もし全員に好まれるものがあるとしたら、それは間違いなくくだらないものだ
心の底から平気で、出世なんかしなくていいと思っていれば、遠くの方でちぢこまっている犬のようにはみえないんだ
神に誓うな、己に誓え
美はざっと見てもわからない
どの曲も全力でやって一番いいと思えるものを出している
誰もが芸術を理解しようとする。ならば、なぜ鳥の声を理解しようとはしないのか
明日に引き伸ばせば、それは死んでしまう
子どもが大人になった時に、母が自分との時間を犠牲にしてまで、何を作っていたのか。知られた時に、恥ずかしくないもの、単純にわかるものを残したい。
我々は自分の内に天使をかくまっている。我々はこの天使の保護者でなくてはならない
もし、黄色と橙色がなければ青色もない
癌もロックンロールだ。
人と繋がりたかったら、求めるんじゃなくて、求めたものを持つんじゃなくて、求めるもの全部、自分が閉じ込めてしまうぐらいの、一方通行の自分勝手な行動をぶつけて、それに答えてくれた時に、本当に繋がれるんじゃねぇのかな。
確かに2年前、俺はお前の相手が出来んかった。それはなぁ…… あん時のお前が弱過ぎたからや!
音楽に限らず、あらゆるクリエイターって2タイプに分かれると思うんですよ。第六感で作るタイプと、いろんなものを分析して構築的・理論的に作っていくタイプと
あせってはなかったね。いつでも出来るし、やり始めたら一瞬だって思ったから
Love is like a beautiful flower which I may not touch, but whose fragrance makes the garden a place of delight just the same.
愛は美しい花のようなもの。それに触れることはないかもしれないけれど、その香りは花と同じように庭を喜びの場所にしてくれます。
最初はダメでも何度でもやり直せという態度は誤りである
この国の憲法九条を知っているかい。戦争はしない。戦争に加担しない。愛と平和なんだ。まるでジョン・レノンの歌みたいじゃないか。
基本的に私は家の中で曲を作る
望みがないわけじゃないけど、誰かに叶えてもらったらつまんないでしょ。
やりたい放題やるとか、自由でいるとか。その理想がすべて叶った瞬間、とりあえず俺の人生、終わりでいいかなと思った。
何かと比べて自分は優れてるっていうんじゃなくて、俺にしか書けねぇ曲があるんだって言えなきゃお金取っちゃダメでしょ。伝えられないでしょ。だから今だってずっと言ってるじゃないですか。僕らは僕らの曲を愛してるって…。
なんとなく楽しくいたい。それがゴールでしょ?そのゴールを目指していくために、いろいろやらなきゃいけないことがあってさ。その為には寝ないで頑張ることもあってさ。血ヘド吐くくらい頑張ることもある。いいことじゃん。だって目的に向かってがんばる手段として「金も必要、じゃ働くか」とかさ。
リスクには2種類ある。踏むには危険が大きすぎるリスク。それと逃すにはあまりにも惜しいリスクだ
平等は人道の神聖な法則である
音楽やる上では、リアクションしかない。だからパッて出したものに対して、リアクションする。その繰り返しで、完成できる。
勘違いするな。俺とお前は違う。 お前の極道は死に様。俺の極道は――生き様だ。 同じ道でも、死に向かって戦うのと、生きるために戦うのは違うということだ。いずれ分かる。
人のだらしなさって、たまに妙な愛しさがあるからずるい
傑作なのか屑なのかわからない
組織に働く者は、成果に何も寄与しないが無視できない仕事に時間をとられる。膨大な時間が、ほとんど役に立たない仕事、あるいはまったく役に立たない仕事に費やされている
沖縄じゃどれだけ有名か知らねえが・・・そんな脅しが通る程、世の中甘くねえぜ。
僕がしてきたことは、僕たちとって一番いいことなんだ。どうしようもないんだ、僕はこの憂鬱から絶対に逃れられない
青春の夢に忠実であれ
風景なら その中を散歩したくなるような、女性なら その人を抱きしめたくなるような、そんな絵を私は描きたい
みんなの前で歌わんかったら下手になる
太陽が輝くかぎり、希望もまた輝く
退屈を怖がってちゃいけない
時間は私たちに残された数少ない大切なものだ
判断の代わりに公式を使うことは、つねに間違いである
どーだろう?日本は民主主義国家だなんて言ってないで、事無かれ主義国家だって世界に向けて言った方がよっぽどカッコいいんじゃねえか。ロックっぽいぜ。
99回倒されても、100回目に立ち上がればよい
ベートーベン、モーツアルトなどのクラシック音楽を全人類が200年以上聴いていてもまだ飽きないというのは、飽きない音楽の真髄
何十年後も、みんなが知ってるし、歌えるし、聴かれているという音楽を作りたいなと思いますね。芸術は残らなきゃいけないと思っているので。
ニンジンきらいな馬っているのかな?そりゃいるよな。
Until the great mass of the people shall be filled with the sense of responsibility for each other’s welfare, social justice can never be attained.
社会正義は、人々の大多数がお互いの福祉に対する責任感で満たされるまで、決して達成されることはありません。
As the eagle was killed by the arrow winged with his own feather, so the hand of the world is wounded by its own skill.
ワシが自分の羽根の付いた矢で殺されるのと同じように、世界は自らの技術によって傷付けられる。