど。それでいいとも言えるし、よくないとも言える。

いかなる成果もあげられない人の方がよく働いている。成果の上がらない人は、第一に、ひとつの仕事に必要な時間を過小評価する。第二に、彼らは急ごうとする。第三に、彼らは同時にいくつかのことをしようとする

仙台って『陸の孤島』だよな。 (仙台ライブにて)

真の芸術家とは、喜びのために仕事をする唯一といってよい人達だ

砂漠では、教養など何の役にも立たない。生きる技術を持っているかどうかが生き残れるかどうかを分ける。厳しいビジネスの世界も同じである

歌なんて誰でも歌えるからヴォーカリストになった。だから、誰にでも歌えるような歌しか歌わないんよ。

どんな顔の人だって輝くときはとてもいい顔だ。どんな美形だってつまらない人間では、それほど美しくもないぜ。

神童。それは多くの場合、非常に想像力の豊かな親を持った子供のことである

決断の場面においてはトップは常に孤独である

生きたくても生きれねぇ奴がいるんだって そんなんも考えないで生きてる気になんなって

ロックだろうが、ポップだろうが関係ねぇよ。『プラネタリウム』は『プラネタリウム』だよ。(プラネタリウムについて)

昔の夢によりかかったり、くよくよすることは、現在を侮辱し、おのれを貧困化することにしかならない

音楽家は勉強が好きじゃないと務まらない仕事

死を忌まわしいものと考えて、遠ざけたがる。死の匂いのするものを隔離して暮らしていく。そうやって管理するのは便利だろうし、すごく現代的だと思うけど

んだ。学びは終わらない。んだ。

何かをうまく語ることは、何かをうまく描くことと同様に難しくもあり面白いものだ

これからは自分の為に歌おうと思います。 俺が俺であることを好きでいるとその日はすげぇー楽しいのね。でも俺が俺であることが嫌になってしまうと、その日1日もぅ何もかもが駄目なわけ。俺はかっこよく生きたいです

Everything has its wonders, even darkness and silence, and I learn, whatever state I may be in, therein to be content.
すべてには驚くべきものがあります、暗闇や静寂にさえも。そして私はどんな状態にあっても満足して、学びます。

(今の社会、政治についてどう思うか問われて)僕がちょっと油断してたから悪くなりました。どうもすみません。

路上観察の場合はある種の説明で、見る人の手助けになるようにと思って書いています。でも、作品としての写真となると、見る人がその作品の中にどうやって入っていけば良いかわからない…入り口のない場合が多いんですね

熱帯の夜の静寂の中で、私が私の心からの囁きと柔軟な音楽を聞くことができます

自殺はやめろ。生きろ。

自分には過去も未来もない。ただ現在に生きようが為に絵を描くのである

俺かて そない馬鹿正直に生きてきたわけやない。せやけどな、俺のまわりには馬鹿に生きて……馬鹿に死んでった男たちがおった。そいつらのくだらん生き方が 俺は男の最高の生き様やと気がついたんや

真のイノベーションと新奇さを混同してはいけない。イノベーションは価値を生む。新奇さは面白いだけである。ところが組織の多くが毎日同じことを行い、毎日同じものをつくることに飽きたというだけで、新奇なものに取り組んでしまう

誰のために創るんだろう。考えたことあるか。自分のために?そんなの甘っちょろいよ。植木づくりでもやるんならそれでいいんだ。金のために?だったら創るより早いやり方がいくらでもあるだろう

一番美しい絵は、寝床のなかでパイプをくゆらしながら夢見て、決して実現しない絵だ

他の人間はなぜそうなったかを問う。私はいつも何ができるのか、なぜできないのかを問う

僕はどんな完成の仕方をしてもその人の実力だと思う。聴く人の実力。だからみんなそれぞれ立派に仕上げてください。そこで自分が楽しい 最高じゃんと思ってくれたらすごく嬉しい。

学問は、ある人にとっては神々しい女神であり、他の人にとってはバターをくれる有能な牝牛である

音楽を創る上で一番大切な感受性は習って身につくものではない

もって行かれるぞ。甘い考えで生きてるとあっという間にもって行かれてしまう。この国をたて直すためには戦争をするしかないと考える人間がたくさん居るんだ。

日本の文化っていうのは、常に「明日は知れぬ身」って考えるのが基本じゃないですか

お先真っ暗はすげー前向きな言葉。

誰でも自らの強みについてはよく分かっている。だが、たいていは間違っている。わかっているのはせいぜい弱みである。それさえ間違っていることが多い

理論というものは現実に従って変化していく

他人というものがいなければ「一人が一番好き」っという気持ちもない訳で、そして一人の良さなんてわからない訳で。 その台詞はつまり、他人というものを一番意識していて、一番人とのつながりを求めている人なんじゃないのかなと。

俺にはなぁ……桐生ちゃんの 命より大切なモン━━見捨てることは できんかったんや。

生きる日のよろこび、悲しみ。一日一日が新しい彩りをもって息づいている

『健康法』にとらわれないことが、健康の秘訣

……キスやな。キスかそれ以上のことやろな、やっぱり。歯…… 磨いとるな?六代目。

急にひとりぼっちにされちゃった気持ちになったんですよね。共犯者はいっぱいいるのに、私だけが訴訟を起こされてるような。

生きてりゃ、そりゃあシラケるだろう

日本人が何をするにも明確であることが、私にはうらやましい

人はあらゆる物や人に意味を見出そうとする。これは我々の時代にはびこる病気だ

プロの音楽家を目指すなら音楽理論と感受性が必要

酒は何も発明しない。ただ秘密をしゃべるだけである

重要なことは明日何をするかではなく、今日、何をしたかである

限界を越えることは絶対できないと思うんです。 越えられないから限界と書くわけで。でも越えるから不思議なんです。

ゲームと違って、人生には決まった攻略法はありません

芸術家とは、不滅の存在である。刑務所や強制収容所に入れられていても、芸術の世界に身を沈めていれば、私は全能でいられる。たとえ、ほこりまみれの牢屋で濡れた舌を使って絵を描かねばならぬとしても

何を生命と呼ぶか。あらゆる意味から君を激動させるもの、君を突き貫くもののことである

インディーズの頃は、有名になって注目されたいとか、めっちゃ広い家に住みたいということが活力になってて

Prime Minister: Whenever I get gloomy with the state of the world, I think about the arrivals gate at Heathrow Airport. General opinion’s starting to make out that we live in a world of hatred and greed, but I don’t see that. It seems to me that love is everywhere. Often, it’s not particularly dignified or newsworthy, but it’s always there – fathers and sons, mothers and daughters, husbands and wives, boyfriends, girlfriends, old friends. When the planes hit the Twin Towers, as far as I know, none of the phone calls from the people on board were messages of hate or revenge – they were all messages of love. If you look for it, I’ve got a sneaky feeling you’ll find that love actually is all around.
デイヴィッド「私は世界のことを考えて落ち込むと、ヒースロー空港の到着ゲートのことを考える。有識者は、世界が憎しみや強欲で満ちているというけれど、私はそうは思わない。愛があちこちに存在していると思う。神々しいわけでも、ニュース性があるわけでもないが、愛はいつもそこにある。父と子、母と娘、夫と妻、彼氏と彼女、旧友。飛行機がツインタワーに突入したときでさえ、私の知る限りは誰も憎しみや復讐に満ちたメッセージを電話で送ったりはしなかった。それは愛のメッセージだった。見つけたかったら、探そうとしなくても、実は愛はいたるところで見つけられる」

楽しくなかったら絵なんか描きませんよ

「独りでも生きていける強さ」なんてモノは要らん。リボン付きでプレゼントされても捨てちまうだろうな。独りで生きる意味ってあるのか?俺は孤独には全力で抵抗するよ。いつだって誰かを探すよ。他人が居てこその俺だろう。傷付け合って存在確認だろう。これらを放棄した俺なんて死んでいる様なモンだ。

大人になって大好きな人ができて、今まで男の子とチョメチョメしてきたのがリハーサルだったのかと思うぐらい、「私はこの人のために、経験や知識やこれから学ぶこと全部を捧げなければいけない。捧げるべきなんだ」って心に決める。すごく本能的に感じるんですよね

僕もほっときゃ歳も取るからさ、今と昔をそのまま比べることはできないけど、基本的にやっぱ何も考えてなくて、たいして成長も進歩もしてないからおんなじようなものがいつもステージに乗っかってるんだと思うんだ。
